OVERLORD 不死者の王 彼の地にて、斯く君臨せり   作:安野雲

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前回のあらすじ
モモンガ様がアインズ様に進化しました。

ということで、どうぞ。


第3話「超越者との邂逅」(前編)

その夜、コアンの森には静かな雨が降っていた。

 

夜雨は、炎龍の襲撃によって焼け落ちたハイエルフの集落に留まり続けている。

しかも、上空に雨雲はない。

何もないところから、シャワーのように雨が降り注いでいるのだ。

明らかに自然に起こる現象ではない。

 

<降雨(ザ・レイン)>

文字通り、一定時間、指定のフィールドに雨を降らせるエフェクトを付与する、天候を操作する魔法の一つだ。

第6位階魔法により大規模な天候の変化が可能な、<天候操作(コントロール・ウェザー)>があるが、この魔法は雲のみを操作できる<雲操作(コントロール・クラウド)>と同じ第4位階に属している。

ユグドラシルでは、炎熱系の追加ダメージを与えてくる特殊フィールドへの対策や、MP消費が少ない為に<大治癒(ヒール)>の代わりとして火傷ダメージの軽減・回復に用いられることが多かった。

 

アインズは集落が消火されていく様を見ながら、ゲーム以外の世界ではこのような使い方もできるのかと、と新たな発見を喜んでいた。

恐らくこの魔法のように、ユグドラシルとは異なる使い方、効果をもたらす位階魔法は多くあることだろう。

今後、実戦を中心に検証を重ねていく必要がある。

 

「...凄い、ですね」

 

「うむ?そうか?」

 

そんなことを考えていると、呆気にとられながら空を見上げていたホドリューが話しかけてきた。

既に、ドラゴンから助けた二人の名は聞いている。

推測通りあの二人は親子であり、父の方がホドリュー、娘の方がテュカという。

二人はアインズ達と集落に戻って救助を行っていたが、やはり手が足りず、アインズがスケルトン数体を召喚して補佐に当たらせている。

アインズはその間、<降雨>を発動させて集落の延焼を防ぎ、鎮火も同時に行った。

その中、救助されたエルフの中で、意識がはっきりしていた者が救助していたスケルトンの姿を見てパニックになることがあったが、ホドリュー自ら安全を知らせて回ったことで大事にならずに済んでいた。

因みに、現在アインズは「嫉妬マスク」というユグドラシルで曰く付きの仮面のアイテムで顔を覆っている。

開いていたローブの前も上までしっかり閉じ、両腕にはガントレットを装着していた。

どうやら、ユグドラシルとは違いこの世界ではアンデッドは珍しい上に危険な存在として認識されているらしく、ホドリューにそのままの恰好で集落を歩くと、混乱を招くかもしれないと言われたからだ。

確かにそう言われてみれば、ホドリューとテュカが最初怯えていたのは、この姿をしていたからなのだろうと思い当たって納得した。

既にその二人には自分の正体がアンデッドであるいうことは露見しているが、よくよく考えてみるとこの世界でのアンデッドがどのような存在なのかもわからない内に、素顔を晒して出てきたのは拙かったかもしれない。

今になって若干自分の早計を後悔するが、二人はそのことは内密にしておくと言っていたし、もしも何らかの形でその情報が他のエルフに広まることになっても、大きな問題に発展する前に事を終わらせればいいだけ、と考えてその問題については棚上げしておく。

 

「やはり、位階魔法というのは色々なことができるのですね...地の魔法にもこういったものはないでしょうし」

 

「地の魔法?」

 

アインズは聞き慣れない単語を耳にして、ホドリューに興味ありげに尋ねる。

ホドリューは、アインズが何を言っているのわからないといった顔をしかけたが、すぐに「あぁ」と頷く。

 

「そういえば、つい最近まで人里から離れた奥地で魔法の研究をしていたと仰っていましたね」

 

