マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
「マリア、お昼ご飯は食べれそう?」
扉の外から、お母さんの声が聞こえる。
布団の中から顔を出したマリアは、ベッドの上の目覚まし時計に視線向けた。
時刻は、午前十一時を回ったばかり。
「もう直ぐ、お昼かあ?」
目をこすりながら気だるい体を半分起こす。同時にマリアの母親が、部屋の扉を開けて娘の顔を見る。
「顔色は良いわね」
「うん。おうどんなら食べれるかも」
「わかった、うどんね」
「麺は柔らかくしてね」
「分ってるわよ。それより、具合はどうなの?」
「もう大丈夫だよ。熱も下がってるし、月曜日からは学校に通えそう」
「そう。ならよかったわ。雨の中傘もささずに帰ってきて、お母さんびっくりしたわよ。今度からは気をつけてよね」
「心配かけてごめんね」
「今日一日は安静にしているのよ」
「うん。布団の中でゴロゴロしてる」
お母さんが去った後、マリアは再び体を寝かせて布団に戻る。
正直、胸が痛かった。
熱はずいぶん前に下がっていたし、体調だって問題無かった。
金曜日には学校に通えるほどに回復していた。
でも、マリアは金曜日の朝も具合が悪いと嘘をついて学校を休んでしまった。
最近は、嘘を吐いてばかりだ。
マリアは、そんなことを考えて気が滅入った。
正直、このままリリアン女学園には戻りたくない。
瞳子さまに合わせる顔がなかったし、蘭さんにだってもう顔向けできない。
こんな私に、
こんな私を、心配してくれた蘭さん。
二人に申し訳が立たなくて、どこか遠くに逃げ出してしまいたい気持ちだった。
人間の足を手に入れて陸に上がった人魚姫は、言葉を喋ると泡になって消えてしまうというが、マリアも同じように泡になって消えてしまいたかった。
この布団の海の中で。
そんなことを考えている自分に、心底うんざりしながら――
マリアは昨日変えたばかりの花瓶の花と、その隣の写真に視線を向ける。
そこに映っているものに助けを求めるように。
手を伸ばして――縋りつくように。
「はぁ。私、なんでリリアン女学園に入学しちゃったんだろう。それに、どうしてリリアンに通いなさいなんて」
マリアは、ここにいない誰かに話しかけるように言った。
すると――
「マリア?」
扉の外からお母さんの声がした。
マリアは、自分の今の言葉が聞こえてしまったのかと思って恥ずかしくなった。
「なにー?」
「お客様よ」
「お客様?」
マリアは驚いて尋ねる。
わざわざ休日に尋ねてくるような人物に心当たりはない。
心当たりはないけれど、その人の顔は鮮明に浮かんでいた。
マリアは、そんなことは絶対にないと首を振る。
あんな失礼をした後で、それでも追って来てくる人なんているわけない。それに住所だって知らないし、そもそも私なんかに会いに来る理由がない。
私なんか。
またその言葉を使ってしまい――菜々さんの顔が思い浮かんでちくりと胸が痛む。
「お客様って、誰?」
「松平瞳子さんが、マリアを心配して尋ねてきて下さったわよ」
「瞳子さまが?」
やはり、瞳子さまだ。
マリアはその名前を告げらた時、どうしたらいいのか分からなくて混乱してしまった。
嬉しい気持ちは、確かにある。
それでも、合わせる顔がないという気持ちもある。
あんな失礼を働いた後で、どうやって言葉を交わせばいいのか分からない。
瞳子さまと顔を合わせ、あの真っ直ぐな瞳を見るのが怖い。
凛とした顔を見るのが怖い。
なにより瞳子さまのつらそうな顔を見るのが、つらい。
それでも――
マリアは混乱をしたまま「どうしよう?」と、泣きそうな瞳を花瓶の隣の写真に向ける。
助けを求めるように。
「どうする? 病気をうつしても悪いし、まだ具合が悪いなら帰ってもらう? でも、お母さんは会ってお礼を言ったほうがいいと思うけど。だって、松平さんって最近マリアがお世話になっている上級生でしょう? せっかく来てくださったんだし、元気な顔を見せてあげたら?」
お母さんがマリアの背中を押すように言う。
写真の中で微笑む人物も、マリアの背中を押すように真っ直ぐな瞳と、凛とした表情でマリアを見つめている。
その瞳は、いつだってマリアの背中を押してくれた。
その手は、いつだってマリアの手を引いてくれた。
ここまでマリアを導いてくれた。
「マリア、リリアン女学園って知ってる?」
マリアは意を決して布団から飛び出した。
「お母さん、私、瞳子さまに会う」
「そう。リビングで待ってもらっているから、部屋にお連れするわね」
母親は、ほっとしたように言う。
マリアは気合を入れるように拳を握って、「ふん」と鼻を鳴らす。自分を奮い立たせて、ありったけの勇気を振り絞る。
そして、決意を秘めた自分の顔を鏡で見て――
愕然とした。
「お母さん、瞳子さまに五分待ってもらって。急いで部屋を片付けるから」
そう言ったマリアは、慌てて乱れた髪の毛を直し、むくんだ顔を何とかしようとした。
しかし、ひどい顔はどうしようもなさそうだった。
「こんな顔じゃ、瞳子さまに合わせる顔がないよー」
むくんだ腫れぼったいを目をこすりながら、マリアは嘆くように言って肩を落とした。