ガラクタノカミサマと、戦姫絶唱シンフォギア。

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本編

 冷たい。

 

 ……冷たい。

 

 降り注ぐ雨粒が、冷たい。

 熱と血液がとめどなく溢れ出ていく私の体が、冷たい。

 

 かけがえのないものを失った……

 ……私の心が…………冷たい。

 

 「……畜……生」

 

 コンクリートの雨溜まりに身を寄せて、立ち上がることも出来ずに。

 私はただ、つぶやいた。

 

 「……返せよ……」

 

 誰にも届くことのない言葉を、世界の誰へと届くことを願いながら。

 

 

 「未来を――――返せよ………………」

 

 

 ただ、呟くこと以外のことが、何一つ出来ぬまま――

 私の命の灯は、くすぶらせる余裕ひとつ与えられず、雨粒のもとに消し去られた。

 

 

 *

 

 

 『カイパーベルト』――

 それはこの国を統制し、未来を予知することを可能とする大規模な人工知能群。

 

 カイパーベルトはその膨大な演算結果を『ウタ』へと変換し、その『ウタ』を読み解き、歌うことを可能とする唯一の人類――

 『ウタヒメ』の口を経由することで、この国の未来への道標を示し、人々はその『ウタ』を聴き、それに従って生きていた。

 

 たとえその『ウタ』に、何が示されていようとも。

 どんな犠牲を、伴っていたとしても。

 

 

 ――どんな犠牲を、伴っていたとしても……

 

 

 *

 

 

 エリア・グラブルガブル――

 『カイパーベルト』が設置されているこの国の『脳』は、その名で呼ばれる半径数キロメートルにわたり平坦なコンクリートの地面が続く、海上に建設された人工島に存在する。

 地下にはカイパーベルトを成す膨大な量のコンピュータと海底ケーブルが存在し、その中央部には古代の王の墓を思わせる正四角推の建造物が建っている。

 

 この国で唯一、カイパーベルトと意志を共にする『ウタヒメ』が、その地の外へと足を運ぶことは無い。

 

 

 「――守護神よ」

 

 「もうすぐこの国は理想郷へと辿り着きます」

 

 

 宙に浮く立体映像の数々を片手で制御しながら、虚ろな、しかして厳かな瞳でウタヒメはそう口にした。

 正四角推の建造物、その内部にして最上階。そこだけがウタヒメに許された世界であり、ウタヒメはその部屋からカイパーベルトを通じて世界すべてにアクセスし、世界のどこへも足を運ぶことなく、世界のすべてを統べていた。

 

 「私達がずっと願ってきた、理想郷に――――」

 

 その立体映像のひとつには、ある街の一区画が映し出されていた。

 誰もがぼうと生気のない表情で道を行き交う、この街の中で最も栄えている――栄えるよう作られている地域に、ただ一人。

 

 街のすべてを傍観し、諦観し……だが、その両の眼に確固たる意志を持って眺める女が――そこに居た。

 

 

 *

 

 

 「――ウタヒメのウタ、か」

 

 高度数百メートルに位置するその街は、鉄とコンクリートで出来た木々が枝を通じて他の木々と繋がり合い、過密な『森』を形成しているメトロポリスであった。

 その枝――道路の上を行くリニアモーターカーと、その横を歩く機械と区別がつかない人間達を眺めながら、グレーのフードパーカーを風に揺らす女は呟いた。

 

 この街は、そんな人間たちが作り上げた『理想郷』の一端である。

 だが――果たして人類は、先人は、こんな世界を望んで生きてきたのだろうかと、女は常々考える。

 

 「本当、凄い勢いで発展したよね――」

 

 目を閉じれば、そこに映るのは過去の街並み。

 人々は地に足をつけて歩き、生気の感じられない人間も確かに居はしたが、それでも殆どの人間が笑いながら街を行き交っていた、あの頃のこの場所。

 

 「――けど……この街の人たちの笑顔は……もう、永いこと見ていない」

 

 目を開けば、そのすべてが失われる。

 人間らしい人間などどこにも居らず、そこに溢れるのは、肉で形作られた機械達。

 

 「まるで、人形劇を見ている気分だ」

 

 彼らはただ、命じられたままに行動する。

 カイパーベルトの意志をなぞり、ウタヒメが奏でる歌の通りに生きていく。

 そうすれば安全。そうすれば絶対。そうすれば安寧、そうすれば安定――そう思考することが、彼らに許された唯一の本能と自我。

 

