やっぱり私には、シリアスは無理なようです。たぶん十年待っても、シリアスはやって来まい。
というわけで、タグを追加しました。
〔基本ほのぼの〕
あれ? スリルショックサスペンスな原作とは、明後日の方向性のタグですね。知ってます。
試しに検索してみたら、数多いコナン二次でも、このタグ付いてたの2作品だけでした…。
私は何処へ向かっているのでしょう。
引っ越しをしたのは、夏休みの少し前にだった。
おばあちゃんは結局、今のマンションを売ることに決めた。おじいちゃんのものだったという空きビルで、新しいマンションの完成を待つしばらくの間、そこで仮暮らしだ。
今のマンションに住む前に、おばあちゃんたちがちょっとの間住んでいたという、住居スペースにやって来たのだが…。
「なんか、教室みたいだね」
三階部分は、元々管理人の住居として設けられたフロアだが、どうにも無機質で素っ気無い造りだった。
おばあちゃんたちが住んでいたのもかなり前のことなので、余計なものは何にも無かった。
表通りに面したリビングに当たるそこは、さほど広くもないのにガランとして見えて。運んだ大きな家具がピアノとソファくらいしかないためか、まるで学校の教室か病室のように寒々しく感じられた。
「壁が白いから、余計にそう感じるのね。長く住むなら、壁紙を張り替えてもいいんだけど…」
うん。ここにはせいぜい秋までしか住まないのに、そこまでするのも勿体ないね。
剥き出しの壁からは敵意みたいな物を感じるわねえ。絵でも飾りましょうか。と、おばあちゃんもおっとり首を傾げている。
絵かあ。後で下から取って来ないとダメだね。
ピアノだけは入れてもらったが、ここは三階なので運び入れるのだって大変だった。業者さんお疲れ様でした。
最初は家財道具を倉庫に預けるなり処分なりして、ホテル住まいでも良いとの話もしていたけど、ピアノも無いし小さな私には窮屈だろうと、おばあちゃんがここを用意してくれたのだ。
ごめんなさい。ありがとう。
「英理さんがお家に誘ってくれたけど、あそこに三人では狭いしねえ」
それに今お母さんの事務所は、大きな案件を抱えているらしくて、度々仕事場に泊まり込むくらいに忙しいようだった。そんな時に私たちが同居すると、きっと邪魔になってしまうだろう。
「お父さんのアパートはやだよね」
「問題外よ。狭い以前にあり得ないわ!」
おっとりと物静かなおばあちゃんが語気を荒げるなんてこと、それこそ滅多にない。この有様で分かるが、二人とも酷い目にあったのだ。
この前おばあちゃんと行ったお父さんのアパートの惨状が頭をよぎり、私も頷くしかなかった。
うん。イヤだ。あそこには住みたくない。断固拒否します。
「私もイヤだよ」
お父さんは放っておくと、ゴミに埋もれて死んじゃいそうだから、おばあちゃんと時々掃除に行くのだが、先月は本当に酷かった。
溜まった洗濯物。カビの生えたバスルーム。ここまでは許容範囲だった。
問題はキッチンだった。
カビの生えたシンク。捨てるタイミングを逃しているのか、キッチンの隅に溜まったゴミ袋の山。そこから漂う残飯の腐敗臭。
ゴミ袋からはみ出したスーパーの惣菜のパックで油染みが出来た床板。袋の中からカサカサという虫の音が…。
おばあちゃんがいつもの鷹揚な自分をかなぐり捨てて、次の瞬間ゴミ袋の口を縛った隙間へと、殺虫剤を噴霧しまくっていた。
私、あんなに機敏に動くおばあちゃんは、初めて見たんだよ。
あれ? その殺虫剤って、どこにあったの?
