OVERLORD 不死者の王 彼の地にて、斯く君臨せり   作:安野雲

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第5話、後編です。

最近、原作の内容の扱いについて、同じところはバッサリカットしてしまうか、あらすじ形式で描写しておくか、どっちがいいかで少し悩んでおります。


というわけで、どうぞ。

06/09
自衛隊員とロゥリィのレベルの設定を一部変更しました。

06/30
アウラの独白と台詞に、自衛隊の戦闘機に関する記述を追加しました。



第5話「いざ戦場へ」(後編)

「ハァアッ!!」

 

轟音を立てて横一線に振るわれた剣戟が、大鬼(オーガ)の首を斬り飛ばす。続いて、背後から飛び掛かって来たホブゴブリンを返す刀で両断した。

 

「おおっ!」

 

「す、すごい...」

 

その闘いぶりを目にしていた冒険者達から、どよめきと歓声が上がる。

 

「まさか、これ程とは...」

 

驚嘆の声を漏らしたのは、(シルバー)級冒険者チーム「漆黒の剣」のリーダー、ペテル・モーク。

その視線の先にいるのは、漆黒のフルプレートに真っ赤なマントを棚引かせる男。今回の仕事に同行していた(カッパー)級冒険者、モモン。

 

モモンは並の戦士では両手でも扱いきれないだろうグレートソードを、何と片手で木の枝の如く操り、凄まじい勢いでモンスターを狩っていた。

さらに、そんなグレートソードを二本も使っているにも関わらず、遠心力による負荷で身体の軸がブレることもない。

途轍もない膂力と強靭な体幹。

それら二つを持ち合わせていなければ成しようのない大技の連続である。

これに感心するなという方が無理な話だ。

 

漆黒の剣の面々、ペテル以外の三人も同様に圧倒的なモモンの実力に驚愕を露わにしていた。

チームの目であり耳である、レンジャーのルクルット・ボルブ。

森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。

そして、『術者(スペルキャスター)』の二つ名を持つ魔法詠唱者、ニニャ。

 

中でも、ニニャはチーム最年少ながら既に第二位階の魔法を修め、「通常の倍速での魔法習得」を可能とする生まれながらの異能(タレント)を持つ優秀な冒険者である。

そんなニニャからしても、モモンという冒険者は桁が違う存在に見えた。

 

だが、むしろ彼女(・・)が気になったのは、漆黒の剣士に付き従うもう一人の冒険者、ナーベの方だ。

組合所でモモンが宣言していた通り、美女の魔法詠唱者は第三位階魔法である火球(ファイヤーボール)電撃(ライトニング)を使って、モモンに負けず劣らずのスピードで次々に小鬼(ゴブリン)やホブゴブリンを葬り去っていた。

しかも、一発一発が相当な魔力を消費する筈のそれらの魔法を、ナーベは際限なく何発も撃ち続けている。

 

(彼らは、一体何者なんだろう...)

 

ニニャは呆気にとられながらも、彼らの闘う姿を見つめ続けた。

 

 

漆黒の剣のメンバーが初めて彼らを目にしたのは、昨日のある騒動でのことだった。

 

エ・ランテルの定宿で四人全員が集まって食事をしていた時、冒険者同士のいざこざがあった。

そのきっかけが何であったのかは、今となっては判然としない。荒事が常の冒険者の世界では、下らない諍いなど日常茶飯事だ。一々それらに気を払う程、冒険者稼業は暇ではない。

ただ、新参の冒険者に対して一部の連中が「洗礼」と称した乱暴な行為を仕掛けることがある。

その手のことかと、いつもと同じように誰もが我関せずの姿勢をとっていたが、しかしてその日だけは結果が違った。

 

何やら言い合いをしている雰囲気があったのは、ほんの一瞬。次の瞬間には、絡んでいった方の冒険者がいきなり弾き飛ばされ、店内は騒然となる。

ニニャ達も一体何事かと発端となった目立つ格好の冒険者へと目を向けると、件の戦士がドスの利いた低い声を出し、絡みにいったチームの残りの冒険者達が震え上がっていた。

残りの冒険者達に謝罪をさせてから、漆黒の戦士と美女の付き人は颯爽と二階へ去って行った。

 

店内に残された者達は、ただただあんぐりと口を開けてその後ろ姿を見送るしかなかった。

 

