マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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38 蘭さんと懺悔

「少しは落ち着いたかしら?」

「はい。突然、驚かせてしまい申し訳ありませんでした」

 

 テーブルに向かい合って座った――瞳子と蘭さん。

 

 薔薇の館には二人だけ。

 乃梨子と菜々ちゃんは温かい紅茶を二人に出した後、静かに部屋を出て行った。

 

 蘭さんを見つめる瞳子は、困ったように眉を寄せる。

 

 最近は、なんだから謝られてばかりな気がするわね?

 瞳子は、自分が薔薇の館のお局様(つぼねさま)か、意地悪な魔女にでもなってしまったような気がして、苦笑いを浮かべるしかなかった。やはり、自分は祐巳さまと違って親しみ深いタイプでも、人を引きつけるようなタイプではないなと、改めて思わされた。

 

「それじゃあ、話しの続きをしましょうか? 謝罪だけをしにきたのではないんでしょう?」

 

 瞳子が尋ねると、蘭さんは意を決したように口を開く。

 

「瞳子さまは、マリアさんと姉妹(スール)になるおつもりですか?」

 

 瞳子は、いきなりそれを尋ねられて口ごもってしまう。

 まさか、ここまでストレートにそのことを尋ねられるとは思っていなかったから。

 

 この質問も、いったい何度目だろうか?

 瞳子は再び苦笑いを浮かべそうになった。

 

「私なんかが、立ち入って良い話じゃないのは分かっています。無礼な質問だっていうのも分っています。でも、瞳子さまがマリアさんと姉妹(スール)になるのか、それをどうしても聞きたいんです」

 

 蘭さんは、真剣そのものだった。

 彼女の張りつめた、そして切実な表情の名前を瞳子は知っている。

 

 それは――心配いう名の表情だ。

 

「蘭さん、あなた――もしかしてマリアのことを心配しているの? それに、マリアに姉ができてほしいって思っているの?」

 

 瞳子は、思わずそう口にした。

 そして、それを言葉にした後で、瞳子は――自分は大きな勘違いをしていたのではないかと考えた。

 

 確かに、マリアとクラスメイトは揉めていた。

 その当事者には――三守蘭さんも混じっていた。

 

 この話題を最初に薔薇の館に持ち込んだ菜々ちゃんも、それを聞いた瞳子を含む山百合会のメンバーも――マリアが姉妹(スール)の申し出を断り続け、誰とも姉妹(スール)にならないことをお高く止まっていると嫉妬され、それを理由に攻撃をされているのではないかと考えた。もちろん、そのような感情を向けて攻撃的になっていた生徒もいた。

 

 けれど、三守蘭さんは違うのではないか?

 もっと別の、複雑な事情や感情があるのではないか?

 

 瞳子は、そんな結論に至った。

 

「いえ。今さらマリアさんを心配する資格なんて――私には、ありません。私は、マリアさんにずっとひどいことをしてきたんです。マリアさんに嫉妬して、それで、彼女から距離を取ってきた。彼女に嫌がらせをする生徒たちと一緒になって、マリアさんに嫌がらせをしてきた」

 

 蘭さんは自分のことを肯定することなく、正直な気持ちを吐露しはじめた。

 自分の罪を告白するように。

 

「私のお姉さまは――最初、マリアさんに姉妹(スール)の申し出をしたんです。でも、マリアさんはその申し出から逃げて、ちゃんと返事をしなかった。その後で、私がマリアさんのかわりに姉妹(スール)の申し出の断りをしに行ったんです。その後で、私たちも少しずつ親しくなって、それで姉妹の申し出をされて、私はそれを受けました」

「それは、あなたも複雑な気持ちだったでしょうね?」

 

 瞳子が蘭さんを(おもんぱか)るように言うと、蘭さんは苦笑いを浮かべた。

 

「マリアさんは、その後も姉妹(スール)の申し出を断り続けて、私にはそれが理解できなかったんです。だって、マリアさんは繋がりを求めているのに、もっと誰かと親しくなりたいと思っているのに――それなのに、自分に向けられる好意を無下にしていく。私、それがどうしても許せなかったんです」

