東方心届録   作:息吹

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 なんとか更新いたしました。

 早くもネタ切れ感。書きたいシーンはあるのに、そこに行き着くまでを殆ど考えずに書き始めてしまいましたからね。
 
 それでは、どうぞ。


第4話

 幽香と少年が関わるようになって暫くの月日が経った。

 初めの方こそ幽香に能力を使い、何度も遠ざけた少年であったが、その度に紫によって解除されて次の日には再び訪れる彼女にいつしか諦めが付いたのか、気が付けば少年が幽香に能力を使うことは殆ど無くなった。

 それでも、物理的には一定以上近付けないのは変わらないままであったが。

 敢えて変わったとすれば、その距離が最初と比べ格段に近付いたということぐらいか。

 

「それで、今日はどんな御用ですか?――紫さん」

 

 そんなある日、この日は珍しい客がいた。

 少年を孤独から無理矢理引っ張りあげ、幽香を何度も少年の元に向かわせる張本人。

 八雲紫である。

 彼女は滅多に顔を見せることは無い。何処で何をしているのかなど知らないが、今のところ少年の周りの環境に直接的な変化がそれこそ幽香と会うようになったこと以外見受けられない以上、そこまで気にしなくてもいいだろう。

 

「いえ、それなりに時が経ちましたし、ただ様子を見に来ただけですわ」

 

 くすりと笑うその姿は、可憐さや美しさといった言葉が似合うものであったが、如何せん少年の中で紫への評価が低いため、薄く反応するだけだった。

 その様子に少し残念そうな顔をする紫であったが、すぐに取り繕うように表情を引き締め、少年を見据えた。

 

「見ての通り僕は普段通りですが」

「いえいえ、私が見たいのは健康状態だとか、そういうものではありません」

「では、何を?」

「貴方は幽香と会うようになり、何か変わりましたか?」

 

 少年は無言を返した。

 少年自身にも、思い当たる節が無い訳ではないのだ。

 例えば、自分はいつからか幽香がいつ頃来るのかを気にするようになった。例えば、自分はいつからか幽香のことをさらに知りたくなった。例えば、彼女に感化されて花に興味を持つようになった。

 どれもこれも、幽香の所為であり、幽香の影響だ。

 しかし、それでは駄目なのだ。

 自分は一人でいなければならない。誰かと関わるわけにはいかない。

 半ば強迫観念のように頭から離れないこの思考は、少年の言動を束縛していた。

 何故こんな思考に至るのかという疑問はある。しかし答えはない。少年の中でこれはもう確定事項なのだ。

 自分と関われば、絶対に、傷付いてしまう。

 

「――いえ、何も変わりませんよ……何も」

「……そうですか」

 

 紫は何か言いたげだったが、それを口にすることなく、少年の言葉を受け止めた。

 

「さて、もうすぐ幽香さんが来ると思いますが、紫さんはどうされますか?」

「そうねえ、少しお邪魔しようかしら。普段貴方達が何を話しているか気になるわ」

「面白いものはないと思いますが……」

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

「なんだ、アンタも居たのね」

「酷い言われようね。別に私が居たっておかしくはないでしょうに」

「おかしくはないけど不審ではあるわね」

「本当、酷い言われようだわ」

 

 少年の言う通り、四半刻程してやって来た幽香は、紫を見るなり開口一番そう言った。

 その表情に嫌悪感は無く、興味無さ気であったので、本当に不審に思っただけなのだろう。

 幽香は慣れた動作で座敷を上り、少年と角を挟んで斜め前に座った。ちなみに、紫は少年の正面である。

 

「…………」

「何よ?」

「いや、随分と親しくなったみたいだと思ったのよ」

 

 幽香は何に対してそう思ったのか分からないらしく、何言っているんだコイツは、という顔で紫を見た。

 座る位置というのは、当人達との心理的な距離を表すという。

 少年を中心に、今この状況から見れば、正面にいる紫とは一番心理的に離れていて、ともすれば対立していると言える位置。斜め前の幽香は、程よく距離を取った互いにその近さが気にならない程度の距離となる。

 少年と初めて会った頃と言えば、専ら正面ばかりで、少年の方から距離を取っていたことを考えると、今の少年と幽香の位置関係は劇的な進歩と言えよう。

 

