カミツレの部屋は廃部屋同然に扱われていた教員室をリフォームする形で使用されている。男子が伸び伸びと出来るように配慮がされており、所々普通の教員室よりも広くなっており一人部屋としては十分すぎる物になっている。シャワールームには当初浴槽が取り付けられる予定だったが、他の部屋との関係でシャワールームが広くされてるだけに済んでいる。他には最新鋭の調理道具が備えられているキッチンも完備されている過ごし易い部屋…の筈なのだが…。
「更識さん、貴方は一体何を考えているのでしょうね?」
「……す、すいません」
「何時私が謝って欲しいなんて言いました?私は何を考えているのかと聞いているんですよ、何故それに答えようとしないんです?」
目の前で行われているのは正座をさせられている更識とニコニコとしているが完全に怒っている真耶の姿。普段の温和な態度から想像し難いが、真耶は怒ると千冬とは違った恐ろしさがある。まず如何にも怒っているという表情をせずに満面の笑みを浮かべながら静かにキレる、そして冷静に言葉を紡ぎながら相手を追い詰めていく。これが何よりも恐い。
「そ、そのえっと……最初はインパクトがあった方がいいかなって……」
「それが不法侵入した上での行動ですか、そうですかそうですか……ご実家の方には確り報告させてもらいますからね♪」
「それだけはご勘弁をっっ!!!!」
真耶がやってきた時、カミツレは素直に全てを暴露した。カミツレは完全に被害者なので真実をぼかす必要もない、更識自身は顔を青くしていたが知った事ではなかった。それを聞いた真耶が本気でキレ、更識を正座させた上でお説教が開始された。
「貴方のような恥知らずな生徒が国家代表の座についているなんて世も末ですね、全く何故代表になれたんでしょうね」
「えっ…国家代表!?それが!?」
「ええ、これはロシアの国家代表さんなんですよこれで」
完全に人ではなく物扱いをされている更識だが文句の一つも言えなかった、彼女は加害者でありカミツレは被害者。文句を言う筋合いなどないのだ。それを聞いたカミツレはより一層冷たい視線を作った。自分の中にあった国家代表という物に成れる人物は、千冬やヨランドのように素晴らしく立派な人だと思っていた。だがしかし……自分の部屋に不法侵入した上に痴女のような格好をしていたこの人物が、国家代表……心なしか頭が痛くなって来た気がする。
「……ヨランドさんみたいな人が珍しいのか…?」
「いえ違います、これみたいな人が少ないんですよ」
「ですよね……」
「そんな事よりも、更識さん。貴方、私の弟子の部屋で妙な事をしてないでしょうね……?」
その言葉に思わず身体をビクつかせた更識、普段ならば反応などしない筈なのに凄まじい覇気を放っている真耶に完全に気押しされてしまっており反応してしまった。更識 楯無はロシアの国家代表ではあるが、彼女は日本政府に仕えている家の出身なのを考えると確実に何かを仕掛けたと真耶は睨んでいる。
「した事を全て無くすのであればご実家への連絡も政府への連絡もしません、さっさと動きなさい」
「……はい」
若干涙目に成りながら動き始めた更識は部屋の各所に設置した盗聴器や隠しカメラを回収していく、それをみて矢張りかと思った真耶。元々この部屋にそんな物は設置されては居ない、カミツレは貴重な存在ではあるがプライベートは尊重されるべきだとそれらは仕掛けられなかった。その確認をしたのは千冬と自分なのだから間違い無い。
「全部外しました…」
「本当でしょうね……もしも嘘だったら……」
「ほ、本当です信じてください!!!」
「信用あると思ってるんですか先輩」
「お願いだから信じて!!政府とかに連絡されたくないのよ私だって!一生の恥になるわよ!!」
「なったとしても貴方の自業自得ですよ」
真耶としては本当ならば許したくはない。カミツレの苦労を一番知っているのは師である自分なのであるのだから、余計に更識を許せない。命の危機を感じつつ学園で苦労を重ねながら、毎日毎日自分の元で補習を受けながらISの訓練を受け続けてきた。その結果が漸く報われる時が来た、イギリスの代表候補生になると自分に報告しに来てくれた時には本当に我が事のように嬉しかった。思わず号泣してしまうほどにカミツレの事を大切に思っている、だからこそ彼女の行動は許せなかった。
「……こんな事をした理由は大体見当が付きます。今回は見逃してあげます、ですけど今度こんな事をしたら……分かってますね」
「はっはいもうしません!!!」
「やらない事が当たり前なんですけどね、もういいです。早く出て行きなさい」
「す、すいませんでしたぁ~!!」
逃げるかのように部屋から飛び出していく更識を見送った真耶は溜息を一つ吐きながら、面倒な事を仕掛けてきた日本政府へと軽い苛立ちを向ける。日本政府に仕えている更識を使ってカミツレに接触を図ってきたという事は、政府が相当焦っているという事を意味している。一夏は日本に引き留める事が出来ているがカミツレは出来ていない、研究所送りという事が最悪な印象を植え付けてしまっている上に余りにも酷い掌返しにカミツレの日本に対する思いは冷え切っている。それを如何にかしようと必死という事だろう。
「カミツレ君、先輩に連絡してください。政府に対して圧力を掛けてもらいましょう」
「真耶先生って……凄い頼りになるけど恐いですね」
「フフフッこんな姿を見せるのもカミツレ君のためですから♪」
早めに手を打っておく必要がある、焦った政府は更識に身体を使ってでも引き止めろといってくる可能性も0ではない。打てる手は全て打っておくのがカミツレを守る事に繋がる。
「それじゃあまあ…料理作りますよ。リクエストあります?」
「それじゃあ前に作ってくれたのをお願いします!!」
気付けば普段通りの真耶に戻っていた、それに笑みを作りつつも先程の恐い真耶が脳裏にこびり付いてしまっている。心の中で絶対に怒らせないようにしようと誓うカミツレであった。
そして楯無はというと―――
「えっもういい!?どういう事ですか!?」
『……織斑 千冬から連絡が来てな……。今度杉山 カミツレに手を出した場合、篠ノ之 束が動く可能性があるから止めろと指摘されてな……我々としてはあの大天災を怒らせたくはない…君はこれから、さり気無くコンタクトを取ってくれ……カメラや盗聴器は無しでな……』
「わ、分かりました……(あの篠ノ之 束に目を付けられてるっていうの……!?い、一体彼は何者なの?!)」
カミツレの得体の知れない恐ろしさに疑問を覚えながら、新たな命令を受け取った。が既に印象が最悪なカミツレとどうやってコンタクトを取ったら良いのかと頭を抱えるのであった。