マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
朝のホームルーム前に薔薇の館に集まった山百合会のメンバーは、簡単な打ち合わせをして直ぐに解散となった。
瞳子は菜々ちゃんと一緒にティーセットの片づけをしているマリアを自然と眺めていた。
「十五分前に集合って約束したのに遅れてごめんね」
「ううん、いいの。私なんか一時間も前に着いちゃって、それで瞳子さまに迷惑をかけちゃった」
「ええっ、一時間も前に来たの?」
菜々ちゃんは驚いて手に持っていたカップを落しそうになる。
「うん。何だけぜんぜん寝られなくて。でも、薔薇の館で居眠りをしてるところを瞳子さまに見られちゃった」
「あちゃー」
菜々さんは見事に露出した額をぺしと叩く。
「怒られた?」
「ううん、ぜんぜん。それにね、瞳子さまがローズヒップティーを入れてくれたの」
「そうなんだ、良かったね」
「うん」
瞳子は同級生と楽しそうに会話をしているマリアを見て、これならクラスでも上手くやって行けるのではと安心した。
「菜々ー、そろそろお姉さまは行くわよー」
すると、
「はい。私はマリアさんと一緒に教室に戻るのでお先にどうぞ。おつかれさまでした」
「あんたねぇ、そこは――お姉さまもう行っちゃうんですか? くらい言いなさいよ」
由乃さまが妹に構いはじめ、妹である菜々さんは面倒くさそうに顔を顰めた。
「お姉さまこそ、昼休みには剣道部の集まりがあるんですから、逃げないでくださいね」
「逃げるって、人聞きが悪いわね。ちゃんと覚えてますよー」
「そんなこと言って、副部長のくせに直ぐ逃げ出すんですから」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、何も。それではごきげんよう」
「むきー」
由乃さまは軽々とあしらわれて薔薇の館を後にした。
「菜々さんすごいね。由乃さまとあんな風にお話しできるんだ」
マリアは感心したように言った。
「そうかな? いつもあんな感じだよ。でも、もっとお姉さまっぽくなってくれたらいいのにって思う」
菜々ちゃんはしみじみと言う。
瞳子は思わず頷きそうになる。
「きっと菜々さんがしっかりし過ぎてるんだよ」
「そうかな?」
「うん。菜々さんってすごい頼りになりそうだし、今年のミスターリリアンの筆頭だって言われてるよ」
その言葉に、菜々さんは複雑な表情を浮かべている。
「ミスターリリアンかー」
そんな二人の会話を遠目に眺めていた瞳子は、自分のお姉さまと
「何か問題ですか?」
近づいて二人に話を聞くと、二人は顔を合わせて神妙な表情を浮かべた。
「たいした話じゃないのだけれど」
志摩子さまは首を傾げてなんて言ったものかと祐巳さまを見る。
「うん。ほんとたいした話じゃないんだよね」
祐巳さまも何だか煮え切らない返答だった。
「何ですか? お力になれることかもしれないので話してください」
瞳子が尋ねると、お姉さまが困ったように口を開いた。
「由乃さんがね、昼休みの剣道部の集まりに参加しない口実を必死に探してたの。山百合会としては、何としても由乃さんを剣道部の集まりに出席させなきゃならない。それでいい手を考えていたってわけ」
「本当に大した話じゃないので、私は失礼します」
「こらー、瞳子。聞いたんなら力を貸しなさいよー」
祐巳さまがふざけたよう言った。
瞳子はやれやれと溜息を落してみせた。
すると、自分たちの前に一年生の二人がひょこひょことやって来た。
「ティーセットの片付けが済んだので、私たちは教室に戻ります」
菜々ちゃんが片付けの報告をする。
「あの瞳子さま、今日はご迷惑をかけてすいませんでした」
マリアは顔を真っ赤にして恐る恐る頭を下げた。
「あら、私は迷惑じゃないって言ったでしょう。謝るのはこれで最後にしなさい」
瞳子は少し厳しめに言ってマリアを嗜めた。
「はい。わかりました。それでは、失礼します」
「失礼します」
マリアと菜々さんが頭を下げて下手を後にしようとした。
「マリア」
瞳子は不意にマリアの背中に声をかけた。
「はい、何ですか?」
振り返ったマリアを見て、瞳子は咄嗟に会話を考えた。
「朝食は食べてきたの?」
瞳子が尋ねると、マリアは予想もしなかった質問に困ったように首を横にふった。
「いえ、朝食を食べるのも忘れて、何も食べずに家を飛び出してしまいました」
「はぁ、そんなことだろうと思ったわ。それじゃあ、お昼休みまでもたないでしょう? 手を出しなさい」
「手ですか?」
瞳子はマリアがおずおずと差しだした掌の上に、飴をころんと二つ置いた。
