OVERLORD 不死者の王 彼の地にて、斯く君臨せり   作:安野雲

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投稿が遅れてしまい、すいません!次回はもう少し早く更新できるようにします...

また、前回の自衛隊のレベルについて補足しておく必要があると思ったので以下に自分の中での設定を記載しておきます。

まず、自衛隊隊員の素のレベル(平均4~6)
レベル10以下だったので、レベル100のアウラでは、そこまで細かく正確な分析は難しかったということにしておこうと思います。

さらに、最新鋭の装備によって、最大で10レベル上がり、合計するとそれなりの冒険者くらいの強さになります。
ただ、今は旧式の装備ですので、レベルの上昇は5~6くらいということにしました。

また、これらの設定はあくまでも現在でのものなので、今後の特地での行動、経験次第で個々のレベルの変化も起こるという条件付きとなります。

それ以外にも、戦闘機とか戦車などはモンスターと似た扱いにするか、また別の基準を設けるべきか、その辺りについては追々考えていこうと思います。

そういったことも踏まえた上で、ご理解いただけると幸いです。

それでは、どうぞ。


第6話「陽光聖典」(前編)

ナザリック地下大墳墓・第7階層「溶岩」

 

この階層はその名の通り、世界全てが赤く塗り潰された空間だ。

あらゆるものを融解させるかのような溶岩の川が流れ、灼熱の空気が鉛の如く重々しく立ち込め、炎獄の最奥には、『赤熱神殿』と呼ばれる古代ギリシャ風の神殿が佇んでいる。

かつては美しい造形であったことを想起させる神殿は、既にその輝きを失い、一部は破壊されて荒廃し、堕落的な雰囲気に支配されていた。

 

その神殿の中央、他の場所と比べて少し盛り上がった小高い場所に、神殿の色と統一された白い玉座が置かれている。

 

その玉座に腰掛けるのは、最上位悪魔(アーチデヴィル)、デミウルゴス。

この第7階層の守護者を務める悪魔は、石造りの机の上に広げられた書類に目を通していた。

デミウルゴスが確認している書類には、各地に派遣した配下の悪魔達から集まってきた様々な情報が記載されている。

当然、デミウルゴスの元に上がってくるまでに雑多な情報は整理されているが、至高の御方に提出する前に、優先的に報告すべき事項や補足が求められる箇所の有無や、また、あってはならないことだが誤った記述が為されていないかなど、こうして最終確認する必要があるのだ。

山と積まれた書類の一枚一枚、一つ一つの項目に目を通していくという作業は想像以上に神経を使い、膨大な時間を消費するが、悪魔的な叡智を宿すデミウルゴスにとってこの程度は考え事の片手間にでもこなせる。

未確認だった書類の山は次々に片付いていき、確認済みの書類の方が山と積まれていった。

 

そうして暫く経った頃、全ての書類を読み終わったデミウルゴスは一息つくこともなく、すぐに席を立つ。

自身の配下の悪魔数体を呼び出して、確認済みの書類を第9階層にある御方の執務室まで持っていくように命じた。

それに続いて、命じたデミウルゴス自身も執務室に向かう。

その際、最優先で報告すべき内容の書類、資料を自身の手に携えていた。

 

第9階層「ロイヤルスイート」はかつては至高の御方々が住まわれた場所であり、このナザリックにおいて最も神聖な場所である。現在のような緊急時でなければメイドや一部の者しか立ち入りを許されない領域だ。

 

両手を全開に広げても壁に当たることのない広大な廊下を通って向かった先は、現在の執務室として使われている支配者の私室だった。

扉の両脇に立つ蟲人の衛兵は無視して、デミウルゴスは軽く扉をノックする。

顔を出してきたメイドに用件を伝えると、少しの間待たされてから入室を促された。

しかし、誇るべき主人の部屋への入室を許可されたデミウルゴスの顔に、喜悦の色は見られない。

今、この墳墓に支配者がおられないことをナザリックの皆が知っているからだ。

彼の御方は今、ナザリックからは遠く離れた未知の大陸に向かっている。

支配者が大墳墓を出発してから、既に三日が過ぎていた。

 