 

 それは、瞳子も感じていたことだった。

 

 マリアは明からに誰かとの繋がりを求めている。

 関係を築こうとしている。

 

 それなのに、姉妹(スール)の申し出からは逃げ続けている。

 そのことが、瞳子にも蘭さんにも分らなかった。

 

 だから、不安になったり、心配になったり、やきもきしたり、苛立ったり、悲しんだりしてしまうのだ。

 分からないから。

 分りたいから。

 

「だから私、マリアさんが瞳子さまの姉妹(スール)の申し出も断るんじゃないかって思って。それで、マリアさんがリリアンを休む前日に――彼女を中庭に呼び出したんです」

 

 蘭さんは、悔しそうに体を震わせながら言葉を続ける。

 

「中庭で、マリアさん、瞳子さまとも姉妹(スール)にはならないってハッキリと言って――私、それでどうしようもなく悲しい気持ちに、虚しい気持ちになって、それで、ひどいことを言ってしまったんです。そんなことを続けていたら、いつか、本当のひとりぼっちになってしまうって――」

 

 蘭さんは、いつの間にか泣いていた。

 大粒の涙をこぼしながら、必死に自分の怒りや悲しみを瞳子に訴えかけていた。

 これまで押し殺し、抱え込み、積み上げてきた彼女のを思いを、罪を、懺悔を全て吐き出すように。

 

「だって、マリアさんは――瞳子さまが好きなんです。私たち、二人で何度も瞳子さまについて話したんです。紅薔薇の(ロサ・キネンシス・)つぼみ(アン・ブウトン)の瞳子さまは――私たちの憧れだったんです。そんな人に、薔薇の館に招待されて、呼び捨てで呼んでもらえて、姉妹(スール)にだってなれるかもしれないのに、それなのに、それを断るなんて、そんなの、あんまりすぎるじゃないですか? その理由も教えてもらえないなんて――惨めすぎるじゃないですか? ずっと、友達だと思っていたのに」

 

 瞳子は、いつの間にか立ち上がって蘭さんの隣に寄り添っていた。

 そして、大粒の涙を流し彼女の頭を優しく撫でる。

 

 瞳子は、蘭さんを見てとても胸が温かくなった。

 こみ上げるものを感じた。

 

 瞳子は思った。

 マリアと蘭さんは、これから先、友人関係を築き直せるはずだ、と。

 かつて、自分にもそんな反目し合った友人が――ライバルがいた。

 

「そうよね? そんなの、あんまり過ぎるわよね?」

 

 瞳子は、可南子さんのことを思い出しながら言葉を続ける。

 かつて同じ人に――紅薔薇の(ロサ・キネンシス・)つぼみ(アン・ブウトン)の祐巳さまに憧れ、そして反目し合った自分と可南子さんの関係が、マリアと蘭さんの関係に重なって見えた。

 

「こんなにも心配してくれる友人がいる――マリアは幸せものね」

「友達なんかじゃないです。もう、友達なんて言ってもらえる資格はありません。私はマリアさんを追い詰めて、それで。でも、このままじゃ悲し過ぎます。マリアさんが、本当にひとりぼっちになってしまう」

「友達に資格なんていらないのよ? あなたは十分すぎるほどにマリアの友達だわ。今は、少しだけ仲たがいをしてしまっただけ。また仲直りをして、一からやり直せばいい」

「でも、マリアさんがこのままリリアンに戻ってこなかったら?」

 

 蘭さんは心からそのことを恐れているように、小さくそう尋ねた。

 まるで、夜に怯える子供のように。

 

 二人の絆を、もう一度結び直さなければいけない。

 瞳子はそう強く決意した。

 

 だって、三守蘭というロザリオの数珠は――もう瞳子という薔薇の花冠を彩る一輪の花なのだから。

 だからこそ、その輪を完成させる最後の一つがどうしても必要なのだ。

 

 

「大丈夫。マリアは私が連れ戻すわ。そうしたら、三人でお茶をしましょう。それは、きっと――素敵なお茶会になるわ」

 


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