「ふうん、ま、いいわ。さ、人間、今日はどんな話をしようかしら」

「また、幽香さんの知人さんの話をしてくれませんか? 昨日は確か、伊吹萃香さんという話でしたが」

「そうね……それじゃ、とある悪魔の話でもしましょうか」

 

 紫を存在しないものと捉えたのか、一切目もくれずに自分の友人の話を始める幽香。

 少年は少々分かりにくいものの、その顔を好奇心で一杯にしながらその話を聞いていた。

 紫はと言えば、スキマから取り出した外国由来の飲み物を取り出して静かにその様子を見ていた。ついでに言うと、幽香が語る悪魔のことは紫も知っている。

 規格外の強さを持つ姉妹であったが、幽香は彼女達を友人と認めているらしい。いや、自分が友人だと思われていないだけか。

 自分でこの答えに行き着いておいて若干へこんだ。

 

「――へえ、そんなに強い方々なんですか」

「――そうね、それは私も認めるわ」

 

 会話に華を咲かせる二人。

 その様子に、紫は目を細めた。

 

(これで、目標の一つは達成出来そうね)

 

 その視線は、どかか優しげであった。

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 またある日の夜。

 星々が天に煌めき、完全に満ちた月が地を照らす幻想的な夜であった。

 満月は星に代わり人々に明かりを与えると同時に、数多の人外達の血を大いに騒がせる。

 月の魔力とはよく言ったものだと、幽香は一人満月を見上げ夢想した。

 場所は少年の家の屋根の上。今にも倒れそうではあるが、その実少年と初めて出会った時に補修してあるので、見た目以上の頑丈さを誇っていた。

 

(今日も気が付けば食糧が増えていた)

 

 幽香はある疑問を解消するために、こうして一人夜空を見上げていた。少年は今頃夢の中だろう。

 その疑問というのは、少年が摂取するための食糧の出処、である。

 近くに田畑は無いし、少年自身も農耕作業をしている様子はなかった。かと言って少年は人の住む地には行こうともしないため、購入したということも有り得ないだろう。

 時折少し歩いたところにある川で釣りをしていたり、森の中で山菜採りなどはしているようだが、それだけでは説明がつかない種類の食べ物がこの家にはある程度備蓄されている。

 そう、釣りや山菜だけなら、米やその他野菜がある訳がないのだ。

 一度、少年に尋ねたことがある。

 その時の答えは、

 

『定期的に家の前に置かれているんですよね。持ってきてくれてる誰かにお礼を言おうと思ったんですが、見張りをしているとやって来ないみたいでして』

 

 その時は特に興味を抱かなかったが、なんとなく、今日は気になった。

 というのも、何度か少年の家で食事をしている以上、一度くらいは話してみるかと思い立ったのである。食事といっても、少年か自分が話す時のつまみ程度に軽いものを作るだけなのだが。

 意味はない。強いて言うならば、本当になんとなくなのだ。

 定期的に、と少年は言っていたのだから今日来るはずだが、来なければ来ないで別に構わない。そこまで強い意志ではない。

 何故夜なのかと問われれば、日中来なかったからという単純な理由だ。

 こうして遅くまで起きているのも、単純に眠気に襲われないからというだけで。

 

〈こんばんは〉

「っ!?」

 

 女性の声がした。

 発生源は後ろ。それなりの距離があるようだ。持っている日傘を振っても届かない可能性が高い。

 妖力弾を放つか? いや、自分に気取られず後ろを取る実力、存在を認知して尚感じない人外所以の力。

 妖力の類を感じないからといって、自分がこうして後ろを取られている以上、感じない程弱いということはまずない。

 取るべき行動は一つ。

 相手に侮られないように余裕を持って相対しろ。

 

「ええ、こんばんは。素敵な夜ね」

〈ふふ、そう構えずに。私は貴方と話したいだけなの〉

 

 立ち上がり、振り返ると、そこには一匹の狼がいた。

 少年の髪より白い、銀に近い毛色をした狼である。

 その銀の毛並みは月光を照り返して神秘的に狼の姿を夜に浮かび上がらせる。

 幽香がその狼を見て最初に抱いた印象は、美しい、であった。

 

「……狼?」

〈そうね〉

 

 喋る、狼?

