第1話からすでに原作と道筋が違っています。
蝶々さん、仕事しすぎてます。
お父さんとお母さんは話し合って、私をおばあちゃんに預かってもらうことにした。
「お義母さま、反対を押し切ってまで作った家庭を、私たちは守ることが出来ませんでした。…この人も蘭のことも幸せにしたいのに、私は傷つけるばかりです」
お父さんとお母さんは大学生の時に結婚している。まだ若いからと、だいぶ反対されたようだった。現にお母さんの方のおじいちゃんとおばあちゃんは、二人が結婚したことをまだ許してくれないらしくて、私は会ったことがなかった。
「今までも散々迷惑をかけておきながら、厚かましいと思われるでしょう。ですが無理を承知でお願いします。…大きな口を叩いておきながら、今さらだと言われても仕方がありません。腑甲斐無い親で申し訳ありません。どうか蘭をお願いいたします」
お母さんは高校の頃から有名な美人で、留学経験もある才媛だった。それは伊達ではなく、大学に在学中に司法試験に受かっている。
お母さんほどではなくても、お父さんも優秀だったらしい。大学時代の二人の生活費は親がかりにならず、お父さんが家庭教師で支えていたというのだから、大したものだと思う。
自分に自信があって、全てを勝ち取って来た二人だから、仕事も家庭も両方取れると思ったのだろう。
若いくせに欲張りすぎだと、言われたこともあったようだ。でも自分たちなら、きっと出来ると信じていたに違いない。
そんなお母さんが、泣きながらおばあちゃんに頭を下げていた。
「すまん。おふくろ…」
お父さんも泣いていた。
親が子供を守れないなんて、俺は最低だと言いながら。
お父さんたちが学生結婚だったこと。反対されたこともあり、自分達だけでやって行こうと決めた矢先、私が生まれたことをこの時に知った。
子育てはお金以上に、精神に負担がかかる。おばあちゃんが手助けを申し出たのは、孫可愛さばかりではなく、お父さんとお母さんを見兼ねたためだった。
経済的には頼りたくないと言う二人に、助言や手助けをすることを申し出たという。
弁護士として仕事を始めたばかりのお母さんの負担が、あまりに大変そうで、見て見ぬ振りは出来なかったとおばあちゃんが話してくれた。
特にお父さんが大学を出てから警察学校へ行っている間は、お母さんが子育てと家事と生活費を担わないといけなかったから、大変なんてものじゃなかったようだ。
覚えることがたくさんの弁護士の仕事、溜まっていく家事と手間のかかる赤ん坊。私なら頭がおかしくなったことだろう。
「お義母さまが手助けしてくださったおかげで、なんとかやってこれました」
「高い学費を払ってもらいながら、期待に背いて警官になったんだ。おふくろには、見捨てられても仕方なかったと思ってる」
おじいちゃんの会社を継ぐために入った大学だった。それが一人息子のくせに後継ぎを拒否し、勝手に恋人と結婚して子供を作り、卒業後は警察学校へ入学した。
こうして見てみると、だいぶ好き勝手してるなあ。若さゆえの傲慢っていうもの?
でも自信満々にやりたいことをやって来て、幸せだったはずなのに、駄目にしてしまった。
なにが悪かったのだろう。私が生まれたから?
「迷惑だと思うなら最初から預かりません。蘭ちゃんは、貴方たちに似ていますよ。優しい子です」
おばあちゃんの手が私の髪を撫でると、不安が薄れる。自分が誰かの大切な存在だと感じられるからだろう。
「間違えたと思ったなら、そこからやり直せばいいの。もっと周りを頼りにしなさい。全部抱え込まなくていいの」
「お義母さま…」
私にするように、おばあちゃんの手がお母さんの頭に触れると、お母さんが喉を詰まらせた。
「頑張りすぎて、二人とも今は余裕が無くなってるだけ。私にももっと手助けさせてね」
おばあちゃんは優しくお父さんとお母さんの手を握った。
おばあちゃんは涙ぐんでいたが、お父さんとお母さんはもっとずっと泣いていた。私が泣かせたと思ったら、私も涙が止まらなかった。
「必ず迎えに来る」
そう言ったお父さん。ごめんなさいと繰り返し、私を抱き締めたお母さん。
待ってるね。と小さく手を振って、お父さんとお母さんを見送った日。
その日から、おばあちゃんの家が私の家になった。
保育園のお迎えやお父さんとお母さんが仕事で家に居ない時、元々おばあちゃんの家には、よく預けられていた。たまにお泊まりもして、おばあちゃんの家には慣れていた。
でも夜中に目が覚めて。そこがおばあちゃんの部屋のベッドだと気が付いた時は、涙が止まらなかった。
おばあちゃんに助けを求めて、自分からお父さんとお母さんの手を離したのに。苦しいし悲しい。
お父さんとお母さんを泣かせてしまったのが悔やまれた。私がそうさせた。
もっと私が我慢すればよかったのだろうか。
泣きたくて叫びたくて、息が苦しくて。でも同じベッドの隣で眠る優しいおばあちゃんに、お父さんたちと同じ顔をさせたくなくて。
起こさないように、声を殺していつものように泣いた。
結果的に、最初に通っていた保育園から今の保育園に移ったのは正解だった。おばあちゃんのお友達でもある園長先生は、私の様子を気にしてくれたから。
悲しかったが、お父さんお母さんと離れたことは、私にプラスになった。少なくとも互いを憎々しげに傷つけ合う姿を見ることは無くなり、私たちは穏やかな日常を取り戻した。
親子遠足や観劇はおばあちゃんと一緒だったけど、運動会にはお父さんとお母さんも来てくれた。
嬉しくてはしゃぎ過ぎた私は、翌日に熱を出しておばあちゃんを慌てさせた。
小学校はおばあちゃんの家の近くの、米花第一小学校に入学した。
本当はお父さんと一緒の帝丹小学校に入れたかったらしいけど、受験日当日に熱を出した私は、面接を受けられなかった。
でも帝丹小学校はおばあちゃんの家からは遠いから、歩いては通えない。受かっても通うのが大変だっただろうから、よかったかもしれない。
入学式には、お父さんが買ってくれた赤いランドセルを背負い、お母さんが選んでくれた可愛いワンピースを着て、桜並木をくぐった。
お父さんとお母さんに手を繋いでもらい。嬉しくて自作の歌を歌う私を、おばあちゃんが横を歩きながらニコニコ見ている。
幸せだなってお父さんがボソっと言うと、お母さんがそうね。と答えた。
うん。幸せ。これが幸せなんだ。
そう思った後で、お父さんが約束の時間に少し遅れたことで口喧嘩をしていた。
ちょっと悲しくなったが。おばあちゃんが、大丈夫。喧嘩してても楽しそうでしょう。と教えてくれた。
ああ、確かに怖い喧嘩じゃない。二人とも表情は明るくて、ちょっとふざけているんだな。と分かった。
「あの二人は、昔からこうよ。仲良く喧嘩をするの」
仲良く喧嘩なんて大人って変だなと思ったけど、お父さんもお母さんも楽しそうだからいいかな。
でも仲良くない喧嘩は嫌い。大きな声で怒鳴ったり傷つけるのを見ると、胸がキュウって苦しくて泣きそうになって、息が苦しくなる。
私は絶対、喧嘩はしたくない。誰にも悲しい思いをさせたくない。
それくらいなら、私が泣く方がいい。
そう言った私を見るおばあちゃんは、とても悲しそうだった。
小学校も帝丹じゃない学校へ入学しました。
まあ、住所を移れば学区も違うし、そうなるわねえ。