物語の最後によくある(特に学園もの)モブ視点系ラストっぽくなったかな…? メタ的にいうと『驚き役』と『説明され役』ですね。
それではどうぞー。
――時は移ろい、季節は巡る。命限られる者は世代を変え種を遺し、永きを生きる者がそれを芽吹かせる。彼等は箱庭の中の繁栄を、それでも全力で謳歌し続ける。十年が経ち、二十年が経ち、五十年が過ぎ――そして
■
風が吹き抜ける草原。吸い込まれそうな青空に、心地よい日差しが大地を照らしている。澄んだ水が流れる小川からは、せせらぎの音が絶え間ない。そんな自然溢れる空間であったが、なだらかな丘の近くには人工物が線を引いたように長く続いている。
整備された路。馬車が横並びに数台は並べられる幅広さを持つそこに、一台の馬車がガタゴトと音を立てて進んでいた。馬車とはいうものの、本体を引いているのは金属製の光沢を持つ、ゴーレムか何かと思しき屈強な非生物だ。引かれている本体も見るからに堅固な外装であり、その気になればかなりの速度で進めるだろうことを確信させる。
「なぁ、もうちょっと速く進もうぜ? いい加減飽きちまったよ」
「ダーメ。依頼人様の希望だもの」
「速いのは嫌われる」
「遅いのも嫌われるけど」
「あ、あはは……すいません。あまり街の外に出ないもので、色々と珍しくて。それに早く着いてもお祭りは三日後ですし…」
「ばっかお前、それでも街は浮かれてんだぜ? 普段は身持ちの固い奴でも、この時期くらいは股の間を固くして待ってっかもしんねえじゃねえか」
「下品な上に寒い」
草の香りを堪能し、流れる風景に目を輝かせている少女。そして彼女を依頼人と呼ぶ、四人の見目麗しい冒険者達を合わせた五人が、この馬車の搭乗者だ。魔剣を背に負い腕を組んでいる人物がリーダーなのだろう――流れる金髪が陽光を反射し、美貌を際立たせている。下品な冗句をゲラゲラと笑いながら繰り出しているのは戦士だろうか、しなやかで力強い筋肉がこれでもかと主張しているが――しかしそれでも美しさは損なわれていない。
下ネタに対し同じく下品な突っ込みで返しているのは、忍者装束に身を包む黒髪の双子。怜悧な印象を抱かせる瞳をしているが、口角を上げると笑窪が顔を出し、柔らかな雰囲気を覗かせる。エルフの血を引いているのだろうか、耳の形が人間とは異なり、そしてその両目も左右で色が違う。
四人の首元からは“ヒヒイロカネ”の冒険者プレートが見え、いずれも高位の冒険者だということが窺える。そのクラスとなると本来ならば商人の護衛など受けるような立場でもないが、行き先が同じであったため移動手段との相殺で依頼を請け負ったのだ。この時期になると移動魔法の需要はうなぎ登りになり、価格も非常に高くなる。そもそもそれを使用できる魔法詠唱者も数が限られ、まだまだ貴重な存在だ。倹約家を自称するリーダーからすれば無駄金もいいところだということで、目的地へ向けてのんびりと旅を楽しんでいるのだ。
「そういやリーダーよぉ、開拓の話どうすんだ? 受けんのか?」
「うーん……面白そうではあるのよね。まさしく冒険! って感じだし」
「“漆黒の剣”は受けるみたい」
「へえ? よくあの孫バカ爺さんが許したなオイ」
「ま、そこまで危険があるとも思えないものね。竜人の血を引いてるだけあって、凄く頑丈だものあの子」
「おまいう」
「ボスいう」
「う、うるさいわね!」
しかし、そんな一行の前に――正しくは上空に。“百年の揺り返し”が現れたのは、あるいは運命といったところなのかもしれない。悲鳴を上げながら高速で落下する男。双子の感知範囲に入った時点で察知され、各々が警戒態勢をとるが、そんなことは知った事かとでもいうように男はそのまま地面に激突した。
「…なんだありゃ」
「死んだ?」
「地面から下半身が生えてるわね」
「あ、動いた」
「み、皆さん……あの、まずは助けましょうよ」
「――っ! ぶはっ、なにこれ!? 運営コラァーー! 最後までクソみたいな仕事しやがって! なんか痛いんですけど! …ん? 土の味…? つーか匂いが………………はっ! もしや異世界転移というやつでは!? ということは近くにゴブリンとかに襲われている美女がいるはず!」
「(あ、やべぇ奴だ)」
「(関わらない方がいいかしら…?)」
「(装備パない。神器級?)」
「(ギルド関係者?)」
五人の間に微妙な雰囲気が流れる。いつの時代も、どこの世界も、かかわってはいけない手合いというものはいるものだ。ちょっとおかしい人間との会話を避けたいと思うのは仕方ないだろう。しかし前方、馬車の邪魔ではないとはいえ、彼を無視して横を素通りするのは難しい。というよりも既にバッチリと目があってしまっている。顔を輝かせて近付いてくる男に若干の警戒をしつつ、一行は不審者との邂逅を果たした。
「こんにちは! なにかお困りですか?」
「それってこっちのセリフじゃないかしら…」
「悪の騎士団に追われてたりしませんか!」
「どこの物語だオイ。普通に依頼人の護衛中だっつーの」
「オーケー、商売成り上がりルートきた。自分、四則演算ばっちりですよ!」
「常識」
「…虐げられてる奴隷とかっています?」
「百年くらい前にはいたかも」
「…横暴な王様とか貴族とかって」
「異形種人類皆平等」
「運営ェーー!!」
日本人がいればやっていそうなことは既にやっているこの世界。リアルで何十年何百年、営々とオタクに受け継がれるテンプレートは望むべくもない。彼はとても――そう、とても普通の人間であった。かつての六大神と同じように、ほどほどにオタクで、ほどほどに善人で、ほどほどに頭が悪かった。
しかし現状把握能力は意外にも高く――都合の良いように考えているだけだが――己の身に降りかかった出来事をありのままに受け入れてもいた。ある程度知識があり慎重な性格をしているのならばともかく、教養もなく楽観的な性格をしているこの男からすれば、現状は『異世界万歳』としか思えないのだろう。
もう少しいうなら“どちらでも問題なし”と考えてもいるのだろう。これがなんらかの事故ならば、運営から少しばかりの保障くらいは出るだろう、と。ユグドラシルは終了したものの、大元の会社はまだまだ健在だ。企業や国が理不尽というのは一般常識ではあるが、だからといって傍若無人という訳ではない。中世の様な王侯貴族然として振舞えば、国民がすぐに一致団結してしまうというのはよく理解しているのだ。
“絶大で完全な権力”というのは『民の無知』なくしては有り得ない。義務教育がなくなったとはいえ、全国に跨るネットワークと電子の海に沈む知識は膨大だ。国民の教養は偏っているが『馬鹿』ではない。真綿でじわじわと締め付けるような社会に飼い慣らされてはいても、全てを搾取するような理不尽に抗うくらいの知識と気概はある。だからこそ支配者層はわかりにくいように歪んだ統治を敷き、故にこれ程わかりやすい事故ならば、被害者に幾何かの賠償くらいは必ず払う。
そして事故でないならば――つまり今が現実だというならば、これ以上ない程の幸運だろう。顔を汚す土も、頭に散った草も、彼の気分を害すことはない。なにも気にせず、胸いっぱいに空気を吸える……それだけのことが、リアルではまず味わえない贅沢だ。
