約半月ぶりの更新となります。
親知らずが痛んで色々と手が付けられませんでした。今度抜きます。
しかし、他の東方SSを読ませていただいていると、自分の雑魚っぷりが嫌になりますね……
それでは、どうぞ。
紫が言うことには。
人の見る夢とは、自らの記憶の整理なのだという。
今までの記憶が全て混在するため、どこか見たことのある物や場所、人を見ることもあれば、記憶の中のそれらが混ざり合った結果逆に全く記憶にないものが現れることもある。
しかし、これは一説でしかないのだとか。
実際のところ何故夢を見るのか、どんな意味があるのかなど、明確なことはまだ判明されてないらしい。
幽香にとってそんな内容は専門外なので正直どうでもいいのだが、少なくとも今は、少年の過去を知るのに有用なのならば問題無い。
「それで、これがあの子が見ていた夢?」
「ええ、恐らくは。細部まで完璧に一緒ということは流石に無いと思いますが、大方は同一のものかと」
ふうん、と辺りを睥睨する。
居るのは地上。周りには多数の樹木。上を見上げれば木葉が覆い被さるように生い茂って、日の光が地上に届き難くなっていた。気温は涼しく、不快を覚える程ではない。
風にそよぐ葉の音や、特有の植物の匂いも、夢であることを忘れる程に現実的だ。
五感に訴えかける情報量にまず驚いたが、しかし、これが夢である証拠を一つ見つけた。
「……静かなものね」
一切の『声』が聞こえないのだ。
生まれ持った特性か、後天的なものかはもう忘れたが、幽香は植物全般と意思疎通、もしくは操作が出来る。趣味もあって花をつけるものを対象にすることが多いが、別に花に限った能力な訳ではない。
しかし、この場においてこの能力が一切作用しない。
何も聞こえない。何も語らない。何も届かない。
生命に溢れるこの場所は、ある点において何よりも無機質であった。
「――これが、夢……? それにしてはあまりにも現実味が強すぎる……」
横で紫がすぐ近くの植物の葉を触りながら何かブツブツと呟いているが、自分が関与することではない。
さて、と。
「それで、肝心のあの子はどこかしら?」
◇◆◇◆
「境界を弄って、夢を覗く……?」
「完全に理解される必要はありません。これは誠意を示すために説明しているだけですので」
未だ疑問符を表情から読み取ることは出来るが、とりあえずは納得したようだった。
あれから、流石に羞恥心に耐え切れなくなったのか、逃げるように外へと向かった少年は、言っていたように顔を洗って戻ってきた。まだ顔を赤くしているのはどうにも愛らしいものだったが、揶揄うのは止めておいた。
しかし幽香にとっては関係無いらしく、戻ってきたそばから抱き締められ、今は彼女の腕の中で落ち着いていた。
幽香は妖怪であることを除けばかなり女性的な体つきをしているので、そんな彼女に抱き締められているとなれば抱き心地ならぬ抱かれ心地は相当なものだと思うが、少年の顔には抱かれているという事実を認識している以上の感情は読み取れない。
まだ、
いや、今は関係ないけれども。
「貴方に要求することは殆どありません。強いて言うならば睡眠を取ってくだされば」
「はい」
「しかし……」
少し、言い淀む紫。
しかしきちんと説明すると決めているからか、再度口を開いた。
「私がするのは夢を覗くことまで。そこから関連する記憶を遡ることはあると思いますが、少なくとも初めは貴方自身が見ている夢から始まります」
「それがどうしたんですか?」
「……貴方には、まず貴方が先程見ていた、貴方が涙を流すほど苦しい夢を見てもらう必要があるの」
少年は無言だった。
紫の能力を使えば、別にわざわざ特定の夢から過去を覗くなんて面倒で遠回りな方法を取らずとも、欲しい情報を手に入れることは出来る。
だが、紫はあくまでも少年に対して誠実でいたいのだ。
もし手段を選ばないのであれば、さっさと少年の過去を覗いて欲しい情報を手に入れるまで探し回ればいいのだ。
だが紫はそうやって無作為に少年の過去を明かすことはしたくなかった。
『境界を操る程度の能力』は万能だが、全能ではない。
彼女のこの能力では、ただ欲しい分だけの過去の情報を手に入れることは出来ないのだ。
故に、少年の負担になることは分かっていても、彼には先程の夢をもう一度見てもらいたかったのだ。勿論、夢とは意識的に見れるもので無ければ、内容を指定できるようなものでもないので、もし夢の内容が望むものでなければ機会を改めるつもりだ。
しかし、少年の負担になるのもまた事実。
少年がそれを望まなければ、また別の手段を、あるいは本当に過去を直接覗くという手段を取らねばなるまい。
「……分かりました。出来るかどうかは保証しかねますが、紫さんがしたいようにしてください」
「……自分で言っておいてアレだけど、本当にいいの? 貴方にとってあまりに辛いと思うのだけれど」