ならば、今執務室にいるのは誰なのか、自ずと答えは出る。

 

「やあ、アルベド。執務中に悪いね」

 

デミウルゴスは、主人の執務机に座る守護者統括に声をかけた。

 

「問題ないわ。丁度急ぎの業務は終わったところだから」

 

そう言ったアルベドは、いつもと変わることのない薄い微笑みを浮かべる。

 

「...それで、書類がまとまったから渡しに来たということだったけど。それだけなら別に貴方自身が来る必要はなかったんじゃないかしら?」

 

そう言われることも、その言葉の裏にあるものも十全に理解しているデミウルゴスは僅かに口角をあげて答える。

 

「ええ、貴方の考える通りですよ。直接伝えておいた方が良いと思われることと、あと少し意見の擦り合わせをしたい事項がありましてね」

 

「そう...」

 

アルベドは、デミウルゴスが持つ書類にチラリと視線を向ける。

 

「―――――あの者達のことね」

 

「はい。今後の対応について、先に話をしておいた方がいいかと」

 

「わかったわ。私もアインズ様のお考えになっていることについて、確認しておきたいと思っていたところだから」

 

守護者統括からの了承を得たデミウルゴスは、一呼吸置いて自分の推論を語り始める。

 

「……アインズ様は仰りました。ナザリックに対して明確な敵対行動を取らない限り、此方から直接的に攻撃を加えることは禁止すると。そして、なるべく彼らに近い位置で気取られないように情報を集めることを求められました。

であれば我々が次に考えるべきなのは、そう仰ったアインズ様御自身が彼らから距離を取り、別の大陸で活動を始められたということです。さらに、ナザリックを発つ前にアインズ様はくれぐれも軽率な行動は取らないようにとの御下命も下されました」

 

つらつらと語っていたデミウルゴスは、そこで一度言葉を区切り、アルベドの様子を窺う。

アルベドの微笑に変化がないことを確かめてから、デミウルゴスは再び語り始めた。

 

「アインズ様は今回の一件に対して、今までとは異なり抽象的かつ最小限の命令のみに留められました。それはなぜか?

そこで一つ、我々にも考えられることがあります。御自身はお言葉にこそ出されませんでしたが、今回の一件に我々シモベ達が主体的に対処することを望んでおられるのではないか、ということです。では、もしそうであったならば、アインズ様が望まれているものは一体何なのでしょうか?」

 

デミウルゴスはそれまで黙して話を聞いていたアルベドに話を振って、言葉の先を促す。

 

「そうね……考えられる可能性は幾つかあるわ。でもお命じになられた内容からすると……試験(・・)、でしょうね」

 

アルベドが自分と同意見であったことを確かめたデミウルゴスは、満足そうに頷きその言葉を引き継ぐ。

 

「はい。恐らく、我々を試しておられるのでしょうね。アインズ様は絶対なる叡智と強大なる力を併せ持つ御方です、この世界の者共を凌駕し屈服させることは造作もない……。

しかし、この世界は広大です。それら全てを支配下に置くとあっては、たとえ御方とはいえ手が足りないかもしれません。そこで、今回の命令においてアインズ様は我々に求められているのです。ただ指示を受けてから動くのではなく、ナザリック全体の利益に繋がる結果を得る為に、個々が行動するということを。

しかし、それだけではありません。アインズ様は彼らへの接触について、明確に敵対するまでは此方からは手出ししないようにとも仰りましたね?それは即ち、ナザリックの持つ武力に頼るのではなく、別の方向からのアプローチを試みよという御指示なのでしょう」

 

デミウルゴスの持論を聞いていたアルベドは、彼の話が切れるのを待って、自身の考えとの確認を行う。

 

「その必要性は突き詰めて考えれば分かることだけれど、この世界の者達を支配下に置くにあたって、反抗の意思を抱かせないことを目的としているのよね?」

 

「ええ、勿論です。それと同時に『プレイヤー』の存在も考慮しなければなりません」

 

デミウルゴスが発したその言葉に、アルベドは特段変わった反応を示すことはなかった。

 