燦々とした光を一身に受けるという経験は上流階級の人間でもないだろう。もしこの世界が強者だらけで、自分が何者にもなれなったとしても、既にこの自然が彼にとって幸福であった。加えていきなり美の結晶のような集団に遭遇したのだから、何もいうことはなしといったところだろう。ご都合主義ではなかったことに対し運営に恨みの声を上げてはいても、本気で怒りを覚えていないのはあからさまであった。
「…で。お前さん、なんでいきなり落ちてきたんだ?」
「ん……ああ、《飛行/フライ》で飛んでたんだけどいきなり景色は変わるわ、
「魔法の仕様?」
「あー……いや、すまんこっちの話。ところでこの馬車ってどこに向かってるんだ?」
「『エ・レエブル』経由で『カルネシティ』に向かってるところだけど……よかったら一緒に行く?」
「…え? いいの? いきなり現れて意味不明なことを言ってる不審者だけど…」
「自覚あったのかよ」
「旅は道連れ世は情け」
「旅はカキタレ余にお情け」
「下品よ、ティナ」
違う世界で出会った人間は殊更に善良で――そして彼の勘違いでなければ、
「(…はっ! もしやこの世界、男の方が性的優位な感じではなかろうか。ゲームが現実になったんじゃなくてエロゲーが現実になったんですね神様ありがとう)じゃあ悪いけど頼むよ。受けた恩は必ず返すタイプなんで! もしそっちが困ったら絶対力になるよ!」
「ふふ、期待してるわね……じゃあ自己紹介でもしましょうか。私はこの冒険者チーム“蒼の薔薇”のリーダー『グズリース・ブラッドネス・アインドラ』。基本は神官戦士で、レベルはこの前八十になったところよ」
「俺は『スターリン・デイル・シンクレア』だ。職業は……まぁ見たまんまだな。レベルは七十四だぜ」
「『ミスティア・ベロ・フィオーレ』。ティアでいい」
「『パルティナ・ベロ・フィオーレ』。ティナでいい……忍者、レベル七十一」
「わー、めっちゃあけっぴろげー……まぁいいか。俺は
「…百!?」
「ほー、スゲーじゃねえか」
「装備もすごい」
「神器級?」
「…そう? いやー、そんなことないよ? ほんと全然すごいことないから。ほんとほんと、ほんと大したことないから俺って」
『私ってほんとブサイクだから…』などと
「そこまで驚くってことは、レベル百ってあんまいない感じ?」
「そりゃね……もしかして魔導国の外から来たの?」
「ん――ああ、ユグドラシルってとこなんだけど」
「聞いたことねえな。んま、レベル百っつーとこの国でも二十人に届かねえくらいだ。グズリースの八十ってのも相当なもんなんだぜ?」
「ほほー…」
会話を続け、彼はこの国の常識や文化などに対し質問を投げかける。“蒼の薔薇”もにこやかにそれに答えていく。箱庭の外の世界は、人間にとって非常に過酷であるというのが一般常識だ。そこで生き延びてきたからこそレベル百という強さに至ったのだと推測し、そして過去を詮索しない。きっと悲惨で凄惨で
「ふむふむ……統一国家『魔導国』。そして基本的に人間の勢力圏は狭い、と」
「ええ。広げることは可能だけど、評議国との盟約でそれは禁止されてるの」
「『四十一の境目』は侵略を警戒してんじゃなくて、中から外への侵攻を見張ってる意味合いが強えんだ。当然それぞれの
「なるほどなるほど。それで、三日後が『守り人』が全員集まる――」
「そう、今向かってる五年に一度の『
「おぉ…! 現実のお祭りなんて話にしか聞いたことないな! テンション上がってきた!」
「…」
男を除く全員の目が、不憫なものを見るような目になった。とはいえそれは勘違いということもなく、この国に生まれた人間とリアルに生まれた人間のどちらが幸せかというならば、圧倒的に前者だろう。幸福か不幸かなどというものは主観でしか測れないが、しかし相対的に見て彼と“蒼の薔薇”のどちらが幸せな人生を歩んできたかを比べれば、前者と答える人間は稀な筈だ。
「ふふ、じゃあカルネシティまで一緒に行きましょうか。とりあえず今日はエ・レエブルに――あ、見えてきたわね」
「金は持ってんのか? なけりゃ俺らが取る部屋に泊まってってもいいぜ……ま、ベッドは四つだけどな」
「まままマジですか?」
「すごい童貞臭」
「どどど童貞ちゃうわ!」
これはもう人生の絶頂期だと、そんな風にテンションが振り切れている男。そして獲物を捕らえたような目つきで彼を見る“蒼の薔薇”のメンバー。そんな二組を見つめて、ため息をつく少女が一人。この馬車の持ち主は自分の筈なのに、全てが勝手に決められている――しかし強く言えない性格が祟り、流されるままであった。
少女の名は『ソフィーリア・ルベルド・バレアレ』。カルネシティの重鎮の親戚であり、世界屈指の薬師でもある。箱入り娘であり、世間知らずではあるが……それでも“男女の機微”に疎い訳ではない。ああ、この男も
“蒼の薔薇”――かつては女性のみのチームとして、そして最高位の冒険者として名をはせた集まりだ。時代は流れ、何度もメンバーが入れ替わった。しかしその強さは衰えるどころか年々と増し、血筋すらも受け継いだ今代こそが最強であるとも噂されるそんなチーム。
かつては女性のみで構成され――今は
■
『人類種が多数を占める国家』が全て統合されて八十と
それは偏に『冒険者養成機関』と呼ばれる育成所の成果ともいえるだろう。至強に届く才はあれど経験値を得る術が無かった者達は、この施設により才能の限界まで鍛えることが可能になったのだ。かつてはレベル三十もあれば最高位だと胸を張れた冒険者も、今や平均値がその辺りである。故に、その気になれば人類は更なる繁栄を望めるのだが――そうすると評議国が、竜王があまり良い顔をしない。
『魔導国』の統治者達は争いを望まない。だからこそ真なる竜王の顔を立て、栄華の絶頂にある人間種族の繁栄を調整していた。しかしどれだけ智謀に優れようとも、国家の舵取りというものは難しい。富み過ぎた故に増える国民の調整は難航を極めた。それは無理やり抑えつけるというやり方を嫌った統治者の愚政でもあったのかもしれない。
結果として、人数に対し狭くなった人類の領土。そして冒険者達の目覚ましい活躍により、魔導国の領土はほぼ全てを既知におさめた。それを解決するための政策が、別大陸の開拓である。評議国と慎重に議論を交わし、新たな盟約を決め、冒険者達は新たな未知を踏み出し始める。
――“彼”もその内の一人として紛れ込もうと画策していた。魔法で作り上げた鎧に、大剣が二振り。かつては一級の戦士と目されたであろう彼の装備も、今は十把一絡げの冒険者としか見做されない。しかし彼にとってそれは都合がよかった。国民のほとんどが彼のことを知っているからこそ、目立つわけにはいかなかったのだ。
上手く逃げ出せたまでは良かったものの、国境には防衛線が敷かれている。狩られる狐のように国内をうろつきまわる戦士の姿は哀れを誘うが、全てをほっぽり出して逃げてきたのは彼だ。責任ある立場の者が『数年程留守にします』などという我儘は許されないだろう。