その翌日、四人が新しい依頼を探しに組合所に顔を出すと、その二人がいたのである。

彼らは組合でも相当目立っており、四人も遠巻きにその様子を見てみることにした。

受付でのやり取りでは、美女の方が第三位階の魔法を扱うことができ、戦士もそれに匹敵するだけの実力があると豪語する。

その言葉を聞いた周囲の冒険者達は半信半疑といった反応を示していたが、昨日の一件を見ている面々にはそれがあながち嘘だとは思えなかった。

 

そんな中、声を掛けてみようと最初に言い出したのは、意外にもニニャだった。

ニニャはチームの頭脳であり、後方支援という立場もあってか、常に慎重な行動を心掛けている。だからこそ今回のような思い切った提案をしてきたのは意外な事だった。

ペテル、ルクルット、ダインの三人はどうしようかと少し悩んだが、相談した結果ニニャの提案に乗ることに決めた。

実際のところ、少なからず彼らも昨日のことが気になっていたのである。

 

受付嬢とやり取りをしている横から話し掛けると、最初は不審そうな態度で応じられたが、此方の素性や昨日の宿でのことを伝え一緒に仕事をしないかと持ち掛けると、直ぐに警戒を解いてくれた。

そこで、対応していた受付嬢に断りを入れてから、二階へ移動して仕事の相談を始める。

互いに自己紹介をした時は、漆黒の戦士の名が「モモン」、女性の魔法詠唱者が「ナーベ」という名だと告げられた。

その際にヘルムで隠されていたモモンの素顔を見る機会があったが、その外見はこの辺りに住む人種とは大分異なるもので、ペテルは似たような容姿の人間が多いという南方の出身なのだろうかと思った。

気になって尋ねてみたところ、モモンからもそれが理由で気軽にヘルムを外せないのだと説明されて納得する。

そうして互いの紹介が終わった段階で、肝心の仕事の内容に話は移った。

今回漆黒の剣が想定していた仕事は、通常の依頼とはかなり異なるものだ。

 

 

それが、現在行っている、亜人・モンスター狩りである。

 

最近エ・ランテルに繋がる街道沿いでは、森から小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)が彷徨い出てくることがあり、通りがかった商人などの通行人が襲われる事件が起きていた。

商人たちもある程度の予算があれば護衛として冒険者を雇うこともできるだろうが、当然できない者らもいる。そんな者達の不幸な被害は後を絶たず、都政としても厄介な問題の一つとなっていたのだ。

 

そこで考えられた対策が、専守防衛型のモンスター退治の奨励である。

 

明確な依頼主がいるわけではないが、倒したモンスターの肉体の一部を持ち帰って証明することで、討伐数に見合った額の報酬が組合から出されるという仕組みだ。

当然、相手の出方次第の場当たり的な仕事になるので、日によって得られる成果はマチマチ。

それでも、最近はかなりの頻度で街道沿いで出没が確認されているので、恐らくそれなりの実入りが見込めるだろうと期待していたのだ。

そういう仕事だと説明するとモモンらも直ぐに同意し、その日のうちに早速エ・ランテルから出発することになった。

エ・ランテル東門から都外に出て森に近い街道に沿って進むと、都合良くというべきか、すぐさま小鬼(ゴブリン)の群れと大鬼(オーガ)数体に鉢合わせ、今に至る。

 

 

「...大体、こんなものか」

 

モモンもといアインズは、粗方周囲のモンスターを倒し切ったのを確認してから、二本のグレートソードを下ろした。

 

「皆さんも、大丈夫ですか?」

 

振り返って、同行する冒険者チームの面々にも声を掛ける。

戦闘中も漆黒の剣の面々の様子は視野に捉えていたので無事なことはわかっていたが、気遣いのできる男だと思わせるのも「モモン」という冒険者の心証を良くする為には必要なことだった。

 

「はい、此方も問題ありません。受けたのも掠ったくらいの軽傷ですから」

 

リーダーのペテルは、ニニャから軽傷治癒(ライト・ヒーリング)の魔法をかけてもらいながら、笑って答える。

 

「それにしても、さっきのは凄かったな!バッタバッタと斬り倒してさー」

 

ルクルットが剣を振り回す大袈裟なジェスチャーをするのを他の面々が笑って見守る中、アインズは「いえいえ」と控え目な返事に留めておく。

 

