三年生の秋、休日と祝日が重なって三連休になったので、おばあちゃんに連れられてまた京都に来た。お墓参りとひいおばあちゃんの実家を訪ねるために。
分からないまま来たけど、ひいおばあちゃんの兄弟の法要だったようで、私たち以外にもたくさん人がいた。遠い親戚である人たちとお話をして、その日は市内のホテルに泊まった。
翌日は観光の予定だったけど、朝ごはんをビュッフェで済ませてロビーに行くとまーさんがそこにいた。
「おはようございます、まーさん。お久しぶりです」
「はい。おはようございます。久しぶりですなぁ。蘭さん、ちょっと背が伸びましたか」
「伸びました。8歳にしては大きいって言われます」
まだ三年生なのに、私はよく高学年に間違えられる。
背は平均より少し大きい程度なんだけど、バレエを習っていて姿勢が良いことも関係しているのか、どうも大きく見られがちだ。
……特別私が老けているとかじゃないと思う…。たぶんだけど。
まーさんに駆け寄って抱き着くと、いつものようにポンポンと頭を軽く叩かれた。
「だから、女の子が気安く男に抱き着くものやないというとるでしょう」
まーさんは呆れた口調だが、私の頭を撫でる手は優しい。この人は私を突き放したりしない。時に厳しいことも言うが、初めて会った時からずっと優しかった。
初めの頃は偶然居合わせていただけだったけど、最近は京都に来ると当然のようにまーさんがいる。私がまーさんを好きでよく懐いているので、おばあちゃんがお願いして構ってもらえるようにしているんだろう。
嬉しいけど、いいのかなとも思う。確かまーさんって、大学二年生じゃなかったっけ?
よく知らないけど、来年くらいから卒業に向けての就職活動とかが忙しくなったりするんじゃないのかなあ。ポアロのアルバイトの人が、それで辞めちゃったって前に聞いたことあるんだけど。
まーさんはどうなのかな。もうあんまり会えなくなったりするのかなあ。
心配になって聞いたら、自分は問題ないから気にするなって言われちゃった。
「僕が好きで来とるんや、蘭さんが気にすることやない」
そうしてまた頭をポンポンってされた。もう、あんまりするとシニョンが崩れちゃうよ。やめて。
「ああ、ごめんな。…癖になっとるんやなぁ」
でも抗議したら、手櫛で整えてくれるんだけどね。
「さあ、蘭さん。お部屋に行って用意して来なさい。僕はここで待っとりますから」
おばあちゃんは用事があるため、今日はまーさんと二人でお出掛けだ。取って置きのスイーツが食べられるお店へ案内してくれるらしい。
うん。待っててね。
まーさんの案内で古い町家の並ぶ通りを歩いていると、袴姿の子供をちらほらと見掛ける。
お正月でもないのに和服なんて着て、珍しいなとぼんやり見ていたら、うっかり色黒の男の子とぶつかりそうになった。
すかさずまーさんに引き寄せられて、助けられたから大丈夫だったけど。
「おっ、悪い」
ごめんなー。と手を振りながら、その子は連れのポニーテールの女の子と走って行ってしまった。
「…やれやれ、危ないなぁ。蘭さんも気をつけなあきませんよ」
「はい。ごめんなさい」
それでも袴姿の子供たちが気になって見ていたら、まーさんが理由を教えてくれた。
「ああ、確かカルタ大会をやっているんですわ」
「カルタ」
いろはにほへとで、犬が歩いてて棒に当たっちゃうやつ?
あのことわざって、おかしいんだよね。歩いていたら不意に棒が当たって災難だっていうのと、棒が良かったよ。当たってラッキーの逆の意味が二通りあるの。
歩いてて棒が当たったら、普通に事故だし痛いし、不幸だって言うのは分かるんだ。でもね。
おめでとう。あなたに棒が当たりましたって急に言われて、喜ぶ人って滅多にいないんじゃないかな?
