東方心届録   作:息吹

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 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。略してあおこよ。

 新年一発目の投稿です。本当は年内に投稿できればよかったんですが、無理でしたね。ちゃんちゃん。
 今回はVS萃香。別の見方をすれば、主人公の実力紹介。

 それでは、どうぞ。


第14話

 山の頂上近く、周囲に木々もなく、開けた場所にて幽綺は萃香と対峙していた。

 どうやら鬼同士が争い事をする際に使われる闘技場のような場所らしいが、そもそも鬼は呑んではその場で殴り合いを始めるような連中ばかりなので、ここがその用途で使われることは滅多にないのだとか。

 もっぱら、下っ端天狗の訓練やその他妖怪の賭け勝負のような時に使うらしい。

 

「いやー、この日を待ち望んだよ。あれからあれから待ち遠しくて、酒も喉を通らない日々さ」

 

 言って、伊吹瓢と言うらしき瓢箪を呷る。

 思い切り酒を呑んでいた。

 

「……何か言った方がいいんですか?」

「そう訊く前に言ってくれた方が嬉しかったな」

 

 そうですか、と軽く相槌を返す。

 会話の弾まない幽綺の態度に残念そうな顔をする萃香だったが、すぐに気を取り直したように表情を明るくした。

 

「さて、始める前に規則や勝敗条件の確認といこう」

「はい」

「私からは殺さない。殺しはしない。だが、お前は私を殺す気で来な。その位が丁度いい。そして、それ以外は基本的に何でもありさ。とは言え、殺さなくてもやり過ぎだと審判役が判断したらその時点で強制終了。審判役は、鬼から一人、天狗の奴から一人、そして紫。勝敗は、どちらかが降参する、審判役に止められる、のどっちか。ここまではいいね?」

「審判役のお二人を確認させて貰っても?」

「あいよ」

 

 萃香が視線を闘技場の外へと向け、手招きする。

 視線の先は岩場を崩して簡易的に木材を組み立てた観客席のようになっており、そこには四つの影があった。ここは真っ直ぐと闘技場を見下ろすことができ、高さもあるため闘技場全体を見渡せる、所謂特等席と言える場所なのだ。

 四つの影の内二つは幽香と紫である。

 そして、萃香の呼び出しを受けやって来る影がもう二つ。

 その二人は幽綺達の傍らに降り立つと、萃香に促されてそれぞれ自己紹介を始めた。

 

「初めまして。私は茨木華扇。一応山の四天王の一人よ。今回は萃香の我儘に付き合わせてしまってごめんなさい」

「初めまして、華扇さん。風見幽綺と申します。いえ、鬼が強者との闘争を求めるのは仕方のないことでしょうし、強いことで有名な鬼に私の実力が認められてた思うことにしますよ」

「そう言ってくれるとありがたいわ」

 

 片方は、赤みがかった桃色の髪に、萃香と比べて小さな二本の角を持つ鬼。胸元に花の飾りを持つ服の前掛けには、茨の絵が描かれている。

 茨木華扇。萃香と同じ、山の四天王と呼ばれる鬼の内の一人である。

 彼女は生真面目な性格だ。鬼らしく豪胆な部分はあったりするものの、今回のような勝負事の審判役だと言うのならば、彼女は確かに適任だろう。

 

「んで、俺がもう一人の審判役。天魔、御影。風月(ふづき)御影さ。よろしく」

「よろしくお願います、御影さん。天魔と言いますと、貴方が……?」

「そ。なんだかんだで天狗の長やってんのよ。と言っても、名ばかりで、実態は鬼の完全統治だがね。でもまあ、鬼っつーのは組織の運営には向かないらしくてね。こうして柄にもねえ役職背負ってるわけよ」

「ですが、それも貴方の実力あってのことでしょう?」

「はっはっは。自慢じゃないが、四天王の奴らならともかく、そこらの鬼程度には負けねえよ」

 