 「――彼らは、何を言われても従う」

 

 女は、自らの腕を包む白と黄色のガントレットの手のひらに自分の顔を映しながら、自分に言い聞かせるように口にした。

 

 「たとえそれが、誰かの命を奪うことであっても」

 

 

 *

 

 

 同じ太陽のもと――ある地区では、二人の少女と一人の少女が睨み合いを続けていた。

 

 「馬鹿かよ、お前」

 

 二人組の片割れ、赤い髪の少女は鋭い眼差しを向けながら吐き捨てるように言い、詰め寄った。

 

 「ウタヒメの言うことを無視すればどうなるか、わかってんのかよ?」

 

 「……止めておけ。彼女に何を言っても、無駄だ」

 

 二人組のもう片方、青い髪の少女がそれを制す。向かい立つ、雪のように真っ白な長髪の少女が二人に向け吼え返した。

 

 「うるさいッ!!――未来のためとか言って……ウタヒメは、あいつらはッ――あたしのパパとママを殺したんだぞッ!!?そんな……そんな奴らを信じる方がおかしいだろッ!!」

 

 その返答に、呆れかえった様子の赤髪が踵を返し、静かに言い放った。

 

 「それで――どうするつもりだよ。キレて、イカれて……その先はどうする?ウタヒメに叛逆でもするってのか?」

 

 「……だったら――どうだって、言うんだよッ…………!!」

 

 「ウタヒメに――守護神に刃を向けたところで、出来ることなど何一つない」

 

 口に糊をして、つかつかと歩き去ろうとする赤髪にかわり、青髪は白髪の少女へ事実を突きつける。

 

 「私達は、ヒトで――あれは、カミだ。成す術もなく殺されて――それで終いだ」

 

 「…………ッッ……」

 

 ――わかっている。そんなことを、わざわざ言われるまでもなく、理解している。

 だが、だからこそ納得がいかない、この憤怒を抑えられないのだと――歯を食いしばり、爪が手のひらに突き立つほど強く拳を握りしめ……

 白髪の少女は、その二人の背と、弱い自分自身を強く呪った。

 

 

 *

 

 

 ――エリア・グラブルガブルへ向かうには、たった一本の連絡橋を渡る必要がある。

 この国の脳であり心臓部であるここは、本来ならば誰が足を運ぶことも許されない場所ではあるが……かつて、カイパーベルトの定期的なメンテナンスを行う必要がまだ残されていた時代にこの連絡橋は建造され、カイパーベルトに自己診断および自己修復機能が完備となって以来は使用されることがなくなり、以後数十年に渡りこの橋は放置され続けてきた。

 

 時刻は夜。日付が変わったばかりの深夜。

 風化し、うち崩れてむき出しになった鉄骨やぼろぼろのコンクリート達が月光に照らされている、その時間。

 

 「はぁっ……っはぁ、はぁ、はぁっ……はぁっ…………!!」

 

 長い長い連絡橋を、ひとりの少女が走っていく。

 真っ白なワンピースと髪を揺らし、月明かりのもとをがむしゃらに突っ切っていく。

 

 連絡橋は、無人である。カイパーベルトを守護する戦闘用の兵器のひとつもそこには存在しない。

 故に、侵入者に対しての何らかの措置が取られることもなく――少女はひとり、叛逆へ向かう足音を大きく響かせ続けていた。

 

 「――何してるの?」

 

 グラブルガブルと連絡橋をつなぐ、最後の扉の前で、少女の足は背後より響いた何者かの声に引き留められた。

 

 「ここで見たことは、全部黙っておいてあげる――今すぐ引き返して」

 

 少女は、振り向きざまに自身が握っていた一丁の拳銃を構え、その銃口を声の主へと向けた。

 

 「――来るなッ!!……お前みたいな……お前みたいなガキに何が解るッ!!!」

 

 銃口を向けられた女は、ただ静かに少女の眼を見つめていた。

 銃口は震えている。それを握る手も、銃爪にかけられた指も、がたがたと震えている。

 

 女は、被っていたフードをぱさりとおろし、その顔を露にして、ゆっくりと少女に歩み寄った。

 

 「来るな、来るなっ……って……言ってん、だろうがッ……!!ぅ……あ、くそ、クソォッ……!!」

 

 「ガキ…………ね」

 

 拳銃を構えながらも後ずさる少女の目の前まで近づき……女は、彼女の握る銃にそっと手をかけ。

 

 「――あんたみたいなガキに、何が出来る」

 

