IS 苦難の中の力   作:魔女っ子アルト姫

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第16話

鈴が転入してから2週間が経過した頃、暦は5月へと入りやや蒸し暑さが目立つようになり始めたがIS学園は全館空調完備な為に気温は一定をキープされており非常に過ごし易い。勉学する者にとっては良い環境だが外で運動する身としては夏になった際の急激な温度変化で体調を崩さないかが少々気になった。学園内は平常通りに騒がしさに包まれているが最近は妙にざわついていた、それは今月に予定され間もなくに迫った『クラス対抗代表戦』が大きく関係している。当然1組も一夏が代表として参加するのだが……その初戦が問題となっている。

 

『第一回戦。1年1組代表:織斑 一夏。 1年2組代表:凰 鈴音』

 

最初の男性IS操縦者(織斑 一夏)件の転入生(凰 鈴音)、この二人の対決はまるで再会した二人に対して用意されていたかのように拵えられていた。これを見た時思わず、これって仕込みじゃないのか?と言葉を漏らしセシリアに苦笑されたほどだ。しかしまあ何れ戦うかもしれなかった相手と戦うのが早まっただけなのだろうと解釈しそれ以上の介入はやめて自分の事に専念している。

 

「真耶は急用により指導が難しくなった、そこで私が代役を頼まれたので指導をする事となったので宜しく頼む杉山、オルコット今までの訓練のデータを頼む」

「はいこちらに用意してあります」

 

今日も今日とて訓練をしようとアリーナへと向かうとそこには真耶ではなく千冬の姿があった。普段通りに真耶の指導を受ける予定だったのだが急用という事で真耶から代役を頼まれた千冬がアリーナに姿があった。以前ピット内で冗談半分で言っていた千冬の指導がまさか現実となるとは思いもしなかった。嘗て世界の頂点を極め君臨した戦乙女の指導が自分に向けられるという事に僅かながらの興奮を覚えながらも真耶の指導がない事に若干の寂しさを覚えてしまったのはすっかり彼女を師匠と認識しているからだろうか。しかし千冬はセシリアから渡されたカミツレの訓練データを受け取ると溜息ながらに呆れた。

 

「真耶め、何が教師業務に差支えがないように昔自分が受けたメニューを改変しただ。全くどれだけ弟子が出来た事が嬉しかったんだ」

「如何いう事ですか織斑先生?」

「んっ、ああすまん。杉山にオルコット、お前達はメニューについては如何聞いている?」

「俺は真耶先生が代表候補生がやるメニューを参考に作ったって聞きましたけど」

「私もです」

「ああ…その代表候補生が自分と考えればまあ……嘘では、ないが……」

 

苦笑する千冬に顔を見合わせる二人。何が可笑しいのだろうかと首を傾げると千冬は一から説明しようと口を開いた。

 

「確かにこのメニューの一部は真耶が代表候補として活躍していた時期のメニューを一部改変して使用されている。しかしそれは本当に一部だけだ。それ以外は完全に奴のオリジナル、杉山専用に組んだプランだなこれは……」

「そ、そうだったのですか!?」

「ああ、ここなど2週間前のメニューと比べて見てみろ微妙に訓練内容の変更が成されているだろう?訓練の結果のデータは真耶が管理しそこから学園に提出する手筈になっているからそれを使いながらメニューを組みなおしていたな、あいつめ……」

 

頭に手を当てながら頭痛を抱えるかのようにする千冬、IS訓練の個人専用メニューを組むのはハッキリ言って酷く難解である。専用機に蓄積されているデータと搭乗者の技量などを自らの感覚で感じ取りそこからメニューを構築していくという手法だからだ。データその物は何とかなるだろうが搭乗者の技量把握は慣れている者が行わなければ検討違いな事になってしまう、しかしそこは嘗て『銃央矛塵(キリング・シールド)』と呼ばれていた女。完全にカミツレの技量を把握した上でメニューが作られている。

 

「ま、真耶先生がそこまで俺の為にしてくれてたなんて……仕事の合間に考えた物ですいませんって謝ってたのに……それでも考えてくれるだけで有難かったのに……」

「あの馬鹿め…これも私が実技の担当をやりすぎた反動か……?確かに一度で良いから弟子が欲しいと言っていたがここまでやるとは」

「それだけ山田先生はカミツレさんの力になってくださっていたのですね……」

 

改めて思い知らされる、真耶という人物の懐の深さとその優しさに。生徒とは言え自分の為に此処までして貰えるなんてハッキリ言って想像以上であった、もう嬉しさで涙まで出てきてしまった。そんなカミツレを見て千冬は本当に彼は真耶を師として尊敬しているんだなと実感する、状況がそうさせたのかもしれないが二人の間には確かな師匠と弟子の絆があるのは間違い無い。そう思うと矢張り真耶が少し羨ましく思える。

 

