それはある日の夜、旅先の宿泊施設の一室で眠ろうとしていた時の事だ。
余人の居らぬ部屋の中、戸締りを済ませて布団に入って少し経った頃。
心地良い微睡を引き裂くように、突如手の甲に痛みが走った。
はうっ、と悲鳴をあげながら飛び起きる。
寝ぼけて何かに手をぶつけたのか、それとも何かに手を噛まれでもしたのか。
混乱した頭で推測してみるが、その感触はどちらとも違うように思えた。
数瞬もすれば痛みは収まったが、明らかに只事ではない感触だった。
なんじゃこりゃ?
恐る恐る見れば、痛みの発生源である手の甲には刺青のような赤い紋様が描かれていた。
その紋様は先程までは無かったはずのものだ。
突然そんなものが現れたのだから、どうにも気味が悪い。
部屋の照明は寝るときに消したままだが、闇の種族たる自身にとって暗視などは朝飯前。
夜闇の中でも、目の前にある自分の手などはっきり見える。
見間違うなどということはありえず、その紋様は確かに存在している。
加えて言えば第六感、五感のどれとも違う魔術的な感覚によってさえ手の甲に違和を感じるのだから、紋様の存在は重ねて肯定された。
体に呪紋ね……。
偶に聞く話ではあるけど。
その紋様には小さからぬ魔力が内包されているのだが、かと言って即座に生命を脅かすような危険な術式の気配も無い。
いくつか重なっている術式の中には洗脳かそれに近い効果を及ぼすものもがあるようだが、読み間違いでなければ、その被害を受けるのは自身ではなく他者だ。
むしろその術式は、自身が任意の方向性で発動できるようになっているのだから、それによって自分に被害が及ぶことはありえないと思える。
先に術式がいくつか重なっていると言ったが、洗脳以外には3つの術式が見受けられる。
1つは魔力の蓄積。
これは電池のようなもので、エネルギー源として使える。
危険性が全く無いどころか、明らかに自身の利となるものだ。
1つは霊脈経由でどこかに繋がる魔力経路。
この経路は監視手段としても使えるが、ただし霊脈など経由すれば情報が大雑把になりすぎて用を成さなくなるケースが多い。
恐らく監視目的での施術ではないだろう。
最後の1つは召喚術に似た術式。
詳しく見てみれば、まさしく召喚術式の断片であるらしい。
害する目的でもなく、このようなものを施術される。
それだけを考えれば、術者の目的に検討がつかない。
ハフスか、教会か……?
自身を狙うのであればそういった組織の刺客かとも思うが、すぐにそれを否定する。
ハフスの流れを汲む魔術結社は害意も無いのに無駄に不意打ちなどしないであろうし、聖堂教会であれば害意が無いこと自体がありえない。
何より周囲に人の気配を感じられない。
仮に刺客の類だったとしても、害意が無い上に完全に気配を消すような相手に対処を試みるのは無駄にして無理というものだ。
となれば刺客への警戒はやめて、術式を詳しく調べ魔術的な方向から考察すべきかと考える。
まずは重なりあう個々の機能の繋がりを考えてみる。
洗脳、蓄積、経路、召喚。
短時間で大雑把に確認したところ、それら4つの機能が見て取れた。
このうち洗脳と召喚の繋がりは想像しやすい。
有名所で言えば西方式召喚術の護法円がそうであるように、召喚術式に召喚体を束縛する術式が付随することはよくある。
術式の繋がりを確認してみれば確かにその通り、召喚と同時に洗脳術式のターゲットが召喚体に設定される構造になっていた。
次いで理解しやすいのは洗脳と蓄積の関係だだ。
これは用途を想像しやすいというのではなく、術式の接続構造が単純であるためのわかりやすさだ。
蓄積された魔力を洗脳術式の動力として用いるというシンプルな繋がりになっている。
ここまでで3つの術式を消化した。
残るは魔力経路かと考えた所で、ふと唐突に確信に近い推測へと思い至った。
あっ、と声が漏れる。
霊脈とは土地に宿るものだ。
そしてこの土地には力強い霊脈が走っている。
有力な霊脈には大抵それを独占的に管理する魔術師が居り、霊脈経由の魔力経路を扱う者は十中八九そういった者だ。
自分は霊地に関する知識は少なからず持っている。
最近発見されたものでもない限り、有力な霊地の地名や位置は知り尽くしていると言ってもいい。
その知識の中に、この土地に関するものもあったのだ。
聖杯戦争。
そう呼ばれる祭りがこの冬木市にはある。