 もう一人は、どこまでも黒いその髪を首の後ろで一つに纏め、自然に流す男の天狗。その髪色よりもさらに明度を減らした漆黒の大きな翼が、彼の強さを証明するかのように一度大きくはためいた。

 紫の話によれば、彼は天魔という名を冠してからまだ日が浅く、ここ数百年程度なのだという。しかし、彼が天魔となった経緯は壮絶で、元の天魔に正面から喧嘩を吹っ掛けて実力でその座を奪ったのだとか。元の天魔も決して弱くはなかった筈だが、彼はその上をいっていたのだ。その時点で他の妖怪に力を示すことは完了した。その後は統治者に相応しい指揮能力等の戦闘力以外の面を示し続け、こうして今もその地位を揺るぎないものとしている。

 ただ問題があるとすれば、実力を示せばそれだけ、本来のこの山の統治者である鬼に目を付けられるということ。

 それでも未だこうして天魔として健在なのだから、言葉通り、凡百な鬼程度では相手にならないのだろう。

 鬼の完全支配であり、天魔という地位も名ばかりだったと言うのに、それでもその地位に居ることを維持し続けるのには彼なりの理由があるのだろうが、幽綺はまだそこまでは知らない。

 

「この二人と紫ならもしもの時でも止められるだろうさ。と言っても、止められるのは専ら私の方で、お前の方は止めなくていいと言ってある。だからもう一度言おう。――殺す気で来な」

 

 挑戦的且つ獰猛な笑みを湛えて、萃香はそう言い放った。

 

「……」

 

 その言葉を受け、幽綺は一度大きく深呼吸をした。

 この戦いに関して、彼は幽香からある言葉を受け取っている。

 つまり、勝て、と。

 彼自身はそこまで勝敗に拘ってはいない。というか、そもそもこういう荒事は避けたかった。今回は花を折られるだとか、庭を荒らされるだとか言われていて、自分が萃香の挑戦とも挑発とも取れるあの発言に乗ればそれが回避できたが故にこうして戦うことになっているだけなのだ。

 だから、負けるのならばそれはそれで仕方ないという思いがあった。全力は出すつもりだが、その上で敗北してしまうのならば自分の実力はその程度だったと受け止めて改めて精進するつもりであった。

 だが、幽香がそう言うのならば話は違う。

 彼女は言った。どうせ戦わざるを得ないのならば彼女を打ち負かしてこい、と。誰に喧嘩を売ったのか、分からせてこい、と。

 幽綺に喧嘩を仕掛けただけでなく、花を荒らすと挑発、脅迫されたことは、彼女にとって相当頭に来ていたらしい。

 だからだろうか、彼女は幽綺に対して勝てと言った。

 ならば、自分は勝たねばなるまい。

 実力差などひっくり返して、勝利を残さなければなるまい。

 何より固い決意と覚悟を決めて、幽綺もまた、相手を真っ直ぐに見返した。

 

「――勝たせて、いただきます」

「ししっ。良い眼だ」

 

 萃香は手振りで審判役の二人を下がらせると、幽綺との距離を開けるために後退した。背中は向けず。笑みも消さず、彼を正面に見据えたまま。

 幽綺もまた、二人の去り際に一礼だけを返し、一度だけこちらを見下ろす自分の姉に視線を移すと、萃香と同じように距離を取った。

 互いにとって十分な距離を開けて、両者は静止する。

 紫が下りてきて、華扇と御影も含めて三人が位置に着く。

 誰が始まりの合図を出すのかは事前に決めてある。だから、彼女は最後に両者の準備が終わっていることを確認すると、

 

「――始めッ!」

 

 鋭い声が、辺りに響いた。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 先手を取ったのは、萃香であった。

 

「それじゃあまあ、小手調べと行こうかね」

 

 彼女が手を振り上げると、その動きに釣られるように彼女の周囲の砂や岩が空中に浮かび上がり、その手の先へと集いだした。

 彼女の能力は、『疎と密を操る程度の能力』。あらゆるものを、有形無形問わず萃めたり、散らせたりする能力だと言う。

 予めその能力を聞いていた幽綺であったが、この能力に対する有効な対抗手段は殆ど思いつかなかった。どうしても、後手に回ざるを得ないのだ。

 だが、後手に回ってしまうだけ、対抗手段が無いだけで、対処が出来ない訳ではない。

 故に。

 

