マリア様がみてる Another ~シスター&シスター~ 作:夏緒七瀬
マリアは戸惑いながら、目の前に立った三人に視線を向けていた。
今朝、マリアが登校して教室の席に着くと、蝶よ花よの三人が剣呑な表情でマリアに詰め寄り、そしてここ――廊下の端につれて来られた。
理由は分かっている。
昨日のことを問い正したいのだろう。
「マリアさん、昨日、瞳子さまと親しげに会話をしていたみたいですけど?」
と、美南さん。
「いったい、どういうことです?」
と、杏さん。
二人は意地の悪い笑みを浮かべながら、詰問調でマリアに尋ねる。
「あの、その、昨日のことは――」
マリアは昨日のことをなんて説明していいのか分からず、ただしどろもどろになるばかりだった。
昨日のことは、瞳子さまが勝手に話かけてきたんです――そんなことは言えるはずもなく、マリアは戸惑った顔のまま視線を泳がせた。
「マリアさん、どうしてあなたは、いつもいつも――」
不機嫌さを装っている二人とは違い、本当に苛立ちを表に出してそう言ったのは蘭さんだった。彼女は不愉快という単語を体現した表情で、顔を紅潮させて言葉を続ける。
「私のお姉さまに
その言葉は、マリアの胸を強く突き刺した。
その痛みは、まるで太い杭を打ち込まれたよう。
「マリアさん、覚えている? マリア祭の時、二人で瞳子さまって素敵だねって話をしたよね? 手芸部の次は演劇部にも見学に行こうかって約束したよね? それなのに、あなたは何も話してくれず――もう、クラブ活動の見学は止めるって。それで、今さら瞳子さまに近づいて、ねぇ、マリアさんは何がしたいの?」
気の強そうな、それでいて面倒見の良い蘭さんが、怒りと戸惑いを浮かべてマリアに尋ねた。
ぜんぶ覚えていた。
よその学校からこのリリアン女学園に進学し、右も左も分からなかったマリアにリリアンのことを優しく教えてくれたのは、蘭さんだった。
それなのにマリアは何も告げずに、何も話さずに逃げ出しいてしまった。
彼女の怒りは当然のもので、その責め苦は当然マリアが受け入れるべきものだった。
そして、彼女の疑問に答えなければいけないことも分かっていた。
でも、どうしてもそれを説明することができなかった。
自分のことを何て言葉にしていいのか、マリアにはまるで分からなかった。
自分のことを話す言葉を、マリアは持ち合わせていなかった。
どうすればいいだろう?
マリアは考えた。
しかし、答えなんて見つかるわけは無かった。
だから、マリアは無責任に祈ってしまった。
昨日マリア像にしたように、ただただ何かに縋り付くような気持で祈ってしまった。
「――あなたたち、そこで何をしているのかしら?」
マリアの背中越しに声が発せられた。
まるでマリア様が使わしてくれたように。
その声の主に視線を向けた三人は、驚きのあまり目を見開いていた。美南さんと杏さんは顔を引き攣らせたが、蘭さんはマリアを責めるように睨み付けた。
マリアが振り返ると、そこには瞳子さまと菜々さんが立っていた。
「何をしているのかしら――と聞いたのだけれど、聞こえなかったのかしら? それに、私の名前が聞こえた気がしたけれど?」
腕を組んだ瞳子さまが声を低くして詰問調で尋ねると、三人は直ぐに顔色を変えた。
「私たち、ただお話をしていただけで」
「そうです。教室では少し話しづらいことだったので。それに瞳子さまの話なんて、していません」
言い訳っぽい言葉を聞いた瞳子さまは、小さく微笑んで「そう」とこぼした。それはとても美しい笑顔だったけれど、その場の空気が凍りつくような絶対零度の微笑。
「だったら、マリアは私が借りてもいいかしら?」
その言葉に、その場が少しだけ騒然とした。
瞳子さまは今はっきりと、自分の名前をマリアと名前で呼んでみせた。
呼び捨てで。
名前に「さん」をつけて呼ぶのが定番のリリアンで、呼び捨てというのはごくごく親しい間柄に限られる。
その場の全員が、即座に瞳子さまの言葉の意味を理解した。
マリアと瞳子さまが親しい間柄であると宣言するのに、これ以上うってつけの言葉は無かった。
ただただ困惑しているマリアをよそに、マリアを呼び出した三人は事の重大さを知って衝撃を受けていた。もしかしたら自分たちはまずいことをしてしまったのではと、当惑の色が濃く浮かび上がっている。
「はい。私たちの話は終わったので」
「どうぞ」
美南さんと杏さんは引き攣った笑顔でそう言ってみせたけれど、その声はしっかりと震えていた。
「ありがとう。それじゃあ、マリアはお借りするわね――ごきげんよう」
呆然と瞳子さまの言葉を聞いた三人は、機械のように「ごきげんよう」と返した。
「マリア、ついていらっしゃい」
そして、ぴしゃりと有無を告げさぬ口調で言われたマリアは、瞳子さまの背中について行った。
☆
場所を変え、更に人気のない廊下端の階段脇に移動し終えると、マリアは自分の目の前に立っている二人を、ただ困惑したまま見つめた。
いったい、これはどういうことだろう?
マリアの頭の中は、大き過ぎる疑問符で埋め尽くされていた。
それと同時に、マリアは先ほど瞳子さまが自分を呼び捨てたことが、気になって仕方がなかった。
瞳子さまが、私のことを呼び捨てに?
マリアと。
それも三度も。
こそばゆく、おもはゆく、そしてどこか嬉しい。
それでいてその事実に恐怖している自分がいることに、マリアは気が付いていた。
「急に押しかけてごめんなさい。迷惑だったかしら?」
瞳子さまが困ったように笑って尋ねる。
「いえ、迷惑だなんて。それよりも瞳子さま、あの、先ほどのことなんですけれど――」
マリアはその先を言いあぐねた。
「お友達とお話をしているところを、邪魔しちゃったみたいね?」
瞳子さまはそう言って頷いてみせる。
「えっ、はい」
マリアにも、瞳子さまの言葉の意味は容易に理解できた。
先ほどの件を――クラスメイトとのトラブルを問いただす気はないと、瞳子は暗に示してくれたのだ。
マリアは安堵の息を漏らした。
「あの、それでは私に何か御用ですか?」
マリアが安堵したのも束の間だった。
それではいったい何の用で、
だから、マリアは今の状況が皆目分からなくなっていた。
次に瞳子さまの口かた発せられたその言葉は、マリアにとって意外過ぎる一言だった。
「マリア、あなたを薔薇の館に招待に来たのよ」
マリアは心の中で、「えー」と叫んでいた。