風少女 〜蝶の羽ばたき〜   作:小方

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△20 ピアノとバレエシューズ

今日はピアノの発表会だった。

去年の春、入学してすぐにピアノを習い始めて。初めての発表会。(つたな)いながらも、懸命に(のぞ)みました。

 

 

 

おばあちゃんが選んでくれた、スカート部分がカーネーションみたいなピンクのミニドレスを着て、シニョンに結った髪には甘いピンクのレースのリボン。靴はお父さんと買いに行った、ピンクのエナメル。

見た目だけなら、一丁前のピアニストだ。ちょっと美人度数も上がっている。

特に靴はお父さんが選んでくれたお気に入りだ。

 

 

「蘭はバレリーナだからな。やっぱりこれだろう」

 

 

靴屋さんでお父さんが真っ先に手に取ったのは、バレエシューズそっくりのピンクのエナメルだった。細い二重のストラップがリボンの様で可愛らしい、

 

まだトゥシューズを履くことを許されていない私にとって、バレエシューズはとても馴染みがある。いつもレッスンでは柔らかな布製のピンクのバレエシューズを履いている。

 

以前練習終わりに、お迎えがてら会いに来てくれたお父さんは、それを覚えていたようだ。

 

 

「やっぱり蘭は一番ピンクが似合うからな」

 

 

 

 

蘭ちゃんは色白だから、淡いピンクがよく似合うんだけど、ステージに立つなら少し濃い目がいいかしらね。淡い色は照明に負けそうだし…。

 

おばあちゃんもそう言って、ピンクのミニドレスを選んでくれた。

 

学校以外では屋内でしか運動をしない私は、ほとんど日焼けしていない。更にはおばあちゃんがスキンケアにうるさいため、日焼け止めを常用しており、ほぼ生来の肌の白さを保っていた。

一部の同級生には、白すぎて気持ちが悪いと言われるが、大体の女の人は支持してくれる。白肌は、高い化粧品を使っても手に入れ難い財産だって。

 

確かにね。色白の人は、日焼けしたら小麦肌になれるけど、小麦肌から、色白肌にはなれないんだよ。

なんだったかな。美白美白、遅い衰え、早めのお手入れ、とかお父さんの同僚の婦警さんが交通標語みたいに言っていたよ。

 

白雪姫みたいで可愛いと言われて悪い気はしなかったので、同級生の方は気にしてない。むしろバレリーナなら、白い方が良い気がするし。

ああ、今日はバレリーナじゃなくて、ピアニストだった。

 

 

 

 

発表会があると先生に初めて言われた時、あんまり実感が湧かなかった。何せ私は習い始めてそんなに経っていなくて、元々出る予定じゃなかったから。

それがなぜか、今習っている曲で出ることになったのは、実は単に数合わせが理由だったりする。予定していた参加者が欠けての補充。つまりは補欠だ。

なんだそれ。野球やサッカーなら人数不足で試合が出来なくなるのは分かるが、ピアノの発表会の数合わせって、正直なんだそれって思った。

 

でも今年は怪我をしたり、急に教室を辞めたりと、参加人数が当初の予定から減りすぎて、プログラムの厚みが少なく、発表会自体が中止になるかもしれない異常事態だった。私の他に簡単な演目での参加をお願いされた子が、何人かいたのだ。

 

本当なら発表会の半年以上前から、先生と相談して発表曲を決め、しっかり練習して参加する。早い子は発表会が終わるとすぐ、翌年の発表会のことを考え始める。

なのに私たちは、3ヶ月足らずでここにいる。早まったことをしたなあと思いもするが、他のお姉さんたちの努力が無駄にならず良かったとも思うし、なんとも複雑な気持ちだった。

 

 

 

生まれて初めての独奏の発表会。本来ならしっかり準備して臨みたかったところのそれは、バタバタしている間に終わった。

 

プログラムの2番目だった私は、会場のホールに着いてからすぐ、急かされるままに着替えて、そのまま準備が出来たらステージに追い立てられた。

 

椅子の高さ調節と譜面台の位置調整さえすれば、あとは弾くだけだった。ちょっとドキドキしたが、あれだけ練習した曲だ。失敗も無かった。

私も、私の前の子も、たぶん無難に弾きこなせたと思う。演奏を終えると拍手が聞こえたから。

 

最後のお辞儀もきちんと忘れず出来て、ステージマナーもたぶんばっちりだった。たとえ上手く弾けなくても、お辞儀を忘れて舞台袖へ逃げるのはダメだと習ったからね。

 

 

お父さんは来れなかったけど、お母さんとおばあちゃんが観ていてくれて、誉めてくれた。

 

 

「堂々としてたわよ。蘭」

 

「ええ。お家で弾くのと同じように、上手に弾けたわね」

 

 

うん。先生がビデオを撮ってくれているから、お父さんも観てくれたらいいなあ。そう言うと、お母さんがやっぱり怒っていた。

 

 

「全く、あの人ったら。せっかくの蘭の晴れ舞台なのに」

 

 

スケジュール通りに進みやすいお母さんのお仕事より、お父さんのお仕事は、突発的な変更が珍しくない。だから前もって分かっていた予定でも、急に仕事場へ呼ばれることが多かった。

 

お父さんの仕事が、交番勤務や内勤とかなら問題は無かったのだが、この頃はもう刑事課にいたため仕方がなかったんだと思う。

 

 

 

 

 

ずいぶん経ってから、お父さんと一緒にそのビデオを観る機会があった。映像の中の、まだ小さな私を見るお父さんの目が、とても優しかった。

 

あの靴はお父さんが買ってくれたの、覚えてる? と聞けば。ぶっきら棒に、そうだったか? と言われる。

 

 

「まだ取ってあるからね」

 

「履けないのに取ってあるのか? 捨てちまえよ」

 

「捨てられない思い出もあるでしょ」

 

 

捨てないよ。と言えば、何年振りかに謝られた。

 

 

「…行ってやれなくて、悪かったな」

 

「お父さんが仕事をしないで、事件が長引く方が困るよ」

 

 

父親の役割をろくに果たせなかった悔恨から、いつも謝るお父さんに、私もいつものように返した。

 

大丈夫。分かってるから。

 




小さな生徒さんほど本番でもあがらず、ケロッとしているらしい。何故だろう。
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