その後おばあちゃんは、まるで能面のような表情で。聞いたことがないほど平坦な声で、お父さんに電話をかけていた。
ゴミ袋から聞こえたカサカサという音より怖かった。
とにかくお父さんには、いくら仕事が忙しくても、せめてゴミ出しはして欲しいと心底思ったものだった。
とにかく色々な理由があって、お父さんお母さんとは住めない。
特にお父さんの部屋は無理だ。あの部屋、絶対に出るもん。
「…あそこまで酷いのは初めてだったわ。きっと、しばらく行かなかったからね」
忙しくても、月に一度は掃除に行くべきね。と溢すおばあちゃんの横で、私は食器棚にしまうお皿を包んだ梱包材を次々に外していった。
引っ越しって大変だよね。
荷物をまとめるのも手間なんだけど、それを荷ほどきして片付ける手間とかがあるから、本当に大変だよ。その後に出るゴミも大量だしね。
最低限の必需品以外は、下の二階の空きフロアに入れておこうと言ったおばあちゃんに賛同するわー。
あ、絵と一緒にクッションも取って来ないと無いよ。
このおじいちゃんの遺産だった三階建ての貸ビルの空きが、ちょうど二階分丸々あって助かった。
そうじゃないと必要な家財道具は倉庫に預けなきゃダメだったからね。すぐに持ってこれるのは楽で良いよ。
今いる三階は掃除が必要だったけど、二階フロアは少し前まで学習塾として貸していたせいか、事務机や椅子が一部置かれたままだけど綺麗だったので助かったし。
「こんなものね。蘭ちゃん、お茶の時間にしましょう」
ようやく片付けが一段落したので、一階の喫茶店で一服しようということになった。
三階分の階段を降りて、ドアベルを鳴らして下のお店に入れば、店主らしい年配のおじさんが迎えてくれた。勧められるまま、窓に近い席に着いた。
「大家さん。おひさしぶりですね」
「こんにちは。コーヒーをいただけますか?」
おばあちゃんは、私にはフレッシュジュースを頼んでくれた。
何か食べるかと聞かれたが、そんなにお腹は空いてなかったので、今はいいと断った。
ジュースを待っている間、窓に書かれた店名らしい文字を読んで、私は首を傾げた。
「ロアポ?」
「ポアロよ。蘭ちゃん」
ポアロ。
ああ、こっちは裏だから、右側から読まないといけないのか。
たまにあるよね。社用車とかで左右のドアに書かれてあるアレと一緒。時々変なのがあって、笑っちゃう。
この前は信号待ちで、バタコと書いてあるのを読んだら、コタバだったよ。パン屋さんの助手の人じゃなかった。
「はは。逆から読んじゃったのか」
飲み物を持って来たおじさんがニコニコ笑いながら、頼んでいないケーキのお皿を置いた。
私が尋ねる前に、サービスですよと教えてくれる。
おばあちゃんを見ると頷いたので、ありがとうと言って受け取った。
いい子だね。と言われたので、ペコリと頭を下げたら、ケーキに頭突きをしそうになって笑われた。危ない危ない。
お腹は空いてなかったけど、フレッシュジュースもケーキも美味しくいただきました。ごちそうさまでした。
ケーキもいいけど、おばあちゃんは、ポアロのコーヒーとモーニングが好きなんだって。
お休みの朝は来ましょうねって言ってたけど、夏休み中ずっとってわけじゃないよね。分かってるよ。
冷蔵庫が空っぽだったから、夕ごはんは、近くのお店のミートソーススパゲティだった。お店の名前は忘れたけど、それも美味しかった。
きっと明日の朝は、ポアロのモーニングだね。楽しみだな。
「あ、お腹が苦しい。食べ過ぎたかなあ」
食べてばかりだと良くないから、寝る前にバレエの自主レッスンをすることにした。
レッスンバーがないから、ちょっとやりにくい。仕方がないから、壁に手を付いてポージング。
鏡がないから、ちゃんと出来てるか確認出来ないけど、足の爪先から指先まで、神経を集中する。
おばあちゃんが見ててくれるから、たぶん大丈夫。
あ、ちょっと引きつる感じ。
バレエスタジオで、私が一番に体が固いの。よし、頑張ろう。
ポアロの上にやって来ました。住みます。二階に探偵事務所は在りません。
だって小五郎さん。刑事のままですから。