書きたいところだけ書いたので短いです。
そうだ、私だ。私が殺したのだ。
『――違う!』
私が「レクイエム・ニ単調」の作曲を依頼したのだ。
『根も葉もない嘘なのだ。信じてくれ、モシェレス』
言葉さえも歪められた。
『誰か、信じて、くれ……』
皆囁く。皆信じる。
『ああ、ああ………………』
赤黒いものがへばりついて離れない。悪意、中傷、流言飛語、デマゴーグ、おぞかしき囁き。それらを煮詰めたかのごとき礼装。悪意のナイフは男の心を貫き、燎原の火が轟々と燃える。
コレは、こんなモノは私ではない。この姿はまるで。
――死神ではないか。
自覚すると同時にアントニオ・サリエリはこの世から砕けて無くなった。ここに残っているのは音楽家の欠片であり残滓。
――お前だ、お前だ。お前があの天才を殺したのだ。
『……ああ、そうだとも! ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト! 神に愛された天才を殺したのは私だ! この
我が身に渦巻く怨念を力へと変える。燎原の火を剣とし、男は慟哭のスーツで身を包む。身に覚え無き風聞への復讐。許さぬ、決して許さぬ!
……悲しきかな、その思いは真に届けるべき敵へ届きはしない。魂に刻まれた傷はいかなる手段をもってしても治らない。
――歪んで、砕けて、混ざり合い。男はおぞましい怪物になってしまった。
――殺す、必ず殺す! この世にお前がいた痕跡すら残さぬ! ゴッドリープ・モーツァルト!!
クラスは復讐者。自己否定や幻霊と混ざり合い、規格外の無辜の怪物を持つサーヴァント。
「私は、死だ。私は、神に愛されしものを殺さねばならぬ。……我が名はサリエリ。いいや。違う。私は、私は誰なのだ…………―――」
暖かな日差しの下、鍵盤の上で踊る両手を子供のヤガが嬉々として見ている。ヤガの手は獲物を捌き、武器を持ち、生きるためにのみ使われてきた。娯楽に使う、というのは新鮮なのだろう。火酒を飲み、酔うことでしか過酷な現実から逃げられなかった彼らに音楽は受け入れてもらえたようだ。
あれは何? これは何? 子供が大人に問い続ける。大人も戸惑っている。太陽も、青空も、暖かな日差しも。汎人類史には日常的に見られたモノを彼らは何も知らないのだ。
演奏から数十分。同じ曲を繰り返していることに気づいたが、誰もそれを口には出さない。真に優れた芸術は何度見ても新たな発見と感動がある。復讐者のクラスではあるが、アントニオ・サリエリが秀才であることに変わりはない。
ヤガの子らが曲に合わせ歌い出す。一人、また一人とその数は自然に増えていく。
「♪〜♪〜〜♪〜〜……」
小さなお客はつぎはぎの歌唱隊に大変身。過酷な環境で生き延びる為だけに作られた身体は思うままに歌う。ここに弱者も強者もいない。いるのは同じ生命だ。
「ねえ、見て!」
一人のヤガが空に向かって指を指す。それを合図に夜空を星が駆ける。世界の終わりとは思えぬ絶景に息を呑む聴衆。
「あれが、ホシなのか……?」
「綺麗……」
これは世界の終わりの前奏曲。感覚的に察した。数多の光の帯が空を彩る。誰も何も言わずにただじっと見つめている。きらきら星をバックミュージックに、世界終焉の足音がゆっくりと近づいている。
――どうやら別れの時が来たようだ。さらばカルデア。天文台よ。
私は神の愛し子を殺す者。人々に語られた伝説が産み落とした無辜の怪物であり、灰色の男であり、サリエリの自我の欠片。反英雄としてしか召喚されぬ存在。
カルデア。彼らはアマデウスを知っていた。アマデウス・オルタを名乗っていた私を違うと言い切った。それはつまり彼と会ったことが、もしくは召喚したことがあるという事で。
此処に縁は結ばれ、彼らの召喚システムで私が呼ばれる可能性が芽生えた。アマデウスとまた会う可能性も。
――ああ、殺してやろう! 殺してやろう! 今度こそ私の手で!
雷帝との戦闘中に彼らが聴いたのは、私の怒りを叩きつけた音楽とは呼べないものだ。公演のやり直しを要求されても文句は言えない。
ああ、そうだ……《怒りの日》。あの時弾いたのはアマデウスのレクイエム第三曲《怒りの日》だった。アマデウスの未完の遺作。……即興のアレンジとしては何とも皮肉なものだ。
――神才よ。決して我が身では届かぬ才を持つ者よ。その願いを私は叶えられただろうか?
空想は切除され、全てはあり得たかもしれない夢に落ちる。最期の拍手も、感動も、涙も、呪いすらも泡沫の夢のごとく消えていく。
『……ありがとう、サリエリ』
だから、遠くで憎たらしい天才の声が聞こえた気がしたが、それも、夢だ。夢なのだ。そっと、鍵盤から指を離す。
――さて、次の公演はいつになるやら。