「…ああ、その通り。それに恥ずかしながら、奥地から外に出たこともほとんどなかったのでね。こうして世間のことに疎くなってしまったのだよ」

 

全くの嘘八百だが、そうとでも言っておかなければ、何故この世界の常識についてあれこれ尋ねてくるのかと不信感を抱かれかねない。

かなり強引な理屈だったが、ホドリュー達は納得しているようだった。

それにしても、異様な「嫉妬マスク」を被っていても特に不審がられないことといい、この世界の魔法詠唱者というのは一体どのような存在なのか、少しばかり気にかかるところではある。

 

「それでも、地の魔法について全くご存じないのは意外でした。いや、その、誤解はしないでほしいのですが、高位の位階魔法を操られる方が知らないのは少し変わっているなと思ってしまっただけで…」

 

慌てた様子で弁明されるが、そんなことよりもアインズは別の疑問が湧いてきて、更に質問した。

 

「先程の魔法が位階魔法であるとわかったのもそうだが、君の言う地の魔法とはかなり異なる系統なのかな?」

 

そもそも位階魔法がなぜこの世界で使われているのか、誰が人々に教えたのかなどといった核心を突く疑問は、下手な言い方をすると余計な詮索をされるかもしれないので、今はまだ聞いていない。

 

「ええ、全く別の魔法ですね。地の魔法は元々最初からこの世界に根付いていた魔法です。この世界の神々と大地、自然からの恩恵によって得られる力とも考えられていますね。一方で、位階魔法は500年程前、外界から伝わってきたもので、詳しくは歴史の話にもなるのですが―――――おっと」

 

それ以上言う前に、ホドリューは一度話を切り上げた。

見れば、アインズの後ろからスケルトンやテュカなど比較的怪我の少ない者らによって、負傷したエルフ達が運ばれてくるところだった。

ホドリューは行かなくてもよいのかと聞いた時は、集落を救ってくれた恩人を手持無沙汰にさせておくわけにもいかなかったから、と言われてしまい面食らったものだ。

同行していたアルベドは、ホドリューとアインズが話している間、身動き一つせずに静かに控えていた。

 

「ゴウン殿、すいませんが、この話は後ほどにさせていただいてもいいでしょうか?仲間の治療を行いたいと思うのですが...」

 

「勿論だ。私も微力だが、手を貸そう」

 

怪我人を集めた後は、偶然焼け落ちていなかった家や被害の少ない場所を使って簡易治療室とし、精霊魔法での治癒や重傷者にはアインズからポーションを渡すことで対処していく。

そこでも、高価な回復アイテムであるポーションを何本も用意しているアインズに、またしてもホドリュー達は驚愕させられる。

そういったアインズの協力もあって治療は滞りなく進み、取り敢えずのところ、事態は一定の終息を迎えたといえるようになった。

その頃になると既に日も跨ぎ、夜も半ばを過ぎている頃合いである。

アインズはアンデッドの種族特性として肉体疲労は感じないものの、眼に見えない精神的な疲労が溜まっていることを実感していた。

会社員だった頃から知っていたことだが、長時間に渡って外部の人々と遣り取りするのは、本当に神経をすり減らす作業だ。

空き家の一つに案内されたアインズは、自分の為に用意された椅子に深々と腰を下ろす。

アルベドは、エルフ達から椅子に座るよう勧められても無言で拒否しアインズの背後に立っていた。

前には、大木を切り出して造られた丸机が置かれ、向かい側には木組みの椅子が数個用意されている。

この場所で、これからアインズとエルフの代表者たち――――おそらくはホドリューらと今回の一件についての話し合いを行うことになっていた。

もう夜中だし日を改めてもいいと思っていたのだが、彼らの方から強く請われてしまったので、アインズもそれに従うようにしている。

もしかすると、有り得ないとは思うが――――またドラゴンが襲いに来るのではないかという恐怖から、アインズには集落に留まってほしいと思っていたのかもしれない。

暫くすると、入り口からホドリューとテュカ、それと二人若い男女のエルフが姿を見せた。

 