祭りらしい祭りではなかったようにも記憶しているが、詳細は定かではない。
何しろその資料を読んだ時期はたかだか数年前などということは無く、少なくとも十年か二十年くらいは経っているだろう。
細部は忘れてしまっても仕方無いように思える。
ただ、そう、それが召喚術を伴う祭りであったことは憶えていた。
聖杯戦争という言葉から想像すれば、聖杯とやらを巡って召喚体を戦わせる争奪戦のようなものだろうかと思う。
ほとんど擦り切れたような記憶ではあるが、記憶はその予想を否定していない。
大筋では正しいような気がする。
だとすればこれは参加者証のようなものか、と手の甲を見る。
何故自分なのかはわからないが、恐らく付近にいる魔術師から無作為に参加者を選んだというところだろう。
正否は断定できないものの、一応見当はついたので今日のところは考えを切り上げることにした。
先程から瞼が重いのだ。
明日は、聖杯戦争について調べよう。
そしてこれが聖杯戦争の参加者証なのであれば、せっかくだから参加していこうかと思う。
もとより目的も無い気ままな一人旅だ。
寄り道していくのも悪くは無い。
祭りとくればベビーカステラの屋台でも出るだろうかと期待しながら、私は再び眠りについた。
呪紋が現れた夜から一夜明け、私は散歩がてらに霊脈を辿っていた。
歩き始めて半時間ほど経った頃に、とある霊地に辿り着く。
冬木の霊脈を大雑把に走査したところ、付近には有力な霊地がいくつか見つかった。
その一つが今来ているこの場所、冬木教会だ。
霊脈を管理する魔術師は大概霊地に居を構えるものであり、霊地を巡っていればそのうち魔術師に当たるだろうと考えてここに来た。
いくつかある霊地の中でも最初に冬木教会を選んだのはただ近かったというだけの理由であり、ここがそうなのだと確信を持っていたわけではない。
ここに教会があることすら知らず、ただ魔力の流れを辿って来ただけだ。
だが、どうやら最初から有力な手掛かりに辿りつけたらしい。
脳裏に浮かぶのは聖堂教会という言葉。
わざわざ霊地を選んで建てられた教会の存在意義がただの宣教などということは考えにくい。
ここは恐らく聖堂教会の拠点だろう。
聖堂教会とは、キリスト教カトリック教会の下部にあり異端への対処を担っている組織だ。
聖堂教会は魔術を異端として排斥しており、ましてや聖杯と名のつく魔術儀式が目の前で行われているならば関わっていないわけが無い。
とはいえ魔術よりも他の異端を重視していることもあり、恐らく聖杯戦争については調査した上で黙認しているか、開催者側に回っている可能性もある。
積極的に排除しようとしていないからこそ、聖杯戦争が数十年以上も続いているのだろう。
そんなことを考えながら石畳の道を歩き、ついに教会の扉の前まで辿り着く。
教会の敷地はそれなりの広さがあり、辿り着くまでにいくらか距離があった。
ある程度近づいた時点で、聖堂教会の拠点であることは確信に変わっていた。
というのも、聖堂教会が扱う洗礼詠唱の効力を感じたためだ。
魔術の類と見ればその殆どを異端と見做す聖堂教会だが、一つだけ彼らが使う奇跡があり、それが洗礼詠唱と呼ばれている。
洗礼詠唱とは即ち魔族の天敵たる神聖魔術。その気配を自分が間違えるはずが無いのだ。
扉を開ければそこは静かな礼拝堂だ。
特に誰が居るというわけでもない。
数歩踏み入れる。
ごめんくださーい。
声をかけてしばらく経つと、礼拝堂の奥の扉から神父が出てきた。
この国の民族にしては大柄な体格、白髪壮年の男性だ。
おや、おはようお嬢さん。
平日のこんな時間に人がいらっしゃるとは珍しい。
今日は礼拝に?
無論、ここに来た目的は礼拝などではない。
そもそも自分はクリスティアンではない。
アーリヤの裔にしてマズダを奉る者だ。
オリエントでは
しかし、本質的な信仰対象に関してはキリスト教やイスラム教と大差は無い。
即ちそれは、約束された勝利の下に善悪の法を定めし支配者、全知にして無謬たる絶対正義の神。
違うのは信仰の手段であり、信仰の対象ではない。
なれば稀には異教の手段を以て祈るのも悪くはないと思えた。
そうですね、せっかくですから後で祈らせて下さい。
ですがここに来たのは別の目的があってのことです。
神父様に相談したいことがありまして。
というと、告解ですかな?
