風少女 〜蝶の羽ばたき〜   作:小方

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△26 自由自在、あるがままという自由

バレエを習い始めて三年目、三年生の春に初めて発表会に参加した。

 

当然役柄はその他大勢の一人で出番も少なかったけど、おばあちゃんは大喜びで色んな人に声を掛けたようだ。客席におばあちゃんのお友だちだけでなく、習字の先生やポアロのお客さんも居たからびっくりした。

 

本気でバレリーナを育成する程ではないバレエスタジオの子供の催しなんて、今思うと下手くそでつまらない舞台だったに違いなかった。それも他人の子供の発表会になんて、よく貴重なゴールデンウィークのお休みに来てくれたものだ。皆さんありがとうございました。

 

当日はお母さんもお父さんも来てくれて嬉しかったけど、離婚して初めて並んで観客席に座っている二人を見るのは複雑な気分だった。でもパンフレットを手に顔を寄せあって、小声で何かを話す二人の様子は以前と変わらないので、おばあちゃんが言ってた別れて夫婦ではなくなっても親であることは変わらないって、こういうことかってホッとしたのを覚えている。

 

「蘭。可愛かったわよ」

「さすがは俺の娘だ。主役の子より断然、良かったぞ」

 

舞台が終わった後の控え室で。親馬鹿ぶりを発揮して二人が写真を撮るのに夢中になってしまい、私はなかなか着替えさせてもらえなくて困ってしまった。そうそう、おばあちゃんに仲良く叱られていたなあ。

 

これは今も変わらない。お父さんとお母さんは元々が幼友達であったので、気心が知れているのだろう。心が離れてしまっても、気安く付き合いをしているようだ。

 

そのすぐ後、お父さんのアパートへ行ったら、意外なことを聞かされた。

 

「え。お父さん、引っ越すの?」

「ああ、大家のばあさんがな、綺麗なアパートに建て替えたいんだと。ここもあちこちガタが来てるからなあ」

 

お父さんの部屋に入るまでにふと目に付いた、錆び付いてボロボロだった階段の手すりを思い出して納得した。アパートの建て直しはもう一年くらい前には分かっていたことらしい。次のアパートも手配済みとの事だった。

 

「ここからそんなに離れてねえから、お前も大丈夫だろ。まあ俺かお袋が送るから問題ねえな」

 

しっかりと道順を覚えろよ。とお父さんに言われてしまった。

 

もう私の方向音痴は、おばあちゃんによりお父さんとお母さんに知らされている。そのためか三年生にもなったというのに、ちょっと距離のある慣れない所へは送迎することが暗黙の了解となっていた。

 

「それよりも蘭。猫を飼う気はないか」

 

「猫?」

 

去年の夏、お父さんのアパートで会った猫の飼い主が、代わりに飼ってくれる引き取り手を探しているという。

 

「だいぶ困っているみたいなんだ」

 

近日中にアパートを立ち退かないといけないらしいのだけど、飼い主さんは猫の飼える転居先を見つけられず、困ってお父さんに相談したらしい。

 

「年金暮らしのじいさんだからなあ…。こんな安アパートか公営住宅くらいしか、入るあてはねえのさ」

 

ペット可のアパートは探せばありそうだが、公営住宅でペットを飼うのは無理だろう。退去の話は一年以上前から聞いていたけど、飼い主の人は希望の家賃で借りられる部屋が見つけられなくて困り果てているとの事だった。

 

「猫」

 

私は以前見た、でっぷりと大きな三毛の猫を思い浮かべた。

 

派手な三毛柄と大きな体に見合った大きな顔に目付きの悪い、でも愛嬌たっぷりのブサにゃん。お父さんも不細工不細工と言いながら、甘い顔で構い倒していた。

 

おばあちゃんは私に甘いから、ねだればきっと大丈夫かな。そう思っているとお父さんが悪い顔をしていた。

 

「俺が頼んでも無理だろうが、お前からならいけるだろ」

 

 

 

 

 

お父さんの言う通り、おばあちゃんは嫌がらなかった。

むしろ、まあ。立派な猫ちゃんねえ。と愉快そうに、猫ちゃんに必要な道具を揃えてくれた。

 

「蘭ちゃん。この子のお名前は?」

 

そう、問題は名前なんだよね。人懐っこくてゴロゴロよく言うからゴロちゃんとか、太っているからブウちゃんとか、どら猫のドラちゃんとか好き勝手に呼ばれていたけど、女の子だからね。可哀想だよ。

 

ちなみに元の飼い主さんはドラミと呼んでいたらしいけど、どうしても猫型の妹ロボットを連想してしまうから却下したい。でもまだぴったりとくる名前が決まらないのだ。

なかなかドラミに代わる名前が浮かばず悩む私。でも猫ちゃんはそんなこと意に介さず、私に背中を撫でられて喉をゴロゴロ鳴らしている。

 

困った。三毛猫でミーちゃんとか、安直すぎる名前しか思い付かない私に、ゴロゴロゴロちゃんやどら猫ドラちゃんを笑う資格はない。

 

うーん。でも困ったことに、ゴロゴロゴロちゃん以上にぴったりくる名前が本当に浮かばない。

 

ゴロ、ゴロー、五郎…。お父さんの名前みたいだなあ。

 

あ、お正月の時代劇に出てきたお姫様の名前だ。

 

 

五郎八と書いて、いろはと読ませていたな。いろはといえば、以呂波カルタだけど。物事の習いはじめのことも、いろはと言うんだっておばあちゃんが教えてくれたよ。 

 

ペットを初めて飼う私の最初の猫ちゃんなら、いろはがピッタリじゃないかな?

 

いろはちゃん。うん。悪くないよ。

 

「いろは。いろはちゃんって呼んで」

 

おばあちゃんに答えて、私はにっこりと笑った。

 

 

 

 

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