マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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32 光栄と譲れないもの

 翌朝。

 

 瞳子は、いつもよりも早く登校した。

 さすがに集合の一時間前とはいかないけれど、それでも三十分前には薔薇の館に着いておくことにした。

 

 マリア像の前でいつもよりも長く手を合わせ、瞳子はいろいろなことを考える。

 まさか、昨日の今日でマリアが薔薇の館に来ることはないと分っていたけれど、万が一を考えた。

 

 もしもマリアが薔薇の館に顔を出すのなら、瞳子はマリアと真っ先に話がしたいと。誤解のようなものを解いておきたかったし――今後、無理やりロザリオを渡すつもりも、無理やり妹にするつもりもないと説明しておきたかった。

 

 なにより、瞳子はマリアに謝罪をしたかった。

 マリアは最初から誰の妹にもなる気はないと告げていた。

 

 言葉にしなくても、あの子なりのやり方で合図(サイン)のようなものを送っていた。はじめて会った時には――お姉さまがいると、嘘までつかせてしまった。それなのに、自分は考えなしにロザリオを渡そうとしてしまったのだ。

 

 マリアの気持ちを無視して、姉妹(スール)の申し出をしてしまった。

 

 去年のクリスマス。

 この場所で祐巳さまから姉妹(スール)の申し出をされた。

 

 祐巳さまは、祥子さまから頂いた大切なロザリオを瞳子の首にかけようとしてくださった。

 それなのに、自分はその申し出は断るだけでなく――

 

 

「聖夜の施しをなさりたいなら、余所でなさってください」

 

 

 そう言い放ったのだ。

 

 瞳子は過去を思い出して胸が痛んだ。

 よくもあんな言葉が言えたものだ。

 自分の態度に比べれば、マリアの拒絶はまだ可愛げのあるほうね。

 

 瞳子は心の中で自嘲気味に言って目を開く。

 重ねていた手を離して、後ろを振り返る。

 そこには、やはり誰もいない。

 

 薔薇の館に着いてしばらく物思いにふけっていると、ビスケット扉が開いた。

 まだ集合の二十分前なのに?

 

 すると、菜々ちゃんが入ってきて瞳子を見る。

 お互い驚いたような表情を浮かべたけれど、二人とも考えていたことは同じみたい。菜々ちゃんもマリアのことが心配で、もしかしたらと思って早めに薔薇の館にやってきたのだろう。

 

 昨日、祐巳さまに尋ねられて言葉にした――「はい。マリアさんは私の大切な友達です。これからも」と言う宣言に嘘偽りはない。

 その言葉を態度で示しているようだった。

 

「瞳子さま、お早いですね」

「菜々ちゃんこそ」

「はい」

 

 二人の間に微妙な空気が流れる。

 

「ごめんなさい。早く来たのにぼーっとしていて」

 

 瞳子は、何も手を付けてない状況を謝罪する。

 

「いえ、私がやりますから、瞳子さまは座っていてください」

「そうはいかないわ。私たち、同じつぼみなんだから」

「あの――」

 

 菜々ちゃんが瞳子の前に立って言いづらそうに口を開く。

 すると、いきなり深々と頭を下げた。

 

「瞳子さま、ごめんなさい」

「ごめんなさいって。菜々ちゃん、急にどうしたの?」

 

 瞳子は驚いて目を丸くした。

 

 何か話があるとは思っていたけれど、さすがにこの行動は予測不能だった。

 由乃さま同様、菜々ちゃんにも猪突猛進の気があるのだなと、瞳子は少しだけおかしくなった。

 

「マリアさんのことです。私がついて行っていれば、もしかしたら、昨日のようなことにならなかったのかもしれないと思って。それで」

 

 頭を上げた菜々ちゃんは泣きそうな顔。

 

「自惚れだって分ってます。でも、どうにかできたんじゃないかって思って、そうすれば、あんな、その――」

「私がマリアに、姉妹(スール)の申し出が断られるようなこともなかったと?」

 

 菜々ちゃんが口にできないでいることを、瞳子は自分の口からはっきりと告げた。それを言葉にすることは瞳子にとってもつらかったけれど、それでも菜々ちゃんを苦しめるよりかは幾分かマシだった。

 

「はい」

「そうね。そうかもしれない。でも、きっといつか私はマリアに姉妹(スール)の申し出をして、そして断られていたと思うの。だから、菜々ちゃんのせいじゃないわ。遅かれ早かれ、こうなっていたのよ」

「でも、マリアさんは瞳子さまのことが好きなのに――それなのに」

 

 必死になる菜々ちゃんを見て、瞳子は胸を締めつけられた。

 そして、少しずつ勇気が湧いてくるのを感じた。

 

「ありがとう。そう言ってもらえて光栄だわ。でも、きっと私とマリアは今のままじゃ姉妹(スール)にはなれないんだと思うわ。私は、順序を間違えてしまったんだと思う」

「順序ですか?」

「ええ。マリアにも譲れないものがあって、その譲れない何かのために、頑なに姉妹(スール)の申し出を断り続けているんだと思うの」

「譲れないもの?」

「だから、まずはそれとしっかり向き合うべきだったのよ。それを飛ばして、独りよがりに姉妹(スール)の申し出をするべきではなかったんだと思うわ」

 

 瞳子はそう言いながら、自分にも譲れないものがあったことを思い出した。

 

 それこそが、祐巳さまの姉妹(スール)の申し出も受けなかった理由であり――瞳子が祐巳さの妹になれなかった理由だった。

 もしかしたらマリアは、かつての自分の姿なのかもしれないと、瞳子はそんなことを思った。

 私よりは、だいぶ可愛げがあるけれど。

 

「だから、そんなに自分を責めないで。菜々ちゃんは今のままで十分マリアの力になっているわ。それに、私の力にもなってる。ありがとう」

「差し出がましいことを言ってしまって、すいませんでした」

 

 菜々ちゃんは、少しだけ安心したようにほっと息を吐いて言った。

 

「いいのよ。これからも思ったことはなんでも言ってちょうだい。由乃さまの妹なんだからそれくらい猪突猛進じゃないと」

 

 瞳子がにっこりと笑って言うと、菜々ちゃんは怒ったように頬を膨らませた。

 

 

「お姉さまと一緒にしないでください」

 

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