マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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13 幻滅と約束

「マリア、起きなさい」

 

 マリアの耳元に、優しい声が響いた。

 マリアは夢見心地でその声に耳を澄まし、いったい誰だろうと考えた。

 その声はとても凛としていて、マリアの胸を強く締めつける。

 思わず手を伸ばしたくなる素敵な声。

 

「マリア、マリア」

 

 そして、どことなく甘い香りがマリアの鼻を擽った。

 紅茶の匂い?

 

 それにこの声は、マリアの憧れの人の声。

 マリアは、はっとして起き上がった。

 

「とっ、とっ、瞳子さま? あれ、私――いつの間にか寝ていて」

 

 マリアは、とんでもない失態をしてしまったと顔を青ざめさせた。

 山百合会の手伝いをするはずが、まさか居眠りをしてしまうなんて。

 マリアは自分に幻滅するとともに、瞳子さまに幻滅されてしまったと絶望的な気持ちになった。

 

「ごっ、ごめんなさい。私、居眠りをしてしまって、それで――」

 

 マリアが立ち上がって深々と頭を下げると、瞳子さまは瞳を丸くした。

 

「マリアは何も悪いことはしてないし、私も別に怒っていないわよ? しっかり部屋の掃除をしてくれたみたいだし、花瓶の水まで変えてくれて申し分ないわ」

「でも、私?」

 

 マリアが困ったように言うと、瞳子さまは仕方ないわねと言った感じでマリアの頭をそっと撫でた。

 

「居眠り事なら気にしなくていいのよ? ここには私たち二人しかいないんだし。さすがにお姉さま方に見られたら、お叱りの一つぐらいはあるでしょうけど。そんなことより、せっかく淹れた紅茶が冷めてしまうわ」

 

 そう言うと、瞳子さまはテーブルに戻って紅茶をティーカップに注ごうとした。

 

「あの、私がやります。やらせてください」

「気を使わなくていいわ。今日は体験入学なんだから、そんなに気を張らないでお客様気分でいなさい」

「でも、それじゃあ――」

「あら、私の淹れた紅茶が飲めないのかしら?」

 

 少し居丈高に言って笑ってみせた瞳子さまを見て、マリアは素直に頷くことにした。

 マリアは恐る恐るティーカップに手を伸ばして紅茶を口にした。

 

「甘くておいしい」

「よかった。ローズヒップティーにお砂糖を入れてみたの」

「とってもおいしいです。瞳子さまの好みなんですか」

「そうね。最近少しハマっているって感じね?」

 

 マリアはその情報を心のメモ帳に記しておいた。

 

「それより、ずいぶん早く薔薇の館に来ていたみたいだけど?」

「はい。緊張でなかなか寝付けなくて――それに早く起き過ぎて一時間前に来てしまいました」

「一時間前って?」

 

 瞳子さまは驚きのあまり、口元に運んでいたティーカップを思わず落としそうになった。

 

「私が無理やり誘ったせいで、色々いらない心配をさせてしまったみたいね。ごめんなさい」

 

 瞳子さまは困ったように首を振る。

 

「いえ、違います。瞳子さまのせいじゃなくて。私、昔からあがり症で、直ぐに緊張しちゃうんです。だから、私のせいです。それに私、舞台の上で堂々としている瞳子さまのことがすごく素敵だなってずっと思っていて。少しでもお役に立てるならって」

 

 マリアは立ち上がって捲し立てるように言った。

 瞳子さまを困らせてしまっただけじゃなく、謝らせてしまうなんてありえないことだと――マリアは必死になった。

 

「ありがとう。そう言ってもらえてとても嬉しいわ。じゃあ、明日からはこんなに早く登校しないこと。十五分前に到着していれば上出来だから。約束できる?」

「はい。約束できます」

 

 マリアはそう言って大きく頷いた後、「あれ、私は明日からもこの薔薇の館に来るんだったけ?」と頭を悩ませたが、瞳子さまはすでにマリアのその言葉を受け入れていた。

 

「お早うございます。遅くなりました」

「ごめん瞳子、ぎりぎりになっちゃった」

 

 マリアが首を傾げそうになっていると、八時五分前になって次から次へと山百合会のメンバーが薔薇の館に集合し始めた。

 菜々さんと乃梨子さまの後に続いて、三薔薇さまたちもお見えになる。

 

 何だか、みんな示し合わせたみたいに五分前に到着したなあと――マリアはのんきに考えていた。

 


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