東方心届録   作:息吹

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 結構間が空いちゃいました。すみません。

 ということで東方心届録第7話です。
 このタイトル、付けておいてなんですが、初見で一発で読める人いるんですかね……?
 
 なかなか話が進まなくて申し訳ございません。

 それでは、どうぞ。



第7話

 『境界を操る程度の能力』

 八雲紫が持つこの能力は、並び立つものもいない程の強力無比な力だ。

 全ての物事には必ず境界が存在する。

 それはある地点とある地点を結ぶ距離であり、水面や地面と天を分ける境界線であり、そこに在ることとそこ以外に無いことの境界である。

 八雲紫は、そのようなあらゆる境界を操る。

 場所と場所の境界を操り遠くの地へ一瞬で移動したり、水平線や地平線の境界を操ることでどちらかの領域を広げたり、存在の有無の境界を操ることで万物の創造や破壊を意のままにする。

 そんな能力の使い道の一つに、夢への侵入というものがある。

 現実と夢の境界を操る、もしくは誰かの夢とまた別の誰かの夢の境界を操ることで、他人の夢へと干渉するのだ。

 

「――そうすることで、貴方をその子の今見ている夢の世界へと送り込むことができる」

「そうすれば、この子が何に苦しんでいるか分かるかもしれない、ということね」

「どんな夢を見ているかは定かじゃないから、先にそれを確認する必要はありますが」

 

 それもまた、紫の能力があれば容易いことだろう。

 そこで、幽香はあることに気付いた。

 

「そもそもこの子の記憶を直接読み取ることとかって出来ないの?」

「出来なくはないけど……あまりしたくないわ」

 

 視線でその理由を問うと、

 

「彼にだって知られたくないことだってあるでしょう。記憶を直接覗くというのは、そういう過去のあれこれも一緒に見てしまうということなのよ」

「そう……」

 

 幽香は少し気まずげに目をそらした。

 言われてみれば確かに、夢に介入することで少年の過去を覗くことですら本来ならば少年にとっては望まないことであろうに、それ以上を見ようとするなど、言うまでもない。

 幽香が欲しいのは少年がこうも取り乱す要因だけだ。それ以外には、まあ、興味が無い訳ではないが、今はいい。

 しかし、そうか。

 

「なら、夢に入るのも後日にして、予めこの子に訊いた方がいいのかしら」

「貴方がそうすべきだと思うのならばお好きに。私は待ちますので」

 

 暫し逡巡する。

 道理に則るのなら、今自分が言ったように、少年が起きた後にその意思を聞いて、その答えに応じて行動を選択するべきである。その結果自分の欲する少年の過去について知り得なくなっても、それが少年の望みだと言うのならば仕方あるまい。

 恐らく、最も望ましいのは、少年が起きた後に自分達が記憶を覗くことを承諾し、欲しい情報を必要なだけ探す、というものだ。

 少年がどんな返答をするか、いまいち読めない。

 はあ、と一人溜息を吐く。

 いつから自分は、こう誰かの事情を慮るようになったのだろうか。

 

「……」

 

 いや、そうやって気遣うのは、この少年だけだったか。

 それだけ自分が少年にご執心という訳だろうか。

 そして、幽香は答えを出した。

 

「……そうね。一度この子が起きるのを待ちましょう。その方が道理に適っている気がするわ」

「道からも理からも外れた私達のような存在が、道理を気にするなんてねえ」

「何か文句でもあるのかしら?」

「いえ別に」

 

 まあいいでしょうと紫はスキマから扇子を取り出して自分を仰ぎ始めた。どうやら起きるまでここで寛ぐ気であるらしい。

 自分も中断していた少年の柔らかそうな頬を伸ばしてみるという作業に戻る。起こさないように、優しく。

 少年の表情は読み取れないが、少しくぐもった声が小さく聞こえた。

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 遠くから、人の叫び声が聞こえた。

 ばっ、と顔を上げ、そちらの方向を見つめる。

 深い森の中。見ている方角に何か変わった様子はない。動物と、植物と、ようやく形を取り始めたかのような小さな妖怪と。普段通りの光景が広がっていた。

 花でも摘んでいたのか、その手にはいくつかの草花が握られていた。

 

「――?」

 

 その存在は首を傾げた。さらり、と伸ばしっ放しの髪が顔にかかった。

 

「――、……? ……。……、――」

 

 ソレ以外に言語を解する存在などいないというのに、ソレは何かに声をかけた。決して呟いた、などと言えるものではなく、明らかに誰か話しかける相手がいることを想定している内容であった。

 さらに、ソレ以外の声は無いというのに、ソレの台詞だけを取れば、どうやら会話が成立しているようである。

 

「――、……、――ッ!?」

 

 ソレは走り出す。

 手に持っていた花を放り出して、道なき道をまるで庭のように軽やかに駆けていく。

 その顔は焦りに包まれていた。

 制止する声を無視して、驚いて逃げ出す小さな妖怪を気に掛けることもできないで、後先考えずに全速力で走る。

 今聞いた話が本当なら。

 さっきの声は。

 この先には。

 きっと。

 

