マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
席に座ったマリアの目の前には、
マリアの隣には、マリアをこの薔薇の館に招待した
「マリア、自己紹介なさい」
マリアは、言われて体をびくりと震わせた。
「あ、あの、私、一年桃組の、御園マリアです」
顔を真っ赤にして、震える声で自己紹介をしたマリアは、いったい何でこんなことになってしまったのかと頭を悩ませながら俯いてしまった。
今朝、瞳子さまに「薔薇の館に招待に来たのよ」と告げられたマリアは、その言葉通り――あの後、放課後に薔薇の館に顔を出すようにと申しつけられた。
そして放課後。
道中、菜々さんに助けを求めるように理由を尋ねると、彼女は首を傾げて言った。
「じつは私もよく分かっていないの。瞳子さまが、マリアさんを招待したいってだけだと思うけど」
そんなはずはないと分かっていたが、マリアはそれ以上何も尋ねず――そして今に至る。
「へぇ、この子がマリアさんね?」
マリアが自己紹介を終えると、
「可愛くていいじゃない」
由乃さまの大きな目が興味津々といった感じに見開かれて、まるで自分を値踏みするように向けられている。
「由乃さん、そんな言い方をしてはいけないわ。こんなに緊張しているのだし」
由乃さまをたしなめように言ったのは、
二人を交互に見合わせたマリアは、薔薇のように可愛らしいお二人に目を奪われつつも、上級生の威厳とも呼べる雰囲気に圧倒されていた。綺麗な薔薇には棘があると言うけれど、このお二人もただ美しいだけのお姉さま方ではない、そんな気がしていた。
「まずは、お茶でも飲んで少し落ち着きませんか?」
場の空気を読んでそう提案したのは、
すでに菜々さんが、部屋の隅に備え付けられたキッチンで手際よく紅茶の準備しており、電気ポッドがコポコポと音を立てている。まるでダイニングルームのような部屋だなあ、とマリアは思いながら、花の飾られた楕円のテーブルを所在無さ気に眺める。
いつの間にか、テーブルの上にはクッキーが並んでいた。
「ミルクとお砂糖は?」
菜々さんによって紅茶が配られた後、乃梨子さまにそう尋ねられたマリアは、ミルクって何だろうって思いながら首を横に振った。
「それで、瞳子がマリアちゃんを薔薇の館に連れてきた理由は? きっとマリアちゃんも、それを知りたいと思っていると思うわよ」
紅茶が配られて一息する間もなく、今度は
その微笑みは、すでにその答えを知っているのでは思えるほどに穏やかだった。
「そうね、そろそろ聞かせてもらいわね」
由乃さまがそれに同意し、志摩子さまも頷く。
乃梨子さまと菜々さんは、祐巳さまにそう尋ねられた瞳子さまを凝視している。
「はい。私がマリアをこの薔薇の館に連れてきたのは――――」
マリアは、その先の言葉を想像して耳を塞ぎたくなった。
その言葉は、マリアが一番聞きたくないものだろうと勝手に想像した。
「彼女に、薔薇の館で山百合会の手伝いを頼みたいと思っているからです」
「へっ?」
だから、瞳子さまのその言葉が自分の想像しているものと違っていたと知って、マリアは驚きや安堵のあまり間抜けな声を上げてしまう。
「てっ、手伝いって、そんな私には無理です」
しかし、マリアは直ぐに瞳子さまの発言の意味を知って大きく首を横に振った。
「あら、手伝いとは言っても簡単な雑用よ。朝のホームルーム前と放課後、少しだけ薔薇の館に顔を出してくれればいいの。有意義な時間になると思うけれど?」
瞳子さまに言われて、マリアは直ぐに気がついた。
きっと、これは自分をトラブルから守るために提案してくれているのだと。
それでも、決心はなかなかつかなかった。
マリアは、瞳子さまに嘘をついてしまったことに後ろめたさを感じていた。
瞳子にお姉さまはいるのかと尋ねられ、マリアは咄嗟に嘘をついてしまった。