「これ――」
「こんなものでもないよりはましよ」
「瞳子さま、ありがとうございます。大切にします」
マリアは花が咲いたような笑顔を浮かべて言う。
「大切にしなくていいから、これでしっかり午後の授業まで乗り切るのよ。授業中に居眠りなんかして、あなたを薔薇の館に誘った私に恥をかかせないこと」
「はっ、はい。わかりました」
瞳子に厳しく言いつけられたマリアは、表情を強張らせて頷いた。
「それじゃあ、また放課後にね」
瞳子はそう言ってマリアを見送った。
「瞳子ったら、もうすっかりお姉さま気分じゃない」
一年生二人が出ていくと、待ってましたとばかりに乃梨子が瞳子に詰め寄よる。
おかっぱ頭を震わせながら、瞳子にどうなっているのかと尋ねる。
その際、ちらと自分のお姉さまに視線を向けてみると、祐巳さまは驚いたような表情を浮かべた後、満面の笑み咲かせていて、瞳子はどうしたんだろうと考えた。
しかし、今は乃梨子だ。
「そんなんじゃないわよ。でも、私が薔薇の館に誘ったんだし、しっかり面倒を見るのが筋ってものでしょう?」
「そんなこと言って、本当の姉妹みたいだったわよ。あー、瞳子に先を越されちゃうー」
「あら、乃梨子は妹が欲しいの?」
そんな二人の会話を聞いていた乃梨子のお姉さまの志摩子さまが、興味深そうに乃梨子に尋ねる。
「そんなんじゃないけど、私も
乃梨子は自分に矛先が向いて困ったように言った。
「あら、私は乃梨子が妹をつくらなからって、それを恥だとは思わないわよ。姉妹は強制されるべきものじゃないのだし、つくろうと思ってくるようなものでもないわ」
「そうだけど。ほら、私たちの時の例もあるし」
乃梨子は少し言い辛そうに言った。
志摩子さまと乃梨子が姉妹になる際、ここにいる山百合会のメンバーと、そして先代の山百合会のメンバーが大きく関与したという過去があった。
もちろん、瞳子も。
それは、マリア祭でのでき事。
積極的にその状況をつくったというか、状況をかき回したのは瞳子自身なのだが、その件もあって志摩子さまと乃梨子は晴れて姉妹になり、そして乃梨子の親交も深まった。
今となっては懐かしい過去の出来事だ。
瞳子はあの頃の自分はなかなかにいきがっていたというか、生意気だったなあと苦笑いを浮かべそうになった。
自分は、強がりという名の仮面をかぶっていた。
その仮面をはぎ取ってくれたのは――お姉さまである福沢祐巳さまだった。
その頃は、まさか自分が福沢祐巳さまの妹になるだなんて考えもしなかった。
おそらく乃梨子だって、志摩子さまの妹になるだなんて考えもしなかっただろう。
祐巳さまと志摩子さまも、自分たちを妹には考えていなかったはずだ。そう言ったことには、とくに疎いお二人だから。
そう考えると、誰かと姉妹になるという事がいかに難しく途方もないことなのだと、瞳子は今さらながら思い知らされた。
志摩子さまと乃梨子は、おそらく瞳子が余計なことをしたり、山百合会のメンバーが関与しなくても、いつか姉妹になっていただろう。時間がかかったとしても、二人は姉妹になれたはずだ。
祐巳さまと自分はどうだろう。
瞳子は、ふと考えた。
私とお姉さまが姉妹になるには、ずいぶんと長い時間がかかった。
クリスマスの日に祐巳さまにロザリオを渡されたが、瞳子は一度それを断った。そしてバレンタインデーの日に、今度は自分から妹にしてほしいと頼んだ。そこに行き着くまでには、多くの人たちの献身や手助けがあった。
おそらく、そうした人たちの手助けが無ければ、そして乃梨子がいなければ、自分は福沢祐巳さまと姉妹にはなっていなかっただろう。
瞳子はそう思った。
じゃあ、自分とマリアはどうだろうか?
瞳子の頭は、それだけでいっぱいだった。
「それに茶話会の例もあるしさ」
「でも、乃梨子が茶話会で妹を探している姿も見てみたいわね。それに、私もバレンタインデーの宝探しのライバルがほしいわ」
「ちょっと志摩子さん、他人事だからって」
「あら、私は他人事だなんて思ってはいないわ。それに、乃梨子の妹を見てみたいと言うのも本当よ。私、いいおばあちゃまになれるかしら?」
「もー、変なプレッシャーかけないでよ」
「うふふ。それもそうね。でも、何だか乃梨子が遠くに行くみたいで寂しい気持ちもするわね」
「志摩子さん? 大丈夫。私妹ができても、志摩子さんのことが大好きだから」
「私もよ、乃梨子」
瞳子の悶々とした気持ちとは裏腹に、白薔薇の世界に耽っている姉妹は、手を取り合ってお互いの気持ちを確認していた。
「ほんと、姉妹って素敵ね。ごちそうさま」
瞳子は皮肉っぽく言って、やれやれと首を横に振った。