コアンの森のエルフ達から聞いた伝承。世界を脅かした八欲王の存在について、守護者達にも情報は共有されていた。

彼らは、まず間違いなく自分達と同じユグドラシルからこの世界に転移してきた者だろう。

それは、彼らが位階魔法を世界に広め、ユグドラシルにあったアイテムを広く認知させたという言い伝えからも明らかだ。

 

だが、それはつまり、ユグドラシルのプレイヤーが今後現れるか、もしかすると今もこの世界の何処かにいる可能性があるということでもある。

 

この世界においてユグドラシルプレイヤーの持つ力がどれだけのものであるかは、先日の炎龍との一戦を以てしても容易に把握できる。

もし転移してきた他のプレイヤーが悪名高いナザリックのことを快く思っていなかった場合、敵対に発展するかもしれない。また、この世界で傍若無人な振舞いをした場合、たとえナザリックに元々悪感情を持っていなかったとしても、善寄りのプレイヤーから反感を買う可能性もある。

 

敵対するプレイヤーへの対処と、自ら敵を増やさないようにする為の支配体制の確立。

 

それらを踏まえた上でナザリックに属する者達全員が目指す「世界征服」への道筋、さらにその先の未来像とは何か。

 

「――――――この世界を表面上(・・・)は平和裏に統合していき、最終的には全ての種族を包括的に掌握。そこから、アインズ様を頂点としたナザリックによる国家体制を確立。そして盤石な支配の下、来たるべき敵対プレイヤーに備える。と、アインズ様は少なくともここまでお考えでしょう」

 

デミウルゴスは丸眼鏡を持ち上げつつ、淀みなく己が推測を述べる。

アルベドがそれに頷くと、暫しの間執務室には沈黙が訪れた。

 

 

「おっと、そういえば」

 

デミウルゴスはそこで、さも今思い出したかのように言うと、手元にあった資料をアルベドに手渡す。

受け取ったアルベドは書類に目を落とし、ある程度読み進めると、目を細めた。

 

「これは……」

 

書かれている内容。それは、ジエイタイの武装に関する情報だった。

特に、注目すべきはある一つの装備品。

 

『銃器』

 

ユグドラシルにあった武装の一つ。ガンナーの職業を取得した者が装備できるマジック・アイテム。

それ以外のマジック・アイテムとは一線を画す特徴を持つ、非常に特殊なアイテムである。

正確には、魔法を施された武器であり、『魔銃』と呼ばれるものであったが。

 

ナザリックのNPCでは、プレアデスのシズ・デルタしか用いておらず、守護者達にとっては朧気な記憶だが、ユグドラシルではそれ程流通しているものではなかった。

 

だからこそ、懸念すべき問題だといえる。

 

なぜ、ジエイタイがその装備「のみ」を使っているのか。それも全員が等しく同じ装備をしているのである。

 

この世界のマジック・アイテムと同じくユグドラシルのプレイヤーが広めたと考えるのが自然だが、それではなぜ一つの装備しか伝わらなかったのか。

 

転移したプレイヤーがガンナーであったという可能性もあるが、アウラからの報告で魔術は一切使用されていないということがわかっており、やはり疑問が残る。

 

さらに、気になることがもう一つ。

アウラからの報告にもあった、銃以外のジエイタイの攻撃手段についてである。

アルヌスからのシャドーデーモンにも調べさせていたことだが、ユグドラシルには存在しないモノが幾つも発見されているのだ。

ジエイタイの兵士は、それらを「センシャ」や「ヘリ」、「セントーキ」と呼んでいるとのことだった。

中に人間が入って何らかの術で操作するものであるようだが、生命反応は一切なく、金属製であるものの、ゴーレムなどとはその仕組みや姿形からして全く異なる、未知の物体だという。

人間が操作することによって動き、様々な行動を可能とし、物によっては空中を飛行することもある。

実際に模写したものを幾つか確認したが、やはり見たことのないものだった。

 

しかし、なぜなのか、デミウルゴスはそれが何であるのかが無性に気になってしまう。

具体的にどういう理由で気になったのか、それが未知の危険であるということ以上に言葉では言い表せない感覚があったのだ。

智者として創造された自分ですら、辿り着けない謎。

初めて報告を受けた時から、今に至るまでデミウルゴスの心中にはその謎による焦燥感が留まり続けていた。

 