「ゴウン殿、お待たせして申し訳ない。此方で少々人選に手間取ってしまいました」

 

「いや、気にすることはない。それより、早速始めようではないか」

 

アインズが鷹揚に返事をすると、席に着いたホドリューらが頷いて、話し合いが始まった。

まず最初に、炎龍を討伐し集落の救助に尽力してくれたことに対して何度も感謝の言葉を伝えられた。

そこから、今回のアインズへの感謝の印として、どのような報酬を用意すればよいかという話に移る。

ただ、龍に集落の財産や食料なども一緒くたに焼かれてしまっている時点で、満足な報酬を用意することなど不可能に近い。

それに、たとえそれらの品々が残っていたとしても、正直アインズにとってそこまで価値のあるものかはわからなかった。

幸い幾ばくかの金銭は焼かれずに残っていたが、これからの集落のことを考えると、それらを引き渡してしまうと復興は絶望的といえる状況になるだろう。

つまり、物品を渡すことは難しいのだ。

その辺りのことをとても遠回しに、アインズの方を伺いながら慎重に説明されるが、別にアインズの方も残り少ない財産を搾り上げてやろうなどとは考えていなかった。

そんなことをして集落のエルフが滅んだら、わざわざ手ずから自分が助けた意味がなくなってしまう。

ただ、この世界の通貨についてはいずれ入手する必要があったので、その当たりのことは、ナザリックからの支援物資を売るという形であれば、問題ないと考えてはいるのだが。

そのため、報酬については、アインズが予てから用意しておいた提案を出した。

物品ではなく、この世界についての情報である。

最初は若い二人のエルフが困惑した表情を浮かべていたが、ホドリューから、アインズの事情について説明を受けて納得した。

だが、本当にそんなことでよいのかと聞かれたので、考えていたもう一つの提案も出してみる。

 

「小屋・・・ですか?」

 

