比企谷くん、ある日のラブコメ。   作:白鷲

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後半パート。長い。ただただ長い。うちの話がヘッタクソな講師並みに長い。

それと前半パートで言い忘れていましたが、この話自体は随分と前に書いたものです。アンチヘイトに片足突っ込んでいるのでご注意ください。申し訳ありません。


摘んでみると思うより。

 

 

 俺が欲しいものは何なのか。そんな事、いったい誰に聞けばいい。昨日も今日も明日も、きっと途切れる事なく、この問いは双肩にのしかかり続ける。

 目を閉じて、黒に虹の血色を眺めれば、いつからとも知れずにしわを寄せる、眉が痛む。何も見つからない暗幕に息を吐き出し、眉をほぐして額を摩る。

 

 自然と、つい数時間前の事であろう、メテオを思い出す。星も姿を隠す曇りの夜、開いた瞼の向こうに、ありもしない、去りし陽を混ぜた黄昏を見る。橙の空気を乗せた冷たい風と、それを忘れる額の感触。記憶の端が微かに震える、僅かな甘い香り。

 フラッシュバックと一言で片付けられるほど、俺の脳は理屈で動いてくれはしない。

 

 

 『化け物がこのザマだ』

 

 

 皮肉に笑い、再び目を閉じて、刹那に開けば、哀愁を乗せた風は消え、映るのは、見覚えのある天井の返す、液晶の間接光。何気なく首を向ければ、元々深いそれをさらに酷くする、底なし沼への案内メッセージが見えるだろう。

 ヒントだなんてとんでもない。進めない理由も、問題がどこにあるのかも、見当がつかない。

 

 この半日、彼女と交わす言葉の中に、どれだけの標があったのだろう。濁り色のメガネをかけて、鏡を幾重にも張り巡らしてファインダーを覗いては、何一つ通じない。

 くだらないように鈍感であれたなら、澄み切って見えたのだろうか。

 

 鈍感だ。よく言われもする。そんなものじゃないってことも、よくわかる。過敏すぎる耳は、音を嫌う。鋭すぎる目は、眩しさを嫌う。

 ヘッドホンをして、サングラスをかけて、首を締めながら声を出す。何も、飲み込めてやしない。舌で触って、ブラックコーヒーで流し込む。

 

 今こうしている間に、あの人は、何を考えているのだろう。散々人を惑わして、手前はのんきに歌うのだ。本当に、迷わせて、惑わせる。

 

 

 

 

 つまらない。この一言は、何が形を変えて飛び出したのか。俺の語る欲しいもの、形容もしがたい何かだが、おぞましいと言える、整いのない何か。

 

 つまらなくなった。遡れば、面白い時があったらしい。自慢じゃないが、楽しませるという事を知らないこの俺。幽体離脱の末に見てたとしても、真顔は崩れないだろう。

 

 人はみな違う。それぞれ違う。ガキの頃から(今でもクソガキであるけれど)腐るほど聞いてきた言葉。飽きてしまう、いや、潰してしまいたくもなる。人はそれぞれ違うから、尊重しよう、なんてプラスを狙っていても、誰が『人それぞれ』を語るだろう。きっと誰も語れない。俺はそこまで、人を信じちゃいない。

 

 俺と彼女は違う。何をしても、同じになることはない。

 

 それでも、と言ったのだ。

 

 比企谷八幡は、それでもと言ったのだ。

 

 そうして気づく、はっきりとした線。それはどうしようもなく残酷で越えやすい、絶対の境界線。

 

 つまらないはずだ。当たり前なんだ。指す必要もないほど、考える必要もないほど、見ることもないほど、当然につまらない。

 

 

 原点に帰ってみろよ。なぜ、雪ノ下陽乃は恐ろしい? 単純だ。そして味気ない。こだわるからだ。どこまでも、どこまでもこだわる。何となく流すことなんて許さない、ごまかしなんて以ての外。覗き込まれることが怖いというよりも、何を言ったところで、マスクを取らなきゃならないのが怖いのだ。

 

 彼女のそれを仮面と言った。だが、目の前に行けば、外すのだ。よく聞いた話だ。人の心に立ち入るならば、己は、飲み込まれにいくと同じこと。透き通った目には、文字通り吸い込まれる。雪ノ下陽乃は、人を見るのに、立ち入るのではない。飲み込むのだ。だから、怖い。俺とは、俺の考える常識とは真逆のことをしてくる。そもそもの形が違う。

 しかし、そうでありながら、きちんと外してくるのだから、何を考えているのかわからず、なおのこと恐ろしい。

 

 

 何をどうこねくり回したところで、一つとして浮かんではこない。理屈は生まれる。ピースは嵌る。それなのに、出来上がるものがない。

 彼女の前では、どうすることもできないのか。

 