その為、最優先の報告事項として銃器の存在に続く形で、手渡した書類には記載されていた。

アルベドもその箇所を確認したのだろう。常に余裕のあったその表情に、僅かな揺らぎが生じたのを、デミウルゴスは見逃さなかった。

 

「アルベド、こえは由々しき事態です。アインズ様には最優先で報告すべきではないでしょうか?」

 

「そうね...ええ、貴方が懸念していることはわかるわ、デミウルゴス」

 

アルベドは瞬時にデミウルゴスの考えに辿り着き、理解を示す。

 

「...それと、シズには念のため確認を行いましたが、やはり知らないようでした」

 

「そう……なら、引き続き調査を行うしかないわね」

 

アルベドは一旦そう言って話を終わらせたが、渡された書類を後で要確認するつもりなのだろう、引き出しには仕舞わず自身の脇に置いたままだ。

 

デミウルゴスも疑問は残るが、現時点ではどうしても憶測の域を出ない。想定される可能性は幾つも考えていたが、その中には余りに荒唐無稽と思えるものすらあり、その頭脳を以てしても答えを導き出すことは容易ではなかった。

 

「……ですが、私達の主はあのアインズ様です。我々では及ばないそんな問題ですら、既に答えを見通されているかもしれませんね」

 

「ええ、そうね。あの御方のことですもの、いつも私達の遥か先を行っておられるのよ」

 

それまで守護者統括としての役割を全うしていたアルベドが、瞬く間に笑みを深める様子を視界に捉えながらも、デミウルゴスは至って冷静に言葉を続ける。

 

「とはいえ、そう言っているだけでは我々の有用性を示すことはできません。この度のアインズ様の出征は、我々に少なからず期待して下さってのものなのですから。先だって、まずはジエイタイ、次いでロムルス帝国と、アインズ様が望まれる方法で以て統合していかねばなりません」

 

当然、ジエイタイの武装の問題に関してもただ支配者に助けを乞うのではなく、自分達自身で解決するべきだということだろう。

 

夢想の世界に入ろうとしていたアルベドも「期待」という言葉にハッとすると、デミウルゴスの方に向き直って首肯する。

 

「その通りよ、デミウルゴス。当然、失敗は許されないわ」

 

「無論ですね。今回の作戦で失態は許されない……アインズ様に失望されることこそ、最も避けるべきことなのですから」

 

針のように鋭い視線を一身に受けるデミウルゴスは、落ち着き払った表情の中にも、確固たる決意をその言葉に滲ませた。

 

 

「分かっているなら問題はないわ―――――――――そう、全てはアインズ様の為に」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふぅ……」

 

アインズは、周囲に聞こえない程の小さな溜息を漏らす。

ヘルムの中から視線だけで前方を窺うと、冒険者チーム「漆黒の剣」の四人の背中が目に入った。

その後ろ姿は、今朝出発した頃とは違い活気を取り戻しているように見える。

 

(良かった...)

 

アインズは声に出すことなく、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

結局、朝まで昨晩のギクシャクとした空気を引き摺ってしまい、気まずい雰囲気のまま仕事を続けることになるのかと思っていたところ、ふとしたきっかけで和解することができたのだ。

 

(……しかし、ちょっとしたことがきっかけになることもあるんだな。確かに、こういうことは会社で働いていた時も時々あったけど)

 

和解話のきっかけになった、遠くに見える、山頂に雪の積もった雄大な山々、アゼルリシア山脈に目を向けた。

ニニャによると山脈にはドワーフの国があり、またフロスト・ドラゴンなどの強大なモンスターもいるのだと教えてくれた。

 

特にドラゴンについて、機会があれば調べてくれるという話をしたことが和解に繋がったのだが、アインズとしても本音からそれらの情報を得たいという気持ちもあった。

 

ファルマート大陸で見た炎龍と何らかの関係があるのか、またその強さは如何ほどなのか、それ以外にも素材としてどの程度使えるのかなど、興味が尽きないところである。

 

「ん?おい、待て。何かおかしいぞ」

 

そういったことに考えを巡らせていた最中、緊張したルクルットの声で現実に引き戻された。

 