「(ふぅ……とりあえず追っ手は撒いたか。ニグレドが味方してくれて本当によかった…!)」
誰もが知る、偉大な統治者の一人――『モモンガ』。こそこそと周囲を気にしながら歩く様子は、名前の通り小動物のようである。大通りから外れた路地を進み、夜の街を行く。疲労や睡眠とは無縁の体だからこそ、追われる者にとって大敵である“消耗”を避けられるのは強みだろう。
そしてそんな逃亡者たる彼の前に――まるで引き寄せられたかのように『百年の揺らぎ』が現れた。正確にいうならば頭上に飛び出してきた、という方がしっくりくるだろう。宿屋の二階から、ガラスを砕いて飛び出す男。両腕をクロスさせ両足を畳みながら脱出する様子は、アクションスターを彷彿とさせる。粉々になったガラスが街灯の光に乱反射し、映画のワンシーンを切り取ったような惚れ惚れとする脱出劇だ。
――男が全裸でなければ、ではあるが。
「
「うおっ…!?」
涙目になりながらも見事に着地し、全力で路地を駆けていく裸の男。その姿をぽかんと見送るモモンガであったが、破られた窓から顔を覗かせた人物を見て、慌てて同じ方向に駆けだした。全身鎧とは思えない速さであったが、それだけ必死だったのだろう。
そしてそんな不審な二人を見送る、割れた窓の中の豪華な部屋の人物達。ピンク色のプルンとした唇を尖らせ、獲物を逃したことに不満気な様子だ。
「うー、逃げられちゃった」
「ま、趣味じゃなかったんなら仕方ねぇだろ。俺ぁ、てっきりあっちも解ってるもんだと思ってたぜ」
「次いこ、次」
「ナンパはカルネシティが本番」
失敗は顧みないポジティブさが売りの彼等は、一度や二度のミスでめげたりはしない。むしろ先程逃げられた男と再び出会ったとしても粉をかけかねない。彼等のテクにかかれば『口では嫌がっててもこっちは正直よね』を地で行けるのだ。ノンケを引きずりこむことに長けた恐ろしい集団である。
伸びをしつつ、英気を養うために今日は寝てしまうかとベッドインしようとした彼等であったが――部屋の中に転移門が唐突に現れ、身を起こす。果たして黒い靄から抜け出した存在は人に非ず、金の髪に紅い瞳、口元に牙を覗かせる幼い吸血鬼――“守り人”が一人『キーノ・ファスリス・インベルン』……かつてイビルアイと呼ばれた、元“蒼の薔薇”のメンバーの一人であった。
「――久しぶりだな」
「ご隠居!」
「ご隠居はやめろと言っとるだろうが!」
「ハンドレッド・ヴァージン!」
「
「万年処女が出た」
「
「くっ、くく、口の減らん奴らめぇ…!」
「そんで、どうしたんだ? わざわざ転移魔法まで使ってよ」
現“蒼の薔薇”の相談役である彼女は、彼等の前に姿を現す度に弄られる。それだけ仲が良いともいえるが、やはり三百年ものの処女だという理由も大きい。ビッチという存在も大概ではあるが、ここまで拗らせすぎるのもそれはそれでかなり引かれる要因となるだろう。三十半ばの女上司(処女)に迫られれば終電を言い訳にお断りするように、三百半ばの女吸血鬼(処女)(幼女)に迫られて喜ぶ男はほんの一握りだけである。
「はぁ……まあいい。それでだ、実はモモンガがカルネシティから居なくなってな…」
「あん? じゃあナザリックにいんじゃねえのか?」
「おらん。それどころか見つからないよう入念に準備をして、よくわからん書置きを残して消えたんだ。お前達は何か知らないか?」
「ちみっ娘が知らないのに私達が知るわけない」
「ちみっ娘言うな」
「じゃあイモっ娘?」
「――ああもう! お前達! 腹立つくらいそっくりだな! あいつらに!」
「曾婆様のこと? ふふ、嬉しいわ」
「誉めとらんわ!」
双子の忍者の顔にアイアンクロウしながら憤慨するキーノ。しかしそれでも妙に嬉しそうにしている変態共に気力を削がれてしまう。ナザリックの関係者だというのに未だ処女を守り通している奇跡の少女ではあったが、変態的な知識だけは増えてしまった悲劇の少女。彼女がいつビッチになってしまうのかは、神のみぞ知るところであった。
「ふぅ……知らんならいい。見かけたら一報入れてくれ……ああ、そういえばお前達も祭りには参加するんだろう? 一度戻るから、一緒に来るか?」
「お、ありがてえ――と言いたいとこだけどよ、依頼請け負ってるとこだ。のんびり行くさ」
「わかった。ああ、それと捕まえられそうならふんじばってでも頼むぞ」
「無茶言わないでよね……あ、関係あるかはわからないけどさっきレベル百の男の人にあったわ。魔導国の外から来たんだって」
無茶な注文をつけつつ再び転移魔法を唱えるキーノであったが、最後にかけられた言葉を聞いてピクリと片眉を上げた。それは数日後に迫る会議の内容に関連していそうな事柄だ。揺らぎの規模によっては、大きな戦いが起きるかもしれない――守り人の一人としてその覚悟もしていた彼女は、口元を固く結んで問い返した。
「そいつはどんな奴……いや、お前達はそいつにどんな印象を抱いた?」
「印象? うーん……馬鹿っぽいところが可愛かったかも」
「ありゃあ童貞だな。間違いねえ」
「泣きながら逃げてった」
「逃がした獲物は大きい。ブツは小さかったけど」
「…………えぇ…」
レベル百の強者も裸足で――否、裸で逃げだすビッチ達の戦力に慄きながら、なんとなく今回は大丈夫そうだと肩の力を抜いたキーノ。しかしあまり楽観視もできず、更にモモンガの逃走という事柄も相まって溜息をつく。とはいえ彼女の受難は今に始まったことではなく、非ビッチであるだけで苦労を背負いこむのは、この国の上層部の常であった。
息を大きく吸い込んで、窓から見える満月に吹きかける。何もなければいいが――と転移魔法を中断し、キーノは夜闇へと身を投げ出した。
■
普通の一般人として、男は最低限の常識は備えている。つまり全裸で街を走り回るという行為はどう考えてもアウトであると理解していた。故に混乱が冷めやらぬ中でも、狭い路地を抜けることはなかった。そして幾人かの黄色い悲鳴を聞いた後、ようやく一息をついて足を止めた。
「(はぁ……はぁ……うぅ、童貞を卒業する前に処女を散らすところだった……いや、どっちが攻めだったんだ? いわゆる男の娘だったんなら、あの見た目だったらなくもなかったんじゃ――いやいや何言ってるんだ俺は)」
「あの」
「うおわぁっ!?」
「あ、すいません……あの、つかぬことを御伺いしますが」
「あ、はい。じゃなくて。ちょ、ちょっと着替えるんで待ってください」
裏路地で裸でいたところ、全身鎧の大男に声をかけられる。すわホモ再びかと身構えた男であったが、自分の不審者っぷりを考えて思い直す。治安を護っている人に声をかけられたのだろうかと――捕まる前に服を着なければと、装備を着込んだ。大抵のプレイヤーが一つは着けている、通称“速着替えリング”の効果で瞬時に姿が変わる。一瞬にして全裸の不審者から一流の魔法詠唱者の出で立ちだ。
「…っ! …もしかしてプレイヤーの方ですか?」
「へっ? あ、はいそうです……えーと、もしかしてそちらも?」