 漸く、その狼への疑問が湧いてきた。

 狼自体がいることはまあ不思議ではない。一匹でいるのも気にはなるが、有り得ない話ではない。

 不思議なのは、喋るという点とその毛並みである。

 ここは森の中だ。森の中に、白銀の毛並みの狼など存在する筈がない。理由は明快で、動物というのは狩る側にしろ狩られる側にしろ、基本的に生活環境に紛れるような色を持つからである。

 森という土の茶色や植物の緑で構成される場所で、雪のような白さはあまりにも目立ちすぎる。

 そして、動物は普通言語を解さない。

 言語を解すとするならば、そして銀色の狼というならば、真っ先に白狼天狗を思い浮かべるが、妖怪特有の妖力等は感知できない。

 

「……貴方、何者?」

 

 幽香が出した答えは、理解不能であった。

 構えないで? はっ、その姿で言われて警戒しない奴がいるものか。

 

〈そう警戒しないでってば。敵対するつもりはないの〉

「信用すると思う?」

〈どうすれば信じて貰えるかしら?〉

「首を出しなさい」

 

 狼は素直に自分に首元を晒した。

 それがあまりに自然に行われるものだから、言った本人が一瞬呆気に取られる程であった。

 その姿に毒気を抜かれ、幽香は溜息を一つ漏らした。

 

「はあ……」

 

 その場に座り直し、狼を手招きする。

 

〈そっちに行っても?〉

「どうせ来るんでしょう。私の知り合いにお前みたいな物腰柔らかそうに見えてその実強引な奴がいるから、なんとなく分かるわ」

〈あらそう〉

 

 とことこと屋根の上を身軽に歩いてきた狼は、幽香の隣に陣取ると一緒になって夜空を見上げた。

 その狼に獣臭さはない。良い匂いがする、という訳でもないが、不快になることはなさそうだ。

 

〈貴方が風見幽香さんでいいのよね?〉

「どうして私の名前を?」

〈最近あの子の話し相手になってくれているんだもの。名前ぐらい知らないと失礼でしょう?〉

 

 あの子、というのは間違いなくあの白髪の少年のことだろう。

 彼とこの狼は一体どんな関係にあるのだろうか。少年から喋る狼の知り合いがいるという話は聞いたことがないので、彼が意図的に秘密にしていたということでなければ、この狼が一方的に少年のことを知っているということだろうか。

 

「それで、どうして私に話しかけてきたのかしら」

〈そうねえ、食べ物を持ってきたら、屋根の上に貴方が見えたものだから、つい話しかけちゃっただけよ〉

「ということは、いつも食糧を持ってきていたのはお前だったのね」

〈ええ〉

 

 なら、と幽香は続ける。

 

「どうして、あの人間に頑なに会おうとしないのかしら」

 

 今まで撞けば鳴る鐘のように返答していた狼が初めて口を噤んだ。

 ふうん、と内心幽香は狼の心情を推し量る。

 返答を渋ったということは、それだけ答えにくい質問であったということだ。一方的に知っているだけのようであるこの狼に、果たして答えを渋るような何かがあるのだろうか。

 

〈…………私は〉

 

 漸く、狼が口を開いた。

 ……声帯は無いと思われるのだが、どうやって発声しているのだろうか。

 いや、それどころじゃない。

 

〈私には、あの子と一緒にいる資格がないから……〉

「え?」

〈お願いがあります、幽香さん〉

 

 今までの狼の姿はそこになく、在るのは一種の神格を漂わせる佇まいをした一匹の獣であった。

 姿が変わった訳ではない。しかし幽香はソレを狼と言うことは出来なかった。

 神秘的では足りない。これは神秘そのものだ。

 幻想的では足りない。これは幻想でしかるべきだ。

 超常的では足りない。まさしくコレは常識を超えているのだから。

 どんな形容詞を付けようとも足りない程の存在感。これほどまでの重圧は、幽香のこれまでの経験上にはなかった。

 目の前のコレは、何だ?