「どうかしたのか?」

 

先頭を歩いていたペテルが、すぐさまルクルットに確認を取る。落ち着いているが、その声には僅かに緊張の色が表れていた。

 

「ああ、嫌な感じだ……何か、南西の方角から近づいてくる。それも複数だ」

 

ルクルットの険しい表情と相まって、一行に警戒感が高まっていくが、次いでもたらされた情報に、漆黒の剣のメンバーは息を呑む。

 

「数も多いぞ、数人どころじゃない……何十人といるかもしれねぇ」

 

「そ、それだけの数……もしかすると、野盗か?」

 

ペテルの推測に他の面々も渋い顔を浮かべる。

この周囲は三つの人類国家の国境沿いに位置しており、互いに不干渉地帯とされている。

そんなところに纏まった数の兵団が送られるとは考えにくい。もしそんなことをすれば、他国への侵略の意思ありと受け取られ、最悪の場合は国境を介して三国全てが戦争に突入する可能性すらあるからだ。

そのため、漆黒の剣のメンバーはこの時点で国が関与している可能性は排していた。

 

「どうしますか?もし進路を変えず此方を標的にしてきたら、少し不味いかもしれませんが」

 

アインズの推測にペテルは暫し考え込むような仕草を見せた後、考えを固めたのか一つ頷いてから応じた。

 

「そうですね、闘うか逃げるか...でしたら、やはりここは安全な方を取りましょう」

 

「でも、逃げるったって何処に逃げるんだ?幸い今いる街道は木々に囲まれてるから視界は通らないが、もう少ししたら南からの見晴らしが良くなってくる。その辺りで相手が急に進路を変えてきたら、下手すりゃ鉢合わせになることだってあるかもしれないんだぞ?」

 

ルクルットは普段のお茶らけた雰囲気を一切感じさせない厳しい表情でペテルに問う。

 

「わかってるさ。だから、ここからは慎重に行動しよう。確か、今いる場所から北東に少し歩いた場所にトブの大森林に接した村があったはずだ。丁度向かってくる方角とは真逆だし、とりあえずそこまで移動してから森の中に身を隠そう」

 

ペテルの提案に、この辺りの土地勘に優れたルクルットとダインも成程、と頷く。

今いる場所から南へ下っていった先には、あの呪われた地として有名なカッツェ平野があり、その周辺には平原が広がっており、視界を遮るものはほとんどない。

それとは逆に、北側には幾つかの小さな林や丘などが点在しており、身を隠しながら移動するにはもってこいだといえる。

 

しかし。

 

「……でも、それだとその村まで被害に遭うかもしれない」

 

それまで黙っていたニニャが、ポツリと呟いた。その言葉に、リーダーのペテルを含めた三人も表情を曇らせる。

 

出来ればそんなことになるのは避けたい。

だが、このままでいれば自分達が危険な目に遭う確率も高いのだ。

 

「……すいません、ニニャ。でも、こうしていても自分達が襲われることになるだけです。それなら、せめて連中が村に向かっているとわかった段階で、村人たちにすぐ避難するように伝えましょう。それで、どうでしょうか?」

 

「それに、あの辺りには噂によると森の賢王とかいう強大な魔物がいるらしいぜ。もしかすると、村の危機にそいつが現れるかもしれないだろ?」

 

「うむ。しかし、ルクルットは楽天的すぎるのである」

 

いつものおどけた態度のルクルットを見て少しだけ余裕を取り戻した面々は、改めてニニャの返事を待つ。

ニニャは緊張した表情をやや崩しながらも、何かを思い出しているのか、遠い目で何処かを見ている。

 

しん、とした静寂が周囲を包んだその時、口を開いたのはアインズだった。

 

「――――もし、何かあったときは、私も力を貸します」

 

自信に満ち、聞く者を落ち着かせる心強さを持った声だった。

 

「モモン、さん……」

 

ニニャは一瞬驚いた顔をした後、その眼は何か眩しいものを見たかのように細められた。

 

一度足元に視線を落とし、それからややあって、すくっと顔を上げる。

その顔には、はっきりとした決意の色が見て取れた。

 

「……わかりました。行きましょう」

 

