東方心届録   作:息吹

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 デアラの方が詰まっちゃってたのでこっちも大分遅れてましたね……。

 東方新作出ましたね。鬼形獣。
 もし山の四天王の設定とか出てきたら軽く死ねる。その設定無かったころに考えてた内容なので。
 ですのでもし新作との矛盾が出てきても軽く流してください。お願いします。

 それではどうぞー。


第15話

 幽綺と萃香の勝負は幕を閉じ、それを見ていた者達は元より宴会のように騒いでいたからか、彼らが戻ってくるとそう時間も経たずにその場は酒の匂いと喧噪に包まれることとなった。

 勿論、萃香に見事打ち勝った幽綺はその騒ぎの中心にいた。

 

「いいねえあんちゃん! あの伊吹嬢を下すとは。いやいやどうして、ひょろい割になかなかの実力じゃねえか! ささ、呑みな呑みな」

「ええと、はい。有り難うございます。んっ……」

「おお、いい呑みっぷりだ。肴も一杯あるからな、食え食え」

「何だ。全然呑んでないじゃないか。もっと呑め呑め」

「いい加減にしなさい鬼共。邪魔よ」

 

 幽香の一声で、幽綺に群がっていた鬼達は蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。

 あの鬼達は萃香や幽香に比べれば力の弱い鬼だ。幽香に睨まれればそりゃ逃げる。平時であればまた別であろうが、ここはもう宴会の場。負けると分かっていて挑む勝負など、酒の肴にもなりやしない。

 鬼達の絡みから解放され、一息吐く幽綺。

 半ば強制的に飲まされていた筈だが、その顔に酔いの字は見えない。幽綺自身試したことはなく知らなかったのだが、どうやら自分は意外と酒に強いらしい。……まあ、視界の端で幽綺の記憶の中では瓢箪を呷っていない時間の方が短いような気もする萃香などと比べれば、まだまだ下戸であろうが。

 

「有り難うございます、幽香姉さん」

「いいのよ。これは貴方の勝利の美酒よ。無粋な輩に邪魔なんてさせないわ」

「……ふふっ、今日は一段とよく呑みますね」

 

 いつもより近い距離。いつもより早い間隔で盃を傾ける姉の姿。どうやら少々分かりにくいが、彼女は自分よりも自分の勝利に喜んでいるらしい。それがまた嬉しい。

 互いに酌をしあい、幽香が酒を呷るのに合わせて、自分もまた盃を傾ける。

 鬼達という邪魔ものがいなくなったことでもたれ掛かるように体重を預ける幽香に、それを支えつつ、先の鬼達が自由についでいった肴に気侭に箸を伸ばす幽綺。時折、酔っているのか口を開けることで、自分にも食わせろ、と催促する幽香に適当に取ったものを運ぶ。

 遠巻きに見ている者達があまりのその甘さに、辛味を求めてさらに酒を飲むくらいにはその空間は他を寄せ付けない、二人特有の雰囲気がそこにはあった。

 だが、それをまた打ち壊す存在もある訳で。

 

「や、呑んでるかい、幽綺……っと、こりゃ珍しい。あの風見幽香がこうも酔ってるなんて」

「あら、本当ですわね。それほど幽綺の勝利が嬉しかったのかしら」

「当の本人よりも喜んでるたあねえ。随分と惚れ込んでるもんだ」

 

 順に、萃香、紫、そして幽綺とは面識のない女性の鬼が一人。

 額から星の模様の付いた赤い角を一本伸ばす鬼。その姿は萃香は言わずもがな、女性の中でも身長が高い部類である紫と比べても遜色ない程には大柄な体躯。筋骨隆々という訳ではないが、やはり幽香や紫と比べると少々骨太な印象を受ける。彼女は幽綺達が使っている盃よりも一回り以上大きな盃を持っている。

 彼ら姉弟独特の空気を気にもせずに乗り込んできたのは、今この場に居る者の中でも随一の実力者達。というより、審判役を務めていた残りの四天王の華扇と、天魔である御影は我関せずとそれぞれ別の場所で飲んでいた。