「えー……まあ、そうです」
「おお! お仲間ですね! ユグドラシルが終わったと思ったらいきなり平原に真っ逆さまでびっくりしましたよ! しかもいきなり美女にお誘いを受けるもんだから、てっきり夢でも見てるのかと!」
「そ、そうですか」
「まあ美“女”っていうか……美“男の娘”だったわけですが…」
「えぇ…(気付けよ)」
青褪めた顔で
とりあえず無事ではあったようなので一息つくも、今度は別の問題が浮上した。遂に彼が恐れていた“百年の揺らぎ”が始まったのだ。“魔導国総ビッチ化計画”を企むアルベドの野望は打ち砕いた――長編映画のような壮大な活劇であった――モモンガだが、依然として周囲はビッチだらけで、NPCの性欲も限りを見せない。こんな様を、もし転移してきた仲間達に目撃されれば危険が危ない。故に数年程国を留守にし、様子を見ようと逃げ出したのだ。
「う、ううん! あー……あの娘達とは顔見知りでして。悪気は無かったと思います……許してやってくれませんか?」
「へ? あ、そうなんですか……というか――ということは、なるほど。プレイヤーによって来る時期が違うのか…」
「…! ええ、そうみたいですね」
「まあ夢は見せてもらったので! 許すも許さないもないですよ、うん」
「そう言ってもらえると助かります」
ボケっとした雰囲気とは裏腹に、察しの良さを見せた男に少し驚くモモンガ。とはいえ人の好さそうな、悪く言えば騙されやすそうな印象は拭えない。人の印象とは第一印象がかなりの割合を占めるのだ。いわんや、最初の邂逅が涙目の全裸ともなれば『三枚目』以外の感想は出てこないだろう。
しかしそんなことよりも、モモンガにはなんとしてでも男から聞き出すべきことがあった。自分が逃亡者生活を送っている理由でもあり、事によっては生命の危機にすら陥りかねない重要な事柄だ。お前は
「ところで、その……こちらに来た際、他の人を見かけませんでしたか? 正義が降臨してそうな純銀の聖騎士だとか、悪巧みしてそうな山羊頭だとか…」
「えぇ…? というかその特徴ってもろアルフヘイムのワールドチャンピオンじゃないですか。そんな人いたらすぐ御供させてもらってますって」
「そ、そうですか、よかった――いや、別の場所に出てくる可能性だってある。安心はできない…」
「…? なにか怒らせるようなことでもしたんですか? まあ確かにワールドチャンピオンと敵対はしたくないですよね……それに確か、その人の所属ギルドってあの『アインズ・ウール――」
「そ、それより! 自己紹介がまだでしたね! 私はモモン――んん゛っ、『モモン・ザ・ダークウォリアー』と申します」
男の言葉を遮るようにモモンガは偽名を名乗る。殊更に正体を隠すつもりはないが、やはり嫌われ者として悪名高い自身のギルド。もう少し様子を見てからでもいいだろうという判断だ。業務を放り出して逃げたとはいえ、己が育てたともいえるこの国を愛しているモモンガ。新しいプレイヤーが国を害する存在かどうかの見極めは、重要度の高い仕事である。というよりも、逃げ出した言い訳に最適な存在を見つけたという方が正しいだろうか。
「も、モモン・ザ・ダークウォリアーさん……ですか……あ、もしかしてこっちの世界風に名前変えたんですか? みんな三つに区切ってますよね」
「え……ええ! そんな感じです。昔は立場によって名前の数も変化してたんですけど、今はほとんどの人が一つだけですから」
「へぇー……ん? 最後が家名として……真ん中のは名前じゃないんですか?」
「基本的には『名前・洗礼名・家名』から成っている感じですね。洗礼名というのは昔に実在した神様、あるいは従属神と呼ばれた存在の名前を少し変化させているそうです」
「ああ、じゃあさっきの娘達でいうと『デイル』とか『ブラッドネス』『ベロ』ってのが……昔の神様の名前なんですね」
「あ、いや……ううん、えー……“ブラッドネス”や“ベロ”はその、最近になって流行り出したというか……ほら、洗礼名にも流行り廃りがありますから」
「へぇ…? モモンさんの『ザ』も新しいんですか? 一文字ってなんか珍しそうですよね」
「しゅ、種族によっては短い名前こそが至高なんてのもありますからね! 『グ』なんて名前の方も聞いたことがありますから! ええ!」
「そ、そうですか…」
やたらと
「うーん、俺も新しい名前かなんか作った方が良さげですよね」
「…かもしれませんね。その名前は流石にちょっとアレですし」
「(モモン・ザ・ダークウォリアーに言われた…)」
「…?」
「いえ。さて、三つ区切りで良い名前かぁ……んー……『グダクサン・アチアチ・ナベヤキウドン』とかどうですか?」
「頭大丈夫ですか?」
「ダークウォリアーに言われたくねえよ!」
「なっ…! カッコイイじゃないですか! ウドンだのオデンだのより絶対に良いでしょう!? ちょっとダサイ名前の方が逆に良い――とかまさに高二病ですし!」
「じゃあアンタは完全に中二病なんですけど!」
ぎゃいのぎゃいのと言い合う様はまさに小学生の喧嘩であり、内容は更にそれ以下であった。夜の路地裏でこれ程くだらないやり取りをする者も珍しいだろう。塀の上で尻尾を揺らしていた猫が鬱陶しそうに離れていき、どこからともなく『やかましい!』との怒鳴り声が飛んでいる。
一応常識をわきまえてはいる二人であったため、一旦矛を収める。場所を変えて『ダークウォリアー』がカッコイイかどうかの決着をつけようと歩き出すが、そんな二人の前に一人の少女が空より舞い降りた。
「――良い夜だな。満月の光が探し人を導いてくれたようだ」
「…中二病仲間ですか?」
「だから違いますって! ――って言ってる場合じゃない! 逃げますよ!」
「へ? いや、ちょまっ……うおぉっ!? 骸骨っ!? ってああ、オーバーロードだったんですか」
「ええい! 逃げるな!」
「ほら! 早く! ええと――あの子も“蒼の薔薇”の(元)メンバーですから!」
「蒼の……ひぃっ!? く、くるなぁっ! 俺はノーマルだ! 《フォース・オブ・テレポート・ケージ/強制転移籠》!」
「なっ…!?」
男が魔法を唱えた瞬間、少女――キーノは堅牢な檻に包まれ、そのまま何処へともなく消えてしまった。ある程度の確率で
「…珍しい魔法を覚えてるんですね」
「ふぅ――あ、えぇ。かなり変則的なワイルドアタッカー構成にしてるんですよ。戦略が嵌まれば中々のもんだと自負してたりしてなかったり…」
「あはは、何ですかそれ」
「…ところでなんで追われてる風なんですか? ユグドラシルみたいに異形種が嫌われてるって感じでもないですよね、この世界。さっきの娘も吸血鬼っぽかったですし」
「うっ…」
痛いところを突かれたというように固まるモモンガ。彼も別段嘘をつきたいという訳ではないのだが、
「あー、言いにくいことでしたら無理にとは」
「す、すいません…」
「いえ。それで、これからどうするんですか? 俺は首都のお祭りってのを見に行くつもりなんですけど」
「そう、ですか…」