ホドリューに尋ね返されて、アインズは首肯した。

提案の内容は、集落の復興に力を貸すのでそのついでに集落の外れに自分たちの仲間が出入りできるような小屋ないし家を設置させてほしいというものだ。

出来るだけ早い内に、この世界で大墳墓以外のナザリックの拠点を設置する必要があると考えていたので、そのモデルケースとして使いたかった。

情報収集を行う際なども、この世界の住人との接点となる場所として概ね良好な関係を築けたであろうこの集落は最適だと感じていた。

提案を聞いた4人は少しの間考え込んでいたが、ホドリューが了解したことで他の3人からも反対の声は上がらなかった。

報酬については今のところ以上で問題ないと伝えたが、「もしかすると追加で協力してもらうこともあるかもしれない」とも含みを持たせておく。

どんなことを要求されるか不安そうにしていた者には、無理なら遠慮なく言ってくれて構わないと安心させる。

他にも、これからのことで何がしか不安な点があったりしないかと相談に乗り、それら一つ一つに対応していった。

鈴木悟が会社の営業として働いていたとき、こういった細やかな気配りが相手からの印象を良くすると学んでいたのだ。

アインズは自分の営業のスキルが活かされたことに満足しつつも、次の話を進める。

報酬の一つ目。この世界についての情報だ。

まず基本的な一般常識から始まり、使用されている金銭、社会通念や生活文化、そして自分たちが今いる大陸の名称が「ファルマート大陸」であるということ。

大陸を支配する最も巨大な覇権国家である「ロムルス帝国」という人間の国家についても知っている限りのことを聞いた。

さらに、この東にはもう一つほぼ同等の巨大な大陸があり、その大陸は「オーステン大陸」と呼ばれているらしい。

世界を旅していたというホドリューもその大陸には行ったことがなく、あまり詳しいことはわからないと言われた。

アインズはそういった話を聞いて、やはりこの世界がユグドラシルの地名等とは関係がないことを実感する。

次いで、大陸や帝国の歴史についても聞くと、そこでは興味深い話があった。

史書によると、帝国の前身は600年前からヒト種の国家として成立したようだが、その頃はまだ小国で周囲には他の小国が幾つも点在していた。

それだけではなく、その頃は今よりも凶暴な亜人族やモンスターが多く蔓延っており、古代龍も多く生息していた為に、常に争いが絶えなかったという。

そこで、国力を高める為に周辺の小国に対して戦争を仕掛けて版図を拡大し、軍国主義的な方針を強めると、元来の共和制から一貫した政策をとれる帝政へと移行、その時期に「帝国」という国名に正式に変更。

中央集権体制と高い軍事力によって影響力を広げることに成功すると、敵対していた亜人やモンスターへの反撃を開始、最終的には多くの犠牲を払いつつも、今日の大陸における覇権国家を確立するに至る。

敵対する亜人連合軍との戦いに勝利した後は、国家成立時に受けた被害への報復、次いで国内の結束力を高める目的で、支配した亜人を差別対象として低い地位に置くなどの強権的な政策を施行している。

その一方で、ヒト種至上主義を掲げて国民の団結を図っている。

しかし、とそこでホドリューは話を区切った。

 

「亜人やモンスターとの全面戦争に勝利できた最大の要因は、大陸の外からやって来たのですが…この話については、帝国の史書には記されていません」

 

一度息を深く吸い込んだホドリューは、その単語を口にした。

 

『八欲王』

 

自分が生まれる以前のことで、今は亡き父から伝え聞いた話であると前置きして、話し始める。

 

500年前、オーステン大陸に突如として現れた八人の超越者達は、強大な力によって大陸全土を震撼させ、亜人種やモンスター、ドラゴンを次々に刈っていった。

彼らの素性は謎が多く、何処から来たかも判明しておらず、その姿も伝承によって異なり定かではない。

その最期についても、同様に仲間内での抗争の末の全滅であるとか、オーステン大陸の竜王と呼ばれる原初の存在達が手を組んで滅ぼしたとも、様々に語り伝えられている。

 

重要なのは、彼らはオーステン大陸のみに止まることなく、ファルマート大陸にも手を伸ばしたということだ。

八欲王がオーステン大陸のときと同じく、圧倒的な力で亜人やモンスター、古代龍を蹂躙していくことで、帝国は弱体化した亜人連合軍にも勝利することができたのだ。

それに、八欲王はヒト種には危害を加えなかったため、正に帝国にとっては救世主のような存在だったことだろう。

逆に、ファルマートの地に住まう神々はその強大さに危機感を抱き、自らの加護を与えた亜神を引き連れて対決したことがあった。

その結果は凄惨なもので、互いに多くの傷を負う、果ての見えない戦いとなったという。

最終的には、神々と八欲王との間で何らかの取引(・・・・・・)が行われたのか、それ以降神々が手を出すことはなくなり、八欲王らも関わろうとはしなかった。

その後は、時が経つに連れて八欲王は少しずつファルマートから後退していき、オーステンへと戻っていったといわれている。

 

「その頃に伝えられたのが、位階魔法と様々なマジックアイテムの存在です。といっても本格的に伝わってきたのは、オーステン大陸からのようですが」

 

ホドリューの一連の話を聞いていたアインズは、成程と頷く。

この世界になぜ、位階魔法が伝わったのか理解できた。

ほぼ間違いなく、八欲王はユグドラシルのプレイヤーだろう。

自分以外にもこの世界に転移してきたプレイヤーがいたということに、アインズは驚き、そして、微かな高揚感を覚えていた。

 

もしかすると――――可能性は低いかもしれないが―――――

 

アインズは心の中で、今後自分がどのように行動していくかを考えていると、ホドリューから視線を向けられていたことに気づく。

 