そして、そのことを瞳子さまはすでに知っている。知っていてなお、自分に手を差し伸べてくれているのだと知り、マリアはなおさら後ろめたさで気後れしてしまった。
「嫌かしら?」
「嫌だなんて、そんな。でも――」
マリアは何と答えればいいのか分からず、言葉を呑みこんでしまった。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
そんなマリアを見て、祐巳さまは微笑を浮かべながら提案した。
「明日一日だけ、薔薇の館で山百合会の体験入学をしてもらう。マリアちゃんがこの薔薇の館を気に入ってくれたら、それからしばらくお手伝いを続けてもらうっていうのは?」
「体験入学ですか?」
マリアは少しだけ興味を引かれたよう言った。
祐巳さまの提案は、瞳子さまが言った内容とさほど何ら変わらないのだが、そこはさすが親しみやすさナンバーワンの庶民の星。
妙な説得力をもって受け入れられた。
「うん。別に明日じゃなくても良いし、来たい時に来てくれればいいよ。薔薇の館はいつでも生徒を歓迎しているから」
「わっ、分りました。じゃあ、明日だけ」
祐巳さまの優しい微笑に導かれるように、マリアはこくりと頷いてその提案を呑み込んだ。
「良しっ決まりだ。それじゃあ明日からよろしくね、マリアちゃん」
ちゃっかり「明日から」という文言も入れ込んで、祐巳さまはマリアの提案を歓迎した。
☆
「はぁ、お姉さまに良いところを持っていかれました」
マリアが薔薇の館を去った後、瞳子はテーブルを片付けながら溜息交じりに言った。
「なんのこと?」
祐巳さまは本気で意味が分らないと首を傾げ、そんな姉を見て瞳子はやれやれと首を横に振った。
「マリアの事です。あんなに簡単に首を縦に振らせるなんて」
「瞳子が頼んだって首を縦に振ってくれたと思うけど」
「いいえ。私だったら、もう少し強要したような形になったと思います。だから、お姉さまに良いところを持っていかれたと言ったんです」
「だったら、姉妹のファインプレーじゃない」
嬉しそうに言うお姉さまを見て、瞳子も嬉しそうに笑った後、素直に認めるのも癪なので溜息を落しておいた。
今の薔薇の館には、紅薔薇の姉妹二人だけ。菜々さんはマリアを教室まで送って行き、他の薔薇さまとつぼみたちは二人に気を利かせるように薔薇の館を後にした。
二人で積もる話もあるだろうと。
「マリアちゃんは瞳子の妹候補?」
祐巳さまは特に他意はないと言った雰囲気で尋ねた。デリケートな話題ではあったが、お姉さまには構えた様子もなく、ごく自然体。
「いいえ」
だから、瞳子は素直に首を横に振った。
マリアを薔薇の館に案内する前、お姉さまに簡単なことの経緯の説明は話していたが、まだ誰にも話していない瞳子とマリアの出会いを、瞳子は祐巳さまに話して聞かせた。
曲がったタイを直したことだけは話から省いて。
気恥ずかしかったから。
「その時、しっかり先手を打たれているんです」
「先手?」
祐巳さまが首を傾げた。
「はい。お姉さまがいると」
「あらら」
「嘘までつかれたんですから、さすがにそれでも彼女を妹候補に、何て言うほどおめでたくはありません」
「でも、瞳子の気持ちはどうなの?」
祐巳さまが核心に触れるように尋ねた。
その全てを包みこむような表情は、すでに瞳子の答えを知っていると言っているようでさえあった。
「わかりません。でも、妹にするしないは別にしても、マリアが気になっているのは確かです」
そう、一目見た時から瞳子はマリアのことが気になっていた。
あの憂いを佩びた、何かに手を伸ばそうとするマリアの姿が、瞳子の頭から離れなかった。
「そっか。姉妹のことに関しては私が口を出すことじゃないけど、何か話したいことがあるなら聞くからね?」
お姉さまの優しい顔を見て、瞳子は微笑を浮かべて頷いた。
「はい。お姉さまに一番にお話しします」