どうしたものかとモモンガは考える。逃げ出したいのは山々だが、いくら無害そうなプレイヤーとはいえ放置するのはまずい。しかし彼についていくということは、カルネシティに舞い戻るということだ。やっとの思いでここまできたというのに、それは避けたいところだろう。
――しかしどちらにしてもこの国から出るというのは容易くない。国境の防衛線もそうだが、追う者と追われる者の頭脳の差が激しすぎるのだ。探知魔法や追跡魔法という手段ではなく、純粋に予測で発見されかねない。何をしても裏をかかれているのではないかという思いが常に頭の片隅にある。というより、事実その通りだ。キーノが此処にきたのも偶然ではなく、モモンガの行動を『悪魔の頭脳』が予測した結果であった。
唸りながら悩んだ後、彼の頭上に電球がピコンと輝いた。そうだ、自分の考えが読まれてしまうのならば他人に任せればいいじゃないか、と。三日後に首都へいくというのも、灯台下暗しと考えれば悪くないかもしれない。少なくとも自分が考える中にその選択肢はまず入ってこない。
祭り時は首都の人口が数倍に膨れ上がるのも、カモフラージュには最適だ。なにより別大陸の開拓に関する発表もそこで行われ、少なくない冒険者が参加を表明する筈だ。そこに紛れ込んでしまえば――そこまで考えて、モモンガは訝しんでいる様子の男に口を開く。
「…祭りは三日後ですよ。それまで良かったら国を見て回りませんか? 私も転移魔法は使えますし、開催直前に飛べば問題ありませんしね。大抵の街は行ったことがありますから、案内できます」
「へ? それはまあ……有難いですけど、追われてるんじゃなかったんですか?」
「捕まったらどうこうされる、という訳ではありませんから。まあちょっとだけ規模の大きい隠れんぼみたいなものですよ」
「はぁ……じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
骨の手と人間の手をがっちりと交し合い、彼等は旅の友を手にしあった。先程の確執など無かったよう態度は、やはり敵に対し協力しあったというのが大きいのだろうか。ランダム転移によってとある真祖の吸血鬼のベッドに飛ばされたキーノの受難は、きっと無駄ではなかったのかもしれない。
■
朝を迎え、地図を広げて何処に行きたいかを問いかけたモモンガ。興味深そうにそれを見つめる男は、いくつかの場所を指差す。それを受け朗らかな雰囲気で快諾したモモンガは、適当に順番を決めて旅の準備を終わらせる。そうして始まったのは、息つく暇などない波乱の逃避行の幕開けであった。
――聖騎士の『くっ殺』が見たいという男に案内したのは、かつてローブル聖王国と呼ばれた地だ。“単一九色の虹”と呼ばれる守り人が国境を護る場所である。
「街への直接転移は禁止されているので、まずは海上に転移しますね。都市が一望できて綺麗ですよ」
「おぉ…! すご――ん? なんか狙われてません?」
「…そういえば此処の守り人は少し特殊でしたね。海から危険な存在が上がってこないかを見張ってるんですよ。確か名前は――『ディネール・デルタ・バラハ』だったかな…」
「あの弓は……もしや『アルティメイト・シューティングスター・ミラクル』では?」
「ええ。『アルティメイト・シューティングスター・ミラクル』ですね」
「何故我々が『アルティメイト・シューティングスター・ミラクル』で狙われているんでしょうかね」
「完全不可知化を感知されてるみたいですね。完全に看破は出来ていずとも、正体を隠して近付く輩を排除しようとしているんでしょう……『アルティメイト・シューティングスター・ミラクル』で」
「一キロくらい離れてるのにな――ああぁぁ! 言ってる場合かあぁーー!!」
――エルフを見たいという男を案内したのは、かつてエルフ王国と呼ばれた地だ。“大罪人”と呼ばれる守り人が国境を護る場所である。
「はい、到着です……こちらがエイヴァーシャー大森林でぐわあぁぁ!!」
「ちょ、モモンさ――ぐわあぁぁ!!」
「死ねよクソ強姦魔があぁぁぁ!!」
「くく、実の父親に酷い言いざまだな……今まさに、不本意ではあるが罪を償っているところだろう? 会議の度に此方へ来てご苦労なことだ。お前の母親と私が交わることで奇跡的に生まれたのがお前ではないか。感謝されこそすれ、罵倒される筋合いはないというものだ」
「――ああぁァ!!」
「い、いだ…! いったいなにが起きてるんですか?」
「こ、この辺りの守り人の二人ですね……“絶死絶命”とエルフの元王様は親子なんですけど、色々複雑みたいでして。巻き込まれないようにしましょう」
「もう充分巻き込まれてるんですけど!?」
――もうどこでもいいから安全な場所に行きたいという男を案内したのは、かつて竜王国と呼ばれた地だ。安全に安全を期して、ビーストマンとの国境を転移場所にしたのは慧眼という他ないだろう。人間もビーストマンも寄り付かない、荒野が広がるだけの場所である。
「やったぞ! 見たかアルシェリア! “
「おめでとうございます。オージルシークス・ヴィクト・エル=ニクス様」
「ええい、かたっ苦しいぞ! いつの時代の人間だお前は――ん? いま爆心地に人影があったような…」
「気のせいでしょう。さ、そろそろ“
「――」
「――」
クレーターの中心で重なり合うように倒れている二人の男。一方は動いていなければ完全に死体であり、もう一方は動いていなくとも敗残兵風の惨めさを感じる風貌となっている。二人共が口から煙を吹いており、どちらともなく回復用のポーションを取り出し、頭から振り被るのであった。
■
短い時間の中で国を巡る。街を巡る。村を巡る。そこには自然があった。そこには笑顔があった。人間がありのままに生きていた。空気は汚染されていない。空は明るく、草木は優しい。人間を搾取する人間はおらず、人間を虐げる人間はおらず、幸福が満ち溢れていた。
――そして祭りが始まる。
豪華でもなく、煌びやかでもなく、ただただ実用性と機能性を突き詰めた建築物。それが大会議の会場だ。普段はまず顔を合わせない、数十人からなる実力者たちが一堂に会する。彼等に上下関係はなく、全てが横並びで対等な存在だ――ただ一人を除いて。円卓ではなく長机なのは、明確な上座をつくるため。
支配者ではなく統治者。故に必要以上の権力を持たず、けれどあまりにも偉大な所業を成した人物であるため、ほんの少しだけ、一段高いところにいることを許される存在――認められる存在『モモンガ』。しかしその席は空いたままだ。
「…ふむ。職務を放棄したのならば座から降りていただくのが筋ではなかろうか」
「犯罪者が口を開いたかと思えば、つまらん戯言だな。貴様に発言権は無い。控えよ」
「おお、これは手厳しいな『ドラウディロン・ヴィクト・エル=ニクス』殿! しかし控えよとは……王位の味が忘れられぬようだ。これを機に王政の復活を所望されてはどうだ?」
「母上を侮辱するか“大罪者”! 貴様の命はモモンガ様の慈悲によって長らえているだけだろう。あまり図に乗るようなら僕の“始原の魔法”で消し炭にしてやろうか?」