「まずは一発、受けてみな!」

 

 発射された攻撃がたとえ幽綺の身の丈を優に超えるものであったとしても、動揺することなく。

 

「……」

 

 彼はただただ手を翳しただけだった。

 だと言うのに、萃香の放った攻撃は彼に当たる前に、何かに阻まれるようにしてその手前で弾けた。

 轟音が鳴り響き、砕け散った岩石の破片や砂が周囲に散る。

 その細々とした礫でさえも、幽綺には届かない。

 

「『届かせる程度の能力』……、まあこの程度じゃあ届かないか」

「――式神『白虎』」

 

 幽綺の傍らの空間が裂け、中から大量の札が飛び出してくる。

 空間術によって物を収納する術式は既に扱えていた。それを転用して、こういった荒事の際に使うための道具も一緒に入れておき、必要に応じて取り出すという術式と、大量の札で新しく式神を作り出すという術式。

 空間術の使い方は紫の能力を参考にし、式神に関しては逆に紫とは違う方向へと伸びたものだ。

 

「はっ!」

 

 飛び出した三桁は下らない札の奔流は萃香へと一直線に向かいながら、ある動物を形作っていく。

 その姿は虎。大きさは、一丈と五尺程とかなり大きい。

 四神の内、西を司る霊獣の名を冠されたその獣は、大きく口を広げ、牙を覗かせながら標的に噛み付かんとする。

 迫る巨体を前に、萃香は獰猛に笑って、

 

「舐められたもんだぁねえ!」

 

 正面から殴り飛ばした。

 いくら札、つまりは紙で出来たものとはいえ、霊力を込め術式として完成された存在だ。濡れない、燃えない、破れない等、凡そ紙故の弱点は無いし、鋼鉄だって噛み砕く程度の硬度はある。

 それを、力任せに。

 霧散し、辺りに散らばる札をつまらなさげに一瞥すると、視線を正面に戻した。

 しかし既にそこに幽綺の姿は無い。

 

「……そこかぁッ!」

「っ!」

 

 後ろに向かって全力で腕輪に繋がれた鎖を振る。

 手応えは、あった。

 弾かれる感覚と共に一歩分距離を取りながら振り向く。すぐそこに何か細いものが迫っていたので、咄嗟に顔をずらして避ける。

 見ればそこには、先の虎の式神と同じように札で構成された杖を手にし、低い姿勢からそれを突き出した形の幽綺の姿。

 成程。虎の式神は目眩まし。その影でこの杖を生成。何らかの手段、もしくは単純に地力で後ろへと回り込み、突き。こちらの攻撃を防いだのは、能力によるものか。

 確かに速い。が、足りない。

 一瞬、視線が絡み合って、

 

「らァッ!」

「シッ!」

 

 突き出された杖を打ち払い、強く踏み込み、拳を繰り出す。

 対して幽綺は、打ち払われる直前で杖を一度札に戻し、すぐさま再度構成し直す。振るわれる拳に杖を当て、逸らそうとして、

 

「ぐっ!?」

 

 押し通された。

 幽綺の威力を逸らそうとした技など知ったことかと、まるでそう言うかのように、強引に。

 咄嗟に能力を使って直撃は免れたものの、弾かれた杖から伝わる衝撃で、同じ方向へ腕も弾かれる。

 見縊っていた訳ではない。だが、それでも萃香の拳の威力は想像以上であった。

 

「甘いねえ! 我が拳、その程度で弾けるとでも思ったのか!?」

「つい今までは、ですがね!」

「ならばその能力をこの拳、どっちが強いか力比べといこうか!」

 