 

 疲労の溜まった身体と、覚醒している脳。相反し金縛りを誘う今が鬱陶しく、紛らわすために、適当な本をとる。

 

 

 読み終わった頃、朝陽は差し込む。

 どうやら、いい加減に選んだものは、今に一番フィットするものだったらしい。

 

 

 「随分と面倒くさい。お互い様ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、何かわかったのかね?迷える青少年」

 

 

 テーブルに腕を組み、頭を乗せてわざとらしく下から問いかける彼女。見る度に同じだったショートカットは、少しだけ伸びたように思う。ふわりという擬音のよく似合う、柔らかな髪だ。

 

 以前に従うなら、ドーナツ屋、ラテンかドイツかわからないカフェ、はたまた時代の空気を吸い込んだ喫茶店か。その中のどれにしろ、人前でとるような体勢ではない。スキンシップを必要以上にはかる雪ノ下陽乃といえど、そこの分別はつくだろう。血迷ったのではないか? たかが俺のような石っころを相手にして、頭の中がぐるぐる回りはしない。そう、場所が違う。人前でしないことならば、プライベートスペースですればいい。

 

 俺たちがいるのは、比企谷八幡という少年が当たり前としている空間。端的に言って、俺の部屋。

 

 本を読み終えたのが午前6時。そのまま限界を突破した身体は、本をほったらかしてベッドイン。処理落ちの先へ行った脳はお眠りに。

 

 ゆったりとぐーすかぴーすかしていた俺を叩き起こしたのが、今目の前で頬を膨らましている陽乃さん。

 

 

 「質問を無視してふけるなんていいご身分ですねー」

 

 「俺としては何故また入り込んでいるのか聞きたいところなんですけどね」

 

 「小町ちゃんって気がきくよね」

 

 

 そうですね。全くいらん気もよくききますね。そりゃあ何やかんや理由で突き出してくれるのはありがたい。足踏みして進みもしないで退きもしない、ボンクラの俺にとって、あれほどできた妹はいない。しかし年頃かな、良かれと思って女の子(?)と引き合わせたがる。まず根っこを考えよう。お前が義妹と呼ばれる関係になることはないしそれに発展する何かになることもないんだぞ。

 

 

 「でも、こうして話したい相手とすぐに向かい合えるんだから、それも感謝していいんじゃない?」

 

 

 そんなにわかりやすいだろうか。自分ではカッチカチの鉄仮面のつもりなんだが。

 

 

 「あれだけすっきりした寝顔を見ればね」

 

 

 そもそも隠しようがなかったわけだ。

 

 

 「それで。何かわかった?」

 

 

 あれだけ巧妙に隠し、ここぞとばかりに畳み掛け、深部に波紋を広げたこと。突っかかってくるようで、ただただ静かに見つめ、確かめようとしていたこと。どうしてこうも、見つけてほしいと訴えるのか。

 

 

 「陽乃さん」

 

 「なーに?」

 

 「わかる、という態度をとり、あなたはあなたのままで良いと諭し、やりたいようにしなさいと微笑みかけ、落ち込んで躓けば涙する。そんな関係、どう思いますか?」

 

 

 問いかけても、問いかけなくても違わない、愚かなこと。そうであっても、これだけなのだ。

 

 

 「素敵なんじゃない? 認めてくれているもの。信頼ってやつ?」

 

 

 誰もが羨むものだろう。ガキの頃から夢を語らせられ、一つ良いものを見つけて成長しては、断固として斬り伏せられ、レールを踏みつけ歩むもの。そんな腐るほどある親への恨みつらみ、友への妬み。始まりが最悪であり、出会いすら恵まれなかった多勢の人達の、宝物。

 

 だがそれで、それがあったとして、素敵だと思うのは、いったい誰なのだろう。

 

 人それぞれとヒトは言う。趣味は多様で、感性はどこまでもバラバラであり、その一つ一つが素晴らしいと。しかし、ならばこそ、言ってはならないはずのものを、また、口に出す。

 

 

 「何をしたって良い。許されている。過保護に見えるくらい。でも、それで飼い慣らされるなら、話は別」

 

 

 誰もが幸せに、と希望は謳う。それは叶わないことだと、ニヒルに笑うトカゲがいる。

 

 

 「雪乃ちゃん、『あなたはあなたらしく』だっけ? お母さんに言われて、君も俯いてたの」

 

 「ええ。チョコレートなんて吹っ飛びましたね。まあその前にあなたからもブローされましたけど」

 

 「ごめんごめん」

 

 

 その人が指すあなたらしくとは何なのか、そんなことはどうでも良い。誰が言ったのか。それだってどうでも良い。自分自身で言おうが、二転三転、巡り巡ってぐちゃぐちゃになるのだから。