 「――――ッ……!!?」

 

 その銃身を、握り潰した。

 

 「ぁ…………あ……?」

 

 震えていた手から完全に力が抜け落ち、拳銃を手放した少女は……そのまま、崩れ落ちるように膝をついた。

 同時に、女も握り潰した拳銃をそっと右方へ放り投げる。がらん――と、力無く音を立てて、拳銃はそこに並ぶ瓦礫のひとつと同じになった。

 

 「消されて――それで、終わりだ」

 

 立ち上がる力すらも失った少女の横を、女は歩き、過ぎていく。

 グラブルガブルへ通じる最後の扉。その目の前で、少しばかり足を止め――

 

 「…………未来」

 

 ――背後で、少女が本土へ向け走り去る音を聞きながら。

 両手の指を、扉へと突き刺し……落雷のような轟音を響き渡らせながら、数十年もの間閉ざされ続けていたその戸を、こじ開けた。

 

 

 *

 

 

 戸を開いたその瞬間。

 照り付ける人工の太陽光が、私のすべてを焼きに来た。

 

 エリア・グラブルガブルの空を覆い尽くす巨大なドーム状のスクリーンと、その頂点にある太陽は、『ウタヒメに夜は訪れない』というカイパーベルトの意志により形成された曇ることのない青空である。

 空を映すスクリーンには、並び立つ建造物の影も描かれている。世界のどこにも存在できないウタヒメは、ここで歌を歌い続けながら、造られた景色の数々を眺めて、自分も世界の中にいるのだと感じているのだという。

 

 目標である巨大な正三角錐の周囲に、ガトリングガンを装着した数多の自立歩行兵器が並び立った。

 

 それらが私に向けて構えたバレルが回転を始めて、加速していくのと同じように――歩き、駆け出し、そして走り出す。刹那、エリア中にこだまするおびただしい銃声とともに視界を埋め尽くす弾幕が現れ、その幕と幕の間を縫うようにして、私は跳躍と疾走を繰り返しながら突き進む。

 

 「――はぁぁぁあああああッ!!!」

 

 並び立つそれらの懐へと潜り込み――殴打。その衝撃波に巻き込まれた付近の兵器群も、もろとも破壊。 

 

 ――連絡橋に一切の兵器が設置されていないのは、これが理由。

 本来ならば連絡橋に置く筈のこれらさえもエリア内に引きずり込まれ、そしてエリア内で役割を果たしている。この銃弾の豪雨は、本当ならあの橋の上で発射されていて――あの女の子は、肉片ひとつ残さず血液を噴き散らす塵と化していた。

 

 何故、そうならなかったのが……これらがここにあるのかは知ることはできなかったが、何となく、わかる。

 寂しいんだ、ウタヒメは。自分以外の『動くなにか』が存在しないこの場所に居続けることが、たまらなく。だから彼女は……否、カイパーベルトは彼女を想い、せめて、とこれらをここへと置いたのだ。

 命令されたままに役割を果たし、そして散っていく。この機械と今を生きる人間と、何の違いがあるのだろう。

 撃ち漏らした他の兵器群へ向け方向を転換、駆け、放ち、砕き、壊す。繰り返し繰り返し、何度も、何度も。

 

 「ッ――!」

 

 その内に、嘘で造られた青空から飛行型の兵器群が飛来した。

 いくら私が常人ではないと言っても、空を飛ぶまでは不可能だ――が。

 

 「邪魔だッ…………」

 

 ガントレットのハンマーパーツをスライドさせ、エネルギーを充填。腕の先を、羽虫の群れのような機影に向け――

 

 「……――落ちろッ!!!」

 

 ――解放。放たれた、閃光を伴う衝撃波は機影の全てを巻き込み、空中にて爆破、四散させた。

 

 「……ふう……ふうっ…………」

 

 ガラクタとなった飛行兵器群が私のよこをかすめ、落下していく。目標であるグラブルガブルの中心部、その巨大な四角推へと目を向けると――ステルス機能を断ったのか、バチバチと放電しながらシルエットを浮かべる最中の巨大な二足歩行兵器が、入り口を塞ぐように立ち塞がっていた。

 

 

 *

 

 

 「人間は愚かだ」

 

 

 「絶えず争い、傷つけ、傷つき、そして滅びを繰り返す」

 

 

 「――だから私が、ウタを歌い」

 

 

 「みんなを――導いていく」

 

 

 *

 

 

 「がッ――――!!!」

 

