マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
「祐巳さん、瞳子ちゃん、どうしたの?」
扉を開けてまず叫んだのは、由乃さま。
その後に続いたのは、菜々ちゃんの驚いたような顔。
雨の中、傘も差さずに紅薔薇姉妹が抱き合って泣いているのだ、驚かないほうが無理ってものだ。
「あのお二人とも――」
菜々ちゃんがどうしていいのか分からないと言った顔で由乃さまを見つめると、由乃さまはため息交じりに微笑んで妹の頭を撫でる。
「二人とも、雨に濡れたままだと風邪ひくから、薔薇の館に入りましょうよ。ね? 落ち着いたらゆっくり話を聞かせてくれる?」
由乃さまは穏やかにそう言って二人を薔薇の館に誘う。
「菜々、暖かいお茶の用意をしてくれる? とびっきり熱くしてあげて」
「はい。直ぐに用意します」
由乃さまにそう指示された菜々ちゃんは、こんな状況にもかかわらず少しだけ嬉しそうな表情で二階へと上がって行った。おそらく、お姉さまの頼もしい姿が見られて感動したのだろう。
由乃さまは、現薔薇さまの中で最も薔薇の館歴が長い。
リリアン女学園の高等部に進学した時から、山百合会に携わっている。
本当は、誰よりも頼りになるお姉さまなのだ。
ただ、すこだけ暴走しがちというだけで。
「ごちそうさまなんて言う雰囲気じゃないけれど、久しぶりに姉妹愛が見れて――なんだか、感動した。それに、いろいろ思い出しちゃうね?」
二階へあがる時、由乃さまが祐巳さまにそっと声をかけた。
二人は、真っ直ぐに見つめ合って頷く。
おそらく、思い出を振り返っているだろう。
瞳子は心の中で――去年のクリスマスのことだろうとか? と思った。
私が祐巳さまからの
瞳子に見えないところで、由乃さまが祐巳さまの手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ」と言うみたいに。
二階に上がると、菜々ちゃんと乃梨子がお茶の用意をしてくれていた。
志摩子さまは落ち着いた様子で席に座っていて、祐巳さまと瞳子を見ておおよその出来事を察したような表情を浮かべた。
「祐巳さん、瞳子ちゃん、まずは濡れた身体を拭きましょう? タオルは用意してあるから、それを使って」
瞳子と祐巳さまは、言われるままにタオルで体を拭く。
瞳子は濡れた髪の毛を拭きながら、周りに気づかれないように涙で腫れた目元を強くこすった。今さら取り繕う必要もないし、取り繕えるはずもないけれど、それでも瞳子は仲間に心配をかけないようにせいいっぱい気丈に振る舞おうとした。
「どうぞ」
席に座ると、菜々ちゃんが温かいお茶の入ったカップを二人の前に置いた。
乃梨子は少し離れたところで心配そうに瞳子を見つめている。まるで自分が雨に濡れたみたいに、傷ついた顔をしていた。
祐巳さまが瞳子を見つめて口を開く。
「心配かけてごめんなさい」
瞳子は、俯きそうになる気持ちを必死に抑え込んで顔を上げた。今口を開けば再び涙があふれてきそうだったけれど、それでもお姉さまに任せたままでは格好がつかない。
それに、これは自分の問題。
瞳子はそれと向き合い、そして説明しなけばならない。
「お姉さま、私が自分で」
「でも、大丈夫?」
「はい。以前、言いましたよね? 喧嘩して親に仲直りさせられるこどもじゃあるまいし――って。大丈夫です。お姉さま」
そう言った瞳子の瞳は、すでに滲んでいた。
祐巳さまは優しく微笑んで口を閉じた。
後は、ただ見守ると暗に示して。
瞳子も微笑んで、山百合会のメンバーに顔を向けた。
「お騒がせして申し訳ありません。たいした話じゃないんです」
瞳子は前置きをした後、はっきりと口にする。
一語一句、全ての言葉が震えないようにしっかりとお腹と喉に力を込めて。そして、精悍な表情を崩さないように毅然として。
「私がマリアにロザリオを渡して――」
そこで、全員の表情がハッとする。
「断られたというだけの話なんです」
瞳子がはっきりと事実を口にすると、部屋の中には重い静寂が立ちこめた。
おそらく、この部屋にいる全員がその可能性を頭に描いていたはずだけれど、当人からそれを告げられると、なんと反応していいのか分からない。まさか、そんなことがあるわけないと思っていた人物もいたようで――菜々ちゃんは小さく「そんな、嘘?」と呟いてしまう。
「菜々、言葉に気をつけなさい」
由乃さまが静かに釘を刺す。
「申し訳ありません。あの、その、瞳子さまが嘘をついていると言ったわけでは」
「わかってるわ」
慌てて弁明する菜々ちゃんに、瞳子が微笑んで言う。
「私のほうこそ、突然驚かせてごめんなさい。でも、これは事実なのよ。私は、マリアにふられてしまった」
そう言った後、瞳子は続きの言葉が思いつかずに目をつぶって歯を食いしばった。涙がこぼれそうになって、これ以上どうしたらいいのか分らなかったから。
「みんなに心配をかけちゃって、ごめんね」
言葉を引き継いでくれたのはお姉さまの祐巳さまだった。
祐巳さまは、テーブルの下で瞳子の手をぎゅっと握る。
お姉さま、それは逆効果です。
瞳子は心の中で恨めしそうに呟く。
そんなことをされたら、余計に泣いてしまいます。
瞳子はそんなことを思いながら、祐巳さまの手を強く握り返した。赤ちゃんが母親の手に縋りつくように。
「これは瞳子とマリアちゃんの問題だから、私たちにできることはあまりないと思う。だから、今は瞳子とマリアちゃんを見守ってほしいんだ。菜々ちゃんはつらい立場になっちゃうかもしれないけれど、これまで通りマリアちゃんと仲良くしてあげてほしい。でも、
「はい。マリアさんは私の大切な友達です。これからも」
祐巳さまにお願いをされた菜々ちゃんは、はっきりとそう言って頷いた。
「
由乃さまがそう言って頷く。
「そうね。私と乃梨子もすんなりと
志摩子さまが乃梨子を見て言う。
「あれは完全にやり過ぎです」
乃梨子がきっぱりと言って瞳子を見る。
その表情は「大丈夫?」と尋ねているみたいに心配の色が濃く浮かんでいた。
「瞳子、諦めてないんだよね?」
そして、乃梨子は一番大切なことを尋ねる。
それが一番聞きたいことなんだと言うように。
「ええ。私はまだ諦めていないわよ。絶対に――マリアにロザリオを渡して見せるわ」
瞳子は、親友の言葉に頷いて啖呵を切る。
半分は本心だったけれど、半分は強がりだ。強がって啖呵を切って見せなければ、不安と悲しみで押しつぶされてしまいそうだったから。
マリアのことを諦めてはいない。
それは事実だ。
でも、これからどうすればいいのかはまるで分からない。
瞳子は、暗闇の中に放り出されたみたいだった。