マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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22 祐巳さまと憧れ

 山百合会の仕事が終わり、ゴミ出しをしていたマリアが薔薇の館に帰ってくると、そこには祐巳さましかいなかった。

 

「あれ、他のみなさま方は?」

「みんな先に帰っちゃった。マリアちゃんを待たずにごめんね」

 

 祐巳さまが席に座ったまま言う。

 

「いえ、そんな」

「マリアちゃんももう帰っても大丈夫だよ。今日もありがとう」

「はい。祐巳さまはお帰りにならないんですか?」

「瞳子を待ってから一緒に帰ろうと思って」

「瞳子さまを?」

「うん。瞳子は部活が終わった後も必ず薔薇の館に顔を出すから。顔を出さなくても大丈夫って言ってるんだけどね」

 

 マリアは、その言葉を聞いてとてもうらやましく思った。

 二人の関係をとても素敵なものだと感じた。

 

 おそらく、二人はお互いをとても理解しあっているんだろうなって、そんなことを思った。

 本当の姉妹のように。

 

 マリアは、そんな二人の関係に手を伸ばしたくなった。もっとそばにいて、もっと二人のことを知りたいと。

 

「それじゃあ、私はお先に失礼します」

 

 だけど、マリアは姉妹水入らずの邪魔をしてはいけないと思ってそう言う。

 すると――

 

「そうだっ。マリアちゃんも一緒に瞳子を待たない?」

 

 祐巳さまはそう言ってマリアを引きとめた。

 その微笑を浮かべた顔は、まるで全てを理解しているみたいでマリアをドキリとさせる。

 全て見透かされているんじゃないかと。

 

「でも、お邪魔じゃありませんか?」

「ぜんぜん。瞳子だって、マリアちゃんが待っててくれた嬉しいと思うよ」

「そうでしょうか?」

「うん。絶対にそうだよ。でも、この後予定があるなら無理に引き止めたりはしないけれど」

「いえ、予定はありません。私も瞳子さまを待っていたいです」

 

 マリアは慌てて言う。

 すると、祐巳さまはことさら嬉しそうに笑ってくれた。祐巳さまの一挙手一投足がマリアの胸を強く締めつけた。

 

 祐巳さまに「座って」と言われ、マリアは向かいの席に腰を下ろす。

 

「瞳子のわがままに付き合ってくれてありがとね。強引に薔薇の館に連れてこられたりして、驚いたでしょう?」

「そんな、わがままだなんて。それに無理やりなんかじゃないです」

「なら良かった」

 

 祐巳さまはにっこりと笑って続ける。

 その無防備な笑顔が、マリアの胸をざわめかせる。

 

「実はね、私が最初に薔薇の館に通うようになったのは――私のお姉さまに無理やりな賭けを持ちかけられたからなの。私のお姉さまって言うよりは、山百合会のメンバー、薔薇さまがたにかな」

「祐巳さまのお姉さま?」

 

 マリアが尋ねると、祐巳さまがとても懐かしそうに遠くのほうを見る。

 

「うん。私の先代の紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)――小笠原祥子(おがさわらさちこ)さま。私の大切なお姉さま」

 

 祐巳さまはお姉さまの名前をとても愛おしそうに呼ぶ。まるで抱きしめるみたいに。

 

「賭けっていうのは?」

「私を妹にできるかどうか、かな?」

「ええっ、祐巳さまを妹にできるかどうか?」

 

 マリアは驚いて大きな声を上げる。

 姉妹(スール)になることを賭けるなんて、そんなこと考えたこともなかった。

 

「そう」

「ということは、祐巳さまは小笠原祥子さまの――先代の紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)からの姉妹(スール)の申し出をお断りしたんですか?」

「うーん、まぁ、そういうことになるのかなあ?」

 

 祐巳さまは困ったように首を傾げる。

 そこには、言葉では説明できない複雑な事情があることが伺えた。

 

「祐巳さまは、小笠原祥子さまの姉妹(スール)になりたくなかったんですか?」

「ううん。私は、ずっと祥子さまに憧れていた」

 

 祐巳さまは、はっきりと告げて続ける。

 

「祥子さまがマリア祭で私たち一年生のためにピアノを弾いてくれた時から、私はずっと祥子さまを意識してたの。まさか、私が祥子さまの妹になるなんて夢に思わなかった。私と祥子さまなんて庶民とスターくらい違うって、そう思ってた」

 

 私と同じだ。

 そう思ったら、マリアは次の質問をするために無意識に口を開いていた。

 

「じゃあ、どうして姉妹(スール)の申し出お断りになったんですか? 嬉しくなかったんですか?」

「すごく嬉しかったよ。嬉しくて、頭が真っ白になっちゃうくらい。断った理由だけど――うーん、それも説明するのは難しいんだけど、たぶん、マリアちゃんなら分るんじゃないかな?」

「私なら、分る?」

「スールって、憧れだけでなれるものじゃないでしょ?」

 

 その言葉に、マリアは胸の内を全て見抜かれたような、そんな気分になった。

 

 マリアは、祐巳さまに自分のことは何一つ話していない。

 私の事情なんて何一つ知らないはずなのに、それなのに――祐巳さまは私の胸の内を言い当てた。

 

 そう。

 姉妹というものは、憧れだけでなれるものじゃない。

 ロザリオを渡したところで、本当に姉妹になれるわけじゃない。

 本当の姉妹というものは、もっと別のもの。

 そう言うものなのだ。

 

 私は、それを知っている。

 マリアは、そんなことを考えながら口を噤んでしまった。

 

「ごめんね。昔話につきあってもらって」

 

 祐巳さまは、そんなマリアを見て優しく言う。

 

「いえ、お話聞けて良かったです。でも、どうしてそのお話を私に?」

 

 マリアはその答えを分っていながら質問を口にした。

 

「マリアちゃんがいつか誰かの妹になる時、その時に後悔しをしてほしくないって思ったの」

「後悔ですか?」

姉妹(スール)になることだけが、このリリアンでの学園生活じゃないけれど――それでも、お姉さまをもって、誰かの妹になることは、とても素敵なことだと思うんだ。かけがえないものだと。私は、祥子さまと姉妹(スール)になれてとても幸せだったし、瞳子と姉妹(スール)になれて本当に嬉しかった。だから、マリアちゃんが誰かと姉妹(スール)になる時も、それを素敵な思い出にしてほしいって思ったの。まぁ、おばあちゃんからの余計なお節介だと思って」

「おばあちゃん?」

  

 マリアは意味が分からずに首を傾げた。

 

 でも、祐巳さまの言葉の意味は、言いたいことは分かり過ぎるくらいに分った。

 いつか瞳子さまの妹になるなら、それを素敵な思い出にしてほしいと、その決断に後悔はしてほしくないと言っているのだ。

 

 マリアは、祐巳さまの優しさに心を震わせた。

 さりげない言葉の一つ一つに祐巳さまの優しさと、穏やかな心遣いが詰まっているように感じられた。

 

 だけど、そんな優しさがマリアの胸を締めつけた。

 

 祐巳さま、ごめんなさい。

 私、瞳子さまの妹にはなれないんです。

 

 やっぱり、私はここにいちゃいけないのかもしれない。

 こんな素敵な方々のいる場所に、私なんかがいちゃいけない。

 

 マリアはそんなことを考えてしまった。

 


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