 振りかざされた腕部ユニットに叩き付けられ、後方へと吹き飛ばされる。宙を舞いながらも、体勢は整え……コンクリートの地面へ、両足で着地することに成功した。

 ……わずかにダメージは負ったが、距離は取れた。

 両腕のガントレットのハンマーを、双方ともにスライド……両腕を腰だめに構え、目の前の、真っ黒い歩行兵器を見据える。こちらに向かい、距離を詰めようとしているようだが――図体が図体だ、遅い。これなら、釣りが来るぐらいのエネルギーを充填できる。

 

 「…………ふぅ…………すぅうううッ――」

 

 一秒、二秒、三秒――重ねていくほどに、両腕に集う閃光の量が増していく。

 目を閉じ、腰を深く落とし……四秒……集中力を研ぎ澄まし、五秒――今。

 

 「――ォォォォラァァァアアアァアアアッ!!!!」

 

 【Soul = Fluminas】

 

 解放。全身全霊の山突きを、眼前に向け撃ち放ち、ふたつの腕の先から迸る閃光が直線を描き、着弾――爆炎を噴き上げて、立ち塞がっていたそれは熱波と爆風とともに粉々に砕け散った。

 

 「はぁッ……!…………っ……?」

 

 撃破を確認した、その直後。青空は夕焼けへと変わり、突如として空気が張りつめた。

 兵器は全て撃破した――あとは目的を完遂するまでだ、と走り出す私の目の先――エリア中心部の四角推、その頂点の周囲に立体映像が浮かんだ。

 

 「なッ…………!?」

 

 浮遊する映像の、そのひとつに見覚えのある顔が映っている。

 多数の大人に囲まれて、負傷した腕を抑えながら膝をついている――あの少女は…………――

 

 

 *

 

 

 「悪く思うな」

 

 「ッ…………」

 

 「これも、ウタヒメのウタが示したものだ――」

 

 

 「……そうやって――」

 

 「あたしのパパと、ママも――殺したのか…………」

 

 

 「ああ」

 

 「それが、ウタなのだから」

 

 

 「…………ッ……!!」

 

 「……?……おい……どうした、翼――」

 

 「奏」

 

 「――すまない」

 

 「……?ッ!?おい、翼、お前、何しッ――!!?」

 

 

 「両親との再会を、喜ぶといい――雪音クリス」

 

 「――ああ、クソ……」

 

 「……死んでも、呪い尽くしてやる。なにも、かも…………」

 

 

 「……――――ぅぅうぅぅぁぁぁあぁああぁぁあああああああああッッ!!!」

 

 

 *

 

 

 巨大なモニターと、おびただしい数のケーブル。

 

 その部屋に足を踏み入れた瞬間に、私が目にしたのは、それと――――

 

 

 「――な」

 

 

 包み込むような輝きを放つ――巨大で、強大な……鏡、だった。

 

 

 【掌握】

 

 

 太陽の光――なんてものではない、熱と、衝撃が、五体を襲う。

 肉が剥がれる、骨が砕ける、腕が千切れ飛ぶ、視界が、失せる。

 

 

 「二十年間も……ウタを怨み続けたか」

 

 

 ――今にも消し飛びそうな意識の中へ……

 

 あの声が、飛び込んで来た。

 

 

 「そんな聖遺物(ガラクタ)の体になってまで」

 

 

 懐かしい声。変わらない声。いつまでも、いつまでも――愛おしい声を、耳にして。

 

 

 「己が運命に抗うか――――」

 

 

 千切れた肩から生える黄金を、剥がれた肉を塞ぐ黄金を、砕けた骨を繋ぐ黄金を、さらけ出し。

 胸の奥で、聖遺物(ガラクタ)と化した心臓が跳ね、脈動を続けているのを、感じながら。

 

 

 「立花、響ッ!!!」

 

 

 私は、彼女と、向かい合った。

 

 「……怨んでなんかいない――私は……ただ……!!」

 

 未だ繋がれている片腕を握り締め、突きつけ……

 開き、差し伸べて、示す。私の、かけがえのない存在へ――私の、歌姫へ。

 

 

 「小日向未来の、親友で――陽だまりで――あり続けたい――だけだッ…………!!!!」

 

 

 ――あなたの、帰る場所は。

 

 今も、ここにあるのだと。

 

 

 「(ウチ)に、帰ろうッ!!――――未来ッ!!!」

 

 

 




昔のフラッシュ作品を見返していて、すごく懐かしくなったので書きました。

初のひびみくでした。

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