マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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20 俎板と私なんか

 噂が広まるのは早いもので。

 

 マリアが薔薇の館での手伝いを続けると決意した翌日には――全校生徒がマリアの存在を知っているのでは思うほど、マリアは注目のまとへと変わっていた。そして、自分に向けられる視線やヒソヒソ話の多さにたじろいだ。

 

 今までと違い、同級生だけでなく上級生までもがマリアに視線を送る。これまでは興味や好奇心、些細な悪意と言った感情が向けられていたけれど、今日からは値踏みや品定めというものまでが含まれるようになった。

 

 松平瞳子さまが懇意にしている下級生という見られ方。

 もしかしたら、紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)の妹(・プティ・スール)なのでは――という視線。

 

 突然現れたシンデレラガールの登場に、学園全体が色めき立ったみたいだった。

 

「なんだか俎板(まないた)の上の小魚にでもなったみたいだよ」

「それを言うなら鯉なんじゃ?」

「私って鯉って感じじゃないし、せいぜい小魚だよ」

 

 マリアの悲鳴交じりの言葉に、菜々さんはくすくすと楽しげに笑う。

 二人はお昼休みになると逃げるように教室を出て、約束をしていた紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)のお気に入りの特等席に向った。

 

 それは講堂の裏手。銀杏の中に一本だけ桜が混ざって生えている、目立たない場所だった。

 二人はそこにお弁当の包みを広げて座った。

 

「季節限定の場所なんだって。春と秋の晴れた日」

「夏は?」

「桜に毛虫がわくみたい」

「それはギャーって感じだね」

「でしょ」

 

 菜々さんは楽しそうに言ってお弁当のおにぎりを一口頬張る。菜々さんとおにぎりはとてもベストマッチに見えた。さすが剣道少女。

 マリアも持参してきたサンドイッチを頬張り、ようやく訪れた平穏に小さな溜息を落した。

 

「ふう」

 

 澄んだ空を見上げると、雲がゆっくりと流れていく。青い空に白い雲。その下には黄葉した銀杏の葉が太陽の光を浴びて金色に輝いている。マリアはそんな光景に目を奪われながら、紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)もこの景色を見ていたのかなあと考えた。

 

 それに、この場所でいったいどんなことを話したんだろう? 

 きっと素敵なことだろうなあ?

 

 私のように、紅薔薇さまのつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)の妹候補だなんて噂されて、逃げるようにこの場所に来たりなんてしなかったはずだ。

 そんなことを思った。 

 

「大丈夫?」

 

 そんなマリアを見て、菜々さんはそれとなく気を使ってくれる。

 

「うん。菜々さんもいるし、なんとか。それに朝と放課後には瞳子さまにも会えるし、そこで元気を補充する」

 

 マリアは心配ないとにっこりと笑って言ってみせた。

 そして、大きく口を開いてサンドイッチを丸呑みする。

 

「マリアさんは瞳子さまが好きなの?」

「えっ?」

 

 いきなり直球で尋ねられた質問に、マリアは戸惑う。

 

 まさかそんな質問をされるとは思っていなかったけれど、少し考えればその質問は当然のものだった。

 全校生徒が、マリアのことを瞳子さまの妹候補と考えるといるように、菜々さんだってそう思うのも無理はない。もちろん山百合会の他のメンバーだって。

 

 菜々さんは、いずれマリアが瞳子さまの妹になると思っているのかもしれない。

 

「ごめんね、急に」

 

 菜々さんは、戸惑うマリアを見て一言謝罪を口にする。

 

「興味本位で聞いてるんじゃなくて、私にとっても大事なことだから聞いておきたくて。私、回りくどい尋ね方とか苦手だから、いつもストレートな物言いになっちゃうんだ。答えたくなかったぜんぜん答えなくていいんだけど、マリアさんが瞳子さまのことをどう思ってるのか気になって」

 

 そんな真っ直ぐな菜々さんに当てられて、マリアは口を開いた。

 

「私、瞳子さまのことが好き。でも、妹にはなれない。そもそも瞳子さまは――私なんかを妹にしようなんて思わないと思うけど」

 

 はっきりと妹にはなれないと口にした後、マリアは気恥ずかしくなって慌てて付け足した。

 私なんか、と。

 

「そうかなあ? 私はマリアさんと瞳子さまはお似合いだと思うけれど」

「そんなことないよ」

「だって、瞳子さまが特定の下級生と親しくなるなんて今まで一度もなかったし、マリアさんと一緒にいるときの瞳子さまってすごく楽しそうだし」

「楽しそう?」

 

 そんなことはないと思うけど――マリアは心の中でそう思った。

 だって、いつも迷惑をかけてばっかり。

 

 タイを直されたり、居眠りしているところを見つかったり、朝食代わりに飴玉を下さったり、よくぞ呆れられないものだと思ってしまうほどだ。

 

「うん。なんていうか、お姉さまの祐巳さまといる時は違った雰囲気。とても楽しげな感じ。ごちそうさまってくらい。ああ、でも、私はマリアさんに、瞳子さまの妹になることを無理強いするつもりはないから。私は、マリアさんが薔薇の館に手伝いに来てくれるだけで嬉しいし」

「ありがとう」

 

 マリアは申し訳ない気持ちをでお礼を言った。

 

「でも、瞳子さまの前で――『私なんか』、なんて絶対に言わないほうがいいと思うと。たぶん悲しむと思うし、それ以上に厳しくお叱りを受けるだろうから」

 

 菜々さんの忠告に、マリアはぎょっとする。

 悲しむかどうかは分からないけれど、たしかに厳しい雷は落ちてきそうだった。

 

「うん。気をつけるね」

「私だって、マリアさん『なんか』、なんて思ってないよ。それだけは忘れないでね?」

 

 マリアは、今すぐに泣きそうになっていた。

 こんなにも素敵な菜々さんは、やはり黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥウトン)に相応しい生徒だと、心から思った。

 

「ありがとう」

 


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