OVERLORD 不死者の王 彼の地にて、斯く君臨せり   作:安野雲

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遂に運命の二人が邂逅...!

3話にしてようやく辿り着きました(汗)

というわけで、どうぞ。


(05/12)
対戦車ミサイル → LAM に修正しました。
ミサイル → ロケット弾に修正しました。

(05/13)
航空自衛隊に関する記述を追加しました。



第3話「超越者との邂逅」(後編)

「ワタシタチ、ハ、ジエイタイ、ノ、モノデス。ニホン、トイウ、クニ、カラ、キマシタ」

 

「・・・」

 

「...ジエイタイ?ニホン?...すいません、聞いたことがないのですが...」

 

「アルヌス、カラ、キマシタ」

 

「・・・」

 

「アルヌスから...?な、成程...それで、なぜ我々の集落に?」

 

「ドラゴン、ガ、ミエタ、ノデ...ソレデ、スコシ、ハナシ、キイテモ、イイデスカ?」

 

「・・・」

 

「そ、そういうことであれば...私は、大丈夫ですが」

 

「アリガトウ、ゴザイマス。ワタシハ、イタミ。アナタノ、ナマエ、キイテモ、イイデスカ?」

 

「・・・」

 

「わ、私はホドリュー・レイ・マルソー。この集落で、一応はまとめ役という立場をさせてもらっているです」

 

「ほどりゅー、集落、まとめ役...成程。デハ、アナタノ、ナマエ、キイテモ、イイデスカ?」

 

「・・・ッ!」

 

片言で話しかけてくる、「イタミ」と名乗った男を前にして、アインズは何度目かもわからない感情の抑制を発動させていた。

 

別に、片言なのが可笑しいからなどという下らない理由ではない。

現に、横にいるホドリューは至って真面目な表情で応対している。

アインズにとっての問題は、目の前に精神が安定化されているにも関わらず、頭の中が混乱し続けるような存在がいることだった。

未知の存在に対する驚きなどとも全く違う。

むしろ、アインズは目の前で片言で話し続ける相手のことをよく知っているくらいだ。

いや、だからこそ驚愕しているのだが。

 

深緑の迷彩服に、同じ色のヘルメット。

アインズの、「鈴木悟」の元いた世界では「小銃」と呼ばれていた武装を携帯している者達。

実際に目にしたのはこれが初めてだが、それも「鈴木悟」のいた時代を考えれば当然のことだった。

 

「自衛隊」

 

自国の軍を持たない日本の、唯一の防衛手段であるそれは、陸上自衛隊と海上自衛隊、航空自衛隊の三つに分類される。

目の前の連中がどちらかといえば、まず間違いなく前者だろう。

鈴木悟がいた時代にも自衛隊という組織自体はあったが、実際にどのような活動を行っていたかなど知らなかったし、知りたいとも思わなかった。

 

しかし、100年前の自衛隊が使用していた服装や装備についてはよく知っている。

それというのも、ギルドメンバーの一人、ペロロンチーノのせいだ。

ギルドの中でも「その方面」に造詣が深かった彼は、自身が制作したNPCであるシャルティアのために用意したファッションの中に「ミリタリー系」などと称して似たような服や銃があるのを教えられていた。

 

「今の自衛隊についてはどうでもいいが、100年前の服装、装備に関しては大いに評価できる」などと熱弁していたのが思い出される。

 

「アノゥ?」

 

アインズは、現実逃避に近い思い出にもう少し浸っていたかったが、話し掛けられているのに無視するわけにもいかず、渋々現実へと意識を戻してくる。

 

しかし、いざ返事をしようとして、そこで肝心な問題を忘れていたことに気がついた。

 

この世界の人々には言葉の問題もなく会話することができたが、この者達が相手ではどうなのだろうか。

相手の、中年の男が片言で喋り続けているそれは、日本語ではないような気がしたが、そもそも本当にこの者達が日本人で、自衛隊員であるという保証など何処にあるのだろう。

 

普通に考えれば、この世界の人間が100年前もの自衛隊の存在について知っていて、その装備や武装を整えて、ここまで来てわざわざ片言で話しかけてくるなど、荒唐無稽にも程がある。

