マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
翌日は六月だった。
衣替えだ。
リリアン女学園の制服もデザインこそ変わらないけれど、生地が薄くなって全体的に軽くなる。マリアは意味もなくくるくると回りたくなった。
そんな楽しげな気分とは裏腹に、天気はどんよりとした曇り空。灰色の絵の具を分厚く塗りたくったような重い空模様を見て、マリアは「雨は降らないかしら?」、そんなことを考えた。
いちおう、折りたたみ傘を鞄に入れて登校することにした。
家を出る前、お母さんが嬉しそうに言った。
「マリア、最近楽しそうね?」
「そうかな?」
「ええ。毎朝お手伝いしている山百合会だっけ? そのお手伝いに行くようになってからほんと楽しそう」
毎朝早起きをしてお弁当を作ってくれるお母さんが、ほっとしたような顔でお弁当を渡してくれる。マリアは心の中で、いろいろ心配をかけていたんだと思って胸が痛くなった。
「うん。素敵な先輩たちのお手伝いが出来て楽しいよ。いってきます」
マリアはにっこりと微笑んで家を出た。
今朝も薔薇の館での手伝いをこなして、菜々さんと一緒に教室に戻る。最近は菜々さんとの距離もぐっと縮まったような気がして、なんかだ友達って感じの雰囲気が強くなった。もっと菜々さんと仲良くなりたいと、マリアは密かに思いを募らせる。
「今日も、お姉さまはだらしなかった。今度なにか
「懲らしめるって、お姉さまにそんなこと」
「お姉さまだからだよ。それに、剣道部の副部長でもあるんだからもっとビシっとしてもらわないと。部長に迷惑かけっぱなしだし」
「そうかなあ? 私にはしっかりしたお姉さまに見えるけれど」
「ぜんぜん。由乃さまを懲らしめる良いアイディアがあったら教えてね?」
そう言って、菜々さんはからりと笑った。
菜々さんはとにかく楽しいことが好きで、いつも何か面白いことを探している。
そして、
マリアは自分が菜々さんのように、瞳子さまと言い合ったり、ぶつかったりしているところを想像してみた。
頭の中で思い描くだけで、そら恐ろしかった。
ただでさえ自分のことを話したり、主張することが苦手な私が、あの瞳子さまと言い合う?
眩暈がして今にも倒れてしまいそう。
菜々さんって本当にすごいなあ。
廊下を歩く菜々ちゃん顔を見ながら、マリアが心の中で深く感心する。
「私の顔になにかついてる?」
すると、菜々さんが不思議そうな顔でマリアに尋ねた。
「ううん。なんでもないの」
マリアは、慌てて首を横に振った。
「今日のお昼も一緒に食べれる? 剣道部の集まりとかない?」
「大丈夫だよ。一緒に食べよう」
「天気は大丈夫かなあ?」
「天気が悪かったらミルクホールに行けばいいよ」
ミルクホールはパンや飲み物を売っている売店兼食堂で、お弁当を持ってきて利用することもできる。マリアはあまり利用したことがなかったけれど、菜々さんと一緒ならミルクホールも楽しいだろうなあと思った。
「そっか、ミルクホールもいいね」
「そう言えば、ミルクホールにはマスタードタラモサンドっていう知る人ぞ知る激辛のパンが売っててね、一部の生徒から熱狂的な人気があるらしいの。そうだっ。お姉さまにマスタードタラモサンドを差し入れしてみようかな?」
「ええっ。それはまずいよ。激辛のパンなんて」
二人はくすくすと笑いながら教室に入って行った。
教室に入って自分の席に着くと、マリアは直ぐに声をかけられる。
「マリアさん」
振り返ると、そこには蘭さんが立っていて、マリアを真っ直ぐに見据えている。その表情はとても真剣で、いつもの剣呑のとした雰囲気とは少し違っていた。
「今日の放課後、少しだけ時間を頂けるかしら?」
それは、まるで果たし状を突きつけるかのような言い方だった。
マリアは咄嗟に菜々さんに助けを求めるような視線を向けようとして、「だめだ」と心の中で言った。
これは、今まで蘭さんと向き合わずに来た――そして、多くのことから逃げ続けてきたつけ。
それが、ついに回ってきたんだ。
自分は今、これまで目を背けてきた多くのことの清算を迫らている。
蘭さん、
今回は、逃げちゃダメだ。
絶対に。
マリアはそう自分に言い聞かせて、蘭さんを見つめて口を開いた。
「うん。いいよ」