マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
「今日一日、薔薇の館体験はどうだったかしら?」
ゴミを捨てに向っている最中、瞳子さまが何気なくねた。
「あの、とても素敵な体験でした。まさか、私なんかが薔薇の館に招待されるなんて思ってもなかったので」
「そう。それじゃあ、明日からも手伝ってもらえるのかしら?」
「えっ?」
瞳子さまに尋ねらて、マリアは言葉に窮した。
「このままなし崩し的に薔薇の館に通ってもらう事もできたけれど、私ははっきりとさせておきたい
瞳子さまは言葉に誠実さを滲ませて続ける。
「それに、私のせいでマリアに迷惑をかけているみたいだし」
「迷惑ですか?」
「私の妹候補なんて言われて困っているでしょう?」
「それは――」
マリアは血の気が引いたように背筋を凍らせ、おそるおそる瞳子さまを見る。
瞳子さまは優しい微笑を浮かべたまま、マリアを見つめている。
あのマリア像の前で――初めて二人が出会った時に浮かべていた笑顔そのままで。
その微笑みの意味は、直ぐに理解することができた。
瞳子さまは、私に告白するチャンスを与えて下さっている。ここで素直に言いださなければ、自分は二度と瞳子さまの前に顔を出せなくなってしまう。
マリアはそんなふうに考えた。
「あの、瞳子さま、私――」
マリアは意を決して告白をした。
「私、瞳子さまに初めてお会いした時に、嘘を吐いてしまったんです。あの、私、その――ごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい」
マリアは主語を曖昧にしたまま、謝罪の内容を口にしないまま、深々と頭を下げた。
お姉さまがいると嘘を吐いてしまったとは、その嘘の本当の意味を、どうしても口に出せなかった。
それだけは口にしたくなかった。
だって――
「マリア、顔を上げなさい」
少し厳し目の声が後頭部に突き刺さって、マリアはおそるおそる顔を上げる。
「瞳子さま?」
しかし、顔を上げると瞳子さまの表情は優しい微笑のまま。
どうしてそんなに優しい顔ができるんだろう?
マリアは胸を締めつけられながら、そんなことを思った。
「私のほうこそ、ごめんなさい。あなたにつまらない嘘を吐かせてしまったわね? 素直に話してくれてありがとう」
「瞳子さま、そんな、私が悪いんです」
マリアは、泣きそうになりながら言った。
「馬鹿ね。そんな顔しないの」
瞳子さまはマリアにそっと寄り添って、少しだけ乱れたタイに手を伸ばした。
そして優しく撫でてからそのタイを直した。
まるで、二人の中にあるわだかまりを解き――
しっかりと二人の絆を結び直すように。
「私のせいでマリアに迷惑が掛かっているのなら、これ以上、無理に薔薇の館に手伝いに来ることは無いわ。新聞部に掛け合って、誤解を解くよう記事を出してもらうこともできる」
瞳子さまは少しだけ残念そうに言った。
マリアは、その言葉に大きなショックを受けていた。
そのことに気がついた。
瞳子さまとの関係を、ここで終わらせたくはないと思っていた。
そのことに、ようやく気がついた。
今までたくさんことから目を背けて逃げ続けてきたマリアだったけれど、この関係からは逃げたくないと思った。
だから、一歩を踏み出してみようと決意した。
「私、もうしばらく薔薇の館でお手伝いをしたいです。瞳子さまの、お手伝いがしたいです」
マリアは、勇気を振り絞って言い切った。
すると瞳子さまは意外そうな表情を浮かべた後、にっこりと微笑んでくれた。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
「はい。私も嬉しいです」
マリアもつられてにっこりと笑った。
このまま、少しずつ二人の関係を良いものにしていける。
そんな希望が二人の中には生まれていた。
「でも、マリア――」
しかし瞳子は急にじろりと目を細めて、マリアの額を指ではじいた。
「私の手伝いで薔薇の館に通うからには、これからは厳しくいくわよ。覚悟しておくように。いいこと?」
「えー、そんなー、瞳子さま」
「そんなー、じゃない。まずは言葉使いから指導する必要があるみたいね?」
「ひー」
瞳子さまは厳しく目を光らせていた。
しかし、マリアの胸は大きく弾んでいた。
そのことに、二人ともが気づいていた。