お父さんとお母さんが、高校と大学が一緒だったことは知っていたが、元々小さな頃からの友達だったことは知らなかった。
いわゆる幼馴染みというもので、恋人同士になる前から、とても仲が良かったらしい。
仲が良すぎて、喧嘩することも多かったというが、それは今と変わらないね。
教えてくれたのは、お父さんたちの同級生で、今でも親交のある工藤夕希子さんだった。
「蘭ちゃん。ジュースのおかわりはいかが?」
「あ、まだ入ってるから…、いいです」
「それなら、パイをもう一切れどうかしら。このクッキーも私が焼いたのよ。いかが」
しきりにジュースやお菓子を勧めてくる有希子さん。
すみませんが、まだ昼過ぎなので、お父さんと食べたポアロのナポリタンで、お腹がいっぱいなんです。
「もうお腹いっぱいなので、ごめんなさい」
「あらあら、やっぱり女の子は食が細いのねえ…」
同じ小1とはいえ、サッカー少年の新一君と比べれば、食べる量は少ないかも…。いやいや。すでに炭水化物で、胃が満たされてますからね。
ここに来た時すでに満腹だったのに、有希子さんの押しに負けてアップルパイとジュースをいただきました。
大変美味しかったですけど、お腹いっぱいでなければ、きっともっと美味しかっただろう。うっぷ。
「じゃあ、帰りにお土産に持って帰って、おばさまと召し上がってね」
「はい」
あ、それは嬉しい。おばあちゃんもケーキは大好きなのだ。
おばあちゃんの喜ぶ顔が浮かんだので、思わずにっこり笑ってお礼を言ってたら。
やっぱり女の子も、可愛いわねえと、さらに構われるようになってしまった。おばあちゃん、早く迎えに来てー。
私とのおしゃべりに早々と飽きた新一君は、自分のアップルパイを平らげたらどこかに行ってしまった。
そりゃあね。私は彼が好きだという、サッカーも難しい推理小説にも関心がないから。きっと退屈だったんだろう。
おかげで私が、初対面の彼のお母さんの関心を一人で負うことになったよ。
有希子さんの旦那さまの優作さんは、お仕事の続きがあるとかで、新一君より先に退散してしまったので、本当に二人きりだった。
どうして私が、こちらのお宅に一人でいるかというと、おもにお父さんのせいなのだ。
初めての夏休みも八月に入って引っ越し先に慣れた頃、有希子さんの家に連れて来てくれたのは、久しぶりに会えたお父さんだった。
お母さんとは前の時に会ったので、今日はお父さんと二人だ。
お父さんからは、本当なら遊園地にでも連れて行ってやりたいが、今日は非番だから、待機していないと駄目なんだと説明されている。
うん。ゴミ袋の山が、部屋に溜まるほど忙しいんだよね。知ってるよ。責めてないよ。ちょっとしか。
だからといって遠出が出来ないという理由で、呼び出しの際に対処しやすい近場の友人のお家を、いきなり先触れも無しに訪ねるのは、果たしてどうなのだろうか。
「いやー。すまんな、有希ちゃん」
「おじゃまします」
いきなり訪ねたお父さんに、有希子さんは相変わらずねと笑って迎えてくれた。見た目と違って大らかな気質らしいから許してくれたけど、すまんなじゃないよ。お父さん!
親しき仲にも礼儀ありって、おばあちゃんが言ってるでしょう。
仕方がないから、
蘭です。お父さんがすみませんと、代わりに私がペコリと頭を下げた。
「あらあら。お利口さんでしっかりしてるわ。きっと英理ちゃん似ね」
「いやいや。アイツみたいにツンツンしてないだろ。俺に似たんだよ」
いやいや。私、おばあちゃん似らしいよ?