「あら、オージルシークス。遂に習得しんしたの? くふ、あとで『いい子いい子』してあげんしょう」
「は、はい! シャルティア様! ありがとうございます!」
「あっははー、お嬢にかかったら小さな竜王君も形無しだねー」
「いっ…! いらしていたんですか『マンティス・ブラッドネス・クインティア』様」
「様はいらないってー。っていうかオーちゃんの方が年上でしょ」
会議を前にして、ぞくぞくと“守り人”達が集まる。血筋か、あるいは元より才能があったのか、全員がレベルにして九十を上回る猛者達だ。一般人がいれば威圧感で動けなくなる程の重圧が場に満ちている。六大神の血を、竜王の血を――そしてNPCの血を受け継ぐ者達。ほぼ全てが恒久的な平和のために尽力している存在だ。
「それにしてもデミウルゴス、実際のところモモンガ様はどうしんしたの?」
「ええ、我々を心配させないように心にもない書置きを残していかれたのですが――やはり真の慈悲深きビッチなる御方。既に新しい“プレイヤー”と接触されておられるご様子」
「か、カッコイイ人だったらいいなぁ…」
「こらマーレ! 先にモモンガ様の心配しなさいよ!」
「あ、あう…」
「確かに万が一ということも御座います。捜索隊は出しておりますよ、シャルティアお嬢様」
「おや、久しぶりでありんすね。パンドラズ・アクター」
人が、亜人が、異形種が肩を並べて言葉を交わす。一昔前であれば考えられない光景が、此処では当然のようにあった。若干の確執はそれぞれあるものの、それもまた調和の一つといえるだろう。『全てが幸せ』というのは、それはそれで薄気味悪いものである。不完全こそが止まぬ成長の証なのだ。
「さて、モモンガ様は率先して最重要議題を解決に向かわれました。こちらに連絡が無いということは、恐らく“プレイヤー”の脅威はないと判断されたのでしょう。しかし御方抜きで大会議は始められません……申し訳ありませんが、祭りの後に延期させていただきます」
「えー……三日間羽目を外せるからつまんない会議に出席すんのにさー」
「羽目を外すというよりハメ倒してるだけでしょう、貴女は」
「やだ、ベルカちゃんひわーい」
「ええい、黙れクソビッチ共! とにかく奴等を発見するまでは会議は始められん、さっさと見つけるぞ! 見敵必殺だ! 今度はこっちが転移門にぶち込んでやる!」
「…(キーノ、なんかあったの?)」
「…(さぁ。でも心なしか、彼女に向けるシャルティア様の視線が熱い気がします)」
悪魔が立ち上がると、全員がそれに続く。総勢
街全体がお祭り騒ぎの有様。そしてその街の中心、ひときわ高い檀上が魔法によって造られている。本来であれば会議後、此処で祭り開始の合図をもって乱痴気騒ぎへと移行するのだが――なんといっても今は代表者がいない。締まりのない開催になるな、と代行である悪魔は肩を竦めた。
■
「お祭りって凄いですねモモンさん! こんなのリアルで体験できるとか…! これで実は運営の実験でしたーとか言われたら死にたくなりますよ」
「それはできれば考えたくないですね…」
「まあでもこんなレベルのVRが再現できるなら、もう現実はいらない気もしますけどね。死ぬまで脳味噌だけでも別にいいかも…」
「その考え方はヤバいですって」
「ひゅー! そこのお姉さん良かったらお茶でも…!」
「聞けや! ――というかあの人お姉さんじゃなくてお兄さんですから」
「もうやだこの国」
「いや、ピンポイントで当ててるだけでしょ……実はそっちの趣味なんじゃないですか?」
「んな訳あるか!」
無数に立ち並ぶ露店で買い食いをしながら、街を散策する二人。行きかう人々は誰も彼もが楽しそうで、自然と二人の表情も柔らかくなる。両手を食べ物でいっぱいにしている男を見て苦笑気味のモモンガであったが、リアルでの味気ない食糧事情を考えれば仕方のないことだろう。
むしろそんな状態ですら女性(♂)に声をかける彼を見て、ほんの少しだけ尊敬の念を感じる程だ。まあリアルとは違い、強さも装備も、そしてユグドラシル産とはいえ金貨も相当なものがあると考えれば自然なのかもしれない。アバターもそれなりにイケメンだ。およそコンプレックスの欠片も感じられないと、人は自信を持てるようになるのかもしれない。
「でもよく男だってわかりましたね…? パッと見だとウサ耳メイドのかわい子ちゃんにしか見えないのに」
「割と有名な人ですからね。確か……なんだったかな。ああ、そうだ――三代目“カリ首兎”って…」
「えぇぇ…」
「じゃなかった、三代目“首狩り兎”です」
「どっちにしてもえぇぇ…」
人間、エルフ、ドワーフ、他にも様々な亜人種や、稀に異形種も往来を堂々と歩いている。そしてそれ以上に、リアルでは味わえない熱気にあてられ、男は興奮していた。そしてそんな彼を見て、モモンガも嬉しそうにしている。自分と配下達、新しい仲間達、そして元は国を違えた民達が協力して作り上げた平和だ。それをこれほど楽しそうにしてもらえるならば、感無量といえるだろう。
ふらふらと彷徨いながら喧騒を堪能する彼等であったが、実のところ祭りはまだ始まっていない。国の統治者が揃い、『魔導祭』の開催を宣言してようやく開始となるのだ。格式ばっている訳ではなく、五年ごとに行われるこの催事は新しい統治者、守り人のお披露目でもある。長命種であるならばともかく、定命の存在であればそれなりの頻度で入れ替わるのだから、必要な段取りだ。
賑わう人の流れのまま、休憩スペースに腰を下ろす二人。くだらない雑談に興じ、少し時間が経ったところで――ざわりと場が揺れた。
「ん? なんか始まるみたいですね」
「…お祭り開催の宣言でしょう」
「…? おっ、空中に画面が……ユグドラシルのプロジェクターまんまですねー」
「ええ」
「映っている方達が“守り人”ってやつですか?」
「え、ええ」
「ん…? 後ろの幕の紋章……なんか見た事あるな…?」
「…っ!」
「はて……んー……どっかのギルド紋だったようなそうでもないような…」
「あわわ」
「リアルであわわって言う人初めて見たんですけど」
「そ、それより新人の紹介が始まりますよ!」
「えぇ…」
誤魔化すように映像を指さすモモンガ。訝しむ男であったが、マイクらしきものを持った美女に興味を惹かれて首を動かす。周囲の人々も画面に、あるいは遠目に見える檀上に視線を向け、声量を抑えていた。それは強者への敬意でもあり、統治者への畏敬でもあり、国を代表する変態達への憧れでもあった。
「マイク持ってる人、綺麗ですねー」
「あれは守り人ではなく市長ですね。『ネコ・エモット(タチ)』市長です」
『――さぁ! ではこの国の象徴にして柱、新しい守り人を紹介いたします!』
数人が前に並び出て、紹介されている。一人一人が礼をする度、爆発的な歓声が上がり、地面が揺れ、空間が震えた。それに応えるように、市長も紹介の仕方に熱が入る。式典というよりは、バンドのメンバー紹介といった方が近い有様だ。
――“クインティアの最高傑作”『スッと寄り添ってハートにドスっ!』。知らぬ者の方が少ないでしょう! 『マンティス・ブラッドネス・クインティア』!