「それが貴方の誠実さの表れであるなら、僕が何か言うことはありません。それに、幽香さんや紫さんが傍にいてくれる為だと言うなら、尚更」
少年はえへへ、と照れくさそうに笑った。
少しだけ、少年を後ろから抱く幽香の腕の力が強くなる。くすぐったそうに少年は身動ぎするが、お構いないようだった。
紫もまた、少年の言葉に驚いていた。
前々から少年の見た目と言動の年齢が一致しないとは思っていたが、これでは精神的に成熟したというには、あまりに達観が過ぎる。普通の成人した人間でも、この流れで今のような台詞を吐ける人物はそうそういないだろう。
ふふ、と小さく笑みが零れる。
「――ありがとう」
「? 何か言いましたか?」
「いえ、何でもありませんわ」
扇子で口元を覆い隠し、そう言って秘密にする。改めて言うのは、こちらとしても少々気恥しい。
さて、と仕切り直すように音を立てて扇子を閉じる。
「それでは、私達が今するべきことをするとしましょうか」
「するべきこと、ですか。何か準備があるんですか? 出来ることがあれば最大限努力しますが」
「あら、言ったわね?」
ニヤリと、口の端を上げる。流石にわざとらし過ぎたか、幽香からは早速冷ややかな視線を向けられた。
まあ、彼女はいい。逆に少年は一体何が待ち受けるのかと少なからず緊張し始めたようで、可笑しくて笑いを堪えるのが辛い。勿論、顔には出さない。
あたかも何か怪しげなものを出すかのように、思わせぶりな所作を意識してスキマを開く。
固唾を飲んで見守る少年を可愛らしく思いながら、ゆっくりとスキマに手を入れる。
そして、取り出すのは、
「――お腹一杯になるまでご飯を食べましょう!」
大量の、本当に大量の、三人では到底消費しきれない量の食糧であった。
少年は驚きに瞬きを。幽香は呆れた様子で溜息を。紫は何故か得意気な顔をしていた。
結局三人で仲良く料理を作り(少年が一番手際が良かった)、言葉通り満腹になるまで食べて、少年は暫くすると再び眠りに就いた。食後、味を占めたのか幽香が再度少年をその腕で抱き締めたので、彼は今幽香の腕の中で眠っている。
むにーっと軽めに頬を伸ばし、どことなく満足気な幽香。それを見守る紫。
数刻、そんな無言の空間が、だが決して苦ではない、穏やかな時間が過ぎた。
どちらからともなく、口を開く。
「……そろそろかしら?」
「……そうね」
幽香の腕の中で、少年が再び辛そうに呻き声を上げる。彼女の手を掴むその手に、微力ながら力が篭る。
私はここに居る、と。だから大丈夫だ、と。そう言い聞かせるように、幽香からも手を握り返した。ついでに、さらに強く抱き寄せ、自分の心音もこの少年に届かせようとする。
少し、ほんの少しだけ、少年の呼吸が落ち着いたように思う。
だが、依然として顔色は優れない。
「紫、私はどうすれば?」
「その子の夢の共有は私が全て行います。貴方にしてもらうことと言えば……覚悟を決めてもらうことくらいね」
「覚悟?」
ええ、と紫は頷く。
「これから見るものがたとえどんなに惨いものであったとしても、必ず全てを見届け、受け入れる覚悟を」
「……今更ね」
不敵に幽香は笑った。
全てを見届け、受け入れる覚悟など、少年の傍に居ると決めたその瞬間からできている。
苦しかったのならその分癒す。辛かったのならその分慰める。他人という立場をやめる為、少年の傍に立つ為、これくらいの気概は持ったつもりだ。
「一度伸ばした手を引き戻す気なんて更々無いわ。そもそも、この程度、貴方なら分かっていたでしょうに」
「……ええ、そうね。私としたことが、余計な心配だったわ」
それじゃあ、と向き直る。
「――それでは一つ、その子のことを知りましょう」
数瞬の浮遊感。
見慣れた黒と赤、そして目玉の見えるスキマの背景。
暗転。
◇◆◇◆
そして、冒頭に戻る。
いつの間にか閉じていた目を開くと、飛び込んでいたあまりの情報量に暫く言葉を失ったが、割とすぐに回復した。
他人の夢なんて見たことないので、ここはこういうものだと認識したのだ。
紫にしてみれば、この夢はあまりにも異質なのだが、それを幽香が知る術は無い。
「これがあの子の夢だって言うなら、何で近くにあの子がいないのよ」
「確かに、変ですわね……と、あら」
ちょいちょいと幽香を手招きする紫。
訝しく思いながらも、その手招きに従い紫のもとへ近寄ると、彼女は少し先を指差した。
そちらへ視線を移す。
紫が指差す方向は、この森の中でやや開けた所になっており、日差しを遮る木葉も無いため今自分達がいる場所に比べ各段に明るくなっていた。
そして、そんな場所で座り込んでいる白の髪を持つ人間。ここからは、その横顔しか見ることは叶わない。
服装は現実の方の少年の恰好とそう違いはないように思える。座り込んでいるせいで全体像は掴めないが、まあ人間の服装なんてそうそう変わるものでもないだろう。
では、一体何をしているのだろうか?