 

「……何かしら」

 

 どうにか喉の奥からそれだけを絞り出した。

 恐怖ではない。しかし、どの感情とも当てはまらない。

 敢えて言葉にするのなら、圧倒的なまでの息苦しさだろうか。

 

〈あの子を、これからもお願いします〉

 

 目の前のナニカは、まるで人間のように此方に頭を下げた。一瞬、理解が追い付かなかった。

 

〈私は、あの子達を一人にすることしか出来なかった。あの子達を孤独から掬いだすことも出来なかった。だから、今まで待ち続けました〉

 

 それは果たして懺悔なのだろうか。

 幽香には、それが己の過去を悔いて告白しているようにしか見えなかった。

 それと同時に、自分へと希望を託すようにも見えた。

 

〈どうか、もう、あの子を一人にさせないであげて。もう、あの子の心をこれ以上殺さないで上げて。あまりにもあの子は、傷に慣れ過ぎてしまった〉

 

 その声は、どこか濡れていた。

 

〈痛い筈なのに。苦しい筈なのに。あの子はもうそれを感じることすら出来なくなってしまった。そんなのは……そんなのは、あまりにも辛すぎる! あの子達はただ優しかっただけなのに!〉

 

 バッ! とナニカは顔を上げた。

 此方を見詰める両眼は、溢れ出る存在感とは裏腹に、まるで人間のようで。

 幽香はその眼が、やけに頭に残った。

 

〈お願いします幽香さん! あの子を、どうか、どうか、救ってあげて……っ!〉

 

 もう一度ナニカは頭を下げたことで、幽香の視界からその眼は消えてしまった。

 しかし、分かったことがある。

 目の前のナニカと少年の関係性は未だに不明のままだ。だが、ナニカは誰よりも少年のことを想っていた。

 比べる対象は殆どいない。だが、ナニカの熱意は、想いは、そう幽香を確信させるだけのものがあった。

 言ってしまえば。

 幽香にそこまでしてやる必要はないのだ。

 少年と会っているのも、興味が湧いただけ。それも、少年自身ではなく能力についてだ。

 どれほど頼まれようとも、何かに縛られることを忌避する自分は断ってしまえばいいのだ。

 

(……と、前なら思ったのでしょうね)

 

 目の前の銀を見遣る。

 ナニカは頭を下げたままだ。答えを待っているのだろう。

 さて、自分にとって少年とは何だ?

 興味の湧く存在と思っていたが、ちょっと前からそれだけでない感情を有し始めたことに幽香自身気が付いていた。

 いくら見た目と分不相応とはいえ、まだ子供っぽさの残る少年への母性? 違う。

 素性も何もかもが未だ謎なままの少年への興味? 違う。

 言葉にすることができない。自分の感情を整理することができない。

 だから、自分の直感に従うのならば。

 

「――分かったわ」

 

 ナニカが顔を上げた。

 未だこの感情を何と定義すればいいかは分からない。

 だが、ただ一つ言えることがある。

 どうあっても、自分は少年とまだ会っていたいらしい。

 会っていたい。話をしたい。少年のことが知りたい。

 だって、まだ自分は、彼のことを何も知らないのだもの。

 忘れないで、とナニカに釘を刺しておく。

 

「貴方に何を言われたからとか、そんなものは関係無いわ。私は私の直感に従って、あの人間と関わりを持ち続ける。孤独から救うだとか云々なんて、知ったことじゃないの」

〈いえ……いえ……! それでも十分です! もうあの子達は、独りじゃないのだから……っ〉

 

 突然ナニカは顔を背けた。

 幽香は時折聞こえる女性のようなその声を聞いて、暫くの間、美しいその毛並みを撫でていた。




 読み辛くなっているのは自覚しております。

 また次の日、みたいにただただ日常編を書くか、一気に時間を飛ばしてイベントだけ書くか迷い、結局後者になった結果です。
 本来は前半の紫登場部分で終わらせるつもりだったんですが、あまりにも短すぎたので急遽予定変更。書きたいシーンの一つをぶち込ませていただきました。
 結果、大変読み辛い構成になってしまったこと、ここに深くお詫び申しあげます。

 ごめんなさい。またすると思います。

 ちなみに、狼の正体だとか、少年の素性はきちんといつか明かすので、ご心配なく。
 とりあえずイベントシーンを重点的に書く方針なら、割と話数そのものは少ないうちに出会い編は終わりそうですかね?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 矛盾点や疑問点、誤字脱字等ございましたらご連絡お願いします。
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