お団子頭のことですよ。
バレエのシニョンは、高いと髪飾りを付けるのに邪魔になるので、首筋に近い低い位置でぺたんこのお団子になるよう作ります。
「美味しかったー」
「そうね。また来ましょうね」
「うん」
今日はお母さんと、お昼ご飯を食べる約束をしていた。お母さんの勤める弁護士事務所近くに、評判の和食レストランがあるというので、そこでの食事だ。
土用の丑の日にはちょっと早いけどと言いながら、お母さんは鰻重を注文してくれた。
「暑いけど、負けずに頑張らないとね。蘭もお稽古頑張ってるのね。…お団子頭も似合うわよ」
すっかり私のトレードマークになってしまった頭のシニョンを見て、お母さんが笑う。
バレエを始めてから、教室のお友達のように伸ばし始めた髪は、やっと肩を過ぎる長さになって結えるようになった。
毎日おばあちゃんが結ってくれるシニョンは、首筋がすっきりして涼しい。見た目もバレリーナっぽく見えて、私もお気に入りだ。
「前髪も伸ばすの?」
「うん。汗で張り付いて気持ち悪いから。…変?」
まだ上げるには短い私の前髪はピンで留められ、おでこが丸出しになっている。まだちょっと見慣れないが、別におかしくは…ないと思う。
「とっても可愛いわよ。その方が女の子っぽくて良いわ」
「えへへ。お母さんと一緒だよ
「そうね。お揃いね」
いつもポニーテールのお母さんだが、今日はたまたま私と同じ髪形だった。お母さんとのお揃いを褒めてもらえたのが嬉しくて、笑った。
今日は頬がゆるみっぱなしだ。
ご飯は美味しかったし、この後はバレエスタジオまで送ってもらう予定だけど、まだ時間があるから。
もう少しだけ、お母さんと一緒にいられる。
「バレエは3時からだったわね。ちょっと時間があるから、この後…」
ふいにお母さんの携帯電話が鳴った。
笑っていたお母さんの眉が、着信表示を確認した途端に曇る。
…お仕事の電話かな。
「蘭、ちょっと電話をしてくるから待っててね」
「うん」
お母さんは電話をするために、店の外に出ていった。さっきまでの浮き立つ気持ちが、急速に萎んでいく。
ああ、残念。気分が下降して行くのが止められない私は、お手洗いへ気分転換に手を洗いに行った。
鏡に写る下がり眉のへにょんとした自分の顔。変な顔だなあ。前髪を上げていると表情が丸見えなんだ。
見ていたくなくて、顔を洗ってお気に入りのハンカチで拭いて、お手洗いを出た。
それでも気分を変えられず、しょんぼりしていると、ふいに声が掛けられた。
「なあ、お前。あー。えーと。蘭、蘭だよな」
「あ」
振り向くと見覚えのある男の子が立っていた。彼は…。
「なんだよ。覚えてたの俺だけかよ」
ぼんやりして反応を返さない私に苛立ったのか、その子は不満気に呟いた。
「……覚えてるよ。魔法使いの快斗君」
快斗君と、ついこの前会ったばかりの新一君の顔立ちがよく似ているため、一瞬戸惑ってしまった。でもよくよく見れば全然違う。
「こんにちは。快斗君」
「おう」
この前会った新一君の興味無さげな、不機嫌そうな顔と、目の前の人懐っこい快斗君の曇りのない明るい笑顔を比べてみる。
うん。丸っきり真逆の反応。別の人だね。
「ごめんね。快斗君によく似ている子と間違えたの」
「なんだよ。それ」
第一印象でやらかしてくれたアレな快斗君だが、今の私の中での好感度は高い。
快斗君への好意に、多分に彼のお父さんが影響していることは、誰にでも想像に難くないだろうけれど。
もしここにいたのが、快斗君ではなく新一君だったら。私は挨拶もそこそこに、お母さんを待つために席へ戻っただろう。
そういえば、快斗君は誰とここに来たかと確認してみれば、店の奥の方の座敷席に、彼のお父さんで天才マジシャン黒羽さんと、恐らく奥さんらしき女の人の姿が見えた。
すっかり黒羽さんに魅せられてしまっている私は、快斗君の手を取って、一直線に駆け出した。
そうしてご挨拶をして、彼の小さなレディ呼びがくすぐったくて笑いつつ。少しお話をしていたら、お母さんが戻って来てしまった。
ああ、残念。時間切れだ。
「蘭ー。どこなのー」
慌てて黒羽さん御夫妻にペコリと頭を下げ、快斗君には手を振って。それではまた今度と別れる時、快斗君が今度はマジックを見せてくれると言ってくれた。
「約束な」
「うん」
お互いに名前しか知らず、いつどこで会うとも叶うかも知れない約束だったが、私たちは子供の気楽さで何も思わず別れた。
またあの人たちに、会えたらいいなあと夢想する私は、さっきまでの憂鬱さなどすっかり消え去り、いっそ晴れ晴れした気分だった。
「お友達と話していたから、平気だよ」
待たせたことを謝るお母さんに、にっこり微笑む余裕も取り戻していた。
大丈夫。ちゃんと笑えてる。ありがとう。
快斗君と黒羽さんに、心の中でそっとお礼を言った。
原作主人公とは互いに初期値のままの好感度は、怪盗親子に限りかなり高め。
憂鬱も吹き飛ばすレベルです。