もっとも、それをいうなら自分がゲームのアバターの姿で転移したことも同じくらい有り得ないことだとはわかっているが、それでも信じられないようなことだ。

 

であれば、残る可能性は一つ。

 

それでも未だ信じ難い話だが、彼らが本物の、しかも約100年前にいた自衛隊員らであるとしたら、自分が返した言葉がもしも『日本語』であった場合、非常に厄介なことになってしまう。

 

結局のところ、彼らの正体が本当に自衛隊員であるかどうかなどというのは重要ではない。

最大の問題は、彼らが自衛隊という組織について知っている可能性が限りなく高いことにある。

つまり、下手なことをすると一気に自分の正体が露見することも有り得るのだ。

 

また、そもそもにおいて今のアインズには、たとえ彼らが本当に日本人だったとしても、自分の正体を明かすなどという考えは毛頭なかった。

 

まず、彼らが自分にとって味方となる存在か、それとも敵となるか、現在の状況では判断のしようがない。

そんな先行き不透明な状況で、素性が分からない相手に対して自分の重要情報を晒すなど、愚の骨頂である。

 

それに、今の自分にとって大切なのは日本ではなく、ナザリックなのだ。

今、ここにいるのは「アインズ・ウール・ゴウン」であり、「鈴木悟」ではない。

 

日本に与して、今後ナザリックにどのようなことが起きるかわからない以上、現時点ではこの世界の住人だということにしておくのが正解だ、というのがアインズの出した結論だった。

それに、彼らが100年前の人間だというのならば、100年先のゲームであるユグドラシルの情報など知りようがないし、余計な発言は控えて、なるべく黙っていれば何の問題もない。

 

さりとて、今だけは黙っているわけにもいかない。

 

(―――――ええい、ままよ!)

 

「...私の名はアインズ・ウール・ゴウン。この集落がドラゴンに襲われていたので助けに来た、魔法詠唱者だ」

 

アインズは自分の声が震えていなかったことに奇跡に近い幸運を感じながらも、相手の出方を窺う。

 

「...アインズ、ウール、ゴウン。集落に、ドラゴン、助けに来た...マジック、キャスター?」

 

先程から気になっていたのだが、目の前で堂々と日本語で復唱しているイタミという男の姿は、その言葉が分かる者からすると何とも滑稽極まりない。

 

それは置いておくとして、どうやらアインズが発した言語は日本語ではなかったようだ。

もしも日本語で話しかけていたのならば、今頃こんな反応をしているわけがないのだから。

 

顔が見えないので、ほっと一息ついたとしてもバレることはないのが助かる。

アンデッドのアインズからは息など漏れないだろうが。

 

現地の人間に話が通じている時点で、自分の話す言葉が日本語である可能性はとても低かったのだが、実際に試すと流石に緊張せざるを得ない。

最初の関門を何とか乗り越えることができて安心するが、彼らの質問はまだ終わってはいないようだ。

 

しかも質問する中年男の後ろでは、「すっげぇ仮面...」とか「黙ってなさいよ」という別の隊員たちの小声が聞こえてくる。

恐らく日本語で話しているから現地の人間には内容がわからないという前提でのことだと思うが、全て理解できてしまうアインズにとっては、もはやコントのような光景にしか見えなかった。

 

「え、と...ドラゴンヲ、タオシタ、ノデスカ?」

 

「...無論だとも。ドラゴンの死体は...我が家に持ち帰ったので、此処にはないが」

 

それを聞いてイタミは目を見開いたが、すぐに気を取り直して一緒についてきたホドリューの方に身体を向ける。

本当にそうなのか、確認のつもりでそうしているのだろう。

 

「は、はい。その通りです。実際、ゴウン殿が来てくれなければ早晩我々は全滅していたでしょう」

 

「アリガトウ、ゴザイマス。疑ガッテ、悪カッタ、デス」

 

「...気にする必要はない」

 

アインズは極力余計な事を言わない様に、なるべく短い言葉で返すことを心がけていく。

 