「―――――――――――――――――――」

 

 地獄絵図と言うのは、このことを言うのだろうか。

 近付くにつれ強くなるその匂いに薄々勘付いてはいた。だが、認めたくないという意思が働いて考えないようにしていた。

 だけど、これは。

 

『……』

『――ァァ』

『ォ……』

 

 まず目についたのは、そこら一帯を覆いつくす赤色だった。

 べっとりと、幹に、葉に、大地に飛び散るその色は、あまりにも鮮やかで。

 生命を意味するものでもある赤は、そこにあるが故に、今目の前で広がっている故に、何よりも絶対的な【死】を彷彿とさせた。

 

「…………ぁ」

 

 次いで見つけたのは、白だった。

 無意識に目の前の赤色から注意を逸らそうとそれを見てみると、どうやら硬質的で、その端には何か桃色とも肌色とも付かない物体がついてい

 

「――うぇっ」

 

 喉の奥からせり上がってくるものに耐え切れず、その場で嘔吐する。

 びちゃびちゃと、水音が鳴る。

 酸っぱい臭い。周りの生臭さ。両者が混ざり合ってさらに嘔吐感を増幅させる。そもそも出すものがあまり無かったのは幸いと言っていいのかどうか。

 視線を戻す。

 先程はそれが何かを認識する前に吐いてしまった。が、もうその正体は分かり切っている。今更再度見ようとは思わない。

 だが、それでも。

 その光景を見ようとする限り、決して見ないでいることなんてできやしないというのに。

 

「……」

 

 次に目に映ったのは、布。

 幹に縫い付けられているのか、宙に浮くそれは、周りの赤に染められて一目では布だと分からなかった。

 しかし、おや?

 一体どこで、どのように幹に縫い付けられているのだろうか?

 

「っ」

 

 その答えに辿り着く前に視線をずらした。

 駄目だ。この惨状は、あまりにも酷過ぎる。

 すると、

 

『――れか』

「!?」

 

 どこからか、掠れた声がした。

 急いで周囲を見渡すと、黒い何かが、もぞもぞと動いているではないか。

 足や服が汚れるのなんて構わず、その黒い何かに近寄る。

 

「――!……、――ッ!」

『お……誰か、いんのかい……、ハハッ、陰陽師に、やられてなあ……目は……見えないし、……耳も、聞こえねえ』

 

 黒い何かはどうやら人に近い形をした妖怪であるらしい。

 しかし、その半分はもう失われていた。

 思わず息を呑む。

 いや、違うはず。元々こういう形で、地面に倒れこんでいるから、綺麗に半分ではなく斜めに切り口があるから失われているように見えるだけで、別に何もおかしなことなんて、

 

 ――何故、元からその形なら地面に倒れているのか。

 ――何故、斜めなんて日常を過ごすなら不便な形なのか。

 

 微かな希望を否定するそんな疑問が頭を過った。

 

『けど、まあ……あの()()()()を守れたなら……悪い、気は、しねえ……』

 

 それっきり、目の前の黒い妖怪は動かなくなった。

 あまりに自然に動きを止めたため、息絶えたことを咄嗟には分からなかった。

 何も喋らず、少しも動かないことに疑問を覚えたソレがその妖怪に触れた瞬間、ぼうっと消えてしまったが為に漸く死を判断できただけで。

 そして、それが。

 ソレ――()()()()()の限界だった。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 目を覚ました。

 目を開ければ、暗い。

 遅れて、何か良い匂いが鼻腔をくすぐる。さらに言えば、若干息苦しい。

 頭を撫でられる感触と、片頬に伝わる柔らかさ。

 さて。

 今はどういう状況だ?

 それを明確にするため、あとついでに単純に覚醒したため、むくりと身を起こした。

 すると、なにやら後頭部に弾力性のある感触が。

 起き上がるのが止まる。

 

「目が覚めた?」

「幽香さん……?」

 

 上から届いたその声は、聞き間違えでなければ風見幽香のそれであった。

 後頭部の感触を避けるようにして身を起こし終えると、確かにそこには風見幽香の姿があった。

 思ったよりも至近距離に。

 

「おはよう、人間」

「あ、おはようございます……」

 

 少年の頭の中には大量の疑問が飛び交っていた。

 ついさっきまでどういう状況だったのか。どうしてこうも近いのか。先程の感触や香りは何だ。今の今まで眠っていたのか。今の時間は。どのくらい寝てしまっていたのか。

 ――あの夢は、一体。

 

「あら」

「?」

「貴方、泣いていたの?」

 

 幽香の細く柔らかな指が少年の頬に添えられた。

 さらに近くなる距離に少年が戸惑っていると、その指が頬を撫でた。

 そこで、少年は自分の顔の違和感に気付いた。

 触れられていない方の頬を指で触ってみると何やら乾燥したようなカサリとした感触がして。それが泣き跡だと気付くのに少し間が開いた。

 

「あれ、僕、どうして……あ、あはは、ごめんなさい。すぐ顔を洗ってきますね」

「……いいわ」

 

