マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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37 誠実さと勇気

「そう。今日も、マリアは登校していないのね」

 

 これで、マリアが欠席するのは三日目。

 今日も菜々ちゃんから聞かされる報告に、瞳子は表情を曇らせる。

 そして、思わずため息を落してしまう。

 

「はい。今朝もお母さんから連絡があったらしくて、風邪がまだ治らないと――」

 

 菜々ちゃんは、表情をこれでもかってくらい曇らせて下を向く。まるで窓の外の雨のように。

 マリアが欠席をしてからというもの、空模様はいつも曇り空で――そして、雨を降らせている。本格的に梅雨入りをしてしまい、その灰色の雲は瞳子や菜々ちゃんの心まで曇らせていた。

 

「このまま、マリアさんがリリアンに戻ってこない、なんてないですよね?」

 

 菜々ちゃんが、声を震わせて尋ねる。

 今まで胸に秘めていたことを、ついに口にしてしまったという表情が――瞳子の胸を強く締めつけた。

 

 瞳子自身、この三日間は長くつらかった。

 マリアの欠席を聞くたび、心が押し潰されてしまいそうな、そんな感覚に苛まれた。

 

 もはや、マリアにロザリオを受け取らせる、姉妹(スール)になる、そんな話ではなく――このまま、マリアがリリアン女学園を止めてしまうのではないか、そんな思いが瞳子の胸に過る。

 

 マリアが欠席している原因の一つは、間違いなく瞳子自身であり――あの裏庭でのマリアとの会話にある。

 瞳子は、そのことに強いショックを受けていた。

 

 もう一度、しっかりと話をしよう。

 マリアと向き合おう。

 

 仲間たちのおかげでそう決心することができた。

 その決心自体はまるで鈍ってはいないものの、しかし、事態はそれを越える大きなものに変わりつつあった。

 

「菜々ちゃん、大丈夫よ。週が明ければ、きっとマリアも登校してくるわ」

「だと良いんですけど」

 

 それが単なる気休めでしかないことは、瞳子が一番よく分っていた。

 

 今日は金曜日。

 明日は土曜日。

 つまり、休日だ。

 

 週が明けて月曜日になれば、元気になったマリアがリリアンに登校してくる。

 それは、まるで願い祈りのような考えだった。

 だって、そんな保証はどこにもないのだから。

 

 瞳子と菜々ちゃん、二人しかいない薔薇の館は静まり返ってしまった。

 すると――

 

「瞳子、お客さんを連れてきたよ」

 

 ビスケット扉を開いた乃梨子が言う。

 制服の肩のあたりが少しだけ濡れていて、「まさか、この雨で傘をささずにきたのかしら?」と瞳子は思った。それに、乃梨子の言うお客様は一向に部屋に入ってくる気配がない。

 

「乃梨子、傘は? それにお客様の姿が見えないけれど?」

「薔薇の館の前でずっと立ち尽くしてる生徒がいてさ、入りなよって言ったんだけど中々首を縦に振らないから少しすったもんだがあって、その間に濡れちゃった」

「すったもんだ? 乃梨子、まさかその生徒を無理やり連れて来たんじゃないでしょうね?」

 

 瞳子は、呆れたように言う。

 

「うーん、無理やりっちゃ無理やりなんだけど、たぶんここに連れてくる必要のある生徒だと思ったからさ。さ、入って」

 

 乃梨子は、振り返って扉の向こうに声をかける。

 すると、その生徒はゆっくりと部屋の中に入ってきた。

 そして、申し訳なさそうに瞳子を見つめる。

 

「あなたは?」

 

 揃えられた髪の毛と、すらりとしたスタイルの生徒。

 瞳子は、「どこかで見覚えが?」と思案する。

 

「蘭さん?」

 

 先に口を開いたのは菜々ちゃんだった。

 そこで、瞳子にも合点が言った。

 

 マリアのクラスメイトで――瞳子がマリアに会いに一年生の教室まで出向いた時に、マリアと揉めていた生徒の一人だ。

 瞳子は、その生徒を見つめて口を開く。

 

「あなた――マリアのクラスメイトよね? どうして薔薇の館に?」

 

 なるべく棘の無いよう言葉を選び、穏やかに尋ねようとした。それでも、言葉と声音が高圧的になるのをどうしても抑えることができなかった。

 そこで瞳子ははじめて、自分が苛立っていたことに気がついた。

 心がささくれ立っていることに。

 

「はい。私は、マリアさんのクラスメイトの三守蘭と言います。あの、瞳子さまにお話しがあってきました」

 

 三守蘭と自己紹介をした生徒は、まるで蛇に睨まれらカエルのように委縮しながらも、なんとかそう言って瞳子を見た。

 

 度胸のある子ね?

 瞳子は、心の中でそう呟いて三守蘭さんを見つめる。

 

「私に話? いったいどんな話かしら?」

 

 瞳子は強い態度を崩さずにそう尋ねた。

 彼女の覚悟のようなものを確かめるように。

 

「他の生徒の前で話せないようなことなら、人払いをしましょうか?」

 

 瞳子はそう言って、乃梨子と菜々ちゃんを見つめる。

 

「いえ、他の方々がいらしても構いません」

 

 しかし、三守蘭さんは瞳子の言葉に立ち向かうように言って、瞳子を見つめる。

 

「そう。じゃあ、話しを聞きましょうか?」

「あの、話しを始める前に、一つだけ――」

 

 突然、三守蘭さんは深々と頭を下げた。

 

「瞳子さま、申し訳ありません」

「えっ?」

「私のせいで、マリアさんが学校を休むことになってしまって。それに、瞳子さまとマリアさんの噂まで――全部、私のせいです。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 声を上げてしっかりと告げられた謝罪に、瞳子は一瞬面喰ってしまった。

 そして、三守蘭さんの真剣な声音を受けて、直ぐに気が付くことができた。

 

 マリアが休んでいるこの三日間――彼女も、瞳子と同じように苦しんできたんだと。

 三守蘭さんも、自分のせいでマリアがリリアンを休んでいると思っている一人なんだと。

 

 瞳子は自分が彼女に――三守蘭さんに好感を覚えていることに気がついた。

 彼女は、たった一人で薔薇の館にやってきて、上級生とクラスメイトの前で深々と頭を下げて謝罪ができる生徒だ。

 少なくとも、誠実さと勇気は持っている。

 

 ならば、瞳子は上級生として、紅薔薇の(ロサ・キネンシス・)つぼみ(アン・ブウトン)として――そして、マリアを思う一人として、それにこたえなければいけない。

 

「蘭さん、顔をあげてくれる? そんなに深く頭を下げられていたのでは、しっかり話もできないわ。あなたの話を私に聞かせてちょうだい」

 

 蘭さんは恐る恐る顔をあげて瞳子を見る。

 そして、少しだけ驚いたような表情を浮かべる。

 

 そこにあった瞳子の顔が、とても優しい顔をしていたから。

 

「まずは、席に座って落ち着きましょう。菜々ちゃん、お客様に温かいお茶を用意してくれる?」

 

 


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