その後もアインズは称賛の声を受けつつも、度々姿を現す小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)を次々と討伐していった。

その道中、ニニャが討伐したモンスターの証拠として持ち帰る部位など、今後冒険者として活動する上で有用な情報を教えてくれたこともあり、アインズは今回の仕事で得られた収穫に大分満足していた。

金銭的な利益だけでなく、仕事の現場でしか手に入れられないような情報を得るのも重要なことだ。

 

結局、その日は夕方まで街道沿いを進み続け、適当な場所で野宿することになった。

今日得られた成果だけでも結構な額になりそうということで、仕事を切り上げエ・ランテルに戻るのは当初よりも二日早く、明日の夕方頃にしようとその場で決まる。

 

そして、万事が順調に進んでいると思っていたアインズにとって唯一緊迫した場面は、戦闘時ではなく夕食時に訪れていた。

漆黒の剣の皆にはフェイクとしての顔を既に見せているからこそ、下手な理由では食事は断れない。

 

そこで準備しておいたのが、宗教上の理由である。これは、「モモン」がこの辺りの人間ではなく遠い異国の地から来たという設定だからこそ使えたでっち上げの理由だ。

案の定適当に考えた宗教の設定を説明すると、少し変な顔はされたものの何か不審がられるようなことはなかった。

 

それ以外には特に気を付けなければならないこともなく、焚火を囲んでの話は「漆黒の剣」というチーム名の由来や、モモンとナーベの関係などといった内容に移り、事あるごとにルクルットがナーベに色目を使うも、悉く辛辣な態度であしらわれる、という繰り返しとなる。

その度に小さな笑いが起こり、終始和やかな雰囲気だったのだが、運悪く「自分の仲間」の存在に話題が移ったときだった。

その際のニニャの発言に対して、アインズは本音からつい粗暴な態度をとってしまったのだ。

すぐに自分の発言の拙さに気づき、慌てて適当な理由でその場を離れたものの、振り返って考えてみても軽率な言動だったと言わざるを得ない。

 

明日どんな顔で接すればいいんだろう、と本気で悩む死の超越者(オーバーロード)だった。

 

一方でニニャ達漆黒の剣の四人も、まだ出会って間もないモモンの内情に軽々しく踏み込んでしまったことを悔いていた。

特にニニャは―――――「自分の過去」のことも思い出して―――――何故もっと考えてから発言しなかったんだと自責の念に駆られる。

 

そんな風に、両者共に自分の行動が相手を不快にしているのではと心配になりながら、夜は更けていくのであった。

 

 

しかし、彼らはまだ気づいていない。

 

今まさに、この地へと「危機」が迫っていたことに。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「イタミ、イタリカに行きたい」

 

伊丹の第三偵察隊が自衛隊基地があるアルヌスの丘に帰還してから、早ニ週間近くが経過した頃。

仮設住居、各生活施設の設置や報告書の作成、糧食の管理など、コダ村の避難民への対応に追われていた伊丹達もようやっと当面の仕事が片付き一息つけるようになっていた。

 

そんな折、避難民の一人で、魔法を学んでいるという少女レレイ・ラ・レレーナが伊丹に会いに来ていた。

 

彼女は特地のヒト種の中でも特殊な「ルルド」の出身で、本来は定住地を持たず大陸を流れ歩く風習がある。それでも今までは、コダ村に住む魔導師カトー・エル・アルテスタン老のもとで魔法を学ぶ為に定住していた。

 

後からわかった話だが、老師は大陸でも魔導師中の魔導師と呼ばれる大賢者で、位階魔法は第5位階まで使うことができる戦闘魔法の大家であった。

 

その事実を未だ知らない伊丹は、今も書類仕事の最中だったが一旦手を止める。

 

「レレイ...か。今日はどうしたんだ?」

 

一週間ほど前に自己紹介をしてもらって以来、多忙さ故にコダ村の人々とはあまり接触する機会がなかったが、伊丹は既にその顔と名前をほぼ完璧に覚えていた。

 

「翼龍の鱗を売りに、行きたい」

 