 

 

 「理想的だよ。何をさせられるでもなく、一人でいることも許される。それでもやっぱり、あの子は欲しがりだから」

 

 

 俺の苦しみがわかるのかと、胸ぐらを掴み叫びもする。足蹴にされ、崖から落とされた亡者。わかるはずもない。不可思議なほど、そうである。

 

 

 「だからこそ、あの子にとって、甘くてあったかい」

 

 

 もがき方を忘れ、空を眺めることに執着した。放っていても流れる綺麗なものは、歩くことをやめさせる。

 

 

 「心地良いだろうね。わからないし、重ねてもわかってもらえないし、踏みつけあいもするのに、それでも、なんて言って、一言で済むの」

 

 

 嫌であるとは言えず、プライドを守るために誰かを跳ね除け、それであるのに許してくれる人も鬱陶しい。自分はできないのだと悟ったふりをして、反抗を示したつもりで、意味のない逃走を繰り返す。言われなければ何もできないのだと見透かされたくなくて、こなければ掴み方も知らなくて、君からじゃないなら要らないなんてほざいて、ありもしない足場を見せつけて。

 

 

 「手を取り合って、笑いあって、こっちだよね、なんて。うん。はあ……本当に」

 

 

 そこに来た、知り合ってからの、夢への誘い。身の程を知ったと言えば聞こえは良い。それは、外から見ることを覚えて、内から見ることを忘れたならばの話し。快感の伴う餌を貰った、嬉しかったか、足掻くことがなくなって、何となくの空気で歩めて、考えることを放棄して、足並み揃えて、みんな一緒って幻に沈み込んで。

 

 ああ、本当に

 

 

「反吐がでる」

 

 

 

 

 「君は違うと思ってたよ。だからこそ、がっかりした。でもやっぱり、頭を突けばわかるんだね。安心したよ」

 

 

 こちらを見つめながら、テーブルを回りこちらへ近寄る。膝を着きながら腕を支えに一歩ずつ確実に寄る様は、四足歩行の動物。

 

 

 「だからって、理解するわけでもないですけどね」

 

 

 チラリとのぞく胸元の谷間、ごちs……

 

 

 「ダメだよ。ちゃんとこっち見ないと」

 

 

 ズイっと前のめりに、俺の唇を指で塞ぐ。いつの間にか惚けて口を開けていたらしい。マヌケだ。

 

 妹と同じで、それでいて揺れることのない透き通った目。きっと、俺も彼女も、この時間の中で反らすことはない。

 

 見えない線で繋がれて、引き放せもしない。どれだけか見つめ合い、静かに口を開く。

 

 

 「比企谷君の成長は、ここで止まるものじゃないと思うの」

 

 

 諭すより、聞かせるより、ただ流すだけの声。余計な色のない、ただそれだけの言葉。

 

 

 「もしも君が、あの2人と一緒にいるとしても、一緒にいることを理想にして、潰しちゃダメ」

 

 

 欲しいと願ったものがあるならば、見失ってはならない。たとえ居心地がよくとも、生まれたものを砕いて、コンクリートにしてしまうのは、全てが終わる。何を願ったのか。始まりは何なのか。

 

 

 「君が欲しいもの。2人がそれぞれに欲しいもの。重ねたら、きっと、何よりも醜くなる。君はいつも言ってるよね。『勘違いはしない』って。その通りだと思うよ。君は君なの」

 

 

 鏡がある世界で、写すのは自分だけ。それだって、無意識に飾り立てて捉えてしまう。そんな混沌とした場所で、かけるものは何もない。

 

 

 「私はね、比企谷君。君がひとりぼっちをやめたがるのは、許せないの。でも、君にはわからない。ここでどんなことをしても、君は、死ぬまでわからない」

 

 

 そうあってはならないことだから。

 

 

 「雪乃ちゃんと、ガハマちゃん……由比ヶ浜さんと3人で、わかったフリをしてる。それは大切なことだけど、それ以上には進めないし、早いうちに終わると思う」

 

 「酷い予想ですね」

 

 

 思わず苦笑いを込めた一言を放っても、ウインクひとつで流してしまう。

 

 

 「だからこそ、私はずっと、君の予想外でいないとダメなの」

 

 

 どうやって結んだのか。繋がりなんてないようで、はっきりとした意志。

 お姉さんぶるのは終わらないらしい。

 

 

 「いつまでも、いつまでも。君が、止まらないように」

 

 

 静かに目を閉じて、静かに頬に口付ける。

 

 

 「だって君は、私のお気に入りだから」

 

 

 再び覗き込んだ目は、やはり透き通っていた。

 

 

 




卑猥な落書きが好きな僕です。今は気分的にラビュー。

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