「真耶には私から一言言っておこう、弟子を可愛がるのも良いがせめてそれを言葉にしてやれ、とな。互いの信頼関係が明白になってこその師弟だ。では杉山始めるとするか、お前の師匠が作ったメニューでな」

「はい!!」

「それと私のメニューも試してみんか?」

「織斑先生……折角良い感じでしたのに、台無しですわ……」

「冗談だ、マジ顔で言うな頼むから」

 

 

「ふぅ……良い汗を欠いたな。真耶め、良い弟子を見つけおって……少しでいいから私のメニューもやってくれん物か」

「ちふっ……織斑先生?」

「ぬっ織斑か」

 

アリーナでの指導を終えた千冬はタオルで汗を拭きつつ自分の教員室へと向かおうとする途中で一夏とばったり出会った。そういえば一夏と家族として話したのは学園に入学してからなかったような気がする……慣れない環境で色々あるだろうに話も聞いてやれていなかったなと思い一夏を自分の部屋へ通した、部屋は少々散らかっているがそれでも女性の部屋としてはまともな部類に入るほうだろう。

 

「あれ……意外に片付いてる……完全に掃除する気だったのに」

「一応これでも私は女だぞ、多少なりとも部屋には気を使うぞ。まあそう思ったのも最近なのだがな」

 

正直千冬は最近まで教師という仕事に楽しさを見出せていなかった。学園に来るのは自分をアイドルか何かと勘違いしてキャーキャー騒ぐ馬鹿な小娘や自意識過剰で自分こそ一番だと信じて疑わなかった代表候補生などが多く、自分はそんな生徒の処理係かと思う事も多かった。

しかし今年弟と共に入ってきたカミツレはキャーキャー騒がず授業態度は真面目で予習復習を自主的に行い、勉学意欲高く努力を惜しまず教え甲斐があるとまさに自分にとって理想的な生徒であった。出来る事ならば弟にもこのカミツレの少しでいいからその要素をもって欲しいと思う。何せ自分の弟は初日に参考書を電話帳と間違えて捨てましたと言ってしまうのだから……。

 

「それで最近如何だ、少しは学園には慣れたか」

「まあ漸く、かな。周りも良くしてくれるし」

「そうか……それと一夏、お前は……ああいやある訳ないか」

「何だよ気になるじゃん」

「うるさい口にした私が馬鹿だった、忘れろ」

 

聞こうとしたのは女は出来たかということだ。こんな閉鎖的で特殊な環境なのだから有りえるかもしれないと尋ねようとしたが筋金入りの鈍感さを持つ一夏がそんな事出来る訳ないと我に返った。というか流石に出来たら言いに来るだろうと思う。ハニートラップに掛かっていないだけマシという奴か。

 

「それと千冬姉、お願いがあるんだけど良いかな」

「何だ?」

「もう直ぐ鈴との対決なんだけどさ、出来ればで良いんだけど俺に訓練を付けてくれないかな。普段は箒に見て貰ってるんだけど一回千冬姉にもみて欲しいんだ、もう直ぐ鈴と対決だし」

 

そう言われ漸く姉を頼る気になったかと少し良い気分になった。今まで自分を頼って来なかった弟に対して少々不安と不満を持っていたのだが漸く頼ってくれたかと正直な嬉しさがある。

 

「いいだろう、だが私は厳しいぞ覚悟しておけ」

「ああ分かってる。対抗戦までにはカミツレぐらいには強くなりたいんだけど出来るかな!?」

「ああそれは無理だ」

「即答!?」

 

当たり前だろうと思わず返してしまった、一夏とカミツレでは積み重ねに大きな差がある上に今日まで教わってきた相手の技量も経験も桁違い。そんな相手と同じだけ強くなるには時間が足りない、普通に無理だ。

 

「で、でもカミツレに出来たんだから俺にだって出来る筈だって!!俺とあいつは同じ位にISに乗り始めたんだから!!」

「お前と杉山が一緒なのはスタート地点だけだろう、お前はスローペースで走っているのに比べてあいつはずっと全力に近いペースで走り続けているな。そんな差を僅かな時間で詰めようとするのは馬鹿を通り越して無謀と言うのだ」

「……千冬姉はカミツレを贔屓するのかよ……」

「何か言ったか」

「い、いや何も言ってないよ!?」

「まあ良いだろう、指導の件は了解してやろう。予定などを確認して明日には返事をしてやる、今日の所は戻って休め」

 

そう言って帰っていく一夏を見送った千冬は冷蔵庫からビールを一本取り出して飲む。最近はストレスも減ってきて以前のようにストレスを紛わす為の飲酒は無くなり一日の苦労を労うようになったが、今は久しぶりに紛わす為に飲みたくなった。

 

「はぁぁぁぁっ……一夏、私は別に杉山を贔屓していないぞ……お前も私をもっと頼ってくれていいのだぞ。家族、なのだからな……」


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