レレイは流暢な「日本語」でそう告げる。驚くべきことに、彼女はたった二週間足らずで軽い会話なら難なくこなすことができるレベルまで日本語を習得していた。

伊丹もその時点で、レレイが如何に聡明であるかには気がついている。

そんなレレイが頼みに来たのだから、きっと何かしら含むところがあってのことなのだろう。

 

「翼龍の鱗を売りに、イタリカへ?」

 

伊丹がレレイの言う内容を反芻すると、彼女は「そう」と小さく頷く。

 

「イタリカは、アッピア街道とテッサリア街道の交点に位置する城塞都市。交易が盛んにおこなわれている、と聞いている」

 

「成程な、大体の話は分かったよ。でも...行けるかどうかは俺一人の判断じゃ決められないから、少し待ってくれないか?」

 

わかったと感情の薄そうな声で了承するレレイに、イタリカまでの距離や道程は知っているかと聞くと、一度カトー老師の用事に付き添いで行ったことがあるので特に問題ないという。

そこで伊丹は、より詳しい話を聞いてから、この件を報告しに行くことになった。

 

 

以前の柳田二尉の話通り、やはりというべきか、許可はすぐに下りた。

特地での実際の商取引を見ることができる機会であること、また避難民の自活の問題においても、上層部から否定的な意見が出ることはなかった。

むしろ、大量にある翼龍の鱗を採集する作業に人員を回したり、イタリカまでの経路をレレイ達と相談するなど、大いに協力していたといえる。

 

その結果、レレイが伊丹に頼みに来てから、僅か二日で出発することができた。

今回は非公式な任務であり、交戦国の帝国と武力衝突する可能性を避ける目的で、大部隊編制ではなく前回の任務と同じく第三偵察隊のみで行うことになっている。

前回の任務で部隊の調整と少数での作戦遂行が確認できたことも考慮しての判断であった。

また、護衛としてロゥリィが自ら進んで同行することになったのも、判断材料に含まれている。

 

そして、伊丹ら第三偵察隊、レレイ、ロゥリィは、イタリカに向けて出発するのであった。

 

 

自衛隊に対し「とある一件」について政府から呼び出しがかかったのは、伊丹達が出発した直ぐ後のことだった。

 

 

イタリカに辿り着いた伊丹達は、帝国皇女ピニャ・コ・ラーダと出遭い、不幸というべきか、都市を巡っての攻防戦に巻き込まれる。

偵察隊はピニャ率いる都市防衛側に回って、都市を攻める賊軍と対決することになり、イタリカの人々やピニャの騎士団の面々など多くの犠牲を払いつつも、最終的には自衛隊の大々的な介入によって都市は守られた。

攻防戦終結後は、本来の目的であった商取引でレレイが結構な額の収入を得たことや、ピニャから自衛隊の戦功への褒賞が与えられること等があった。

 

伊丹にとっては、戦闘に巻き込まれたことは想定外だったが、それ以降は順調に事が運んでいたといえる。

 

だが、伊丹達がイタリカを発つと、雲行きが怪しくなってくる。

ピニャの専属騎士団である「薔薇騎士団」の一行と遭遇し、自衛隊と約定を結んでいることを知らない女騎士達との間で小競り合いが起こったのだ。

伊丹の機転によって第三偵察隊はその場では難を逃れたが、当の伊丹は捕らわれの身となりイタリカに逆戻りにされてしまう。

結局、その件は自衛隊側の配慮と厚意によって大事に至らずに済んだが、先の戦いで自衛隊の実力を目の当たりにしていたピニャにはとても生きた心地がしなかった。

 

そんな風に、伊丹達はイタリカにいる間中、実に様々な問題に巻き込まれていた。

 

 

しかし、彼らはまだ気づいていない。

 

それら全ての出来事を、監視している者がいたということに。

 

 

 

 

周囲一帯を穀倉地帯に囲まれている城塞都市、イタリカ。その北部には大規模河川があり、そこから用水路を引くことで豊かな農作物を育てることができていた。

また、都市と河川の間には特徴的な二つの小高い山があり、街の風景との差でかなり目立っている。

その半分近くが鬱蒼とした木々で覆われており、小さな規模ではあるが森林を形成していた。

 

真夜中、暗闇に包まれた森の中から、ひっそりと都市の様子を見つめる目があった。

 

 

「うーん。やっぱり、わかんないなぁ」

 