よく見れば、その片方の手には花が数束握られていて、もう片方の手で近くに咲く花を物色しているようだった。
「……」
「あら、貴方なら突撃していくのかと思いましたが」
「表情を見るに悪意は無いようだしね。今回は見逃すことにするわ」
言外に、次はどうなるか分からないと言う。
幽香は何よりも花を愛する妖怪だ。最近そこに少年が入るようになってきたが、基本的には花である。故に、彼女にとって花をただ摘むという行為は少々耐え難い行為であるのだが……悪意や悪戯心ではなく、純粋に綺麗に思っているだけのようだし、怒ることでは無いか。
それにしても、と視線の先の人間を観察する。
白い髪は少年のソレと同じだが、こちらは現実の方と比べてやや長い。少年は肩を過ぎるくらいの長さだが、こちらは肩甲骨をやや過ぎる程。
それに、ちらりと覗ける顔はどことなく女性的で……?
「紫、あれって本当にあの子なの?」
「やはり、貴女もそう思いますか。どちらかというと少女のような気はするのよねえ」
「取り敢えず、近付いたら分かるでしょ」
「一応言っておきますと、私達からの干渉は一切出来ませんので。あくまで覗いてるだけですから」
「何となく察してはいたわ」
先程チラリと見ていた様子だと、紫は葉に触れているようで触れてなかった。指が透過し、周りの環境に干渉することができていなかったと思う。
あくまでこれは夢なのだと、そういうことだろう。
実際、足元をよく見れば、いくつかの植物が自分達の足を透過してその存在を示しているのだし。あ、弱小とはいえ妖怪もいるようだ。足元を過ぎ去っていく小さな影が。
それを見送った後、幽香と紫は前方の少女(暫定)に近寄ろうと足を一歩踏み出した。
直後。
『――』
バッと顔を上げ、ある方向を見詰める人間。やはりその顔立ちは幼い容姿ということを除いても、少年と言うよりは少女と言うべきだろう。
そして、二人もまた、ほぼ同時に少女と同じ方向を見ていた。
妖怪であるが故、彼女達の視覚や聴覚は人間と比べたら優れている。
あくまでも、集中すれば人間よりは鋭くなる、という意味での『優れている』だ。例えば五感に優れているという特性を持つ妖怪や、そもそもそういう種族である妖獣の類に比べれば劣るであろう。
だが、今回に限っては周りの状況把握等の為に感覚をそれなりに研ぎ澄ませていた。故に、二人には聞こえたのだ。
苦痛に塗れた叫び声が。
『――?』
少女は幻聴かどうか判断しかねているのか、不思議そうに首を傾げている。
しかし、二人にしてみればそれは決して勘違いなどではなかった。
視線を鋭くし、その方向へと強く意識を向ける。
「……紫」
「ええ、間違いありません」
そんな二人の耳に、また新しい音が届く。
『――、……? ……。……、――』
それは、明らかに人間の言語であった。
先の叫び声と違う、明確に意味と法則性を持った、言葉。
発生源は、白髪の少女。
きょとんとした顔のまま、声のした方向を見据えたまま、目の前に誰がいる訳でもないのに何かを呟く。この場所では何を口にしているかまでは分からない。
じっと観察していると、少女の顔がみるみる青くなり、酷く焦りに染まった顔で立ち上がった。
走り出す。
「っ。追いかけましょう」
紫の言葉に頷きを返し、二人して宙へ浮かぶ。紫の手引きか、そもそも飛行が可能な空間なのか、一応夢の中とはいえ空は飛べるようだった。確認はしていなかったが、飛べたのならそれで充分。
持っていた花を捨て、樹の幹や行く手を邪魔する葉を難なく避けて、息を荒げながらも全力で走る少女。
花を放ったことに対して幽香のこめかみがぴくりと僅かに動いたが、彼女は何も言わなかった。ここでとやかく言っても仕方ないと理解しているのだろう。
二人は少女の背を追いかける。
進むにつれ段々と強くなるある臭いに、二人は顔を顰めた。
「これは……酷いわね」
「どうやら、人間だけじゃなくて妖怪のも混じっているようだけど……これ、ちょっとした小競り合いって様子じゃなさそうね」
血の臭い。
妖怪であるが故、嗅ぎ慣れたものではあるが、今回は事情が異なる。
山や森に迷い込んだ人間が食い散らかされるなんてものじゃない。例えるなら、村一つが丸々壊滅するようなもの。規模は小さいが、所謂、濃度を表すならば、決して比喩ではない。