 

それからの一行の動きは早かった。

予定通り北東のカルネ村に辿り着き、ルクルットの探知でやはり村に向かってきていることがわかったために、村人たちにその旨を急ぎ伝える。

謎の一団の足取りを逐一確認していたルクルットは、「もしかすると最初からこの村が狙いだったのかもしれない」と言っていた。

迫り来る危機を知らされた村人らの方は右へ左への大騒ぎになったが、何とか村長を中心に統制をとってもらい、今から慌てて逃げるよりも隠れてやり過ごした方が良いという結論に達する。

 

多少の混乱はあったものの、最終的には隣接する森の茂みに身を隠すよう誘導することができた。

しかし、辺境の小さな村で決して人口は多くなかったものの、それでも全員を移動させるとなるとかなりの時間がかかってしまう。

 

村人全員が避難をし終わる頃には、既に目と鼻の先まで一団の気配が迫っていた為、ニニャ達も急ぎ村人と同じように少し離れた物陰へと隠れた。

それを見届けたアインズとナーベラルは、村全体の景色が見やすい位置へと移動し、直ぐに動けるように待機する。

あっという間に無人と化したカルネ村を、周囲の茂みから人々が見つめるという奇妙な空間が出来上がるが、その場に漂う緊迫感が、そんな冗談をいえるような状況ではないということを物語っていた。

 

それから間もなく、遠くの方から蹄の音が聞こえ始め、徐々にその数が増していき、音は次第に村へと近付いてくる。

 

そして遂に、村へと姿を現した侵入者たちを見て、村人らは息を呑む。

いや、村人だけではない。漆黒の剣のメンバーも、同様に驚愕を露わにした。

 

連中を地理的条件から野盗であると結論付けていた面々は、余りにも想定外の出で立ちをした侵入者の姿に眼を釘付けにされる。

 

 

そこにいたのは、リ・エスティーゼ王国の隣国、バハルス帝国の紋章が入った鎧を纏う兵士達だった。

 

 

「な、なんだありゃ……!?」

 

自身の予測が大きく外れたことに驚きを隠し切れないルクルットは、誰に問うでもなく小さな悲鳴を漏らす。

 

「見たところ、帝国の鎧のようですが……しかし、一体なぜこんなところに?」

 

ペテルも同様に予想だにしない者達の姿に、疑念と警戒から表情を険しいものとする。

 

「そ、それより不味いです!今ので村人たちが混乱し始めています、このままでは……」

 

「このままでは、相手に此方の気配を悟られてしまうのである!」

 

想定外の侵入者らの登場に一同は混乱するが、対する相手方はそんな此方の事情など知らず、また動揺が収まるのを待ってくれることもなかった。

 

村に人の気配がないことに最初は訝し気な様子を見せていたものの、隊長らしき男が痺れを切らしたのか、村に火を放つように他の兵に命じたのである。

 

その命令を耳にした村人達の恐怖は、遂に臨界点に達した。

 

そして―――――――――

 

 

「やめて!」

 

愚かにも、一人の幼女が茂みから飛び出してしまった。

 

「ネム!?」

 

続いて悲鳴を上げて同じ茂みから飛び出してきたのは、歳の程が15、6の少女。

 

「なんだ、やっぱりいるじゃあないか!」

 

二人の女子を目ざとく発見した隊長らしき男は、口元に下品な笑みを浮かべながら近付いていく。

その手には、刀身を鈍く光らせたロングソードが握られていた。

 

「ひっ……!」

 

それを見た年上の少女の顔から血の気が引いていくが、何とか震える身体で幼い女児を庇う。

 

「お、お願いします!どうか、どうか妹だけは...!」

 

「おねえちゃん!」

 

そんな少女の必死の懇願にも、男は応じることなくただ残忍な笑みを深め、剣を振り上げた。

 

「……ッ!」

 

自分の末路を悟った少女は、せめてネムと呼ばれた妹だけでも守ろうと背中に隠し、目を瞑る。

 

魔法の矢(マジック・アロー)!」

 

だが、覚悟していた痛みが訪れることはなく、代わりに自分を殺そうとしていた男の苦痛の叫びが聞こえた。

 