誰に話し掛けるでもなく、そう独りごちたのは闇妖精(ダークエルフ)の少女。

ただ、その服装は少女が身に着けるものとは言い難いものである。

上下に革鎧を装備し、さらに赤黒い竜王鱗を使った身体に張り付くような軽装鎧。その上から、白地に金糸の入ったベストと長ズボンを着用している。その他にも魔法金属のプレートが埋め込まれた手袋や鞭、巨大な弓などを装備していた。

その外見では長く尖った両耳と浅黒い肌が目立つが、中でも特徴的なのは緑と青のオッドアイ。

ファルマート大陸では闇妖精(ダークエルフ)は少数の種族だが、彼女は更に珍しい見た目をしていた。

 

彼女の名は、アウラ・ベラ・フィオーラ。

その正体は、ナザリック地下大墳墓・第6階層の階層守護者。

今、アウラは至高の御方、アインズに命じられた任務の最中だった。

任務の内容は、「ジエイタイなる組織の手の者、特にイタミという名の男が率いる部隊の動きを厳重に監視し、逐一報告すること」

 

元々アウラはジエイタイの連中がコアンの森から引き返す途中でケモノを嗾けることを命じられていたが、水龍の襲撃という不測の事態によって一度はその任を解かれていた。

しかし、今回再び新たな仕事を任せられ、アウラはかなり気合を入れて臨んでいる。イタミという男については、最初の任務の前に知らされており、その外見も既に頭に入っていた。

連中はアルヌスの拠点に帰還してから暫く表立った動きがなかったが、二週間近く経過した後、イタリカという都市に向けて商取引の為に出発することがわかった。

先にその内容を報告した上で、アウラもシモベを使って後を追い、その行程で起こったこと、都市に到着してからの戦闘の結末までも見届けている。

そんなアウラには、どうしても腑に落ちないことがあった。

 

(...どうして、あの程度のヤツらのことを監視する必要があるんだろう?)

 

別に、任務の内容に不満があるというわけではない。御方からの命令はナザリックに属する者にとっては絶対であり、自分達の存在意義を示すことができるという意味で奮起して取り組むべきものである。

あくまでもアウラが抱いている感情は、純粋な意味での疑問。その感情の源は、少しでも至高の支配者のお考えを理解して、その意思や希望に沿える働きをしたいという意欲によるものだ。

だからこそ、「なぜ」「どうして」というアウラの感情に否定的な意味合いはない。全ては、理解の及ばない自分自身の能力に問題がある。アウラはそう考えていた。

 

ただ、至高の御方の御手を煩わせているジエイタイなる連中のことは、今すぐにでも消し去ってしまいたいという思いしか抱いていない。

 

「んー....よしっ」

 

暫くの間詰まらなさそうに監視を続けていたアウラは、両頬を軽く叩いて一度気持ちをリフレッシュする。

そして改めて監視対象であるジエイタイについて、自分の目で分析してみることにした。

 

まず、イタミという男をはじめとした、全く同じ緑色の装備で統一されたニンゲン達。それらの素のレベルは1か2程度。ナザリックの戦力からすれば、はっきり言って虫けら並としか言いようがない。

実際、守護者クラスの者が相手では闘いにすらならず、片手で弾いただけで木端微塵になり兼ねない、本当に虫程度の者達だ。

ただ、その武装も込みで「ガンナー」として評価するなら、レベル10程度といったところか。

しかし、その武装もプレアデスのシズが扱うものと似てはいるが、性能には雲泥の差がある。とても脅威となり得る水準には届かない。

 

次に、その連中に随伴するニンゲン、確かレレイという名の魔法詠唱者。此奴も大体レベル12か13あるかどうかといったところ。魔法を使うところを見ていないのでどの位階まで操れるか当初わからなかったが、ジエイタイの拠点で第二位階まで使えると言っていた。それが事実なら、やはり歯牙にかける必要もない。

 

最後に、彼らの護衛として伴をしている、ロゥリィという名の女。アウラが連中の中で唯一、一定の警戒を保っている相手である。

奇妙なことに、その身体はたしかにニンゲンのものであるように思えるのだが、その中身は全く異質なもので満たされているように感じられるのだ。それに、認識阻害の魔法が作動しているのか、その正体をアウラの目からは看破できない。

