マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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4 茶話会と由乃さま

「妹?」

 

 瞳子の言葉に、乃梨子は驚いたように返した。

 

 薔薇の館で、久しぶりに瞳子と乃梨子が二人きりの時のこと。

 同級生であり、高等部への進学した当初は何かと因縁の在った二人だが――今ではかけがえのない親友となった瞳子と乃梨子。だからこそ、まだ自分のお姉さまにも話していない考えを、瞳子は臆面もなく乃梨子に吐露することができた。

 

「私たち、そろそろ妹をつくるべきじゃないかしら?」

 

 切り出された瞳子の考えは、乃梨子にだって理解することができた。

 

 生徒会役員で構成される山百合会の正式なメンバーは、厳正な選挙で選ばれる役員三人だけ。

 三薔薇さまと呼ばれる、紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)――このお三方が、生徒会長、副会長、初期、会計といった役職を同じ比重で受け持つことで、山百合会は代々運営されてきた。

 しかし、生徒会をはじめ学園祭実行委員会、新入生歓迎会や卒業生送別会など季節ものの行事の主催、予算会計会や生徒総会などと常に仕事に追われ続ける三薔薇さまの仕事は、当然三人でこなせるわけがない。

 

 そこで三薔薇さまは見習いとして、自分たちの(プティ・スール)に山百合会の仕事のを手伝いをさせる。番狂わせがない限り、順当に三薔薇さまの妹たちが次期山百合会の役員に当選する。薔薇さまたちの妹に限り「つぼみ(ブゥトン)」と呼ばれているのには、そう言う訳がある。

 

 つまり今、この薔薇の館にいる瞳子と乃梨子は――次期薔薇さまの筆頭候補と言うことだ。

 

 次期紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)には瞳子が、次期白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)には乃梨子が就任するのだと、彼女のお姉さまも、そして多くの生徒たちも信じて疑わないだろう。

 もちろん、当人である二人も同じ気持ちだった。

 

 だからこそ、次期薔薇さまになるであろう瞳子と乃梨子が、いつまでも妹をもたずにいるのは良くないことだと、瞳子は暗に言っていた。

 

「瞳子、祐巳さまに妹をつくるようにけしかけられたの?」

「私のお姉さまが、そんなことを強制するように見える?」

「見えない」

 

 乃梨子は、祐巳さまのお優しすぎる笑顔を思い浮かべて頷いた。

 

 祐巳さまのお姉さまである祥子さまならいざ知らず、祐巳さまが妹をつくりなさいなんて瞳子にけしかけるわけがない。しかし瞳子にとってそれが必要なことだとわかれば、祐巳さまは間違いなく瞳子に妹をつくりなさいと言うだろう。

 

 祐巳さまはそういうお方だ。

 乃梨子は一人納得しておかっぱ頭をかいた。

 

 と言うことは、少しばかり厄介なことになる。

 瞳子は自発的に妹をつくるべきだと判断したのだ。

 乃梨子はそう判断した。

 

「妹にしたい下級生が見つかったとか?」

 

 乃梨子は結論を先延ばしにするように瞳子に尋ねる。

 

「一年生が高等部に入学した時から目をつけている子はいるし、中等部の頃から薔薇さまに憧れている生徒は知っているわよ」

 

 幼稚舎からこのリリアン女学園に通っている瞳子は、すでに妹候補のリストアップを済ましているらしかった。

 出来が良すぎるつぼみが隣にいるというのも考え物だ。

 乃梨子は苦笑いを浮かべてみせる。

 

「でも、一応何人かには唾をつけてみたんだけど、薔薇の館につれて来ようと思える子はまだ見つかってないから――安心してちょうだい。乃梨子」

 

 少し勝ち誇ったように笑ってみせた瞳子は、乃梨子の胸の内を読み取ってそう言った。

 まだ自分も乃梨子と同じラインに立っているのだと。

 

「まぁ、無理につくる必要なんてないけれど、一応心構えぐらいはしておかないと、そう思って言っただけよ」

「そうだね」

 

 乃梨子は素直に頷く。

 瞳子のお姉さま同様、乃梨子のお姉さまである志摩子も、乃梨子に妹をつくりなさいなんて強要はぜったいにしないだろう。

 

