マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
「瞳子さま、昨日の話――気にして下っていたんですね?」
朝。始業前に薔薇の館に訪れると、瞳子はいきなり菜々ちゃんにそう声をかけられて首を傾げそうになった。
お姉さま方がお見えになる前、集合時間の十五分前に薔薇の館に着いていたのは、瞳子と菜々ちゃんだけ。
「昨日の話?」
「はい。だけど私、その生徒の名前もお話していなかったのに――すごい情報収集能力ですね?」
情報収集能力と言われて、瞳子はなおさら困惑した。
自分が何かしただろうか?
そして、昨日の話とは?
そこで、ようやく思い当たる節を見つけた。
「もしかして、菜々ちゃんが報告をしてくれた――嫌がらせを受けているっていう生徒のことを言っている?」
「はい、そうです。瞳子さまがさっそくその生徒にコンタクトを取ったって聞いて、私、驚いてしまって」
そう言った菜々ちゃんの瞳は、好奇心と感動で輝いている。
「菜々ちゃん、ちょっと待って。何か勘違いをしているみたいだけれど――私、何もしていないけれど」
「でも昨日、瞳子さまがその生徒に話しかけているのを見たって生徒がたくさんいて、その噂話で教室が持ちきりになっていたんですけれど」
菜々ちゃんはわざわざ一度教室に顔を出してから、この薔薇の館に来たのだろう。その生徒のことをしっかりと気にかけてあげていることに、瞳子は感心をした。
だけどそこまで聞いて、瞳子はなおのこと意味が分らなくなってしまった。
まるで二人はそれぞれ違う台本を持ち寄って、それを読みあわせているようだった。
「ちょっと待って、話を少し整理しましょう」
瞳子は菜々ちゃんと自分の話の食い違いを整理するように、指を立てて言った。
「昨日、私は演劇部の稽古あと、真っ直ぐに薔薇の館に来てそのままお姉さまたちと帰宅したわ。嫌がらせを受けている生徒のことを調べている時間もなかったし、お姉さまが菜々ちゃんに任せると言った以上、私が独断で行動するなんてことはないわ」
「あれ? それもそうですね。じゃあ、誰かがデマを流したのかも? 今まで、さすがに嘘をついてまでマリアさんに嫌がらせをする生徒はいなかったので」
それが妥当な線だろうと頷きかけ、そこで瞳子は重大な見落としに気が付いた。
自分は、その生徒の名前すら知らないのだ。
それにある先入観が邪魔をしてしまい、最初からその可能性を除外してしまっていた。
無意識に。
そのことに、瞳子は今の今まで気が付くことができなかった。
その生徒は、自分にお姉さまがいると言った。
菜々ちゃんが嫌がらせを受けていると言った生徒は、お姉さまをつくらないことが理由だと聞かされていた。
そのどちらかが正しくないのだとしたら?
「菜々ちゃん、今、マリアさんって言ったかしら?」
瞳子が鋭く尋ねると、菜々ちゃんは頷く。
「はい。御園マリアさん。私と同じクラスの生徒です」
「嫌がらせを受けている生徒が――その御園マリアさんってことでいいのかしら?」
瞳子は重ねて確認を取る。
ここからは勘違いでは済まされない。
「はい」
「その子、本当にお姉さまはいないの?」
「そのはずですけど――どうしてですか」
瞳子は顎に手を当てて、少しの間思案する。
自分がその生徒、御園マリアにすでに出会っていて、少なからず関係をもっているという事実には驚いていた――そして、もしも菜々ちゃんの話が本当ならば、自分は嘘をつかれたということになるのだろう。
すでにお姉さまががいると。
それは、さして気にもならなかった。
しかし、昨日御園マリアと会話をしている時に瞳子の耳に入った、周囲の生徒の不愉快な声音を思い出して、瞳子は「しまった」と舌打ちをたくなった。瞳子の昨日の行動は、明らかに軽率だったということになる。
知らなかったとはいえ、自分自身で新しい火種を投げ込んでしまったのだから。
「菜々ちゃん、噂話で教室が持ちきりになっていたって言ったけれど、その御園マリアさんはもう登校していた?」
「いいえ、まだでした」
「だったら、よかったわ」
「よかった?」
「ええ。菜々ちゃん、今からそのマリアさんのところに案内してちょうだい」
そう言った瞳子の表情は――
まるで、誰かのお姉さまのようだった。