マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~   作:夏緒七瀬

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50 マリア様のお庭と薔薇の花かんむり

 マリア様のお庭には、深い色の制服を着た生徒たちで溢れていた。どの生徒も天使のように無垢な笑顔を浮かべていて、とても楽しそうに会話をしている。

 

 そんな光景を見たマリアは、とても幸せな気分でこれまで歩んできた道を見た。

 

 ぜんぶ、この場所からはじまった道。

 そして、これからもこの場所から続いていく道。

 

 瞳子さまが繋いでくれた道。

 赤い糸。

 絆。

 

 そして、大切な姉が示してくれた道。

 導いてくれた世界。

 

 今なら、姉がリリアン女学園に通いなさいと言った意味が、少しだけ分かるような気がした。

 大切な仲間と、大切な絆が、この場所でならたくさん得られると、そう思ってマリアを送り出してくれたのだろう。

 

 マリアは、それらを大切にしていこうと心から誓った。

 

 これから先も、たぶん私はたくさんの失敗をして、たくさんの迷惑をかけて、たくさんの涙を流すと思う。

 それでも、今日繋がった大切な絆だけは絶対に断ち切ることなく――しっかりと繋いでいこうと決意した。

 

「さぁ、マリアさん」

「マリアちゃん」

「マリアさん、瞳子さまが待ってるわよ」

 

 菜々さん、ユリカちゃん、蘭さんがマリアを送り出す。

 

 その先のマリア像の前には瞳子さまが待っていて、マリアを真っ直ぐに見つめている。

 マリアは絆と仲間たちに背中を押されて、一歩前に踏み出した。

 

 未来に続く一歩を。

 

 

「うん。いってきます」

 

 

 お姉ちゃん、見ていてね。

 

 

 ☆

 

 

「マリア」

「瞳子さま」

 

 自分の目の前にやってきたマリアを見つめた瞳子は、心の準備は良いかと視線で尋ねる。

 すると、マリアは何も言わずに「はい」と頷く。

 

 瞳子は一つだけ気がかりだったことを確かめるように、マリア様のお庭に集まって人々を見つめる。

 

 お姉さまは?

 

 すると、こちらに向ってくる二つの影。

 祐巳さまが手を引いているのは、部長の典さまだった。

 

 やれやれ。お姉さまったら、本当に妹バカなんだから。

 

 瞳子は心の中でそう呟きながら、祐巳さまに心からの感謝をした。

 そして、この場所に来てくれた部長にも心からの感謝を。

 

「ごめん。私たち待ちだった?」

 

 マリア像の前にたどり着いた祐巳さまが、息を切らせて言う。部長はさすがのもので、息一つ切らさずに瞳子を見つめて小さく頷く。

 

「いえ、ちょうどです。お姉さま、ありがとうございます」

「うん」

 

 瞳子の言葉を聞いた祐巳さまは、満面の笑みで言う。

 それだけで、瞳子の胸に赤い薔薇の花が咲いた。

 

 瞳子は全ての準備は整ったと、もう一度マリアに向き直る。

 マリアはすでに準備はいいと、とても落ち着いていた。

 

 今この瞬間、お互いの鼓動が聞こえてきそうなほどに――二人の世界は静かだった。

 まるで、二人しかいないみたいに。

 

 それなのに、瞳子はたくさんの絆を感じていた。

 とても力強く、暖かい絆を。

 

「それじゃあ」

「はい」

 

 長かった。

 いろいろあった。

 たくさんの困難や問題を乗り越えて、瞳子とマリアは姉妹(スール)という関係を手に入れようとしている。

 

 二人がこの場所ではじめて顔を合わせて時から、二人のことを見てきたマリア様は、さぞかし気を揉んだことだろう。

 今年のバレンタイデーの後、瞳子と祐巳さまはこの場所で姉妹(スール)の儀式を行った。

 卒業式の日には、この場所で由乃さまと菜々ちゃんが姉妹(スール)の儀式を行った。

 それ以前も、そしてこれから先も、このマリア様の前でたくさんの姉妹(スール)が生まれ、また生まれていくだろう。

 

 自分たちも、そんな繋がって行く数珠の弾の一つに――マリア様に捧げるお祈りのための石の一つになれたことを嬉しく思う。

 

 瞳子は、輪にして広げたロザリオを手に、マリアへと歩み寄る。

 マリアは目を瞑り、少し膝を曲げて小さくなる。うつむき、髪の分け目を瞳子に向ける。

 マリアの「どうぞ、お願いします」という声が聞こえたような気がした。

 

 瞳子は何の迷いもためらいもなく、マリアの首にロザリオをかけた。マリアの長い黒髪を伝って、祐巳さまから頂いた大切なロザリオは、マリアの首元に吸い込まれるように落ちて行った。

 