 誰だろうかと、視線をその知らない鬼へと向ける。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてかね。私は星熊勇儀ってんだ。萃香や華扇と同じ、山の四天王さ。よろしく」

「風見幽綺と申します。申し訳ありません、姉さんがこうですので、このままの体勢での挨拶で……」

「いいさいいさ、気にしなさんな」

 

 勇儀と名乗った鬼は、そう言うと彼らの傍に腰を下ろした。続くように、萃香や紫も料理やつまみを囲うように腰を下ろす。

 

「……何よ、アンタら」

「そう不機嫌になんなって、幽香。宴会なんだから楽しまなきゃ。ほれ、もっと呑め。もっと食え」

 

 豪快に笑う勇儀につられ、彼女の持つ大きな盃に注がれた酒を呷る。

 持つだけでも一苦労しそうなそれを両手でどうにか持ちつつ、溢さぬよう気を付けつつ口に含む。

 一口で気付いた。

 

「これは……」

「ししっ、流石に気付くか」

 

 してやったりという顔の勇儀。

 盃に注がれていたのはいたって普通の酒だった筈だ。それを幽綺は視認している。

 だが、今自分の舌が伝えてくるのはそれよりも明らかに上等な味。それこそ、今まで生きてきた中で五指には入る程度には。

 鬼が飲むもの故に相当に度数は強いものの、各段に飲みやすいのは確かだろう。

 

「星熊盃って言ってね。注いだ酒を瞬時に純米大吟醸へと格上げさせる鬼の名器さ。時間とともに一気に劣化しちまうからすぐに呑まなきゃならねえのが欠点だが……私らは鬼だからね。これくらい一息に呑んでみせるさ」

「星熊盃……成程、道理で」

「ちなみに私が持ってるこの瓢箪が伊吹瓢って奴。入れた水を酒に変える酒器だ。本当は酒虫が直接欲しいところなんだが、これまた難しくてねえ……」

「幽綺、幽綺、早く次をちょうだい」

「……驚くくらいに酔ってるわね、幽香ったら」

 

 催促されるままに何かの肉だと思われる料理を一つまみ、幽香の口へと運ぶ幽綺。いつもより表情が緩んでいるのは決して勘違いではなかろう。

 他の三人は何とも複雑そうな表情でそれを見ていたが、おほんと萃香が一つ咳払い。

 どうしたのかと視線を寄越す幽綺に、それで、と切り出す。

 

「結局、お前は何をして、私は何で負けたんだい? 種明かしをしてくれよ」

「……本来、自分の手札はあまり明かしたくはないのですがね」

「いいじゃないか。拳を交え、同じ席で酒を酌み交わしたんだ。もう私達は友人だろう? そう警戒しなくてもいいだろうに」

 

 その眼に裏の意図は感じ取れず、純粋な好奇心、友人関係だと言うのも萃香の本心で間違いないだろう。

 それに元々鬼は嘘が嫌いな種族だ。そんな種族の言葉に嘘はまず有り得ないだろう。

 一つ息を吐く。

 

「――順に解説致しましょうか」

「おお。頼む」

 

 さて、まずはどこから説明したものかと少し考え、

 

「貴方の拳を止めたのが私の能力によるものというのは気付いてましたよね?」

「ああ、そうだな」

「ならば、その次。貴方の後ろにすぐに移動できていたのは?」

「それも能力によるものだろう? 途中でも同じようなことしてたから、流石に分かるよ」

 

 そうですか、と一つ相槌を打ち、さてこの次はどんな手を打っていたかと思い出す。

 次は確か、式神を喚び出したのだったか。

 

「式神『白虎』に『朱雀』……これを喚び出した意味、というのは?」

「最初は普通の攻撃だと思った。虎の方で効かないと分かった上で鳥の方を呼び出したのはただの牽制だと思った。だが実際は、最後の捕縛術のための布石だった訳だ?」

「そこまで気付いていましたか……ですが、はい。その通りです。その術については、最後に」

 

