マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
瞳子が
放課後。
瞳子は薔薇の館には向かわず、所属している演劇部の稽古に出るためにクラブハウスに向かっていた。
「瞳子さん」
その途中、まるで自分を待っていたかのように笙子さんが現れて声をかけられた。
「笙子さん、どうかしたの?」
彼女は流行のデジタルカメラを手にしており、その可愛らしいお顔は微笑を讃えている。
写真部に所属している彼女は、瞳子と同じ二年生。
これといって接点があるわけではなかった、最近は山百合会がらみで何かと会話の増えている二人だった。
「ええ、少しだけお時間いいかしら?」
「かまわないけれど」
瞳子は首を傾げて綺麗に巻いた縦ロールを揺らす。
「少し、見てもらいたいものがあるの」
「見てもらいたもの?」
笙子さんは楽しそうに言いながらデジタルカメラを操作する。
そしてディスプレイに一枚の写真を映しだし、それを瞳子に見せた。
「これって?」
瞳子は驚いて言う。
「ええ、とてもよく取れているでしょう? まるでスールのようで、二人ともとても素敵」
微笑みながら写真を見せる笙子さんに、瞳子は呆れたように眉を持ち上げる。
いったいいつの間に隠し撮りされたのか?
しかし、それとはまた別の感情で瞳子はその写真から目が離せなかった。
「笙子さん、これ、私以外の誰かに見せたかしら?」
「いいえ、まだ誰にも」
「
蔦子さまとは、写真部のエースである
「もちろん。被写体に筋を通すのが蔦子さまの教えですもの。ご本人に許可を頂くまでは、誰にもお見せしません」
「じゃあ、この一年生には?」
そう尋ねた瞳子は、自分がこの一年生の名前を知らないことに思い至った。
「まだよ。瞳子さんの許可をいただけたら、次はこの下級生にって思っていたの」
「だったら、この写真は破棄してくださる?」
瞳子の意外な言葉に、笙子さんは「えっ?」と間の抜けた声を出してしまう。
「この写真はたしかによく撮れているけれど、これをこの子のお姉さまが見たら――けっしていい気分ではないでしょう?」
「うそ? 私、てっきり瞳子さんがご自分の妹にって思っているのかと思って」
「私も今朝、彼女のタイを直した時に知ったのよ」
瞳子は困ったように笑う。
「それだけでも失礼なのに、もしもこの写真まで見られてしまったら――彼女のお姉さまに面目が立たないわ。ほんと、慣れないことをしてはダメね」
「そうね。ごめんなさい」
デジタルカメラを引っ込めた笙子さんが、謝罪を口にして瞳子の元を去って行った。
瞳子は再びクラブハウスまで足を運びながら――その実、笙子さんに見せられた写真のことで頭が一杯だった。
「どうして、あんなことをしてしまったのかしら?」
瞳子は今朝のことをふと思い出していた。
ロザリオの授与を、とても切なそうに、そしてとても苦しそうに見つめている少女がいた。
胸元のタイを強く握りしめて、何かを耐えるようにその光景を見つめている下級生に、瞳子の瞳は釘付けになってしまった。
青みがかったほどに美しい黒髪を腰の先まで伸ばした、どこか儚げに見える少女。
日に焼けていない肌は病的に白く、幸の薄そうな顔立ち――瞳子は瞬間的に、この子を放っては置けない、そう思い、歩き出したその生徒に気が付けば声をかけていた。
「そこの一年生――お待ちなさい」
呼び止めて咄嗟に、何を話せばいいのかと悩んだ瞳子は、その下級生の乱れたタイを見てつい手を伸ばしてしまった。
そして、気がつけば彼女のタイを直していた。
その後で彼女にお姉さまがいると聞かされた時、瞳子はしまったと思った。
軽率な行動だったと。
まさか自分が下級生のタイを直すだなんて――瞳子は笑うしかなかった。
タイを直す――その仕草は、瞳子にとって一種の憧れだった。
自分のお姉さまである福沢祐巳さま。
その祐巳さまのお姉さまであり、先代の
それは、とても美しい光景だった。
祥子さまの綺麗な手で直される祐巳さまのタイ――本当は直す必要もないほどの乱れなのに、そうして祥子さまにタイに触れられると、お姉さまはとても幸せそうな笑みを浮かべるのだ。
瞳子自身は、お姉さまに一度もタイを直してもらったはことはない。お姉さまの
それに瞳子は、自分のお姉さまに祥子さまの変わりを演じてほしいだなんて思ったことことは一度もなかった。
たとえそう望んだところで、私のお姉さまには――祥子さまを演じることなんてできないだろう。とにかく演技というものができない人だから。常に正直であり、考えていることが直ぐに顔に出てしまうのが、瞳子の自慢の、そしてたった一人のお姉さま――福沢祐巳さまなのだ。
祥子さまも憧れの
瞳子が以前、頑なに外そうとしなかった仮面を外してくれたのは祐巳さまだった。
最後の最後まで瞳子を見捨てずに真っ直ぐに向き合ったくれたのは、祐巳さまだった。
だから、お姉さまが私のタイを直す必要なんてなに一つなかった。
「私が、祥子さまの変わりを演じてどうするのよ?」
瞳子は自嘲気味に言って首を横に振る。
しかし、でも――と瞳子は思った。
ロザリオの授与を見つめるあの下級生の眼差しが、瞳子の瞳にはどうしてもそれを羨んでいるようにしか見えなかったから。
今にも、誰かに手を伸ばそうとしているようにしか見えなかった。
もしもあの下級生に姉がいないと知ったら、自分はどうしただろうか?
自分の妹に迎えただろうか?
そんなことを考えて、瞳子はもう一度首を振る。
「そんなことは考えても詮無いことよ」
ほんと、ままならないものだわ。
妹一人つくるのにやきもきしている生徒がいれば、五人から受けたスールの申し出を全て断ってしまう生徒だっている。
瞳子は、最近乃梨子としたとある会話を思い出していた。