マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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47 お昼休みと告白前小景

 昼休み。

 

 瞳子は祐巳さまと一緒に昼食を食べていた。

 薔薇の館で二人きり。

 他には誰もない。

 

 そして二人とも、今日の昼休みは誰も薔薇の館を尋ねてこないと知っている。

 姉妹水入らず。

 

 マリアが瞳子に姉妹(スール)の申し出をしたことは、すでに全校生徒に知れ渡っている。

 瞳子も、それを目撃した薔薇の館のメンバーも誰も口にしていない。ということは、マリア自身が話したのだろう。

 

 だったら、なにも心配することはない。

 問題もない。

 

 瞳子はそう納得して、これまでノーコメントを貫き続けた。

 

「それでね、祥子さまと柏木さん、また喧嘩をしたんだって。あの二人って本当に仲が良いよね。そうだ。梅雨が明けたらまた遊園地に行こうって話になっているらしいんだけど、瞳子もどう?」

 

 祐巳さまは、お昼ご飯を食べながら楽しそうに話を続ける。

 ここ最近、なかなか二人きりでお昼を食べる時間がつくれなかったから、祥子さまや優お兄さまの近況なんかを詳しく話してくれた。

 

 どうして、そんなに自然体でいられるんだろう?

 瞳子は、祐巳さまを見て不思議に思った。

 

「ん、どうかした?」

 

 隣に座る祐巳さまが、瞳子を見て首を傾げる。

 たったそれだけのことなのに、どうしたわけか涙が出そうになった。

 

「いえ、なにも」

 

 瞳子は、小さく呟いて俯く。

 いろいろな思いや、いろいろな感情や、いろいろな思い出が溢れ出して――瞳子はそのいろいろなものにのみ込まれそうになっていた。この薔薇の館で過ごした祐巳さまとの時間があまりにも大き過ぎて、そして眩しすぎて、瞳子はまるで自分がどこにいるのか分からなくなりそうだった。

 

「瞳子、どうしてつらそうな顔をするの?」

 

 俯いていた顔を上げると、祐巳さまは穏やかな微笑を浮かべている。

 まるで全てを知っているかのような、そして、たとえ何も知らなかったとしても全てを受け入れてしまうようなな、そんな穏やかな微笑を。

 

 どうして、そんな微笑を浮かべられるのだろう?

 瞳子はそう尋ねたかった。

 

「瞳子、私なら大丈夫だよ」

 

 祐巳さまが瞳子の手を握る。

 優しく。

 だけど、とても強く。

 

「瞳子も、大丈夫。私たちは、こうしてずっと手を握り続けていく。私の反対の手は、祥子さまとつながってる。瞳子の反対の手は、誰とつなぐの?」

 

 瞳子は、祐巳さまが握った手とは反対の手を見つめた。

 まだ空いている寂しそうな手を。

 

 わかっている。

 マリアと姉妹(スール)になったとしても、祐巳さまとの関係は何も変わらない。瞳子が祐巳さまの妹になった後も、祥子さまとの関係が変わらなかったみたいに。

 そうして、リリアン女学園の高等部では、姉妹(スール)制度という伝統を受け継いできたのだ。妹になり、姉になった以上、この寂しさは受け入れなけばいけないものなのだ。

 

「私はここにいるよ。あなたも、ここにいる」

 

 瞳子は祐巳さまの優しい言葉に誘われるように、その肩に顔を預けた。

 それが、瞳子のせいいっぱいの甘えだった。

 

 たぶんこの寂しさは、不安からくる迷いのようなものだ。

 自分が、祐巳さまのような姉になれるのだろうかという不安。

 マリアに相応しい姉になれるのだろうかという恐れ。

 

 祐巳さまがあまりにも眩しすぎるから、暖かすぎるから、どうしてもそんなことを思ってしまう。

 

「瞳子は、きっと素敵なお姉さまになるよ。瞳子のお姉さまの私が言うんだから、間違いない。だから――自信を持って」

「お姉さま?」

 

 その言葉は、今の瞳子にとって一番必要な言葉だった。

 瞳子が、一番聞きたかった言葉。

 言って欲しかった言葉。

 祐巳さまはそんな言葉をいつだって口にしてくれる。

 

 顔を上げた瞳子は、泣きそうになりながら祐巳さまをじろりと見る。

 

「お姉さまって、本当にズルいです」

「ええっ、ごめん」

 

 

 ☆

 

 

「菜々さん、心配かけてごめんね」

 

 昼休み。

 