嬉しい? 欲しがってもいない棒が当たって。
犬だって棒の単品だけ当たっても、嬉しくないんじゃない?
どうせなら、投げてくれる人とセットでないと遊べないし、嬉しくないんじゃないかなあ。
「以呂波ガルタやのうて、三十一文字。……短歌、五.七.五.七.七の五句、百人一首の大会です」
みそひともじ。味噌人文字。この場合は三十一文字だった。小学生には読めません。
脳内変換に失敗して変な顔をしていたらしい私のために、たーさんが噛み砕いて説明してくれた。ありがとう。
知らなかったが、百人一首の全国的なカルタ取り大会があるらしい。今日はそれの小学生バージョンの催しを行っているようだ。でも袴はカッコいいけど、袖が邪魔そうだね。
私たちは特に古い町家に入って行く子供たちを横目に、まーさんのお奨めのカフェへと向かった。
そこで噂の人気メニューだという抹茶白玉パフェを食べながら、おしゃべりした。ほとんど私ばかりがしゃべってたけど、まーさんがコーヒーカップを片手に、時々相づちを打ってくれるので、気持ちよく過ごせた。
お店を出てすぐ、なにか気配を感じてカフェの横の路地を覗いたら、少し進んだ辺りに小さな黒いものが見えた。
「蘭さん」
まーさんが止めるのも聞かず、私は路地に足を踏み入れた。
近づく程に聞こえるか弱い声に、そのままにして立ち去ることは選択肢にはなかった。頭を上げることも出来ないくらいに弱りきった憐れなその姿に、私は恐る恐る手を伸ばした。
果たしてそれは小さな生き物だった。
「猫ちゃん…」
私を呼んだのは、真っ黒い毛並みの小さな子猫だった。しかし私を呼び止めることで力を全部使ってしまったのか、その子は私が抱き上げても目を開けることはなかった。
「猫ちゃん…」
抱えた腕の中で、ぐんにゃりと力を無くしたその子猫を抱きながら、私は涙を堪えていた。
「貸しなさい」
呆然とする私から、まーさんが子猫を取り上げた。そうして子猫の様子を確かめると、私の手を引いて歩きだした。どこへ行くのだろうか。私は黙ってまーさんがするに任せていた。
まーさんは表通りに出ると、私に断って携帯を取り出し、少しの間なにかを調べていたようだった。が、直ぐにそのまま最寄りの動物病院へ飛び込んだ。ちょうど他に患者…じゃないな。患畜? が居なかったので、子猫は直ぐに看てもらえることになった。
そして適切な診察の後に注射と点滴を受けて、あんなにぐったりとしていた子猫は、息を吹き返したのだった。
「体力は落ちているようですが、これだけ元気なら大丈夫ですよ」
「そうですか」
獣医さんが言う通り、子猫は先程までの様子が嘘のように動き出していた。点滴の針を抜くとき痛かったのか、威嚇のうなり声を出す程だった。
「蘭さん。とりあえず子猫は僕が連れて帰ります。」
ほとんど動かない子猫がもう死んでしまうものだと思っていた私は、安心して泣き出してしまって、頷くことしか出来なかった。
東京に戻ってから、まーさんから電話があった。子猫はすっかり元気になり、まーさんの猫好きの親戚が飼うことになったとのことだった。
『大切に育てられてますから、もう心配はせんで大丈夫ですよ』
「ありがとう。まーさん」
ポーと名付けられたその黒い子猫は、今でも大切に飼われているという。
今回の場所が京都だったので、あからさまに大阪組とニアミスさせてみました。
でも、映画から紅での平次くんと紅葉ちゃんとのカルタ大会での出会いが、一体何歳の時なのかが調べても時系列が分かりません。
そのため、これが映画の回想シーンの出会いの頃かは明言出来ません。この回かもしれないし、もっと後かもしれません。