 それをするとしたら、おそらくは由乃さまぐらいだ。

 だからこそ、私たちは自主的に妹を探さなければいけないのだ。

 二人は胸の奥で同じことを思った。

 

「菜々ちゃんは一年生だから来年まで妹はつくれない。つくるなら、私か乃梨子のどちらか。それに、山百合会が一番忙しくなる文化祭前までには、薔薇の館に連れて来ても良いと思える妹候補ぐらい見つけていないと、お姉さま方にいらない心配をかけてしまうでしょう? 進路のことだってあるんだから」

 

 瞳子の言葉を聞いて、乃梨子は感心しきっていた。

 まだ一年生が入学して、そして二人が進級して二カ月も経っていない。それなのに、瞳子はすでにお姉さまの進路のことまで考えている。

 

 瞳子にとって、祐巳さまは特別以上の存在だ。

 その祐巳さまの進路を考えることが、瞳子にとって辛くないわけがない。それでも瞳子は祐巳さまを安心させるために、すでに妹をつくる決意し、お姉さまの進路のことすら視野に入れている。

 

 乃梨子は心の底から親友を尊敬した。

 

 自分は、どうだろうか?

 自分のお姉さまの進路のことを考える。

 胸が張り裂けてしまいそうだった。

 

 志摩子さんと別れるなんて、考えただけで辛く、とても耐えられそうにない。

 リリアン女学園に入学した当初、乃梨子は自分がお姉さまをつくるだなんて、まるで考えもしなかった。そんな考えの全てを変えてくれたのは、志摩子さんだった。桜の木の下で志摩子さんと出会った時から、乃梨子の心の多くは志摩子さんでいっぱいになってしまった。

 

 そして去年のこの時期には、もう乃梨子と志摩子は姉妹(スール)になっていた。

 新入生歓迎会――マリア祭で瞳子を含めた山百合会のメンバーに一計を案じられたことが、二人が姉妹(スール)になる切っ掛けと言えば切っ掛けだった。

 

 そう考えれば、妹をつくるべきと言った瞳子の言葉も頷けた。

 

「でもこの問題に関しては、私は劣等生になりそう」

「どうして?」

 

 困ったように言う乃梨子に、瞳子は首を傾げた。

 

「だって、私は部活にも所属していから瞳子みたいに下級生と接点ないし」

「そうかしら? 乃梨子は下級生に人気あるわよ」

「それだったら、瞳子のほうが」

「私はダメよ。どちらかと言えば怖がれているもの。お姉さまと違って親しみやすがないって。乃梨子は親しみやすいから、その気になれば妹なんてすぐ見つかるわよ」

 

 心配ないと請け負う瞳子に、乃梨子はそうかなあと首を傾げる。

 

「それに、考えてもみなさいよ――――」

 

 瞳子は少しだけ表情を深刻にして続けた。

 

「私たちが、このままいつまでたっても妹をつくる素振りすらみせなかったら、由乃さまが姉妹(スール)オーディションでもやりなさいってけしかけてくるに決まっているでしょう?」

 

 その言葉に乃梨子はぎょっとした。

 

 去年、オーディションで姉妹(スール)を見つけようと提案したのは由乃だった。

 その後、由乃に巻き込まれた祐巳の提案によって、オーディションではなく茶話会になったのだが――確かに、由乃なら言いだしかねなかった。茶話会の時、祐巳の妹候補ナンバーワンと噂されていた瞳子は、しきりに茶話会に参加しないのかとまわりの生徒に噂された苦い経験がある。それだけに、あの茶話会の再来は防ぎたいといったところだろうか?

 

 いや、それは違うだろう。

 乃梨子には分かっていた。

 

 瞳子は本当に祐巳さまを安心させたくて、そして山百合会の未来のことを考えて、自分たちは妹をつくるべきなのではと考えているのだ。

 しかし、瞳子は素直じゃないところがある。

 だから、こうして冗談を言ってみせたのだろう。

 

「そうだね。オーディションだけは阻止しよう」

 

 乃梨子は親友の話に乗って、微笑みかけてそう言った。

 


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