風少女 〜蝶の羽ばたき〜   作:小方

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簡潔なサブタイトルの付け方を知りたいです。






▽25 小さな世界がひび割れる音がしても、私たちは生きるしかない

お盆を過ぎて、あれだけ強かった日差しも少し弱まり、夜には虫の鳴き声が聞こえる頃、お父さんのアパートにやって来た。もちろん掃除にだ。

 

お父さんの仕事が忙しいため、たまに会える日が掃除の日に成りつつある。……出来れば一緒にお出かけしたいなと思うけど、この部屋の汚なさを見てしまうと掃除をせずにはいられない。

 

 

「夏休みもそろそろ終わりだろう。宿題は大丈夫か?」

 

「ほとんど終わったよ」

 

 

算数ドリルも漢字の練習帳も終わっている。後は図工の宿題の絵だけだ。画題に指定がないので、逆に何を描こうかと迷っているのだ。

 

 

「あ、お父さん。タオルと靴下は一緒にしちゃ駄目だよ」

 

「んあ? 面倒臭せえなあ」

 

 

溜めに溜めた洗濯物を、分別もせずに洗濯機に放り込もうとしたお父さんを制止し、私は仕分けの真っ最中。

 

 

「混ぜたら靴下の臭いが、タオルに着いちゃうよ」

 

 

一体何日履いたのか、知りたくもない存在感を放つ靴下を、私は摘まんで洗濯カゴへ戻した。うえっぷ。

 

 

「こりゃあ、もう駄目だな」

 

 

どんな状況で着いたのか不思議なほど、広範囲にべったりとカレー染みが酷いワイシャツをお父さんが捨てようとしていたのを、止める。

 

 

「大丈夫。それ落ちるから」

 

「これがかあ?」

 

 

お父さんは不審そうだが、カレー染みの原因の色素は、紫外線に弱い。洗剤でよく洗って日干ししておけば、一日か二日もあれば大抵の場合落ちる。

前に給食のカレー染みを着けてしまったハンカチも、同じ方法で綺麗になったから、たぶん大丈夫なはず。

 

そうして洗ってしまった洗濯物を、干すためにベランダへ出た。でもシーツもあって大量だったため場所が足りず、アパートの敷地内の共同スペースを借りて全部干した。

 

今風のメゾネットタイプと違い古いこのアパートには、アパートの敷地内に洗濯物を干すための物干し台や花壇があった。大家さんが作ったというその花壇で、気の早い黄色いコスモスが一輪だけ風に揺れている。

 

それを見て、描くならやっぱり花だろうかとぼんやりしていると、どこからかでっぷりと大きな猫が現れた。

 

 

「ちっ。相変わらずブサイクだなあ。お前は」

 

 

うん。なんとも愛嬌のある立派なブサにゃんだった。

その子はお父さんの足元に転がり、体を砂だらけにしてゴロゴロと喉を鳴らした。凄くお父さんに懐いている。

 

 

「おうおう。汚ねえなあ」

 

 

お父さんはじゃけんに扱う素振りだが、顔が嬉しそうだ。じゃれつく猫に、お父さんは口でこそ否定的だが、この様子だと絶対いつも構っているはず。

ブサイクだなあ。汚ないなあと言いながら、足元に転がる猫の腹を触っていた。

 

しばらくしてお父さんと遊ぶのに飽きた猫は、風が吹くたびユラユラ揺れるコスモスの花弁を、狙ってやろうと、耳をそばだてている。

 

 

「お父さんって、猫好きなの?」

 

「好きじゃねえな。鬱陶しい」

 

そう言うくせに、コスモスで遊ぶ猫を見る目は優しかった。それを見て、私は以前お母さんに聞いた話を思い出した。

 

 

 

 

 

 

お父さんとお母さんがまだ学生で結婚したばかりの頃、アパートの大家さんに隠れて猫を飼っていたらしい。

 

半ノラの猫だったけど可愛がっていたら、ある時いなくなってしまい。寂しそうだったお母さんのために、疲れているのに仕事終わりに探し歩いてくれていたらしい。

 

でも結局猫は見つからなかった。その子は地域猫で、あちこちでエサを貰いに渡り歩き、寒い冬には家の中にまで入れられていて、実は結構な高齢だったようだ。

 

猫は見た目で年齢が分からない。若く見えたが、もう16年前にはすでに居たらしかった。老衰だ。

 

よくご飯を貰う家の日当たりの良い裏庭で、満開のコスモスの中で埋もれて、猫が眠るように死んでいたのを見つけたのは、その家のおばあさんだった。

 