加えて、水龍との戦いやイタリカでの攻防戦で見せた戦闘力は、レベル50にも到達すると予測される。

ただ、まだ力の底が判断できるような戦いを見ていないことを含めると、隠し持った手の内次第では警戒度はより高めた方がいいかもしれない。

つまり、プレアデス辺りが一対一で闘った場合は苦戦を強いられる可能性があり、さらに未だ不明な点が多いということだ。だが、それでもこの地の特記戦力という程の実力があるとは考えにくい。それこそ、アウラの従えているレベル80以上のシモベであれば、単独でも勝利できる筈だ。万全を期して自分も出れば、勝利は揺るがないものとなるだろう。

 

であれば、やはり態々監視してまで対処すべき力を持った敵ではない。

 

そうすると、御方が着目しているのはその戦力ではなく、もっと別の何かだろうか。

 

「...う~ん」

 

一体それが何なのか、そこまで考えたアウラだったが、答えは直ぐには出そうにない。

 

「あっ、でも」

 

その時、アウラはふとあることを思い出した。

 

ユグドラシルにも自分の知識にもない、謎の物体を見たことを。

 

イタリカでの戦闘時、賊を空中から根絶やしにしたモノ。

見た目は虫のようにも見えたが、アウラにはその姿を正確に表現することはできなかった。ただ、空を飛ぶために生み出されたのだということだけはわかる、異様な形をしていた。

見たところ金属が使われていたようだが、かといってゴーレムとは言い難い。

しかも、中にはジエイタイの兵士らしき人間が納まっており、どうやら内部から操っているようだった。

中にいる人間以外の生命反応を感じなかったことから、特殊な魔獣であるという線も有り得ない。

 

では、アレはマジック・アイテムなのかというと、それも違う。

そもそも、あの物体からは魔力を一切感じなかった。魔力探知を阻害する魔法で魔力反応を消したとすれば、どうしても細工の跡が残ってしまうものだ。

最上位の探知能力を有するアウラでも見通せなかったことを踏まえると、やはり可能性としては低い。

アウラの見立てでは。何らかのエネルギーによって動かされているというところまでは掴めたが、それが具体的に何であるのかはわからない。

 

つまり、マジック・アイテムとも異なる法則によって動く道具だということになる。

考えられる可能性を一つ一つ潰していくと、そんな結論に落ち着く。

だが、これはナザリックとしては由々しき事態だ。

偉大なる御方は、この世界特有の法則について任務と並行して調べるようにと厳命されている。

その強さは、弟のマーレが所有しているドラゴンの足元にも及ばないが、あれ以上の手札をジエイタイが持っていないとも限らない。

現に、ジエイタイの本部があるアルヌスでは、未知の武装、攻撃手段が幾つか確認されていると聞いた。

至高の御方からは、そういった未知の存在に対する警戒は怠らないようにとも言われており、さらに守護者としても、支配者に少しでも危険を及ぼしかねない存在についてはきちんと認識しておくべきだろう。

 

人間同士の戦闘のつまらなさに、危うくこんな大事な報告事項があることを忘れかけてしまった。

 

「いけない、いけない!」

 

再び、アウラは自身の両頬を叩く。今度は先程よりもかなり力を入れる。

 

ただ、どうしてもアレが何なのかという疑問は尽きない。

というのも、なぜかあの飛行物体をじっと見ていると、何か引っかかる感覚があったのだ。

自分は実際にアレを見たのは今回が初めての筈であるのに、どうしてこれだけ気になってしまうのだろう。

たかが、人間ごとき脆弱な生物が扱っているものに過ぎないというのに。

 

「む~....仕方ない、か」

 

その後も、気になってうんうんと唸っていたアウラは、やはり今は監視の方に集中しようと思い直す。

少なくとも、今はあれこれ考えるよりも御方から与えられた任務を忠実に遂行することの方が重要なのだから。

気になっていることは、ナザリックに帰還してから、自分よりも智者であるデミウルゴスかアルベドに聞けばいい。

 

「よし!頑張るぞー!」

 

周囲に響かないように小声で自身を鼓舞したアウラは、監視任務を再開するのだった。

 




これにて、第5話は終了です。

次回の6話は、恐らくオバロ勢中心になりそうです。


それでは、次回「陽光聖典」でお会いしましょう!


...タイトルがネタバレ過ぎる。

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