「あぁ、すまない。少しばかり考えに耽ってしまったようだ...それで、先程君が私の使った魔法が位階魔法であると言ったのは――――」

 

「えぇ、証拠があるわけではないですが、あのような魔法もあるということを聞いたことがありましたので」

 

「では、地の魔法と位階魔法は効果にも差があるかな?」

 

「はい。位階魔法は戦闘に特化した魔法が多くその効果も大きいのですが、代わりに魔力を大量に消費しますし、どれだけの位階の魔法を使えるかは才能に依存するところが大きく、努力や研鑽によって技術を向上させることが困難なのです。それに、位階魔法は『完成された』魔法とも称されることがあるのですが、これは人が創意工夫によって手を加える余地が少なく、新しい魔法を開発することが難しいが故であるといわれています....勿論、全く手を付けられないという訳ではありませんが、それが出来るのも結局のところ、才に秀でた極少数の者のみです」

 

それを聞いていたアインズは思う。

ユグドラシルの魔法はゲームの設定で作られたものなのだから、それは当然といえば当然なのだが、その事実を知らない人々の捉え方がこのようになるとは、中々面白い。

 

「成程、では地の魔法はそれとは逆、といったところなのかな?」

 

矢継ぎ早なアインズの質問にも、ホドリューは丁寧に返答していく。

 

「そうですね。まず、地の魔法には位階という区分けはありません。代わりに幾つかの流派が存在していて、精霊魔法もその一つです。また、大きな違いとして大地や神の恩恵によって、魔力の消費が少ないことも挙げられます。ただ、その結果得られる効果も少なくなっていきますし、戦闘に特化しているわけではないので、攻撃手段はそれ程多彩ではないんです。ですので、自分で様々な魔法を組み合わせて新魔法を生み出すことで、位階魔法のような攻撃手段を得ることができるとか…」

 

両者の違いについて、分かり易く説明したホドリューの聡明さに感心しつつ、アインズは更なる質問を繰り出す。

 

「そういえば、帝国は軍事力を背景とした国家戦略だといっていたが、魔法を軍に取り入れることなどはしていないのか?」

 

それまで流暢に質問に答えていたホドリューが急に目を丸くした。

 

「魔法を...軍に、ですか?」

 

何か可笑しな質問だっただろうかとアインズは疑問に思いつつ、「そうだ」と返されたホドリューは話の中では初めて歯切れが悪そうにしていた。

 

「いえ、過去にそういった試みがなかったとは言い切れませんし...それに、確かに位階魔法であれば取り入れる価値もあったかもしれませんが、そもそも使える人の数もそこまで多くありませんし、それなりの待遇でなければ雇えないと思いますよ。地の魔法でも、高位であれば当てにできるでしょうが、やはり前者と似通った問題があるので、難しいかと。ですが最も大きい問題は、一般の人間と違って魔法は個人の特殊な能力として考えられることが普通なので――――」

 

「―――軍のように、統制を重んじる組織では突出した個は場を乱す可能性もある、ということか」

 

後を受けたアインズの言葉に、ホドリューもその通りですという顔で応える。

 

「突出しているのが戦士であれば、むしろ士気の向上にもなったかもしれませんが。まぁ、そういった事情から軍事力としては考えられていないです。むしろ、研究対象として見られることが多いので、一般の人間からすると『学問』の一つと見なされているでしょうね。実際、帝都の方にはロンデルという魔法都市があると聞いたことがあります。何でも、日夜魔法の探求・開発に明け暮れる魔導師が多くいるとか」

 

ほう、と更に面白そうな話題にアインズは首を突っ込みたくなるが、余り話し込んでいると本筋から脱線していきそうな気がするので、今は頭の片隅に置いておく。

この世界についての凡その知識を得られたことで、次にこの世界の構図について質問することにした。

地図のようなものがないかと訊くと、案の定焼失してしまって手元にはないという。

それでも、物覚えのいいホドリューが、残っていた羊皮紙にファルマート大陸の大体の縮図を書いてくれた。

次々に地名などの手が加えられていく紙に目を落としていたアインズは、書き込まれた文字の中に気になるものを見つける。

 