何事かと伏せていた眼を背後に向けたとき、其処には一人の少年が立っていた。

 

 

「ニ、ニニャッ!?」

 

ペテルは突然飛び出していったニニャの行動に呆気にとられてしまい、直ぐに動くことができなかった。

 

「や、やばいぞ!アイツ、一人で行っちまった!」

 

ルクルットだけは慌ててはいるもののいち早く動くことができ、茂みから飛び出していく。

こうなってしまっては、最早隠れているわけにもいかない。

本来、冒険者は国家に関わる問題に関与することを避けなければならない不文律があるのだが、今回のような場合はどうすべきかの判断が難しい。

さらに、襲われているのが戦争などに関係しない村人であることから、完全に自分達の範疇外とは言い切れないのが状況を面倒にしている要因でもあった。

 

だが、それ以上に漆黒の剣の足を重いものにしていたのは、相手方との数の差であった。

見たところ特別な装備を身に着けているわけではなく、通常の兵士の武装に見えるので、一人一人への対処という意味ではある程度の力がある冒険者であれば問題はないだろう。

しかし、それが十や二十を超えるとなれば流石に話が変わってくる。

幾ら個々の能力で上回っていても、数で圧されれば銀級の彼らでは対処し切れない。

 

それがわかっているからこそ、どうすべきか悩んでいた漆黒の剣の三人だったのだが、もう既にチームメンバーの一人であるニニャが先行してしまった以上、取れる選択肢は一つしかなかった。

 

「ニニャ!私とルクルットが引き付けるから早く後ろに下がってください!」

 

ルクルットに促されて、何とか平静を取り戻したペテルが木の影から姿を現す。

 

「す、すいません!ボク、どうしても――――」

 

「わかってるよ!それより今は、援護に集中してくれ!」

 

「ええ、そうですよ。それから、ダインも頼みます!」

 

ペテルが呼びかけると、背後から了解の声と同時に、突如として近くの茂みが蠢き始め、幾本もの蔦が伸びた。

 

「な、なんだぁ!?貴様らはぁ!」

 

冒険者からの急襲に怯えた叫びをあげる男の右腕には二つの穴が空いており、ニニャが放った魔法によって完全に委縮しているようだった。

 

「ベリュース隊長!下がってください!」

 

そんな狼狽する隊長とは逆に、素早く行動を起こすことができた隊員を中心にして陣形が成されていく。よく訓練されているのであろう連携の取れた動きで、隊長の男を背後に守る形で扇状に隊員が配置され、展開が完了する。

 

その動きの速さに、ペテルは思わず顔を顰めた。

出来ることなら、自分達の登場に対してもっと多くの人数の動揺を誘いたかったのだが、こうなってはそれも望めない。

 

「よ、よし、いいぞ!そのまま数で圧し潰せ!」

 

自分を守る壁ができたことで安心したのか、ベリュースと呼ばれた隊長は得意げな態度を取り戻すと大声で指示を飛ばす。指示に従って陣形を崩さぬまま迫って来る様子は、言葉通りまさに圧し潰す壁のようであった。

 

「相手が冒険者でも問題ない!数の利を活かして何もさせるな!」

 

ニニャ達の登場に際していち早く行動を起こしていた隊員が兵達を鼓舞し、一直線に突っ込んでくる。

 

「くっ...!」

 

ペテルとルクルット、さらに木の陰に隠れて術を使っていたダインも飛び出してきて防御の構えを取ろうとするが、圧倒的な数の差の前では、それは余りにも頼りない盾だった。

 

ニニャも杖を強く握り締め、思わず顔を伏せようとするが、それよりも早く視界に黒い影が映り込む。

 

そして、続いたのは金属同士がぶつかり合うけたたましい衝撃音と、複数のどよめき。

 

恐る恐るニニャが見上げた先には、自分達が待ち望んでいた彼の姿があった。

 

「……すいません、遅くなりました」

 

 

それから先の展開は、ただただ圧倒的としか言いようがなかった。向かってくる兵達は皆、一撃で吹き飛ばされ、漆黒の剣士に傷一つ付けることも叶わない。

彼を囲んで何とか死角から攻撃をしようとしても、異常な瞬発力で反応され叩き潰されるか、連れの魔法詠唱者によって無力化され、最早部隊に打つ手はなかった。

 