 順番に話すと言っていたし、萃香は頷いて続きを促した。

 

「次は火炎術でしたか」

「そうだな。あれは熱かった。久しぶりに燃えそうな程、火傷しそうな程の熱ってのを味わったよ」

「あれは霊力や妖力を燃料にします。散らしたところで貴方の妖力が消える訳ではありませんし、私が込めていた霊力もそれぞれに残ってはいましたから。それを力技で打ち消していた時点で大概ですよ」

 

 流石にその時は鬼の出鱈目さというのを実感したものだ。

 次の、萃香が燃えている間の移動についても彼女は理解しているようだから、それは割愛してもいいだろう。

 ならば、この術式についての説明が最後になるか。

 

「最後、『蛇蝎の鎖』についてですか」

「そうだな。結局はそれだ。あの捕縛術式が無ければ、まだやりようはあった筈なんだから」

「先程萃香さんが推測していた通り、それまでの式神等は全てこの術式のための準備でした」

 

 一息。

 

「あの鎖は、指定した空間内において対象を永遠に追跡し続けるという特性を持っています」

「空間内……成程。あの花畑にある術式が侵入者という一存在に対して掛ける術式なら、今回のは侵入者、お前さん言葉を借りるなら対象のいる空間そのものに作用する術式って訳か。効果は同じであったとしても、性質の違いっていう話かね」

「はい。ですから、あの鎖は抜け出すことも、壊すことも、霧散させることも不可能だったのです」

 

 空間に術式を掛けているため、その中に存在している限り、萃香が霧状になっていようと縛り上げることは容易い。そもそも、花畑の方の術式も、不意打ち気味だったとはいえそれには成功している。

 鎖そのものを霧散させようとしても、所謂術の根幹部分は別にあり、鎖は実体化しているだけのものであるため霧散させることもできなかった。鎖を消したかったのならば、その元となるものを無効化させるしかない。膂力だけで無理矢理引き千切ることができない理由もここにある。

 そして、この術式も花畑の方の術式と同様、弱体効果を持つ。縛られている限りその対象は段々と力を奪われていき、能力を使うことすら、身体に力を込めることすらできなくなっていくのだ。

 この術式の肝となるのは、戦闘中、何度も召喚していた式神。より正確には、それに混ぜられていた別の意味をもつ札。

 元々『白虎』や『朱雀』は壊されることが前提。ただ、壊された時に意図的に構成していた札をばら撒いていただけ。ばら撒いた上で幽綺自身が陣を作成さえすれば空間の設定と術式の発動が完遂する。

 だが、今回は運が良かったとしか言いようがないだろう。

 鬼故の慢心や油断に頼り切っていた術式に戦術。この様で勝利と言うのは、烏滸がまし過ぎる。

 

「『蛇蝎の鎖』……蠍のような毒に、蛇のような執念深さ、か。かかっ、なんとも厭らしい術式だこと!」

「そうでもしなくては貴方には勝てませんから。それに、ばら撒いていた札をどこか別の場所に吹き飛ばされていたりしていた場合、その時点で別の手を考えないといけませんでした」

「いやいや、称賛してるのさ。私の戦い方や能力なんて、紫や幽香に口伝で聞くしかなかっただろうのに、こんな術式を持ち出してくる上に、まだ手札はあるときた。あの術式自体はパッとしないが、なに、これだって立派な勝利さ!」

 

 背中を向けて膝の上に座って、幽綺を背凭れのようにしながら、伊吹瓢を呷る。

 どうやら当の鬼にとってはそれもまた一つの勝利の形であるらしく、幽綺の心の内など知らぬとばかりに騒ぐ。

 

「勇儀ー、コイツにもう一杯呑ませてやろうじゃないか」

「あいよ。ほれ、もう一回貸してやるよ」

「有り難うございます」

 

 返していた星熊盃を再度受け取り、萃香が瓢箪を傾けてそこになみなみと酒を注ぐ。

 期待の篭った視線を受けてそれを一気飲みし、盃を置く。そろそろ、流石にこの量は堪えるようになってきた。

 

「おおー、いい呑みっぷりですねー」

「いえいえ、他の鬼の方に比べたら――」

 

 ――誰だ?