――“竜帝”『竜女王の愛し子』。古き皇族の血と真なる竜王の血を色濃く受け継いだハイブリッド! 『オージルシークス・ヴィクト・エル=ニクス』!
――“単一九色の虹”『殲滅者の瞳』。目つきだけでバシリスクを石化させたと噂のシューティンスター! 新進気鋭の射手『ディネール・デルタ・バラハ』! …ひぃっ!?
新しい守り人を祝福する者もいれば、自分の推している守護者に熱い視線を送り続けている者もいる。魔導国の守護者であり、統治者でもあり――みんなのアイドル的な側面も持っているのが彼等だ。政治が人気商売というのは、古代から現代まで変わることのない真理である。
少し前に出ている悪魔――デミウルゴスへ下着を投げつける輩もいる。もちろん嫌がらせではなくおひねり的なものだ。それを証明するかのように彼のポケットへ吸い込まれる下着群。新たに開発された魔法《パンティ・コレクション/下着回収》による効率的な回収方法であった。
「…なんでパンツ?」
「…」
「というか“守り人”って露出度高い人が多いですね…」
「…」
「どっちかというと――なんか変態の集まりに見えるな…」
「ぐふぅ…!」
「ど、どうしたんですか?」
胸を抑えてうずくまるモモンガ。ナザリックのNPCがビッチであるだけならばともかく、守り人の半数以上は変態である。その中で未だ童貞を貫く彼――物理的にどうしようもない――の疎外感は如何ばかりか。だというのにビッチ神という認識は覆ることなく不動であった。そんな中、処女であるキーノとの関係はとても安らぐものであり、彼にとって大事なものである。イビルアイが仮面を外す時、モモンガが傍にいた。甘くもプラトニックな繋がりだ。
しかしそれも放り出し、なんの相談もなく逃げたことに彼女は怒っているのだろう。壇上で苛ついてる幼女の顔を、モモンガはまともに見ることができなかった。
『さぁ、新しい守り人の紹介も終了いたしました! 恒例の宣言を“あの方”に述べていただきたいところですが――ここで残念なお知らせがあります。守り人のまとめ役にして最高の統治者である御方は……現在非常に重要な仕事のため、席を外されておられます。そして同じく、アルベド様も事情により出席することができません』
市長の言葉に対し、残念そうなため息がそこかしこから零れる。誰よりも人気の高い『モモンガ』の欠席は、国民の熱を少しばかり冷まさせた。しかしだからこそ、無理にでも盛り上がろうと気炎を上げている者も多い。そんな国民達を微笑ましそうに眺め、デミウルゴスが市長よりマイクを預かる。モモンガ、アルベドが出席できないとなれば、宣言が彼に託されるのは自然の成り行きだ。彼が手を上げると、それに応えるかのように場が静まりかえる。一つ頷くと、デミウルゴスは口上を述べ始めた。
「――また五年が経ちました」
首を振り、柔らかな笑顔で人々を見渡す悪魔。その言葉一つ一つに、強制スキルとは違う、けれど強い力が込められている。宝石で出来た瞳は、しかし冷たさの欠片もない。
「国も、人も、健やかに成長し続けています。悪意というものは完全になくなることはありませんが、それでもあなた方一人一人の意識が不幸を減らす。全てを護る必要はありません……それは私達の仕事です。大事な人だけを御護りなさい。その輪が広がれば、きっと幸せは永く続く事でしょう。今は此処におられませんが、モモ――ん?」
とても真面目に話を続けるデミウルゴス。朝方まで脱衣チェスをしていたとは思えない。しかしここは魔導国が首都、カルネシティ。悠久の都にして、永遠の愛と欲望とピンキーな街。来年の話をすると鬼が笑うというが、此処では『真面目な話をしているとビッチが嗤う』そんな街。
――そう、ピンチの時にヒーローは現れる。つまりシリアスな時にはビッチが現れる。それがこの街の摂理であった。
「あ――アルベド!? 貴女は謹慎中の筈でしょう!」
「くふ、くふふふ……魔導国法第一条三項――“
「…っ! …確かに解釈の仕方によっては貴女の出席も違法ではありませんが――」
「でしょう?」
「――ですが! 認める訳にはいきません。全員、アルベドの捕縛準備を! 彼女は……子供の教育に悪い!」
どの口が言ってるんだろう――と百年ぶりの来訪者が心の中で突っ込みを入れた。しかしそんな思考を無視して、場は動き出す。まずは数百年を未だ生き続ける、魔導の探求者『フールーダ・パラダイン』が動いた。珍しくも洗礼名を名乗らない彼は、“逸脱者”の括りを超え遂に“到達者”へと至ったのだ。
「申し訳ありませんが、アルベド殿――止めさせていただきますぞげぶぅっ!!」
「くふ、足の味が忘れられないのかしら?」
「フールーダがやられた!」
「いや、魔法使えよ…」
姿勢を低くし、プロレスラーのように相手の足を目掛けタックルを敢行したフールーダ。しかし見事なカウンターを取られ、顔面にアルベドの足がめり込んだ。同レベルとはいえ、前衛職と後衛職の耐久度は段違いだ。ただの一撃の下、彼は地に沈んでしまった。
「あっははは――オラァ! 一回戦ってみたかったんだよねぇ! “能力向上”“能力超向上”――“疾風走破”!」
「マンティスさん!」
「いけるか!?」
クインティア家でただ一人異端であった、とある女性の気質を色濃く受け継いだ『マンティス・ブラッドネス・クインティア』。戦闘狂で色情狂な業の深い女性である。レベルは九十と、アルベド相手であれば一蹴される程度だ。しかし現地の人間は才能限界という壁の代わりに、武技という技能を会得している。十レベル差という、本来ならば埋めることのできない程の差を覆し得る一手だ。
――しかし。
「――がっ!?」
「“
しかし、それも相手が武技を使用してしまえば、縮まった差は元通りになる。百年という長い時間は、プレイヤーやNPCにも新しい技術をもたらした。腕ごと抱きしめられたマンティスは武器を振るう事すらできず、万力の様な力で締め付けられた。