 瞳子がロザリオを手から離すと、かちゃり、と――綺麗な音がマリアの胸の上で鳴る。

 その瞬間、二人は晴れて姉妹になった。

 

 そして、瞳子の薔薇の花かんむりは完成した。

 瞳子は最後に咲いた一輪の赤い薔薇を見つめて、マリア様に尋ねた。

 

「マリア様。私の絆でできた薔薇の花かんむりを、喜んでもらえますか」

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとうございます」

 

 大きな拍手とともに、おめでとうの言葉が咲き誇る。それはまるで美しいお花畑のように、瞳子とマリアを包み込んで祝福した。

 マリアの手を取った瞳子は、大切な仲間たちに向き合う。

 

「私こと松平瞳子と隣にいる御園マリアは、ただいまのロザリオの授与を行い、正式な姉妹(スール)となりました。新米姉妹ですので慣れないことも多いと思いますが、暖かく見守ってください。よろしくお願いします」

 

 瞳子が深々と頭を下げると、マリアも「よろしくお願いします」と続いて頭を下げた。

 

 頭を上げると、直ぐに祐巳さまが駆け寄ってきて二人の手をとる。ぎゅっと強く握って、新しくできた絆の温もり感じようとする。

 

「瞳子、マリアちゃん、本当におめでとう」

「お姉さま、ありがとうございます」

「祐巳さま、ありがとうございます」

 

 二人がお礼を言うと、祐巳さまは少しだけ瞳を滲ませて「これで私もおばあちゃまかあ」と感慨深げに言った。

 

「瞳子ちゃん、おめでとう。あなたなら、無事にお姉さまになれるって信じていたわ」

 

 続いて、部長が瞳子を祝福してくれた。

 

「ありがとうございます。部長から頂いた御言葉のおかげです」

 

 瞳子がにっこりと笑って言う。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

 

 菜々ちゃんと、蘭さん、ユリカさんがマリアに駆け寄り、精一杯のおめでとうの気持ちを伝えている。

 

「めでたしめでたしね。さて、これであとは乃梨子ちゃんが妹をつくってくれれば――薔薇の館は安泰ね」

 

 由乃さまが腕を組んでしみじみと言う。

 

「今は、私の妹問題は関係ないと思いますが」

 

 乃梨子が聞き捨てならないと抗議の声を上げる。

 

「そうかしら、お姉さまである志摩子さんも、乃梨子ちゃんの妹問題は気になるところよね?」

「そうねえ。私もおばあちゃまになってみたい気持ちはあるわね」

「志摩子さーん」

 

 由乃さまの言葉に乗った志摩子さまを見て、乃梨子は悲鳴のような声を上げる。

 

「瞳子さん、本当におめでとう」

 

 そんな一同を楽しげに眺めていた瞳子の隣に、可南子さんが立って言う。

 

「ええ、ありがとう。マリア、彼女が細川可南子さん。私の親友よ」

 

 瞳子の紹介を聞いた可南子さんは、一瞬驚いたような表情を浮かべた後――とても嬉しそうに頬を赤らめた。

 

「はじめまして、御園マリアです。よろしくお願いします」

「はじめまして。細川可南子です。よろしくね」

 

 二人は自己紹介をして会話をはじめた。

 

 こんなふうに人と人は繋がって行くのだと瞳子は思った。

 ロザリオの数珠のように。

 

 お姉さまが、瞳子を見た。

 瞳子も、お姉さまを見た。

 何も言わないでいい。

 大丈夫、二人は繋がっている。

 

「そうだっ、この後、薔薇の館で簡単なお茶会を開かいない?」

 

 お姉さまは、不意にそんな提案をする。集まった人たちから「賛成」の声が上がり、それは賛成多数で可決された。

 

 薔薇の館を開かれたものにする。

 それはお姉さまが受け継いできた思いの一つだった。そしてこれからは、瞳子とマリアが受け継いでいく思いの一つ。

 

 素敵なお茶会になる。

 瞳子は、そんなことを思った。

 

 

 ――ほーほけきょ。

 

 

 どこかでウグイスの声が聞こえた。

 

 瞳子とマリアは、同時に空を見上げた。

 そこには、マリア様の心のような広い青空が広がっていた。

 

「お茶会も良いですけど、その前に写真を撮りませんか?」

 

 笙子さんの声が響いた、

 

「はいはい、みんな並んで」

 

 続いて、蔦子さまの声。

 

「その後は新聞部のインタビューが待ってるんだからね」

「もう、お姉さまったら」

 

 真美さまと日出美さんの声も続く。

 

「はーい、写真撮りまーす」

 

 マリア様のお庭に集った乙女たちの天使のように無垢な笑顔が、いっせいに咲き誇る。

 

 赤、白、黄色。

 色とりどりの薔薇の花のように。

 

 

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