『蘭ちゃん? あのね、旅行のお土産があるの』
おばあちゃんから、私宛に電話だと言われて出たら、有希子さんだった。
今のマンションに移る前、たくさんピアノを弾かせてくれた有希子さんは、どういうわけか私がお気に入りだ。単に友人の子供というだけでは無いようで、よく遊びやお宅に誘ってくれる。
今日の電話では、イギリス土産を渡したいとのことだった。家族でゴールデンウィークに行って来たのかな?
次の日曜は、おばあちゃんは用事があるから、私だけ送ってもらうことにした。
『待ってるわね。美味しいお菓子もあるの』
有希子さんにお菓子を勧められたら断れない私は、どうも食いしん坊だと思われている気がする。違いますよ。普通です。
ともあれこんなこともあろうかと、おばあちゃんの勧めで買っておいた、京都のお土産が役に立ちそうで良かったよ。
いつ行くか分からなかったから、選んだのは腐る物じゃないけど、長く手元に置いておくのは嫌だったし。
「いらっしゃい。蘭ちゃん。ゆっくりして行ってね」
おばあちゃんを見送って、私をにこやかに招き入れた有希子さんは、やっぱり今日も綺麗だった。
「お邪魔します。こんにちは」
リビングには優作さんが居たので、ペコリとご挨拶。
いらっしゃいと返す優作さんを遮るように、座って座ってとソファをポンポン叩く有希子さんは、今日も相変わらずのテンション高めだ。
「蘭ちゃん。どうぞ」
私が座るのを待ち兼ねたように、有希子さんが私に差し出したのは、一抱えもあるクマの縫いぐるみだった。
あ、何だかテレビで見たことのあるキャラクター。たしかこれは…。
「パディントン?」
「そうよ。イギリスと言えば熊のパディントンよね」
いやいや。ピーターラビットやスヌーピーもありますよね。と思ったが、情報として目にしていた時はそれほど好きでもなかったのに、差し出された縫いぐるみのクマは凄く可愛かった。
「可愛い…。お洋服着てる」
つぶらな瞳で平和な顔付きの、色の薄いクマの縫いぐるみの愛らしさは、私の胸に突き刺さった。本当に可愛い。
ぎゅうぎゅうに抱き締めて、ありがとうとお礼を言えば、有希子さんが嬉しそうに笑い。それを見る優作さんも笑う。
ああ、仲良しだなあ。この人たち。
特に優作さんが有希子さんを大好きなんだ。だから、大事な有希子さんが可愛がる私のことも、受け入れてくれるんだね。
「さあ、お茶にしましょう。蘭ちゃんは紅茶は飲める?」
おもてなしに有希子さんにどうぞと勧められたのは、紅茶と赤いチェックの箱のショートブレッドだった。両方イギリスで買って来たらしい。
もちろん紅茶は飲めます。一番好きなのは、ポアロで頂くミルクティですが、今日みたいなレモンティでも美味しいですよね。
でも今日は紅茶なんだ。珍しいな。いつもはジュースなのにな。と首を傾げたが、お茶うけのショートブレッドを食べて納得がいった。
初めて食べたショートブレッドは美味しいんだけど、ずいぶん甘い。
なるほどだから紅茶なのか。紅茶の渋みでちょうどよかったよ。ジュースだと、たぶん口の中が甘くなりすぎるだろうね。
イギリスの人って、甘いもの好きなのかな? って思ってたら、ティータイムのお菓子は、大体が紅茶に合う味になってるって、優作さんが教えてくれた。
さすが物知り。優作さんは作家さんだっていうから、色んなことを知っている。優作さんのパディントンのうんちくに耳を傾けているうちに、外から新一君が帰って来た。
うん。新一君は、居なかったんだよ。多分小学校でサッカークラブでもあったんじゃない?