 再度迫る拳と鎖に繋がれた重りを防ぎ、杖で足払いを掛ける。態勢を崩した萃香は受け身を取ると、すぐに身体を回し、蹴りを交えながら起き上がる。

 幽綺はその蹴りを防ぎ、起き上がるのを阻止しようと軸足を再度払う。

 しかし、その攻撃は空を切った。

 視界に映るのは、膝から下が無くなった、否。()()()()萃香の足で、

 

「……疎の能力!」

「ご名答!」

 

 弾かれるように顔を上げると、凄絶に笑みを浮かべた萃香の表情。

 幽綺は理解する。彼女は今、自分の足払いが当たる直前で、掛けられる筈だった脚を霧のように分散させたのだと。彼女の能力は疎と密。それを自分に適用したという話だ。その使用方法も、事前に聞いてはいた。

 だが、こうして目の当たりにすると、その発動を見切ることは困難を極めそうだ。

 しかし、外してしまったのは仕方ない。次の一手を。

 

「ふっ!」

 

 杖を分解し、逆の手で持つように再度構築。相手が腕を引き絞るのを視認し、振るわれる前にその拳を防ぐために当てる。次は直接的な殴打ではなく、霊力を込めて。

 先程は弾かれてしまったが、本来拳とは腕が伸び切る瞬間、当たる瞬間が一番威力が大きくなる。逆に振るわれる前ならば、その威力は大きく減衰する。

 先を取れ。

 少しでもいい。全力を出させるな。

 能力で防ぐことができるのは拳まで。相手に流れを掴ませてはいけない。相手だって防がれることは分かっている筈だ。その先を読まれている可能性も高い。ならば、まずは出鼻を挫いてやらなければ。

 そして、杖が散った。

 

「……ッ!」

 

 一瞬の思考の硬直。だが、すぐに答えに辿り着いた。

 

(杖を、散らされた!)

 

 それを証明するかのように、周囲にはその残骸である札が散りばっていく。

 萃香の前で何度も札を集めて構築させていたのだ。木製、金属製の普通の杖ならともかく、札を集めて杖の形にしているだけのこれならば、もっと容易に散らせることができるのだろう。魔道具としての用途に拘るあまり、普通の木や金属で杖を作らなかった故の穴か。まあ、札ではない普通の物であるからといって、萃香の能力が効かない訳ではないだろうが。それでも、こうも容易くはなかっただろうに。

 それに杖と一緒に霊力も散らされた。これでは有効打になり得ない。

 仕方がないと大きく下がる。

 だが、それを許す相手でもない。

 すぐにその距離を詰められた。

 

「逃げるなァ!」

 

 迫る鬼に対し、幽綺は一度自分の場所と周囲の状況を確認。さらに下がることを決断。

 まだだ。ここでは、止めない。

 萃香の拳を避け、空振りし、振り切られたのを確認してから下がる。

 次の一手。

 

「式神『朱雀』」

 

 先の白虎の式神と同様に、傍らの空間を裂いて大量の札が飛び出した。

 次は、鳥。南方を守護する四神。尾を靡かせ、力強く翼を打ち鳴らしながら、かの鳥は大空へと羽ばたく。

 そして、一直線に萃香へと急降下する。

 

「ふん!」

 

 萃香が手を振るうと、先の杖と同じく、ただ数が多いだけの札へと散らされてしまった。

 

「おいおい。芸が無いぞ半端者。お前の実力はこんなものじゃないだろう?」

「いえ。私は私の出来る限りのことをしているまでです」

 

 つまらなさそうに萃香がぼやく。

 気にする余裕はない。

 素早く状況を把握。散らされた式神……札が、どうなっているかを視線を巡らせて確認する。

 

「……」

 

 萃香の周囲の足元に無造作に散らかった無数の札。霊力は散らされてしまっているようだが、術式自体はまだ生きている。

 闘技場全体を確認。札の散らばり具合を確かめる。

 自分が元々居た位置、萃香が元々居た位置、自分達が動いた跡、それぞれを中心に札は拡がっている。そこから、通る必要がある経路と地点を思い描き、萃香の動きの予測と合わせて立ち回りを考える。

