45話も書いておいて、まだ第2巻の内容すら終わってないんですぜ?
こんなスローペースな作品、他にあるだろうか。
アリーナの来賓席、各国からやってきた要人や研究所からの職員、各IS企業の重鎮などが集まりアリーナで行われている試合を見物している。その多くが卒業を控え進路への最終追い込みを掛けている3年を目的としたスカウト、そして将来性を感じさせる人材の発掘が目的である。そんな来賓席でも戦いは行われているのである。
「今年の生徒達はなにやら気合が入っておりますな、見ごたえがある動きや試合ばかりしてくれる」
「お陰様でスカウトにも力が入るというものですね」
「矢張り、彼らの影響でしょうかな?」
ちらりと視線を向けた先に一学年の様子を映したモニター、そこには一夏とシャルが無事に一回戦を突破してガッツポーズを決めている場面が映し出されている。それを見て日本の官僚は良い表情を浮かべながらニタニタとした笑いを浮かべた。
「流石は織斑 千冬の弟君。あれこそ次世代のISを引っ張っていく我が国の宝!」
「全く以って羨ましい限りで……」
「全くだ」
各国からの視線を受けながら鼻を高くしていた官僚だが、来賓席へと入ってきた一人の男が音を立てながら席へと付くのに釣られるように皆が其方へと向いた。そこには居たのはイギリスの大貴族当主でありIS界にも大きな影響力を持つリチャード・ウォルコットであった、王のようなオーラを纏った男の登場に皆は視線を奪われる。
「やぁ皆様方、楽しそうですな」
「ええっミスター・ウォルコット、我が国の宝について話していた所です」
「ミスタ・一夏の事ですかな。まあ興味はありますが、そこまでではありませんな私は」
ハッキリ宣言するリチャード、イギリスを代表して来日した男の言葉に官僚の表情が固まってしまった。イギリスは織斑 一夏など如何でもいいと宣言しているのと同義なのだ。その意味が分かっているのかと、驚いている中、モニターから歓声が溢れ出した。そこに映っているのは完全試合を決めたカミツレとセシリアのタッグの映像であった。息のあったコンビネーションから繰り出される攻撃によって、相手を完封しながらの圧勝に来賓席からも声が漏れた。
「私の興味は、セシリアとカミツレ君のみだ。彼は素晴らしい、我がイギリスは彼こそ注目すべき存在だと思っております」
「ミスタ・杉山というと、例の試合データの彼の事ですな」
「ああ、あれは実に素晴らしかった。僅かな時間しかISを動かせなかったというのに、あの大立ち回り!あれは私も感動致しました」
「余程の才能があったという事でしょうかな」
気付けば一夏の話からカミツレの話へとシフトしていた、それに官僚はあたふたしている。先程まで自分が話の主導権を握っていた筈なのに、何時の間にかそれをリチャードに奪われているのだから。なんとかそれを奪い返そうと咳払いしながら言葉を口にする。
「も、勿論彼の事も我々は評価しております。あの二人こそ、これからの日本を引っ張っていく存在なのです!」
「おやっ、妙な事を仰いますな。彼の専用機は我々、イギリスが開発すると決定しておりますが…?」
それを口にした途端に官僚の顔は真っ青になった。カミツレの日本に対する心証は最悪であると千冬から言われていたからである、彼は日本が研究所へと送ろうとした事を把握し、それによって日本政府へ強い不信感を抱いていると……故に信頼を獲得する為の努力と条件を提示したつもりだった。だが、イギリスは違う。イギリスがカミツレにアクションを起こしたのは、全世界で一番早いのだから。
「そ、それは……ま、まだ完全に決定したわけではなく仮の決定で……」
「彼本人の口から私はそう聞きました、これからも仲良くしてくれるともね」
「ではミスタ・杉山はイギリスの代表候補に……何とも羨ましい事で」
「ぐぬぬぬ……我が国の生徒は何故もっと確りと勧誘しなかったのか……!!!」
各国が思い思いの反応を見せている中、官僚はそれでも何処か勝ち誇ったかのような表情を浮かべている。それでも千冬の弟であり束とも繋がりがある一夏を手中に収めている日本こそ、有利な立場のあるのだと信じて疑っていない。確かに優秀な人材を手に入れられないのは痛いが、彼とて日本人だ。誠意を持って接すれば考え直してくれると考えた時、リチャードが忘れていたかのように声を上げた。
「実は今、カミツレ君のご家族の方にも私の部下がご挨拶に向かっておりましてな。これからの事に付いて協議するつもりです」
「相変わらずお早い手回しですな、ウォルコット卿」
「いえいえ……カミツレ君のご家族の為、ですからね」
一瞬リチャードは官僚を鋭く睨み付けた、それを受けて全身が凍りつくかのように震え始める官僚。全て読まれている、この男に自分の策略なんて通じないのだと思い知らされたかのようだ。
「さあ、このような話はここまでにして……トーナメントを楽しもうではありませんか。ねぇ……武里 涼さん」
「は、はい……」
「彼の背後には、我らイギリスとウォルコット家がいるという事を忘れる事なきよう……でないと、怒っちゃいますよ♪」
茶目っ気たっぷりに笑ったリチャード、それに周囲は笑いを放つが武里だけは生きた心地がしなかった。身体の芯から冷えていくかのような感覚を覚え、これからも邪魔をするのであれば容赦なく消す。そう言わんばかりの警告に、全身から力が抜けてしまった。そんな武里を見たリチャードはそれを鼻で笑いながら、カミツレとセシリアの健闘を祈る。
「(しかしカミツレ君か……セシリアの婿に良いな。是非とも彼女と結婚して貰おう、トーナメント後には私もご家族にご挨拶に向かい根回しを……)」
「はっくしょん!!」
「カミツレさん、大丈夫ですか?お身体の調子でも?」
「い、いやなんか急に鼻が……」