なんだ。また来てるのか。みたいな新一君の視線には、私も無言のままお辞儀で返した。
有希子さんは相変わらずで、最近は優作さんも構ってくれるようになったが、新一君とも相変わらずだった。
つまり、有希子さんのご厚意で御呼ばれして、お茶をしたりピアノを度々弾かせてもらう際に、顔を合わせたら挨拶をする程度の仲だね。言ってしまえば顔見知り?
お父さんの優作さんの方とは何度かお話をする機会があって、けっこう可愛がってもらっているけど、新一君とは本当に接点が無い。
ああ、そうだった。忘れていた。私もお土産があるんだった。
私は持って来ていながらすっかり忘れていた、京都で買っておいたお土産を渡した。
おばあちゃんと相談した結果の、有希子さんにはあぶらとり紙、優作さんと新一君には
「ここのあぶらとり紙って使い心地が良いのよね。あら、これ限定デザインじゃない。ありがとう、蘭ちゃん」
「ほう、香木製の栞か。良い香りだね。白檀か」
「線香臭い…」
渡した結果? 見ての通りだよ。新一君以外には好評だったよ。
まあ、小学校2年男児にお香の栞は渋すぎるとは思ったけど、本好きだし虫食い予防にもなるし、実用品でいいじゃないかと決めたのは私だ。
そんなに仲も良くないから新一君の好みは知らないし。無難かなと思ったんだ。
ああ、サッカーと
…でも京都の和小物屋さんに、サッカーグッズや
そういうことで新一君の反応はスルーして、大事な本に挟んでおいたら、虫除けになりますよーとだけ言っておいた。
有希子さんは喜んだし、優作さんも頷いていたし、問題は無い。
そのあとは、主に優作さんが話した。有希子さんも話すけど、話の流れが滞ると、優作さんが上手く話題を出してくれる。有希子さんが笑うと満足そうだ。
「古い本だが、君が好きそうな本だよ。読んでみるといい」
と、話の流れでお薦めの児童文学を、こうして渡してくれたりする。優作さんの書斎には、児童書まであるのかあ。やっぱり資料なんだろうな。
よく在宅でお仕事をしている印象の優作さんの職業は、作家さんだったんだけど、そんじょそこらの作家じゃなかった。
何度も作品がメディア化され、海外のファンも多いらしい有名な人だった。道理でお家が立派なはずだ。
大きな最高級のグランドピアノが置かれた、豪勢なリビングルームが標準装備な御屋敷。そこに住んでいる時点で、世帯主が普通の人の訳がなかった。
そういえば快斗君が言ってたけど、黒羽さんのお宅も大きそうだ。まああちらのお父さんも、世界的な有名人だからね。
「おれ、トイレ」
新一君が言いながらリビングを出て行った。たぶん戻って来ないだろう。
小学校でもあんまり男の子と話さないから、新一君との距離も取りにくい。だからほとんど話さない。
新一君も話し掛けてこないから、たぶん向こうもそうなんだと思う。私が居ると、居心地が悪いんだろうな。
顔だけ似ている快斗君となら、いくらでも話せるのになあ。
この前会った時は、おばあちゃんが声を掛けてくるまでずっと二人でお喋りしてたんだよ。
新しいマジックを練習中だって言うから、また見せてもらえるようお願いしておいた。
パディントンの絵本のことや、私がお気に入りの本の話をしながらも、頭を
「どうしたんだい?」
話の途中でぼんやり優作さんを見ていた私を、優作さんは不審がったようだ。
新一君に最初に会ったとき、快斗君と似すぎていてびっくりしたんだけど。
「新一君もだけど、優作さんが知ってる人にそっくりなんです」
そう。最初は新一君が、兄弟かと思うくらい快斗君によく似ているなあと思ってたんだけど、違うんだ。優作さんと黒羽さんがそっくりなんだ。
だから父親似の息子同士も、当たり前のようにそっくりなんだな。
そう思ったまま話すと、ほう…。と相槌を打った優作さんの、眼鏡の奥の眼が、光った気がした。
描写があったかは知らないけど、普通に考えて。父親似の息子同士が他人なのにそっくりなんだから。そういうことでしょう。
別に兄弟だったって、落ちはないよね?