「...首狩り兎の草原?」

 

地図の中、ある一帯に書かれた文字を指さす。

以前、セバスにナザリックの周辺を調査させたとき、周囲を草原に囲まれていたという報告があった。

最初に書き込まれたエルフの集落との位置関係を見ても、ナザリックがある場所と関係があるように思われる。

 

「...ヴォーリアバニー、ですか?」

 

書き込んでいたホドリューが手を止めて応対する。

既にほとんどの場所に記載を終えているのか、地図には多くの地名、地形が書き込まれていた。

 

「ふむ、ヴォーリアバニーというのか。その種族は亜人なのか?」

 

「そう、ですね。ただ、少し複雑なのですが、獣の亜人とヒト種との間に生まれた子らで、より身体的特徴が人間に近い者たちが集まって一つの種族になったといわれる『獣人』に当たると思います」

 

「そうか。では、彼らは今もこの草原で生活を営んでいるということか?」

 

特に深い考えがあったわけでもなかったのだが、その質問をされたとき、ホドリューの顔に少し翳りが差したように見えた。

また何か拙いことでも言ってしまったかと心配になったが、ホドリューは間をおいてから説明し始める。

 

「・・・彼ら、いえ、彼女たちは一年程前、帝国の皇太子が率いた軍の奴隷狩りに遭い、敗北しました。捕まらずに済んだ者も、遠くの地に逃げ延びたと聞いています。ですので、おそらくその一帯には新しい種族が移ってきていない限り、何者も住んでいないと思われます」

 

彼女たち、と言い直した意図がよくわからなかったが、とにかく帝国の軍と戦い、敗れたことで今は草原地帯にはいないということだ。

他の亜人が来ている可能性も、ホドリューらのように軍が派遣されたことを知っていれば、まず近づこうとはしないだろう。

本当は、ナザリック周辺の地理を確認するためにも誰かいた方が都合はいいのかもしれないが、その場合でも対処する方法はある。

後は、この地図にある山脈や目印になりそうな地形を頼りに調査すれば、大墳墓の正確な位置を特定できるだろう。

彼らが虚偽の情報を流している、ということは想定していない。

もしそんなことがアインズに露見すれば、どうなるかは目に見えているのだから。

一瞬、そんなことを考えた自分が怖くなったが、短い時間でもホドリューという男が愚かなことをする性格だとは思えなかったので、心配はいらない筈だ。

 

また最後に、アインズ達がこの世界の事情に疎いことなど、その他諸々で、外部に知られると不味いことは口外しないでほしいと付け加えるのを忘れなかった。

 

長い話し合いを終えて、アインズは家の外に目を向ける。

どれだけの間話し合っていたのだろうか、夜半だった空にはもう太陽が昇り始めており、徐々に明るくなってきていた。

元々は単なる気の迷いで介入した一件だったが、長時間働き詰めた疲労感よりも、予測していた以上の成果を得られたことによる高揚感の方が勝っていた。

飛び込み営業が上手く行ったときのような驚きと達成感に似たものを味わっていると、向かいのホドリューの顔色がまだ沈んでいるのが見えた。

アインズは純粋に、とうして別の種族の話でここまで落ち込んでいるのだろうかと不思議に思ったが、この世界では別の種族同士であっても親しい関係になることがあるのだろうか。

そう考えると、確かに落ち込む理由にも納得がいく。

彼はアインズにとって、この世界で最初に友好関係を築けた人物でもあるし、ここは何か気の利いたことを言って励ました方がいいだろうと思い、声をかけようとした。

 

「し、失礼します!今宜しいでしょうか?」

 