「ワカリマシタ。デハ、ホドリューサン。モウ少シ訊イテモイイ、デスカ?」

 

アインズは質問を続けるイタミの様子を見ていて、一つ気づいたことがあった。

最初の時にしていた復唱をすることがなくなり、少しずつ会話のレスポンスが良くなってきているのだ。

話をしている間にも現地語を理解し始めていることにも驚くが、短い間でよくそれだけ話せるようになるものだとアインズも少しだけ感心する。

 

「...貴方タチ、コレカラ、ドウシマスカ?」

 

「――――――これからは、生き残った者達と共に集落を復興していこう...と思っています。それに、アインズ殿も我々に助力をしてくれると仰っていますから」

 

その返答を聞いたイタミは、ちらりとアインズに視線で確認を求めてきたので、首肯で返した。

それを見たイタミはうんうんと大きく頷き、安堵した表情を浮かべる。

それから、アインズとホドリュー、さらに背後の集落を見て、じっと考えてから、ある提案を出してきた。

 

「...我々モ手ヲ、貸シマスカ?」

 

その提案に、アインズは思わず否定の声をあげそうになるのを、何とか堪えた。

話が長引けば長引くほどボロが出る確率も高まるので、さっさと切り上げてしまいたい気分なのに、ましてこの場に留まられては余計に面倒なことになってしまう。

だが、強く否定するとそれはそれで不審に思われる可能性が高い。

さてどうしたものかと困り果てていると、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。

 

「――――――え、えぇ。我々も力をお借りできればよいのですが...やはり、直接関わったわけではない方にまで迷惑をかけるわけにもいかないかと...」

 

まるでアインズの願いが通じたかのように、ホドリューが彼らの提案に対して遠慮するような意見を述べる。

もしかすると、集落を救ったアインズはまだしも、素性のわからない連中をこれ以上招き入れるのは得策でないと判断したのかもしれない。

 

「そうだな。この集落の長がそう決めたのであれば、私も従うとしよう」

 

アインズもこれ幸いとホドリューの意見に同調する。

あくまでも集落のリーダーであるホドリューをたてての言葉であれば、怪しまれることもないであろう。

 

「...ワカリマシタ。ソウイウコトナラ」

 

イタミは、アインズとホドリュー、二人の意見を聞いて、納得したようだ。

未だほとんど状況の把握ができていないにも関わらず、それ以上の追及を避けた理由は明白だった。

 

今回の一件の当事者であるエルフとアインズが断っているのに、もし部外者のイタミらが無理に介入しようとすれば、彼らの所属先である自衛隊の印象が悪くなるのは避けられない。

凡その理由はそんなところだろうと、アインズは推察する。

 

ただ、イタミの声色に微かにではあるが、此方、特にアインズに向けて何か言い知れぬ感情がこもっているように感じられたのが気に掛かった。

アインズはその感情が一体何であるのかを探ろうとするが、およそ読心術など持たぬ平凡な読解力では、読み解くことはできなかった。

 

「――――ソレデモ、我々、自衛隊ハ求メニ応ジテ手ヲ貸シマスカラ」

 

提案は断られたものの、イタミはホドリューに向けてそう言って笑顔を見せる。

誠意のこもった態度というのは、少なからず人に与える印象を良くするもので、ホドリューも安心したのか、先程よりも緊張感が薄れていた。

 

「ありがとうございます。もし、機会があればその時はお願いさせてもらいましょう」

 

「あぁ、私も覚えておこう...君達のことを」

 

イタミはその返事を聞くと、最後は集落を騒がせたことに対する謝罪を述べてから、後方で控えていた面々を連れて速やかに撤収していった。

 

ホドリューはその様子を見ながら、ぽつり、と呟く。

 

「ジエイタイ...それに、ニホン。この世界には、私達が知らないことが未だ多くあるのですね...」

 

アインズとホドリューは、緑色の車両が遠ざかっていく後ろ姿を、静かに見送った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「...後ろから追ってくる気配はなし、かな」

 

伊丹は車窓から顔を出して、全ての車両が森から出てきたことを確認して、安堵の息を吐いた。

普通に考えれば、あの後何かしてくるとは考え辛かったが、万が一ということもあるのだから、警戒は怠るべきではない。

 

