マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
「ふふふ」
「ふふふ」
瞳子と可南子さんが不敵な顔で見つめ合っていると、不意にシャッター音が鳴り――その後で、二人の前に別の生徒が現れた。
「ずいぶん仲がよろしいのね?」
デジタルカメラを手に持った内藤笙子さんが、にっこりと微笑みながら言う。
「素敵な写真が撮れたわ。タイトルは――『友情』でどうかしら?」
「良くない」
「良くない」
笙子さんの提案に、瞳子と可南子さんの言葉が重なる。二人はバツの悪そうな表情を浮かべてそっぽを向いた。
「ふふふ。素敵な友情をごちそうさま」
笙子さんは口元に手をあててお上品に笑う。
「それで、笙子さんはいったい何の用かしら?」
瞳子がつんと澄まして尋ねる。
「ああ、そうだった。私、これから薔薇の館に向うので、瞳子さんとご一緒しようと思って」
「薔薇の館に?」
「ええ。今日の昼休みに祐巳さまと由乃さまと新聞部の部室で打ち合わせをしたのだけれど、その時に伝え忘れたことがいくつかあって」
「そうなの」
「お邪魔じゃなければ、ご一緒しても?」
「かまわないわよ」
瞳子は頷いて応じる。
笙子さんは可南子さんに視線を送る。
「私たちの話はもう終わったから気にしないで。私はこれからバスケ部に行くから、途中まで一緒ね」
「それじゃあ、三人で参りましょう」
笙子さんはどこか楽しそうに言って下駄箱へと足を進めた。
瞳子は、胸の中で思った。
おそらく、笙子さんも瞳子のことを心配して会いに来てくれたのだろうと。
先日、偶然にも瞳子がマリアのタイを直しているところ写真に撮ってしまった笙子さん。おそらく、瞳子の知らないところでいろいろ気にかけてくれていたのだろう。
瞳子は、自分の胸が暖かくなるのを感じた。
「おーい、瞳子」
すると、またしても別の生徒の声。
それは聞きなじみのある声で、考えるまでもなく分った。
振り返ると、乃梨子と菜々ちゃんがいた。
「今から薔薇の館?」
「そうよ」
「みんなも?」
乃梨子は驚いたように、瞳子の隣にいる珍しいメンバーを眺める。
「笙子さんは、お姉さまと由乃さまに用事があるみたい。可南子さんは、バスケ部に向かう途中よ」
「そっか。じゃあ私たちも御一緒しようかな。ね、菜々ちゃん?」
乃梨子はそう言って菜々ちゃんを見つめる。
菜々ちゃんは瞳子を見つめて口を開く。
「ご迷惑でなければ、私も御一緒してよろしいですか?」
「迷惑なわけないでしょう? 一緒に行きましょう」
「それじゃあ、一同揃って――しゅっぱーつ」
乃梨子が明るく言って、一同は歩きだす。
瞳子は、不思議な気分だった。
乃梨子、菜々ちゃん、可南子さん、笙子さん。
みんな、瞳子のことを心配して集まって来てくれた。
自分は祐巳さまと違って親しみのあるタイプでも、人を引きつけるタイプでもない。
ずっとそう思ってきた。
その考えは、今でも変わらない。
それでも、自分のもとに集まって来てくれる友人たち――仲間たちがいる。
それは、とても素敵で特別なことに思えた。
お姉さまである祐巳さまが繋いでくれた絆。
そして、その絆に続いていく別の絆たち。
新しい絆たち。
それは、まるでロザリオの数珠のように一つ一つが繋がって――瞳子という輪を強くしてくれる。
新しく咲いた絆という名の薔薇で、素敵な花かんむりをつくるように。
「菜々さんの次の剣道の試合、写真撮りに行ってもいいかしら?」
「写真ですか? 私で良ければ」
「可南子さんのバスケットの試合も写真を取りに行きたいんだけど」
「私はちょっと」
笙子さんの提案に菜々ちゃんと可南子さんは別々の反応を見せる。
「私、仏像の写真を撮りたいんだけど上手な写真の撮り方を教えてもらおうかなあ」
「私で良ければ喜んで」
「本当に?」
「ええ」
乃梨子と笙子さんが楽しそうに会話をはじめる。
菜々ちゃんと可南子さんも、いつの間にかお互いの部活動の話をはじめていた。
瞳子はそんな様子を見つめて、どこか不思議な気分だった。
新しい絆が生まれていく光景が、誰かと誰かが繋がっていく光景が、とても愛おしく思えた。
瞳子は今、とても満ちた気持ちだった。
だけど、満ち足りてはいない。
ここには、今自分が一番求めている数珠の弾が足りていない。
その数珠がなければ、瞳子のロザリオは輪にならない。
完成しない。
瞳子はその数珠の弾を――絆を、強く求めていた。
そして改めて、その絆を繋ぎ直さなきゃいけないと強く感じた。
わだかまりがあるなら解いて、二人の絆を結びなおさなければならない。
マリアとはじめて出会った朝、彼女の乱れたタイを直したように。
瞳子はようやく――マリアを諦めないと言った自分の言葉に、実感や根拠を持つことができた。
決意ができた。
仲間たちのおかげで。
絆のおかげで。
ロザリオを受けらせてみせる。
その言葉が、瞳子を鼓舞する。
「みんな、ありがとう」
瞳子は、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
一緒に歩く全員がそれをしっかりと耳にしていることには、もちろん気がついていた。
それがなによりも心地良かった。