「こ、この――わひゃぁっ!?」
「くふ、貴女は昔からここが弱いものねぇ」
「ちょちょ、いくらなんでもこんな公衆の面前で……あぎゃぁぁーー!!」
「――マンティス! くっ……『ベルカ・ナーヴェ・ベサーレス』参ります!」
「えい」
「あぐっ! くっ…! 殺せ!」
「馬鹿なの!? もう…! 次は私よ!」
「おいでなさいな」
筆舌に尽くし難い辱めを受けつつ、床に転がるマンティスとベルカ。良識ある大人達は子供の眼を塞ぎ、しかし舞台の上から目を離さずにいた。次にアルベドへ襲い掛かるは、可愛らしい魔法少女然とした少女だ。名は『オーヴェルメント・イプローシス・テスタメント』。黒い帽子を目深に被り、杖代わりの分厚い本を開いて魔法を唱える。それは神の領域たる十位階魔法――《タイム・ストップ/時間停止》だ。しかしここに居る守り人の誰もが、時間系統の魔法対策を講じているのは周知の事実だ。だからこそ、彼女は武技とは違い現地人だけに許されたもう一つの奇跡を発動させる――自らの
「“タイム・ストップ・オーバーレイド”!」
「――……」
一級の魔法と一級のタレントを重ね掛け。その効果はたとえプレイヤーであっても――それどころかワールドエネミーにすら有効な手段となり得る、システムを超えた技法だ。しかし強力なだけあって制限時間も短く、精々が数秒の猶予を作り出す程度の効果となっていた。
――しかし戦闘において相手が数秒も無防備になるというのは、絶対的な有利を作り出す。前衛職と後衛職をこなす彼女は、その空いた瞬間を……そして解除される瞬間を見逃さない。速すぎる攻撃は時間の停止した世界では無意味となる。遅すぎる攻撃は時間を止めた意味すらなくなる。故に刹那の一瞬を全力の殴打に変えて、分厚い本をアルベドの頭に振り下ろした。ハードカバーは時として人を殺し得る。本棚から落ちた辞書が小指の爪を砕く事すらあるのだ。防御に秀でた前衛職とはいえ、無傷では済まない威力だろう。
「(
「ざん――…ねんっ!」
「へぶっ…!」
果たして、殺人本はアルベドの意識を刈り取る結果と――ならなかった。武技“不落要塞”の発動により、その衝撃のほとんどを無効化したのだ。それが意味するところは、時間停止による攻撃のタイミングの完全看破。つまり……戦士としての『格の差』だ。
「くふぅぅーーーーーー!!」
「くっ、このままではアルベドの野望を打ち砕いたモモンガ様に面目が立ちません…!」
「ボ、ボク達じゃ止められない…」
「うん、マーレ。あの状態のアルベドを止められるのは――」
「ただ一人でありんす…」
「ああ! 我が神よ! 我が無力をどうかお許しください!」
一人だけ別のゲームに生きているアルベド無双。止められる者はもはやたった一人。彼女に対し絶対の命令権を持つ、死の支配者のみであった。彼に忠誠を誓う者達が目を閉じ、両手を合わせて祈る。それは神に捧げる尊い祈りのようで――とんだ茶番でもあった。
「(あ、あいつらぁ…! 絶対に俺がここに居るって解ってやってるな…!)」
百年の時間はあらゆるものに変化を促す。創造主の不明を受け入れた。人間という存在への理解を更に深めた。そして、最後に残った主との関係も。彼等は絶対の主従であり、しかし――“仲間”であった。モモンガがユグドラシルで深めた友人との絆。十年前後も轡を並べて戦い、遊び、切磋琢磨した大事な時間。しかしNPC達と過ごした時間は既にその十倍となり、大切な宝物はいつしか逆転していた。
彼等はモモンガのことを誰より知っていて、モモンガは彼等のことを誰より知っている。どこからがハプニングで、どこまでが茶番劇なのかは知る由もないが――『こうすれば出てくるだろう』という確信が彼等にはあるのだろう。そしてそんな不敬を主は許してくれると、彼等は知っている。百年前よりもずっと、ずっとずっと気安い関係になったからこそ。
モモンガはため息を一つ吐いて、横にいる男へちらりと視線をやった。今日は厄日だ……そんな重い気持ちと共に壇上へ登る決意を固めた。
「すいません……変な国ですよね、ほん――」
「ぶはっ――あははは! やばいやばい! 見ました? モモンさん! この国最高!」
「――っ……最高、ですか?」
「国を治めてる人たちがアレでしょ? めちゃめちゃ面白いじゃないですか!」
「は、はぁ」
「それにみんな――みんな、笑ってます。この国にきてから、暗い表情をした人を見てないです。そりゃあ探せば悲しい思いをしてる人はいるんでしょうけど……“諦めてる”人がいません。
「…」
「きっと
「…なんですか?」
「俺、この国にこれて――ええ、たとえこの体験が夢だとしても……本当に良かったです」
客観的な視点というものはどうしても他者が必要だ。どれだけ国を良くしても、それは自己評価と自己満足に過ぎなかった。酷い目にあってきた人たちだからこそ幸せだというけれど――
そんな思いは常にあった。自信がないからこそ仲間達の来訪を恐れている部分が少しはあったのだろう。けれどそんな恐れを吹き飛ばすかのように、国を、仲間を、民を語られた。嬉しそうに語ってくれた。ああ、ならもう
「《フライ/飛行》」
「…うわっ!? ちょ、どこに行くつも――」
男の手を掴み、壇上へと飛ぶモモンガ。
着慣れた神器級の装備で。ワールドアイテムを体内で輝かせて。レプリカのギルド武器を携えて。
爆発的な歓声が上がり、国そのものが震えたかのように場がうねる。
威風堂々と立つ姿は、かつて十大ギルドの内の一つを率いた魔王そのもので――
「……あ。思い出した……この紋章、アインズ・ウール――」
降りた勢いで膝をついた男に手を差し出して、モモンガは嬉しそうにこういった。
――ようこそ、魔導国へ。
最後までお付き合いありがとうございました。