マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

34 / 52
33 噂話とつぼみたち

 

 マリアが学校を休んでいると知ったのは、その日のお昼休みの時間だった。

 

「マリアが休み?」

 

 薔薇の館で菜々ちゃんによって知らされた欠席の報告に、瞳子は表情を曇らせた。

 

「はい。担任の先生に欠席の理由を尋ねたら――熱を出しているとのことでした。朝、お母さんから欠席の電話があったと」

 

 菜々ちゃんの表情も曇っている。

 おそらく、欠席の理由が本当かどうか疑っているのだろう。

 

 瞳子も胸の内では――本当に病気が原因だろうかと考えてしまった。

 マリアが嘘をついているとは思いたくはなかったけれど、どうしてもそんなことを考えてしまう。

 

「昨日は雨が降っていたし、もしもマリアが雨に濡れて帰ったのなら、熱を出していてもおかしくないわね」

「はい。でも――」

 

 菜々ちゃんは、その先を飲み込む。

 

 分る。

 昨日の一件が関係しているのではと、思いたくなっても仕方ない。

 瞳子自身、自分がロザリオを渡そうとしたから――姉妹(スール)の申し出をしたことが理由ではないかと思い、不安に駆られた。

 

 もしも、このままマリアが学校を休み続けるなんてことになったらと思うと――瞳子は気が気ではなかった。

 

「まずは、明日まで様子をみましょう。私たちが気を揉んでも仕方ないわ」

 

 それでも、瞳子は気丈に振る舞ってみせた。

 これ以上、菜々ちゃんに心配をかけるわけにもいかない。

 

 その一心で力強い微笑を浮かべる。

 

「実は、もう一つお知らせしたいことがあって――」

 

 どうやら、菜々ちゃんの心配事は一つではなかったみたいだ。

 

「お知らせしたいこと?」

「はい。実は、一年生の間である噂が広がっているです」

「噂?」

 

 菜々ちゃんは、さらに言いづらそうに表情を曇らせる。

 

「菜々ちゃん、私のことなら大丈夫よ。今朝言った通り、なんでも話してちょうだい」

 

「菜々ちゃん、私のことなら大丈夫よ。今朝言った通り、なんでも話してちょうだい」

「はい。実は昨日、中庭で瞳子さまとマリアさんが一緒にいるところを目撃していた生徒がいたらしくて、それで――瞳子さまの姉妹(スール)の申し出を、マリアさんが断ったんじゃないかって、そのせいでマリアさんが欠席しているんじゃないって話で、持ちきりなんです。私も数名のクラスメイトに尋ねられて、否定はしておいたんですが」

「噂というよりも、事実ね」

 

 瞳子はきっぱりと言う。

 

「ですが――その生徒も一部始終を見ただけで、勝手に話を脚色しているだけなんです。ロザリオを渡そうとしているところを見たわけでもないに、面白半分で噂をしているだけで」

 

 菜々ちゃんは怒りを滲ませながら声色を強めて言う。

 

「ごめんなさいね。菜々ちゃんにまでつまらない嘘をつかせて」

「そんなことないですっ。私は、ただ――」

 

 菜々ちゃんはそう言うと悔しそうな顔で押し黙ってしまった。爪が食い込むくらいに強く拳を握っていて、今にも噂話をしている生徒たちのところに飛んで行ってしまいそう。

 瞳子は、どうすればと頭を悩ませた。

 

「はいはい。少しクールダウンしましょうか」

 

 話しに入ってきたのは、乃梨子だった。

 

「ごめんね。実は聞き耳を立てて、いてもたってもいられずに話に割って入っちゃった」

 

 少し離れたところでお姉さまである志摩子さまと何やら作業をしていた乃梨子が、困ったように笑って言う。

祐巳さまと由乃さまは新聞部の真美さまと話があるということで、薔薇の館には来ていない。志摩子さまは席に座ったまま、つぼみの三人を見つめて「気にせず話を続けて」と言った雰囲気の微笑を浮かべていた。

 

「菜々ちゃん、まずは一旦落ち着こう。噂話に関しては、私たちにはどうしようもできないし、ここで下手な説明をすると余計に話がこじれちゃうと思う」

「はい。分ってはいるんですけど」

 

 乃梨子の説得に菜々ちゃんが応じる。

 でも、その顔は納得しきっていないと言った感じ。

 せっかくつぼみ(ブウトン)が三人集まっているのにこんな話とは、瞳子は自分の不甲斐なさを申し訳なく思った。

 

「私も経験あるからさ、菜々ちゃんの気持ちすごく分るよ」

「経験、ですか?」

「瞳子も一時期、祐巳さまの妹候補ってずっと噂されてて、あることないこといろいろ言われてた。私も心の中で何度も――何も知らないくせいに、二人の気持ちをなんか知りもしなくせにって思ってた」

「乃梨子?」

 

 突然の言葉に、瞳子は驚いて乃梨子を見つめる。

 あの当時、たしかに乃梨子は色々と瞳子を気遣ってくれていた。

 マリアにロザリオを渡そうとしたあの中庭は、乃梨子が瞳子を迎えに来てくれた思い出の場所でもあり、瞳子の勘違いで祥子さまを呼び出してしまった因縁の場所でもある。

 

「そういう意味では、瞳子は噂されるのには慣れてるから、言いたい人には好きに言わせておけばいいよ。瞳子は鉄の仮面をかぶるのが得意だからさ」

「乃梨子、私今、少しだけ感動したんだけれど?」

「あれ、会心のフォローだと思ったんだけど?」

 

 二人は微笑を浮かべて見つめ合った。

 

「でも、マリアちゃんは少し居心地が悪いと思うから、登校して来たら菜々ちゃんがしっかりそばで支えてあげて? 瞳子は、私が支えるっ」

「あなたなんかに支えてもらわなくてもけっこうよ」

「もうー、瞳子はつれないんだからー」

 

 乃梨子のふざけたような言葉につられて、菜々ちゃんは笑顔を取り戻して表情を明るくする。

 瞳子は心の中で、乃梨子に「ありがとう」と呟いた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。