 講堂の裏手でお昼ご飯を食べる前に、マリアは菜々さんに謝罪した。

 二人はすでに腰を下ろしていて、菜々さんは銀杏の中に一本だけ生えた桜を徐に眺めていた。久しぶりに会った菜々さんはどこか口数が少なく、いつものような凛とした明るさがない。

 

 そんな菜々さんが、マリアを見て優しく微笑む。

 

「私ね、すごくほっとしてるんだ」

「ほっとしてる?」

「うん。マリアさんと瞳子さまが、しっかりとお互いの気持ちを確かめられて、それで、すごく安心した。なんだか――感動しちゃった」

 

 そう言った菜々さんの瞳は少しだけ滲んでいて、マリアもつられて涙を流しそうになった。

 

「菜々さん。ありがとう」

 

 だけどマリアは――今は泣いちゃダメだと自分に言い聞かせた。

 今は、まだ涙を流すときじゃない。

 それは、全てが終わった後で流すべきもの。

 

「ああ、でも、私はマリアさんが瞳子さまと姉妹(スール)になってもならなくても、ずっと友達でいるつもりだから。瞳子さまとは姉妹(スール)になってほしいけど――それとこれとは、別の話。だから、今度なにかあったら相談してね? 私は絶対にマリアさんの味方になるから」

 

 菜々さんは気恥ずかしそうに言って頬をかく。

 

「うん。ありがとう。私も菜々さんのこと、大切な友達だって思ってる。今度は、ちゃんと相談するね」

 

 二人はお互いの友情を確かめ合って微笑み合い、そしてお昼ご飯を食べ始めた。

 

「私ね、少しマリアさんがうらやましいんだ」

 

 おにぎりを一口頬張りながら、菜々さんが言う。

 

「うらやましい?」

「うん。私とお姉さまが姉妹(スール)になった時は、マリアさんと瞳子さまみたいな感じじゃなかったから」

「菜々さんが由乃さまと姉妹(スール)になった時は、どんな感じだったの?」

 

 マリアが尋ねると、菜々さんは難しそうな顔をして「うーん」と呻り声を上げる。

 

「なんかドタバタしてた」

「ドタバタ?」

「たくさんの人たちの前で、ロザリオを受け取る受け取らないですったもんだがあって、最終的には祐巳さまと由乃さまのお姉さまに、無理やりロザリオをかけられた。由乃さまがこちょこちょをされて」

「ええっ?」

 

 マリアは、驚きのあまり声を上げる。

 そんなロザリオを渡し方があるのかと。

 やはり、それぞれの姉妹(スール)にはそれぞれのドラマや苦悩があるのだと思い知らされた。

 

「私とお姉さまって、なんか他の姉妹(スール)と違って姉妹っぽい話があまりないんだ。だから、マリアさんたちが少しうらやましい。二人のこれまでを見てたら、うらやましいなんて気軽に言っていいことじゃないと思うけど。ごめんね」

「ううん」

 

 マリアは首を横に振って続ける。

 

「私は、菜々さんと由乃さまの関係、とても素敵だと思うなあ。私のほうこそうらやましいよ」

「そうかなあ?」

 

 菜々さんは眉間にしわを寄せて首を傾げる。

 

「だって、菜々さんと由乃さま以上に対等な姉妹関係ってないと思う。それって、多分お互いのことを一番信頼し合っているからだと思うんだ。何でも言い合えるのって、本当にすごいことだよ」

「うーん、お互い気遣いやデリカシーが足りないだけなような気が?」

「私なんか、瞳子さまに自分の気持ち一つ話すのもいっぱいいっぱいで、そのせいで、こんなにご迷惑をかけて――菜々さんみたいになれたらなって思う」

「ありがとう」

 

 菜々さんは少しだけ頬を赤らめて続ける。

 

「でも、瞳子さまに逆指名で姉妹(スール)を申し込めるマリアさんも、相当すごいと思う。私なら、自分から妹にしてくださいなんて言えない気がする」

「その話はやめてよー。あれは頭が真っ白になっちゃって、それで一番言わなくちゃいけないことが真っ先に出ちゃっただけで――あー、思い出しただけで心臓が口から飛びでそうだよ」

 

 マリアが顔を真っ赤にして言うと、菜々さんがころころと笑う。

 それにつられてマリアもころころと笑った。

 

「私、マリアさんと瞳子さまがうまくいくって信じてる」

 

 菜々さんが、マリアを真っ直ぐに見つめて言う。

 マリアも、真っ直ぐに親友を見つめて言った。

 

 

「うん。ありがとう」

 


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