 少年が立ち上がる前に、その頭を掴んで幽香は自身の胸に抱き寄せた。

 驚きに声の出ない少年を置いて、その髪を幽香は撫で始めた。その感触が目覚めた時に頭に感じていたものと同じと気付いた少年は、自分が寝てしまっている間もこうやって頭を撫でてくれていたのだろうかとなんとなく理解した。

 それに、やけに落ち着く。

 心が緩んでしまう。

 再び、目の奥が熱くなる程には。

 

「おほん」

「っ!?」

 

 突如聞こえた第三者の声に咄嗟に少年は幽香から身を離した。

 きょろきょろと見渡すと、すぐ近くに八雲紫の姿を発見する。こんな近くにいたのに気付かないとは、注意散漫だったようだ。

 何か面白いものを見つけた、という顔の紫に、とりあえず。

 

「あ、えと、その……お、おはようございます、紫さん」

「おはよう。あまり、夢見は良くなかったようね」

「ええ、まあ」

 

 良いか悪いかで言えば最悪の部類ではなかろうか。

 紫の言葉に表情を暗くする少年。

 その顔を見て、やはり何かあったのだろうと、紫は察した。

 恐らく幽香が欲している情報だ。どれ程重要なものなのかは分からないが、知るべきことなのだろうと、直感が告げている。

 実を言えば、紫はそこまで少年の事情を知ろうという意欲は無い。

 そもそも、この少年を幽香に紹介したのは自分だ。面識は幽香の方が先だが、一方的にでも知っているという点では、ずっと前から紫は少年のことを知っている。

 否、少年よりもずっと前から。

 だが、それを話す気もまたない。いずれ話すことはあるかもしれないが、幽香と少年の仲を深めるのならば、今は時期じゃない。

 

「人間」

 

 幽香が少年を呼ぶ。

 

「はい。なんですか、幽香さん」

「話があるわ」

「話?」

 

 軽く首を傾げる少年。

 幽香と紫は互いに目線で意思疎通を行うと、両者一つ頷いた。

 

「私達は、貴方を苦しめているものを知りたい」

「……はい」

「貴方にとって辛いこと、苦しいことも思い出させてしまうかもしれない」

「…………はい」

「それでも、私達は貴方のことをもっと知って、他人だなんて立ち位置をやめてしまいたい。貴方の傍に立っていたい」

「………………はい」

「お願いがあるわ」

 

 幽香は少年の目を真っ直ぐに見つめた。

 少年のその瞳には、普段笑顔であってもどことなく昏いその眼には、赤い目をした自分が映りこんでいた。

 一息分、間を挟む。

 無理なお願いであることは重々承知している。断られればそれまでだ。

 でも、勝手に自分達だけでことを進めるのには躊躇いがあった。

 だから、たとえ断れる可能性の方が高いとしても。

 こうしてきちんと聞いておきたかった。

 

「貴方の過去を、覗かせて頂戴」

「――――」

 

 少年はすぐには答えなかった。

 ただ、幽香から目線を外すこともしなかった。

 幽香もまた、真っ直ぐ少年の目を見詰め続ける。

 

「……僕にも、よく分かりません」

 

 ぽつりと、少年は言葉を漏らす。

 

「自分の正体も。自分の出生も。自分の過去も。僕には何もありません。何も、知らないんです。でも、理由が分らなくても、根拠なんてなくても、誰かに傷付いてほしくない。誰かを傷付けたくないなんて思うんです」

 

 それに、

 

「僕は独りを選んだんです。動機も、経緯も分からないのに、心はいつも孤独でいることを望んでいるんです。僕と一緒にいると傷付けてしまうから。独りでいれば、誰も傷付かないから」

 

 ――前まではそうだったんです。

 

「幽香さんに出会ってから変わった。変わってしまった。誰にも傷付いてほしくない、独りでいたいっていう思いは変わらないのに、同時に、幽香さんだけには傷付いてほしくない、幽香さんにまた会いたいっていう気持ちが日に日に強くなるんです! 僕は独りでいないといけないのに、独りを望んでいる筈なのに、独りでいることが寂しいって思うことがあるんです!」

 

 もう、

 

「もう、僕にだって、どうすればいいのか、どうしたらいいのか分からないんです。でも、幽香さんが望むのなら、そうしたいと思うのなら、――僕の傍にいたいと思ってくれるのなら」

 

 少年は、一つ頷いた。

 

「僕の知らない僕を、知ってください」

 

 頬を濡らし、声を震わせて。

 それでも少年は。

 どこまでも真っ直ぐに幽香を見詰めていた。

 




 もっと惨く描写出来たのでは?……自分の文章力じゃ無理ダナ。

 ということで主人公の夢の内容がメインですね。今回。
 そして終盤忘れ去られるゆかりん。どんまい。普段から主人公に会ってないからそんなことになるんだよ。
 しかしまあ、幽香が明確にデレ始めるのは一体いつになるのやら。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そういや当初過去を覗くなんて案無かったんだよなあ……どうしましょ。
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