一箇所に大量の死体が纏められているようなもの。人間だけではなく、妖怪も混じっているのがさらに凄惨さを増幅させている。
妖怪は死ねば消滅するだけだが、殆どの妖怪には肉体があり、血や内臓器官がある。
妖怪が発生する仕組みの関係上、妖怪の身体の作りは大抵人間に準拠する。中にはその妖怪特有の構造を持っていることがあるが、基本として人があるのには違いない。
人型でなくとも、何かしら動物や植物に似るだけである。
そして人間に準拠し、肉体がある以上、傷付くこともあれば血を流すこともある。
完全消滅までの間、人間と妖怪の死体や血の臭いが混ざることだっておかしくはない。
『―――――――――――――――――――』
唐突に少女が立ち止まった。様子を見るに、言葉を失っているようだった。
二人が回り込み、少女の目に映る光景を視界に入れる。
「うっ」
「…………」
咄嗟に袖口で鼻や口を覆う紫に、顔を顰める幽香。
辺りは一面血の海で、最早人間の血なのか妖怪の血なのか判別は付かない。
ごろごろとそこら中を転がる身体の一部や死体。いや、地面だけではなく周りの樹に打ち付けられたり引っかかているものまである。
成程、と二人は理解した。
これは確かに、心の傷になってもなんら不思議ではない。少年が幽香の言葉で思い浮かべた光景や、夢で見たものがコレだと言うのなら、ああも取り乱したのにも納得がいく。
自分達でさえ進んで見たいとは思わない光景なのだ。であるならば、少年の方は……。
微かな水音に振り向けば、少女が自らの胃の中身を吐き出しているところであった。
見るべきではない。視線を戻した。
はあはあと息を整える少女の声は、あまりにも苦痛に塗れている。
すると、
『誰か……』
『!?』
掠れた声がした。今にも消え入りそうな声で、その主がもう長くはないことがはっきりと理解できた。
だが、少女にとっては違うようで。
急いで周りを見渡し、声の主を探し当てると、服が汚れるのも気にせず走り寄った。
どうやらそれは妖怪のようだが……もう、身体の半分は失われていた。
必死に声を掛ける少女の姿があまりに痛々しくて、二人は目を背けた。
『ハハッ……目は……見えないし、………耳も……』
間違いなく、人間と戦って負った怪我だ。まだ息がある方が不思議だ。
幽香や紫でさえ身体の半分も失えば回復にそれなりの時間を要する。見た所力がそれ程強い妖怪ではないようだが、いずれにせよ、じきに消滅するだろう。
その妖怪は、けど、と言った。
『あの嬢ちゃんを守れたなら……悪い、気は、しねえ……』
ぱたりと、それきり動かなくなる。
少女は暫くその妖怪が息絶えたことに気付いていないようだったが、一切動かなくなったことに疑問を覚えたのか、彼女が手を伸ばしてその身体に触れた瞬間、妖怪は霧散してしまった。
少女は状況を理解できていないようだった。
手を伸ばした姿勢で固まってしまって、呆然としている。
だが、段々と現実を認識したようで。
『う、ああああああああああああ――――――――!!』
そこが、少女の限界だった。
「ッ! 紫!」
「……次に見るべき過去に繋ぎました。移動しますわ」
怒ったような幽香の呼び声に応じて、紫はスキマを開いた。
夢の世界に来てから、ずっとこの夢から繋がる過去を探していた。勿論、無闇矢鱈に覗くような真似は断じてしてない。あくまで、傷として繋がっている別の過去を探しただけだ。
別の傷があること自体は最初から気付いていた。
だが、それは同時に、少年の心の傷が一つではないことも表していた。
紫の言葉で幽香もその結論に思い至ったのか、愕然とした表情を作る。
紫は目を伏せながら、スキマで自分達を呑み込んだ。
幽香の能力は『花を操る程度』ですが、『程度』ならこのくらい出来るだろ、と勝手に解釈してます。
まだ主人公の過去(厳密には違う)話は続きます。
本来はこの話で終わる予定だったんですが、予想以上に長くなったので分割しました。
っていうか、紫様の能力万能過ぎませんかね。大抵のことは紫様だからで説明つくのズルいと思う。
それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。
矛盾や報告や内容に関する質問がありましたら気軽に仰ってください。話していい内容までならお答えします。答えることができれば、ですが。割と設定ガバガバなので。