 札の貯蔵は十分にある。術式の準備も着々としている。相手に気取られている様子はない。

 

「…………」

 

 そもそもの話として。何も相手の全力に付き合う必要は無いのだ。

 萃香は多少機嫌を損ねるかもしれないが、鬼、しかも四天王なんて呼ばれている存在の全力に一々付き合っていてはいくつ命があっても足りない。

 故に、今回は相手になるべく全力を出させたくはない。仕方なく受けなければいけない時はあるだろうが、能力で防げることは証明された。だが、安心はできない。自分でもこの能力に関しては不明な部分があるのだ。破られる可能性だって無い訳ではない。

 一度息を吸い、飛び出す。

 萃香を大きく右に迂回し、つい今しがた特定した地点へと向かう。萃香は余裕の表れか、その場からは動かず、ゆっくりと視線と体の向きを合わせるだけであった。動かないのならば多少こちらの動きに修正を入れなければならないが、取り立てる程のことでもない。想定範囲内である。

 そして、その地点へと辿り着くと、札を一枚取り出して、

 

「――裂ッ!」

 

 その札は拳三つ分ほどの一球の火炎弾となる。それを萃香に目掛けて直線状に投げつける。

 ふん、と鼻を鳴らして今まで同様にその炎を散らそうとする萃香。だが、今回は違った。

 散らすことには成功した。だが、炎は消えなかったのだ。

 

「んっ!?」

 

 散らした分だけ数を増やし、だというのに大きさは変わらない炎の雨が萃香を襲う。なまじ元が炎で固形でなかったがために散らした際の分裂数は極めて多い。それら一つ一つが一切減衰することのない熱と威力で迫るのだ。

 燃料となるものが尽きるまで決して消えぬ炎。勿論、術式によって生み出された炎であるので、本来の炎とは若干性質の異なるところがある。

 その最たるものが、この炎が燃やすのは物質ではなく妖力や霊力といった力であること。

 幽綺が込めた霊力と、萃香が炎を散らす際に用いた妖力を糧にしているが故に、この炎は分裂してなお衰えない。

 ただ、ただ増殖するだけという訳ではない。

 いくら妖力を吸収したからと言えど、元々込めた霊力が分散してしまっているため、そもそもの燃料が少ない状態になっているのだ。つまり、燃える時間が短くなっている。

 しかし、散らされたのが比較的萃香の近くであったため、消えてしまう前に彼女の元へとその殆どは届くだろう。

 

「あっつう!?」

 

 着火。

 霧になって逃げようとしたようだが、この炎は妖力すら食らう。萃香の能力は散らすことはできても無にすることはできない。彼女がそこにいる限り、能力を使う限り、あの炎は燃え盛り続ける。

 さて、今の内に仕込みを出来得る限り終わらせておくべきか。

 幽綺は消えぬ炎に苦戦する萃香からは決して目を逸らさず警戒しながらも、この場所でやるべきことは終え、また移動を開始した。

 目指すべき地点は残り二つ。さらにそこから数本ずつそれぞれの地点を結ぶような経路も繋げなければならないが、こっちは比較的容易に済むだろう。

 能力を使い、目的の場所へと一気に自分を届かせる。

 先程萃香の周りを迂回する時にこのように能力を使わなかったのは目視されるのを避けるため。一度見せた手札次から警戒されてしまう。しかし今の状況なら彼女は炎にかかりきりで注視はされていない筈だ。絶対の保証はないが、火達磨の身体の向きが変わっていないところを見ると、こちらの姿は追えていないらしい。

 札を取り出し、目的地点にばら撒く。しっかりと術式は込められていることを確認。

 次いでそこから線となる術式を使い、霊力を込める。

 よし、ここでの準備は完了。萃香の妨害等を無視すればこんなにも早く終わるものなのに、勘付かれることを避けるために大分遠回りなことをしてしまっている。

 仕方ないことだが、少しの焦燥感。

 さあ、最後の地点へと、

 

「だっしゃあああああっ!!」

 

