マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
昼休み。
山百合会のメンバーが集まる薔薇の館。
館とは言っても、後頭部校舎の中庭の隅に建っている教室の半分ほどの建坪の小さな建物――しかし、れっきとした生徒会だけの独立した建物であり、木造二階建てという外観を見れば、館という趣は確かにあった。
そんな三薔薇さまと呼ばれる生徒会役員が集まる館の中では、小さな問題が持ち上がっていた。
「嫌がらせ?」
ギシギシと音の鳴る階段を上がり、ビスケットのような可愛らしい扉の奥では――山百合会のメンバー全員が、楕円のテーブルを挟んで顔を突き合わせている。
生徒会役員である三薔薇さま――
そして、その妹であるつぼみたち――
六人の山百合会メンバーが席に着き、そして菜々の発言を聞いた他のメンバーが、一様に声を揃えて「嫌がらせ?」――そう言った。
「菜々、いじめって――それ本当なの?」
菜々のお姉さまであり、
「お姉さま、早合点です。いじめではなくて、少し嫌がらせを受けていると言ったんです」
「だから、嫌がらせを受けている本人は、それをいじめだって思っているかもしれないでしょうが」
由乃は淡々としている妹にじれた様子で言う。
清楚な外見とは裏腹に猪突猛進の気がある由乃を前にして、菜々はどうやって荒ぶるお姉さまを鎮めようかと考えるが、直ぐに助け舟が送られた。
「ちょっと待って由乃さん、早急に結論付けてことを荒立ててはいけないわ。きっと菜々ちゃんもそう思っているから、いじめとは断定していないのでしょう?」
静かに、そして努めて冷静に告げられたその言葉に、菜々は「そうです」と頷く。
黄薔薇姉妹の間に割って入ったのは、
柔らかく波打った髪の毛に、西洋人形のような顔立ちと雰囲気の御淑やかな少女。勢い任せの由乃と違い、志摩子は外見内面ともに清楚という言葉を体現したような生徒だった。
「事を大きくしたくないのよね。だから、その生徒の名前も伏せたままにしているのでしょう?」
「はい。その通りです」
「それで菜々ちゃんは、その子がどうして他の生徒から嫌がらせを受けているのか、知ってるのかしら?」
「おそらくですけど、その生徒が――私と同じクラスの生徒なんですけど、その子が、お姉さまをつくらないからだと思います」
「お姉さまを、つくらない?」
またしても、菜々以外のメンバーが声を揃えて首を傾げた。
「お姉さまをつくらない生徒なんてたくさんいるし、取り立てて攻撃を受けるようなことじゃないと思うけど?」
首を傾げなら言ったのは、二条乃梨子だった。
少し長めのおかっぱ頭で、芯の強そうな表情と大きな黒い瞳が特徴的な少女。姉である志摩子と並ぶと、西洋人形と日本人形のようだと形容される姉妹。
「それがどうしてか、その子は
なるほどと、皆が頷く。
「単なる相性の問題じゃないのかしら?」
しかし、少し突き放したような言い方をしたのは、松平瞳子だった。
「下級生にだって
そう続けた瞳子の言葉を聞いて、その場にいる全員が瞳を丸くした。
そして僅かな沈黙が、雄弁にこう語っていた。
それを瞳子が言うのかと。
瞳子が、彼女のお姉さまである福沢祐巳と
祐巳からの
そしてその後、瞳子自身の口から祐巳に妹にしてくださいと申し出たことは、ここにいるメンバーだけでなく、全校生徒の知るところだった。
瞳子は自分に向けられる視線と沈黙の意味を即座に理解し、少しだけ頬を赤らめて言った。
「まぁ、どちらかが諦めない限り
つんと澄ませた瞳子を見て、そのお姉さまである祐巳はとびきりの微笑を浮かべていた。それは、まるで全てを包み込んでしまいそうなほどの微笑。
「あの、そうではないんです」
なんとなく温かい雰囲気に水を差してしまうことに気後れしながらも、菜々はハッキリと否定の言葉を口にした。
「そうではないって何がよ。菜々、ハッキリ言いなさい」
由乃にせっつかれて菜々は言う。
「
「一人じゃない?」
またしても他のメンバーが口を揃える。
「はい。私が知っている限りですが、その生徒は五人の上級生から
「入学してからって、まだ二カ月も経っていないのに五人――やるわね、その生徒?」
由乃が驚いたように瞳を丸くする。
「では、嫌がらせに理由はその生徒への嫉妬ということかしら?」
志摩子が尋ねる。
「おそらく」
「でも、どうしてお姉さまをつくらないんだろう?」
乃梨子が首を傾げたまま独り言のように言った。
「乃梨子だって、入学したころは誰かと
志摩子が微笑みながら妹に言う。
「それはそうだけど、私は志摩子さんがいてくれたから」
「私もよ。乃梨子がいてくれたから、私は乃梨子を妹にって思ったわ。でも、別に
「うん、私も。
「私もよ、乃梨子」
話が脱線して二人だけの世界を創り始めた白薔薇姉妹。
「はい、ごちそうさま。その続きは、私の妹の話が終わってからしてちょうだい」
由乃がげんなりした様子で言った。
「あらやだ、私ったら。ごめんなさい」
志摩子さんは困ったように言った。
「菜々ちゃんは、その生徒のことが気になるんだ?」
それまで黙っていた福沢祐巳が、菜々のことを真っ直ぐ見つめて尋ねた。
リボンで結んだ二つお下げに、愛嬌のある顔立ち。百面相と呼ばれている表情豊かな少女で、容姿も中身も成績も平均。これといって目立ったところがないと本人が自負していながら、その実、下級生から絶大な人気を誇るリリアン女学園のお姉さま。
通称、庶民の星。
「はい、そうです」
菜々は、祐巳の言葉に頷いた。
「それじゃあ、注意深くその子の事を見てあげて。それで問題が大きくなりそうだったら、もう一度私たちに報告すること。その時は、私たちが何かしらの行動を取るから」
祐巳はそう言って自分の両隣の由乃と志摩子を見つめた。
三人は互いに頷きあう。
「でも、私が見ているだけで大丈夫でしょうか?」
菜々は不安そうに尋ねる。
「大丈夫」
祐巳は自信満々に請け負って続ける。
「こんなに素敵で頼もしい友達が隣にいれば、その子だってきっと百人力だもん。私たちの方でも少し調べてみるから、菜々ちゃんはその子のそばにいてあげて」
菜々は少しだけ恨めしく祐巳を見た。
そして以前、瞳子が菜々に言っていたことを思い出した。
「私のお姉さまは、何て言うか――時々ずるい」
本当にその通りだ。
こんな殺し文句をさらりと言われてしまっては、おそらくそれがどれだけ無理難題を押し付けられたのだとしても、菜々は分りましたと頷くしかなかった。
「わかりました」
菜々は微笑んで頷いた。
「さすが、私の妹ね。菜々、しっかりとやるのよ」
祐巳の隣で何の根拠もなくそう言う自分のお姉さまを見て、菜々は思わずため息を吐いてしまった。
「菜々っ、あんた、どうして私には溜息で返事をするのよっ。私は、あなたのお姉さまなのよっ」