マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
「マリア」
『『
瞳子は、マリア像の手前で立ち止まっている妹を見つけて声をかけた。
「瞳子さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう。何を立ち止まっているの?」
瞳子が尋ねると、マリアはちらとマリア像の先を見つめる。
マリア様のお庭では、今日もロザリオの授与を行っている一組の生徒。
「邪魔をしては悪いかなと思いまして」
「そうね。大切な瞬間だものね」
瞳子はなるほどと頷きながら、妹の胸元に手を伸ばす。そこにはほとんど乱れていないタイがあって、瞳子はそのタイを優しく撫でて直した。
「瞳子さま、ありがとうございます」
二人は、にっこりと笑って頷き合った。
「さぁ、行きましょう」
ロザリオの授与が終わるの見届けた瞳子とマリアは、薔薇の館に向おうとした。
「あ、祐巳さま」
すると、マリアが歩いてきた並木道を見て呟いた。
「お姉さま?」
瞳子も視線を向けると、確かにお姉さまの姿が。
そして、その隣にはもう一人別の女性。
「でも、隣にいらっしゃるのは誰でしょう? 私服ということはリリアン女子大?」
白のブラウスにジーンズ姿のラフな格好をしているのは、瞳子も良く知る大切な人だった。
「小笠原祥子さま。お姉さまのお姉さまよ」
「祐巳さまのお姉さまですか?」
マリアが、急に緊張したように姿勢を正す。
瞳子は、これはいい機会だと少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。
「マリア、せっかくだから祥子さまに挨拶に行きましょう」
「ええっ、心の準備が」
「なにを言っているの? 先代の
「そうですけれど」
「それにマリア、いずれ、あなたが
瞳子は、そう言ってマリアを真っ直ぐに見つめた。
「もちろん、私は次期
無理強いをするつもりはない。
それでも、私たちはそうやって絆と伝統を繋いできた。
これまでも。
そして、これからも。
マリアは、瞳子の思いを受け取ったように――
「はい」と小さく頷いた。
二人はゆっくりと歩きだす。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。『
たくさんの生徒たちが、瞳子とマリアに「ごきげんよう」と声をかける。
絆を繋いでいくように。
隣には、大切な妹がいる。
目の前には、お姉さまと祥子さま。
薔薇の館には大切な仲間たち。教室にはたくさんの学友。
そして――
遠くの方でも「ごきげんよう」が聞こえてくる。
瞳子は、マリア様のお庭に咲き誇る「ごきげんよう」の挨拶に背筋を伸ばした。スカートのプリーツは乱さないように、白のセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
「瞳子さま、今日も素敵な朝ですね」
瞳子の気持ちを感じ取ったようなマリアがそう言って微笑む。
瞳子は「やれやれ」と首を横に振って、これまで引っかかっていたことを口にしておくことにした。
なんと言っても、これから祥子さまの前に立つのだから。
「マリア、今後、私は『瞳子さま』って呼ばれても返事しないわよ。いい加減――お姉さまと呼びなさい」
「えっ」
瞳子は、そのままツンと澄まして歩きだす。
「――えさま」
「聞こえなーい」
「お姉さまっ」
そう呼ばれて、瞳子は満面の笑みを浮かべて振り返った。
「よろしい」
「あっ、瞳子。それにマリアちゃん」
そんな姉妹水入らずのやり取りをしていると、祐巳さまが瞳子を見つけて声をかける。
「お姉さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
また、「ごきげんよう」が咲き誇る。
マリア様の心のように澄んだ青空の下で。
そんな何気ない子羊たちの日常を、マリア様が微笑んで見守っている。マリア様の胸の中には、きっとサファイアのように美しい赤い薔薇の花かんむり。
それは、大きな大きな輪を描く素敵なロザリオ。
これからも続いていく絆の道。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
了