 熱源が、消えた。

 

「……強引に打ち消しましたか」

「はあ……はあ……面倒なもん編みだしやがってェ……お陰で妖力を半分以上失う羽目になっちまった。ちと熱かったが、まあ、私を灰にする程ではなかったな!」

「無理矢理力押しで打ち消したとでも言うのですか。出鱈目な力ですね……」

 

 あの炎の術式は紫にも通用していた。最終的に彼女はスキマを利用して炎を消していたが、スキマそのものも燃えていた。ただし、燃えたのは境界面だけで、スキマの中身にまでは燃え広がらなかったのだが。

 その炎を、強引に。

 鬼の出鱈目さというものを痛感する。

 元々目眩まし程度、あわよくば傷を、とは思っていたが、あまりにも早い。

 だが、まだ間に合う!

 

「ふっ――」

 

 最後の目的地点へと飛び、札を取り出し、その術式を完成させる。萃香にとってこの能力の使い方は初見である筈だ。対処はできないだろ、

 

「見えてたよ?」

「な、ん」

「そいやァッ!」

 

 目の前に迫る萃香の拳。

 咄嗟に能力で防ぐ。

 文字通り目と鼻の先で、彼女の拳が静止した。

 

「妙な霊力の流れは感じていたが、何を企んでいるんだろうねえ? 鍵はばら撒かれた札のようだけど」

 

 全て、見られていた。

 着々と進んでいた準備も、先の能力を使った移動法も、全て。

 幸いにして萃香は札には触れていない。炎の件があったからか、無闇に触れようとはしたくないのかもしれない。

 まだ、大丈夫。手遅れではない。

 しかし、最後の保険は使わなければなるまい。

 これは既に露見している術式。萃香にとって一度経験したことのある捕縛術。

 つまり。

 

「――式神よ!」

 

 空間を裂き、人形の札が無数に飛び出す。

 これは萃香があの花畑に、幽綺や幽香の家の庭へとやって来た時にも使った式神の応用。対妖怪用の捕縛式。庭にあるのは所謂警備のような役割だが、今回は少々違う。

 前者が一定範囲内の侵入者に対し任意で発動するものに対し、こちらは存在を確認した一体のみを追跡する。

 だが、元になっているのは同じ術式。

 さらに言えば、似たような術式はもう既に二度、彼女の目の前で使用している。

 だから、結末は、

 

「式神か……なら」

 

 霧散。しっかりと同じ轍を踏むものかと幽綺の前から距離を取って回避行動もした上で、だ。

 顎を引き、こちらを真っ直ぐ見詰めるその姿勢から、今までの慢心や油断が消えたことが窺える。

 幽綺にとって少々厳しい展開である。

 元々鬼故、強者故の傲慢さに付け込んでいるような部分があった作戦である。それが無くなったとなれば、それだけで難易度は跳ね上がる。さらに言えば、何か仕込んでいることも見抜かれているのだ。

 一応他の手も考えてはいるものの、どれも彼女に対しては決定打とは成り得そうにないものばかり。ならばこのまま最初の策を押し通した方が勝率はまだ上だろう。

 

「……四天王奥義」

 

 声が届く。

 身体を低くし、真っ直ぐこちらに突き進まんとする姿勢の萃香。

 拳は、固く握られている。

 

「っ」

 

 急ぎ、最終地点へと跳ぶ。

 空間術で札を取り出し、経路も形成する。

 

「一歩――」

 

 彼女と勝負するにあたって、紫や幽香から特に注意すべき技をいくつか教えられている。

 うち一つが、霧化。これは先程部分的に使用していた。

 もう一つが、巨大化。単純に膂力が上がるというだけで、彼女が鬼であるということも加味すると大きな脅威となる。

 最後が、四天王奥義。彼女達山の四天王全員がそれぞれ持つと言う切り札的存在。

 ある鬼の奥義は、三歩の内に拳に全ての力を溜め込み、最後の踏み込みと同時に放つ拳で全てを壊すものだと聞く。

 そして、萃香のものは。

 ――萃香の拳と、幽綺の能力が激突した。

 