「な、何なんだ、これは……?」

 

ベリュースは、目の前で味方が次々と薙ぎ倒されていく有様を、ただ茫然と見つめていた。

 

「た、隊長!不味いです、撤退の指示を!」

 

「……ッ! ……ああ」

 

近くに控えていた隊員の上告を聞いて、ようやく我に返る。

 

そうだ、それしかない。

まさか、こんな辺境の村にあんな化け物がいるとわかる筈がないのだ。

自分は何も悪くない。

悪いのは、事前の調査を怠っていた本国の連中だ。

だから、自分が此処で撤退することを誰かに責められるわけがない。

 

自分の中でそう結論付けたベリュースは、金切り声で撤退の指示を全隊に下す。

 

「そ、総員、撤退!撤退―――――!」

 

指示を聞いた隊員、その中で動ける者らは、弾かれた様に動き出して遁走を開始した。

ベリュースも一目散にその中に紛れ、漆黒の剣士と逆の方向へと逃げ出す。

背後で何人かの声が交錯しているようだが、そんなことなど今はどうでもよかった。

 

死にたくない。ただその思いだけでベリュースは敗走するのであった。

 

 

しかし、彼はまだ知らない。

 

すぐに、あの時死んていた方がマシだったと思えるようになることを。

 

彼は、まだ知らない。

 

 

 

 

「モモンさん、あの連中を逃がしてしまってもよかったんでしょうか?」

 

ニニャは撤退していく連中の背中を睨みながら、モモンに尋ねる。

村に被害こそ出なかったものの、連中には相応の報いを受けさせるべきだとニニャは思っていた。

 

『――――――おねえちゃん!』

 

あの時、ニニャの身体を突き動かしたのは、一人の少女の叫びだった。

 

頭を過ぎったのは、幼き頃の記憶。

今、こうして冒険者という稼業につくことになった理由となるもの。

 

(……姉さん)

 

あの日、姉を連れ去った下卑た貴族と、ベリュースという男が重なって見えた。

それだけで、ニニャの内側からは黒い感情が漏れ出しそうになる。

 

(……でも、できることなら、モモンさんには知られたくない)

 

後ろ暗い感情に支配された自分を知られたらどうなるか、考えるのも怖かった。

そんな不安な心情を抱えつつ、ニニャは漆黒の剣士の反応を窺う。

 

「……難しいところですが、もしかすると後詰の兵が控えている可能性もあります。確かに打って出るという手もありますが、あまりお勧めはできません。今は、相手を引かせられただけ良かったと思いましょう」

 

「……そう、ですね」

 

少し不満を抱えていたニニャも、モモンの冷静な分析の前では納得するしかなかった。

何よりも大切なのは、自分と仲間、皆の命だ。

そう考えると、心の中でジワジワと広がっていた黒い感情が薄らいでいくのが分かった。

 

ニニャが顔を上げれば、そこには自分を待つ漆黒の剣の仲間の姿があった。

みな、激戦によって疲れ果てているが、それでもその顔には一様に満足感から朗らかな笑顔が浮かんでいる。

 

それを見たニニャも同じように笑顔を浮かべると、仲間達、そしてモモンが待つ場所へと歩き出した。

 

 

王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。彼とその直属の部隊がカルネ村を訪れたのは、それから数時間後のことであった。

 

ニニャ達、漆黒の剣の激動の一日は、まだ終わらない。

 

 

 

「―――――各員、傾聴。獲物は檻に入った。汝らの信仰を、神に捧げよ」

 




第6話、前編これにて終わりです。

さて、先日は遂に第三期のPVも公開され、夏に向けて期待も高まってきましたね!
自分も今から楽しみです。

最後に、次回の更新についてですが前書きにもある通り早めに投稿できるようにしたいのですが、私用の都合でもしかするとまた遅れるかもしれません...

その際はどうか、気長にお待ちいただけると幸いです。

それでは、次回後編にてお会いしましょう。


06/30
アルベドとデミウルゴスの会話に、一部内容を追加しました。

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