 

「――ッ!?」

「? どうしたんですか? 急に固まっちゃって」

 

 ――この声の主は、誰だ?

 脳が、体が、今すぐに逃げろと警鐘を鳴らしている。

 だが、動けない。

 一周回って何も感じないというのに、それを超越した何かが、動いたら終わると告げている。

 せめて他に何かこの声の主に対する情報を得られないかと、無意識的に視線が周りに座っている他の者達へと向けられる。

 そして、目に入ってきたのは。

 

 ――先程までの酔いは何処へやら。幽綺を挟んで自分と反対側を驚きに顔を染めて見つめる姉の姿。

 ――今まで見たことがない程に顔を青褪めさせて、幽綺の隣を見て固まっている紫の姿。

 ――いままさに口を付けようとしていた瓢箪が中途半端な位置で止まり、視線も動かずに硬直している萃香の姿。

 ――顔は笑っているものの、どこか引き攣っており、よく見れば手が少し震えている勇儀の姿。

 

「あ、そう言えば、挨拶がまだでしたねー」

 

 誰もが動けない中、場違いなまでに明るい声色で、その声の主は言葉を発した。

 横で、誰かが立ち上がる。

 そして彼女はこう言った。

 

()()()()()()、ただいま妖怪の山に戻ってきましたよー! みなさーん、ただいまー!」

 固まる幽綺達を他所に、彼女の声はどこまでも朗らかに響いた。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 神無という鬼について話をしよう。

 鬼子母神などと呼ばれてはいるが、彼女が何か他の鬼と違う存在であるという訳ではない。ただその強さ故に、普通の鬼と区別するかのようにいつからかそう呼ばれるようになっただけなのだという。

 一応山の四天王の一人として数えられているが、強者を求めて各地を彷徨う放浪癖と、他の三人の鬼と同時に相手をしても引けを取らない別格の強さから、名ばかりのものとなっている。

 さて、そんな彼女を言葉で表すなら、『化物』の一言に尽きる。他に規格外、常識の範囲外、災厄の権化……等々、例を挙げれば限がないのだが、どれも共通して彼女を桁違いの実力者であるとする認識は一貫している。

 さて、そんな彼女だが、ここ数ヵ月の間は妖怪の山を不在にしていた。

 それ自体は然程不自然な事ではない。先述の通り放浪癖があるため、ある日唐突にふらりといなくなっては、またある日ふらりと戻ってくる。

 紫も萃香も神無がまだ戻ってくる気配がなかったのは確認済みだったし、万一戻ってきても察知できると思っていた。

 なぜ彼女を警戒するか。

 そこに、萃香ですら目を付けた幽綺という存在が居るからだ。

 もし彼の噂が神無の耳に入れば。そして興味を持たれてしまえば。強者との闘いを好む彼女がどういう行動に出るかは、一連の萃香の言動を見れば火を見るよりも明らかだろう。

 だが、たった今それらが全て水泡と帰した。

 宴会の席だったというのもある。ほんの少しだけ油断していたのも認めよう。

 だが、誰にも察知されることなく幽綺の隣を陣取っていた神無の姿を見て、そしてその声を聞いて、誰もが思考を一瞬止めてしまったのは致し方あるまい。

 彼女にとって、距離とは彼女を縛るものなりえない。

 故に、誰も気付けなかった。一応と警戒していた紫や萃香も、感覚の鋭い幽綺でも、彼女の接近に気付けなかったのだ。

 

「ほうほう。名前は幽綺さんというのですかー。中々の美丈夫ですねー……」

 

 さてどうするかと、彼らだけでなく、少し離れた場所に居た華扇や御影も思考を巡らして下手に動けない中、当の神無は繁々と幽綺の顔を覗き込む。

 彼女の背格好は、決して大きい部類ではない。流石に萃香程幼い見た目はしていないが、女性の中では高い身長を持つ紫や勇儀と比べると、神無は幾分か小柄だ。

 角は二本。目の上、眉の上あたりから生えていて、萃香や華扇とは違いどこか鉱物を思わせる。

 目の前にでこちらを見詰める彼女の顔はまだどこかあどけなさを残すというのに、見詰められている幽綺はいつも浮かべている微笑のまま動けない。

 