「二歩――」

 

 しかし怯むことも、止まることもせずに、二回り以上も巨大化した萃香が再度拳を振るう。

 ぶつかる。

 止まる。

 さらに巨大化し、三度拳を引いて、

 

「――三歩壊、」

「捕縛式『蛇蝎の鎖』」

 

 今度は、振るわれることなくその拳が、否。萃香の動きの全てが止まった。

 

「……あ?」

 

 萃香の素っ頓狂な声が、巨大化に合わせて周囲に重く響いた。

 見れば、彼女の動きを阻害するのは、中空から射出された何本もの鎖。先の式神の応用のように札で使われている訳ではなく、かといって金属でもない。半透明の青みがかった色のそれは、すぐに霊力で創り出されたものだと理解できた。

 成程。

 

「――私を、またしても縛れると思ったか!」

 

 力を込める。萃香の奥義がそもそも、三歩であらゆる『力』を萃めるという特性を持っている以上、今の自分には自分自身のみの全力よりも強大な力が宿っている。

 それを余すことなく出し切って、無理矢理引き千切ろうとする。

 だが。

 

「無駄ですよ。その鎖は力では破れません」

「なら!」

 

 全身を霧状にして拘束から抜け出す。即座に実体化、今度はもう拳を振り上げた状態で実体化し、振り下ろす。

 その前に。

 霧状になり、どんなものでも自分を縛ることなど出来ない筈だと言うのに、その鎖は霧となった萃香を縛り上げてみせた。

 いや、これに驚くことはない。幽綺と初めて会った時だって、彼は霧になった状態のままの萃香を式神の方の捕縛術式で拘束できていたのだ。こちらで出来ない道理はない。縛られることは無いと思っていたが、どうやら彼の方が一枚上手だったか。

 だが、まだ手はある。

 結局はこれも術式であり、霊力が用いられている。

 ならば、それを散らしてしまえばいいだけのこと。

 そして萃香はその通りに霊力を散らそうとして、

 

「……消えない?」

「種明かしは、この勝負が終わってから致しましょう」

 

 いつの間にか霧の状態から実体化させられてしまい、倒れ伏し、再度抜け出そうにも妙に力が入らない。そんな弱った萃香に、幽綺が近付く。手には、萃香をたった数秒の間でも苦しめることを成し遂げた霊力や妖力を燃料にする炎の札。その数、十枚以上。さらに逆の手には、札で作られた杖も一振り。

 最後の足掻きだともぞもぞと踠くも、どんどんと力は抜けていき、能力すら使えない程に弱体化していた。

 

「萃香」

「……紫かい」

 

 倒れている萃香の上から声が掛かる。

 審判役をしていた紫であった。大方、これ以上は無理だと思ったのだろう。視線だけ移せば、その後ろには天魔と華扇の姿もある。

 萃香は、ここから逆転できる手を模索して、やっぱり思いつかなくて、せめて一矢報いれないかと考えて、やはり無理そうで。

 そして。

 

「――降参だ」

 

 上げられない手を雰囲気だけで上げて、自らの敗北を認めた。

 紫は一つ頷くと、固唾を呑んで見守っていた観衆達に向けて、大きく声を上げた。

 

「勝負あり! 勝者、風見幽綺!」

 

 一瞬の静寂。

 直後。

 場は、大きな歓声に包まれた。




 防御特化&デバッファーVS回避型&超火力。

 主人公の能力も萃香の能力もめんどくさすぎ。どっちも決めきれないという。
 盛り上がり的には萃香の全力を正面から受け止めて欲しかったところなんですが、どう考えても主人公に術を準備するだけの余裕がある&別に受ける必要は無いんだよなあ……・ということで三歩壊廃が三歩目まで出し切る前に決着。
 正直、作者自身消化不良。
 主人公が何していたか、どんな術式を使っていたのかの解説会はまた次回。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 んー……やっぱ戦闘描写って、むつかしい。

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