奥へどうぞと言う彼を遮り、長袖で隠れていた手の甲を見せる。
ああ、いや、懺悔とかじゃないです。
なんか突然こんなものが手に現れたんですよ。
そこにある呪紋を見た彼は明らかに表情を固くした。
だが明確に敵対する態度をとったわけでも無いので、そのまま話し続ける。
事情の説明には5分ほどかかっただろうか。
昨夜の出来事とここに来た目的を一通り言い終えるまで、彼は静かに聞いていた。
貴方は魔術師でしたか。
ですがその口振りでは、聖杯戦争のために冬木に来たわけではないと。
ふむ。これはまた困ったことに。
一応聖杯戦争については何かで読んだことがあります。うろ覚えですけど。
確か召喚獣を戦わせる祭りでしたよね。カブトムシ相撲の大会みたいな。
固くて大きくて黒光りする力強いアレを戦わせる見世物を思い浮かべながら言う。
聖杯戦争に関わる魔術師達の中には、蟲使いも含まれてた気がする。
でかいオオクワガタとか持っていったら、蟲使いが買い取ってくれるんだろうか。
いや逆に、蟲使いは蟲を売る側なのかもしれない。
……ええ、ええ。
適切な比喩とは言い難いですが、大体のところは合っています。
んん!?と呻いて眉根を寄せ、数秒の後にそう言った神父。
なにやら凄絶な雰囲気が感じられたので、何か間違っているのかとは訊けなかった。
人型の召喚獣を用いる以上はカブトムシ相撲よりも大規模になるだろうし、そのあたりのニュアンスの違いのせいだろうか。
……ん?あれ?人型だっけ?蟲使いが居るということはやっぱりカブトムシ相撲なのでは?
よく見れば笑いを堪えているようにも見える気がするが、笑うような話ではないはずだ。
他人と話していると、何度か同じような反応をされたことがある。一体何だというのか。
その反応に関して色々と聞きたいことはあったが、飲み込んだ言葉の代わりに、この呪紋を持っているのが自分であればまずいのかとだけ問う。
一拍置いて咳払いしてから答えが返ってきた。
こちらとしては、聖杯戦争の参加者が誰であろうと構いません。
参加しないつもりであれば令呪を放棄していただき、
その後は聖杯戦争が終わるまで教会が貴方を保護することになります。
どちらにしても暫くはこの地に留まることになるでしょうな。
それを受け入れるならば、特に問題は無いでしょう。
つまり、参加は可能ということですね?
彼はそれを肯定しながらも「ただし」と続ける。
私個人としての意見を言わせてもらうならば棄権を勧めますが。
主立って戦うのはサーヴァント、つまり貴方が言うところの召喚獣ですが、
そのマスターにまで危険が及ぶ可能性は十分にあります。
むしろ、質の悪い者であれば積極的にマスターを狙うでしょうな。
聖杯の名こそ冠しているものの、
これは神が与え給うた試練などではないただの殺し合いです。
この魔術儀式は過去に何度も行なっていますが、
儀式が完遂されたことはなく、ただ殺し合いが行われたという結果だけが残っています。
改めて言いますが、私は棄権を勧めます。
同じ信仰に生きる隣人に、無闇に危険を冒して欲しくはありません。
棄権を望むという点に関しては本心だろう。嘘をつくことに利点は無いように思える。
しかし危険だからという理由に関しては別だ。全くの嘘ということは無いだろうが、かといって他に理由が無いとは限らない。
西方文化の影響を強く受けていそうなキリスト教神父なのだから、魔術に対してなら隠し事の一つや二つは厭うまい。
どちらにしても、今持っている情報から言えばそれ以上の推測はできそうにないが。
……いやまぁ、さっきの妙な態度といい、そういう可能性もあるけれど。
多分無いと思うけど、無いと信じたいけど。
つまり、その、
ともかく、彼は棄権を望んでいることを表明した。
それを踏まえた上で、どうするのかと彼は問うた。
正直に言えば、近代国家に於いて命懸けの祭りが現存していることには少々驚きはした。
しかしその程度で私の意思は揺るがない。
私の答えは既に決まっているのだ。
踊る阿呆に見る阿呆、というのは別の祭りの文句だったと思うが、何にしても日本の祭りには違いない。
この国の流儀では、祭りに臨めば参加こそ如かるべしという。
ローマではローマ人の如く振る舞うべし、と。
おフランスではサレンダーモンキーの如く、インペリアルジャパンではネヴァーサレンダーモンキーの如く。
お心遣いには感謝します。
でもせっかくですから参加しますよ。
見る阿呆より踊る阿呆の方が三文の徳らしいですし。
阿呆が確定してるのは一言物申したいところですけど、
損得はともかく踊る方が楽しそうですよね。
それに、戦を前にして逃げたら士道不覚悟とかいう罪状で
ハリセンボン丸呑みしながらセップクとかいうえげつない刑事罰
……というか拷問?を受けることになるそうですし。
正直日本怖いです。
神父は吹き出した。
・令呪とか召喚とか
詳細不明なので適当に捏造していきます。
・魔術の秘匿
数百年前、リアムスさんは
魔術も近代兵器も使い放題ですね。これはひどい。
神秘の秘匿に煩い西方の魔術結社に対しては、魔領が緩衝地帯になってたのであんまり問題無し。
そんなわけで秘匿の意識は緩めです。
・魔族
光の目の魔族は、型月の吸血鬼や悪魔とは別物ということで。
まぁそこらへん細かく考えてないけど、リアムス以外の魔族の登場予定は無いので考えるのやめた。