「もー、紫さんも萃香さんも、華扇さんや勇儀さんだって、皆して私の事除け者にするんですからー」

「……あ、貴方は」

「そういえば自己紹介がまだでしたかね? 私、神無ですー。以後お見知り置きををー」

「私は、風見幽綺です。はい、こちらこそ……」

 

 なんとか口を開けるぐらいにはなった。だが、依然として息の詰まるような緊張感はなくならない。

 

「風見……? ってことは、幽香さんのー……お婿さん?」

「弟よ」

「弟さんでしたか! 成程、道理で幽香さんの匂いが半分だけする訳です」

 

 咄嗟に訂正した幽香だが、納得の意を示した神無の言葉に幽綺と一緒に目が軽く見開かれる。

 萃香のように、初見で幽綺が半妖だと見抜く存在は今までも何人かいたが、今しがた彼女が言ったように、その妖怪部分が幽香の力であると見抜いた存在は神無が初めてだったのだ。こういう超感覚も、彼女が強者たる所以なのかもしれない。

 神無は幽綺の顔を見るのには満足したのか、一度幽綺の左隣に座り直し、並べられている料理へと手を伸ばした。

 

「それで、神無はまた急に帰ってきたわね」

「なんだか面白そうなことが起きてる気がしたのでー。急いで戻ってきたら宴会やってますし、見知らぬ方がいますし、これはもう何かあったのと思うしか」

「へ、へえー……それで、神無はどうしようってんだい? 幽綺に何か?」

 

 萃香の台詞に、誰もが非難の目を向けた。当の萃香も、しまった、という顔をしているあたり、失言だったという認識はあるらしい。

 折角誰もが触れなかった話題だったというのに、なぜ自分達から話題にしてしまうのか。

 萃香の質問を聞いた神無は、それはもう楽しそうに、恍惚とした、そしてどこか狂気的な笑顔で、

 

「それは勿論――幽綺さんと戦うに決まってるじゃないですかー!」

 

 嗚呼、それは。

 それはなんという、凄惨な死刑宣告なのだろう――と。

 神無と幽綺以外の全員が隠しもせずに溜息を漏らした。

 

「ふっふー。ねえ幽綺さん? 私と戦いましょう? 互いに互いの死力を尽くして、死合いましょう? ああ、安心してください。殺しはしませんから。死にかけるとは思いますが、まあ上手くやれば大丈夫な筈です! さあ、そうと決まれば早速――」

「待ちなさい神無」

「むっ、何ですか幽香さん。邪魔をしないでくださいよー」

 

 暴走気味の発言と共に無理矢理連れて行こうと幽綺の手を取った神無に、幽香が待ったをかけた。

 むっ、と少々不機嫌な顔をする神無。

 

「この子はついさっき萃香と闘ったばかりなの。鬼、しかも萃香の後に貴方との連戦なんて誰であってもまず無理よ。……幽綺、どのくらい休めればいけそう?」

「私は明日でも大丈夫ですが。元より身体的外傷はありませんし」

「大事をとって一週間ね。いい、神無? もしこの子と闘いたいというのなら一週間待ちなさい」

「んー……まあ私としては闘えるというのなら何でもいいですよー?」

「決まりね」

 

 神無から離すように幽綺を抱き寄せる幽香と、これといった抵抗を見せずに素直に手を離す神無。

 ふうと息を吐く幽香に、紫が声を掛ける。

 

「いいのかしら、幽香。彼女と闘わせても」

「しょうがないわ。ああなったらもう誰も止められないもの。幽綺も、ごめんなさい。貴方抜きで勝手に決めちゃって」

「いえ、私は姉さんがそう言うのであれば進んで争いに身を投じますから」

「もう少しは自己を持ちなさいよ貴方……まあ二人が良いのなら良いのだけど。それならそれで作戦や戦術を考えなくちゃね」

 