そのままコスモス畑に猫を埋葬したというおばあさんが、体調を崩してしばらく入院していたため、誰も行方を知らなかったのだ。

 

お父さんはそれを調べて知ったものの、猫が死んだことをお母さんに告げられず、間もなく私が出来たのでアパートを引っ越したらしい。

後日買い物先で、お母さんはその家のお嫁さんに偶然会って、本当のことを聞いたと言っていた。

 

お父さんがお母さんを悲しませたくなくて本当のことを言えなかったから、お母さんもそのことは知らなかったことにしたんだね。内緒よと言っていたお母さんとの約束だから、私も知らないフリをしている。

 

 

 

 

 

それから間もなく、お父さんとお母さんは正式に離婚した。

 

残念だけど、こればかりは縁だからね。とおばあちゃんが言ってた。

 

昔じゃあるまいし、女が家を守るのが仕事なんて言わないけど、どちらも意地っ張りの強情者。あの性格じゃ大黒柱が二人いるようなものだから、ぶつかっても仕方がない。

 

 

どちらかが受け身なら上手くいくけど、ぶつかって反発してもどちらも反省しないんじゃ、見込みはないわねえ。とのこと。

確かになあ。

別居中でも私の教育方針で反発して、ところ構わず口論していた二人だ。きっとどうしようもなかったんだよね。

離婚しても、私が二人の娘であることは変わらない。昔の学生時代のような友達に戻れるといいね。

 

 

二人が恋に落ちて結婚して、子供が生まれた。今さらだけど、きちんと家族計画はした方がいいよ。若気の過ちの結果の私からの(はなむけ)に二人に言ってあげる。

 

次は失敗しないようにね。

 

お母さんが一緒に住もうと言ってくれたけど、この前行ったときのお父さんのアパートの様子が頭をよぎった。

 

うーん。一緒に住むなら、むしろお父さんの方じゃないかなあ。お母さんは一人で大丈夫だけど、お父さんはあのままだとゴミに埋もれて死んじゃいそうだよ。

 

でも無理だな。私はどちらにも行けない。一緒にいるためには、誰かが現状を変えて我慢しなくてはならなくなる。

 

この頃の私の習い事は週5日。おばあちゃんが送迎などのサポートに掛けてくれている手間暇はかなりのものだった。

 

それは弁護士として独立を夢見て邁進するお母さんと、警官として多忙を極めるお父さんには、どれ程の負担になるだろう。かと言って、私が望んで始めた習い事を減らすのは論外だと、おばあちゃんは切り捨てた。

 

お母さんは大好きだけど、お父さんはほっといたら心配だけど、誰かが我慢するのは違うだろう。また同じことの繰り返しだ。

私がこのままが良いと言えば、お父さんは歯を食い縛り、お母さんは泣きそうな顔をした。私は二人をごめんなさいって、ギュッと抱きしめた。

 

必ず迎えに来ると言ってくれたお父さん。あの時も泣いていたお母さん。

 

私たちは長く離れすぎたよ。三人ともがすでに地盤を固めてしまって、今がベストの状態な以上、もうどうしようもない。

 

最後は笑ってくれたお母さん。今度セーターの編みかたを教えてね。代わりに料理が苦手なお母さんに、おばあちゃん直伝の炊き込みご飯の作り方を教えてあげる。

オカズがなくても炊き込みご飯とお味噌汁が有れば生きられるよ。最近はインスタントのお味噌汁も多彩で美味しいから、後は玉子焼きもあればバッチリかな。

 

でも玉子焼きに一味唐辛子を入れるのは止めようね。私、しばらく舌の(しび)れが取れなくて大変だったんだからね。

 

お父さん。ゴミに埋もれないように、時々掃除に行ってあげる。たまには職場に差し入れにも行くよ。

 

 

 

 

 

こうして二人は離婚したが、元々三人で暮らしていた訳ではないから、生活は何も変わらない。このままだ。

お父さんは警官として生き続けるし、お母さんは独立を目指し、私は夢のために勉強と習い事を頑張るだけだ。

 

夏休み明けにやって来たお父さんのアパートの庭先の花壇では、満開の黄色いコスモスが風に揺れていた。

 




とうとう別れてしまいました。
蘭ちゃんも英理さんも、目標があるので前だけを見据えます。女は常に今と未来を大切にするので、あまり未練を引きずりません。

何故か男の方が、過去に捕らわれやすいんですよね。

小五郎さんは思い切ることが出来るでしょうか。


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