園長先生にもポアロのマスターさんも、おばあちゃんにそっくりだ。隔世遺伝だねって言われたけどな。
あれ? それは顔のこと? 私の性格は、誰に似てるんだろう…。
思わず首をひねっていると、有希子さんに手を取られた。
「フフフ。入って入って。優作さんと新ちゃんに紹介するわね」
可愛らしく笑う有希子さんは、けっこう強引な人だった。私は有無を言わさず、お家の中に引っ張り込まれて、有希子さんの家族の人に引き合わされた。
有希子さんの旦那さまの優作さんと一人息子の新一君に、はじめましてのご拶をした後は、お茶とお菓子をいただきながら、お互いの近況なんかのお話をしていた。
が、嫌な予感は当たるもので、お父さんは呼び出されて警察へ戻ることになってしまった。
「!!!!!!!!」
がなるようなお父さんの声が、ドア越しに廊下から聞こえている。電話越しに相手を怒鳴りつけるように話しているお父さんは、だいぶ苛ついているようだった。
少しして電話を終えて戻って来ると、頭をガリガリとかきむしりながら説明してくれた。
うん。忙しいんだよね。知ってますよ。
「ちくしょう、やっぱりだ!
有希ちゃん、すまんが蘭を頼む。おふくろに迎えに来てもらうから。工藤さん、すみません。ご迷惑をかけます」
ああ、せっかくセットした頭がくしゃくしゃだ。
ダメだよ。後で直してね。
お父さんは、バタバタバタと音にしたらそんな感じで飛び出して行った。後ろ髪を引かれるのか、何度も私を振り返りながら。
「ごめんな。帰りはおふくろに迎えを頼むから…。蘭、今度は動物園に行こう。すまん」
「うん。また今度ね」
ちょっとだけど、顔が見れたし、平気だよ。気をつけてね。
今住んでいる所も、こことあまり離れていないから、おばあちゃんがすぐ迎えに来てくれるから大丈夫。
今日は無理だけど、道順を覚えれば、たぶん一人でも歩いて帰れるくらい近いんだよ。そんな顔しないでよ。
いってらっしゃい。気をつけてね。
お母さんが言ってたように笑って言って、バイバイと手を振って見送れば、じわじわと寂しさが胸を攻めて来る。
ああ、またかあ。置き去りにされるのはいつものことなのに、こんなに淋しい。
きゅうっとする胸を押さえて目を閉じていたら、後ろから有希子さんに抱き締められた。
「さあ。蘭ちゃんは私とお茶の続きよ」
至る。現在。今までの進行状況でした。
お父さんを心配させないよう、大丈夫だと平気な顔を作って送ったのが、有希子さんには分かっちゃったみたいで、やたら私に構って来るのだ。
まあ、お客さんを迎えた女主人としとは、もてなさずに放っておくわけにもいかないんでしょうが。
ああ、そんなに分かりやすい顔をしていたんだ。ダメだなあと思ってる私に、今の状況はキツイです。
「小五郎くんと英理と私は元々同級生でね。喧嘩もしたけど、とっても仲良しだったのよ。……今はちょっと拗れてるけど、きっと元に戻れるわ。だからね。泣かないで、蘭ちゃん」
しかも有希子さんは、私の息の根を止めようとしてないかな?
泣かないでと言いながら、そういう話は止めて欲しい。
泣くのを我慢すると苦しくなるんだよ。下手に堪えるより泣き叫んだ方が、楽になるんです。
…私みたいに、泣きすぎからの過呼吸の発作を起こすこともあるみたいだけどね。
この場合の正解は、泣かないで…よりも、泣いて楽になりなさい。だよね。
でもこれくらいじゃ泣きませんよ。いつもの事だから。
何度も同じことが続けば、小さな子供でも自分の中で折り合いがつけられるようになるんです。自分を守るためにね。
ええ。観念したというか、そんなものなんだと、思うようになりました。諦めとも言いますね。
だから有希子さん、優しくしないで。泣きたくなるから。
あなたは見てないから知らないでしょうけどね。あれは、ちょっと拗れたどころの騒ぎじゃあなかったんです…。
別居の原因になった、あの惨事を思うと、いまだに私は息苦しくなるんで、思い出したくないんですよ。
そう言いたかったが、悲しげだった夕希子さんが綺麗だったので、黙って頷くだけにしておいた。
子供らしくない、可愛くないと言わないで。そうしないと、たぶん私は生きられない。
突撃からの、お父さんだけ撤退で、まさかの敵陣一人ぼっち(笑)
大人でもストレスが溜まる状況です。小1女児に、なんて仕打ちだろうか。