 そこでちらりと神無の方を見やる紫。今から神無についてどう立ち回るか、勝つことはほぼ不可能にしても、せめて何かできないかという話をするというのに、相手本人がその場に居ては何の意味も無い。

 だが、別にこの宴会が終わってから話し合うだとか、自分達が移動すればいいだけの話でもある。そう思い、紫は立ち上がろうと身体に力を入れようとする。

 だが、紫の視線を神無は別の意味に勘違いしたらしい。

 

「作戦ですかー。じゃあ、私の能力を教えておきますねー」

「「え?」」

 

 紫と幽綺から驚きの声が上がる。

 

「幽香さんや紫さん達ならもう知っていると思いますけど、こうして直接聞くのもいいですよね。どうしますか、幽綺さん? 知りたいですかー?」

「え、ええ、はい。教えていただけるというのならお願いしたくはありますが……」

「では教えてしんぜましょー!」

 

 どうやら彼女的には自分の能力を教えるということは大したことではないらしい。

 確かに、彼女の能力は他の者も知ってはいるが、そのうち相対するというのに、わざわざ自ら自分の能力を話すことがあるだろうか。

 或いは。

 自ら不利になることで、少しでも実力差を埋めてやろうという強者故の気遣いなのかもしれない。

 

「私の能力は『あらゆる障害を無視する程度の能力』と言いまして。それが私にとって邪魔である限り、私はそれを無視します」

「障害を無視する……」

「彼女の場合、地力がただでさえ化物じみているのに、その能力の所為で誰も手が付けられないのよ。彼我の距離が邪魔だと思えば彼女は一瞬で距離を詰めれるし、相手の防御や回避行動が『攻撃を当てることへの障害』ということで無視される。逆に、まず有り得ないとは言え、彼女が攻撃を受けたとして、その痛みや傷が邪魔だと思うのなら、それも無視する。まあ能力の関係のない膂力や回復力でも大体同じことが出来るとは言え、それに能力も加算するとなると、どれだけ化物なのか分かるでしょう?」

「あーん、台詞が全部取られちゃいましたー……」

 

 神無の代わりに紫が主だった能力の使い方を説明してくれた。神無自身は不満気だったが。

 最も、紫の言葉にもある通り、彼女の真価は能力ではなく地力である。距離を一瞬で詰めることなど彼女の脚力なら可能であるし、傷に関してはなんなら回復力や再生力で癒せる分地力の方が上まである。先の例で能力がないとできないことと言えば、相手の行動の無視くらいだろうか。

 それだけではない。様々な攻撃に対する単純な耐性。脚力に限らない膂力。幽綺の妖怪の部分が幽香だと見抜けるほどの超感覚。彼女を構成する何もかもが彼女を強者たらしめている。

 どう彼女に対抗すればいいのだろうか。いや、対抗するということそのものが間違いなのか。

 残った一週間でせめて何か案が思い浮かべば、その準備ができればいいのだが……。

 

「んふふー、楽しみですねー」

 

 幽香や紫たちの苦悩を他所に、神無の顔は純粋な期待に満ちていた。




 山の四天王(3人+1)

 そういえば茨歌仙の方ももうすぐ最終回だそうで、華扇ちゃんのあれやこれやが明かされているそうですが、本作ではあまり触れません。ええ、触れません。
 なので鬼子母神について。
 能力はいわば、主人公の攻撃特化ver。彼女が相手を殴り飛ばすためだけの能力です。
 作中にある通り、まず地力で誰も手が付けられないのに、能力も合わさって最強に見える。
 そのうち、もし殺し合いが起きたとして、不死の特性が殺すのに邪魔、となった場合無視して殺せちゃうんでしょうか。どうなんでしょ。言葉遊びで何でもできそうな能力。
 性格や口調は手癖で書きました。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 最初は『相手の分まで強くなる』とか、『相手に合わせて強くなる』とかいう能力案もありました。

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