何か言おうと口を開きかけたタイミングで、外から慌てた様子で青年のエルフが部屋に飛び込んで来た。

見たところ緊急の用件のようだったので、先に言おうとしていた言葉は飲み込んだ。

許可を得て入ってきた伝令が言うところによると、「ホドリューに代わって集落周辺の警戒に出ていた者が、朝になった頃を見計らったかのように、集落に接近してくる者たちを見つけた」という内容だった。

どんな姿をしていたかという問いに対しては「よくわからない馬車か何かだった」という此方にもよくわからない答えが返ってきた。

要領を得ないので実際に目にした者に話を聞くと、馬車のような箱なのに、それを引く動物はおらず一人でに動き、その全体は濃い緑色で、森に溶け込むような色彩であったという。

それが合計三つ、集落を目指して進行してきていた。

言うまでもなく、地を走っている段階でドラゴンではないし、モンスターという線も有り得ない。

 

では、一体何だというのか?

既に極大の恐怖を味わっているエルフ達は、再び救いを求めるようにアインズを見てくる。

その中で、やはりホドリューが口を開いた。

 

「私が、集落を代表して様子を見に行こうと思う。もし、敵対的な行動を取る者であったときは――――」

 

「言わなくてもわかる。私もついていくとしよう」

 

「…有難う、ございます」

 

ずっと待機していたアルベドには、自分から少し離れた距離でついてくるように指示する。

 

何度目かわからない感謝の意を示すホドリューと共に、アインズは集落の入り口へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「...さっきのアレ、何だったんですかね?」

 

つい今しがた目の前で繰り広げられていた光景を見ていた一同の中で、一番最初に口を開いたのは三等陸曹の倉田武雄だった。

その掠れた声からは、衝撃的なモノを目にして呆気にとられている心情が手に取るようにわかる。

事実、隊長の伊丹も似たような心境なのだから。

 

 

陸上自衛隊が特地に本格派遣されてから約一週間が経過していた。

当初は、特地の人々にとっての聖地であるというアルヌスを奪還しようと大挙して押し寄せていた諸王国軍も、度重なる自衛隊の迎撃を受けて遂に敗走を余儀なくされた。

アルヌスへの特攻にも近い攻撃がなくなったことを慎重に見極めた上で、陸自幹部は状況調査の為に帝国各地へ偵察部隊を送り込むことを決定する。

その中で、銀座の英雄と呼ばれた伊丹耀司は第3偵察隊の隊長に任ぜられていた。

部隊は特地北東部に向かい、その先でコダ村というヒト種の村落などを発見。

拙い特地語で何とか意思疎通を図るなど、ある程度順調に任務をこなしてきたのだが、コアンの森近郊において、探索中最も危険な対象に出くわしてしまう。

 

夕日が沈んでゆく頃合いだったので、最初は森の手前で野営を張ろうとしていたものの、森の奥から黒々とした煙が立ち上っているのを発見し、緊急事態だと把握。

森の内部を観察するのに見晴らしの良さそうな場所まで移動すると、すぐに火事の原因は特定できた。

 

特地甲種害獣、通称「ドラゴン」

ファンタジーの世界にしか出てこないと思っていた姿そのままに、圧倒的な暴力を振るう様を見れば、特地の人々が「自然災害」に喩えることも大いに納得できる。

遠方から双眼鏡で観察し様子を伺っていると、ドラゴンが何かを追いかけるように低空飛行した。

動きを観察している間、時折繰り返されるそれらの動作は、何かを追っているようにも見え、伊丹はハッとする。

 

「...あのドラゴンさ、何もない只の森を焼き討ちする習性があると思う?」

 

「ドラゴンの習性に関心がお有りなら、隊長ご自身が今すぐ追いかけてはいかがですか?」

 

第3偵察部隊に所属する女性自衛官二人の内の一人、二等陸曹の栗林志乃は若干呆れたような口調で冗談を投げかける。

栗林は、調査中に繰り返されていた隊長の奇行を目にしていたせいで、伊丹の声色がそれまでとは異なることに気づいていなかった。

 

