マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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10 心ここに在らずと聖域

 マリアは、心ここに在らずで帰宅していた。

 

 今日一日で起こった数々の出来事を、マリアは自分の中で上手く消化できずにいた。いや、正確には昨日から自分の身に起こった数々の出来事だった。

 

 全ては瞳子さまにタイを直された時から始まった。

 そして、その紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)である松平瞳子さまに招待されて、薔薇の館の手伝いをするにまで至ったいた。

 

 薔薇の館はリリアン女学園に通う全ての生徒にとって特別な場所であり――憧れの場所。

 生徒会長である三薔薇さまと、その妹であるつぼみたちしか入ることができない神聖不可侵の聖域。

 

 本来、生徒会である山百合会にはリリアン女学園に通う全ての生徒が所属しているので、誰でも薔薇の館を訪れる権利はあるのだが、多くの生徒たちはそうは思っていなかった。どことなく近寄りがたく、軽々しく訪れてはいけない場所。

 そんなことを思っている生徒が大半だった。

 

 もちろんマリアは知らないけれど――過去、そうした山百合会の雰囲気を変えようと努力してきた山百合会のメンバーがいて、その意思は現三薔薇さまにも受け継がれていた。

 

 特に紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)である福沢祐巳さまには。

 しかし、現実はそこまで簡単ではなかった。

 

 マリアも山百合会や薔薇の館のことを、どこか近寄りがたく特別なものだと思い込んでいる。

 だから明日、薔薇の館で山百合会の手伝いをするという事に、特別な重圧や高揚を、そしてやはり後ろめたさを感じていた。

 

「あーもー、どうしよう。何でこんなことになっちゃったんだろう?」

 

 帰宅したマリアは、制服のままベッドに飛び込んで頭を抱えた。

 薔薇の館に誘われたことは、正直に言えば嬉しかった。

 山百合会のお手伝いをすることも。

 

 それも紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)である松平瞳子さまに直接手伝いを頼まれたことは、マリアにとってはとても特別なことだった。瞳子さまに言った通り、マリア祭で彼女を一目見た時から、マリアは瞳子さまのことが気になっていた。

 

 まるで一目惚れをしてしまったみたいに。

 瞳子さまの凛とした姿が、マリアの心を奪い去って行った。

 

 だから、マリア像の前で瞳子さまが自分の曲がったタイを直してくれた時、マリアは身支度もできない情けない自分を呪うのではなく、天にも昇るような気持でその出来事を受け入れた。

 

 その後の嘘さえなければ。

 しかし、それは厳密に言えば嘘ではない。

 

 だけど、それを説明する言葉をマリアは持ち合わせておらず、自分自身その事実と上手く向き合うことができずにいた。

 

 そう、自分はずっと逃げ続けいるのだ。

 何もかもから。

 過去から逃げ、クラスメイトから逃げ、姉妹(スール)の申し出から逃げてきた。

 そして今、松平瞳子さまと――薔薇の館からも逃げようとしている。

 

 マリアはちらりと自分の部屋の学習机の方角に視線を向けた。机の上には可愛らしい写真立てが幾つか置かれており、マリアはその写真立てをじっと眺めた。

 

 マリア像を見つめていた時と同じように、何かに手を伸ばし、何かに縋るように。

 

「逃げちゃダメだ。薔薇の館でのお手伝いをお断りするにしても、ちゃんと断らなきゃ。明日一日しっかりお手伝いをして、その後でしっかりとお断りしよう」

 

 マリアは自分に言い聞かせるように声に出し、そして小さな決意を胸に秘めた。

 私は、誰とも姉妹(スール)にはならない。

 たとえ、それが憧れの松平瞳子さまであろうと。

 

 マリアは自分に何度もそう言い聞かせていた。

 


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