「そうじゃなくて、先のコダ村で聞いただろ?あの森には集落があるって」

 

そこまで言われて、栗林を含めた各員はようやく状況を飲み込めた。

倉田は、小さく「やべぇ」と漏らす。

 

「野営は後回しだ、移動準備を――――」

 

しかし、伊丹が指示を出し終える前に、凄まじい咆哮と何かが衝突したような轟音が鳴り響いた。

その音を耳にして、全員が凍り付いたように固まってしまう。

すぐには、その場からは何が起こったのかわからなかった。

間を置かず、状況を掴もうとする冷静さが戻ってくるタイミングで、今度はそこまで大きくない衝突音が風に乗って聞こえてくる。

だが、ドラゴンがいた距離からここまで届いた音だとすると、実際にはどれだけの衝撃だったか容易に想像がつく。

行動を開始しようとしていた偵察隊各員は、予想外の事態の連続により、どのような行動を起こすのが適切なのか測りかねていた。

伊丹も今すぐに何か行動するよりも、まずは様子を見た方がいいという結論に達して固唾をのんで状況を見守る。

そんな束の間の静寂は、突如木々を突き破って姿を現したドラゴンによって破られた。

森の中でどのような事態が起こっていたのかはわからないが、ドラゴンが懸命に両翼を羽ばたかせている姿は、何かから逃げようとしているようにも見える。

そして、その予測は当たっていた。

逃げていくドラゴンの背中に、地上から白い何かが放たれる。

中空を迸った閃光は、避ける間もなくドラゴンに命中し、貫く。

回避不能の一撃を受けたドラゴンは、そのまま垂直に落下していき、遠く離れた此方にまで、地響きが伝わってきた。

それ以降、ドラゴンが再び姿を見せることはなかった。

 

「――――とにかく、今はまだ夜だ。様子を見に行くのは日が昇ってからの方がいいな」

 

伊丹は取り敢えずの行動方針として、見晴らしの良い高台から移動し、所定の野営地まで引き返す。

その後、朝まで交代で高台から森の様子を監視し続けた。

その間、監視をしていた桑原惣一郎は、森の中、しかも火事になっている範囲のみに突発的な雨が降るという怪奇現象を目撃するが、ドラゴンの一件があった後では、特地における非科学的現象として報告されている「魔法」なるものだろうと納得できてしまう。

 

東から太陽が昇って来る頃、高台からの監視を終えて富田章と古川均は野営地まで戻る。

撤収の準備をしていた他の隊員たちを手伝い、周辺の安全を確認してから全員車両に乗り込み移動を開始する。

目指すのは当然、ドラゴンが落ちていった辺り、森の奥だ。

何が待っているかもわからない場所に向かうのは危険かもしれないが、あのドラゴンが人を襲う可能性もある以上、人命救助の観点からも、自衛隊が特地の人々を見捨てて逃げたという事実が出来上がるのは好ましいとはいえない。

空飛ぶ戦車ともいわれるドラゴンをも上回る相手と遭遇、敵対したときは、最悪の場合、危険な状況にあると判断できた段階で全力で撤退するぐらいしか対応策は思い浮かばないが、それでも進まざるを得ないのだ。

当然、ドラゴンに遭遇したこと自体を報告せずに済ませ、見て見ぬ振りをするなどという選択肢はない。

森の奥地へと進んでいく車両の中で、伊丹は、まだ見ぬ超常の力を持つであろう相手と邂逅した時のことを考え胃が痛くなる。

 

 

超越者と自衛隊。

 

両者の邂逅は、すぐそこまで迫っていた。

 




これで前編終わり、次回後編となります。
そして、今回からは大分独自展開が入って来ました。
原作になかった名称や歴史など、結構重要なところでしたが、どうだったでしょうか?

それでは、次回も一週間を目処に更新していこうと思いますので、どうかお待ちください!


アインズ様と伊丹の出会いは次回ということに…

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