「―――――それにしても、あの魔法使い、凄かったですね!」

 

隣で運転している倉田が、やや興奮気味で伊丹に話しかけてくる。

 

「あの仮面とかも中々アレですけど...あの格好とか、何か魔王みたいで迫力ありませんでした?」

 

「...縁起でもないこと言うなよ」

 

じろりと睨んでやるが、倉田の軽口が収まる気配はなく、あれこれと話題を振ってくる。

 

「...しかし、本当にあの人がドラゴンを倒したんですかね?」

 

それまで二人の話を聞いているだけだった女自衛官の黒川茉莉が、後部座席から話に加わってきた。

 

「物的証拠があるわけじゃないけど、状況証拠からいくとそうとしか考えられないよな」

 

伊丹はそこで一旦言葉を区切ってから、考えをまとめて再度口を開く。

 

「全てを疑ってかかるのも、場合によっては正しいかもしれないけど、ある程度はその場にいた人たちの言葉を信じるのは必要なことだと俺は思うよ。信頼関係っていうのは、そういう風に構築していくものだと思うしね...」

 

「何、真面目なこと言ってんすか隊長...」

 

倉田が変なものを見るような眼をしていたので、伊丹は傍らにあった手帳を投げつけてやった。

 

「まあ、とはいえ支援を断られたのは少し意外だったよ。素性が分からないとはいえ、人手が必要だと思うんだけど...それとも、ゴウン殿って人はそれだけ十分な援助をできるってことなのかな」

 

「じゃあアインズ何とかさんは結構な金持ちなんですかね?もしかすると、どこかの貴族とか?」

 

「...確かに、話し方なんかはかなり落ち着いた感じで、見た感じもどっしりしてたな」

 

黒川と共に後部座席に座っていた富田は、倉田の予想にも一理あると同意する。

 

「でしょ?何か、こう、威厳のある感じっていうんですか、如何にもってヤツですよね~」

 

そんな風に賑やかに話をしている様子を見て伊丹は苦笑するが、話をしていた際のことを思い返してみて、ずっと消えずに残っていた疑問を口にした。

 

「...でも、俺の気のせいかもしれないんだけどさ。何か、こっちとあまり喋りたくなさそうな雰囲気がなかったか?」

 

「え、そうなんすか?」

 

倉田だけでなく、富田や黒川も一様に意外そうな表情で、首を捻る。

やはり違和感があったのは、実際に話していた伊丹自身だけだったようだ。

 

ただ、自分以外の仲間から気のせいだと言われても、伊丹の疑念が晴れることはなかった。

 

「...ていうか、隊長。信頼関係が大事とか言った傍から、そういうこと言っていいんですか?」

 

「うるさいな!それはそれ、これはこれだから!」

 

二人の遣り取りから、車内で軽く笑いが起こる。

そんな様子を見て、昨夜から緊張し続けていた隊の空気がやっとほぐれてきたようだと伊丹は安心した。

特に、アインズ・ウール・ゴウンらと対面したことで、重かった肩の荷を下ろすことができたのだろう。

 

今回の任務では、もうこれ以上に緊迫した場面に立ち会うことはない筈だと誰しもが思っていた。

伊丹も、同じようにそう思っていた。

 

だが、それは楽観的な考えだったのだと教えられることになる。

 

 

 

事件が起こったのは、アインズらと対面した翌日だった。

 

コアンの森から引き返してコダ村まで戻ってきた伊丹たちは、行きと同じく村長たちと話をして、炎龍が森に現れたこと、しかしその炎龍は既に退治されているのでこの村を襲う心配はないことも伝えた。

炎龍が現れたと聞いたときは真っ青になっていたが、既に倒されたと言うと心の底から安堵したような表情を浮かべていた村長だったが、落ち着いてきた頃に「妙じゃな」と首を傾げた。

 

「ドウシタンデスカ?」

 

「あぁ、いや、少し可笑しいと思ってのう。炎龍が目覚めるのは後50年ほど先になると聞いておったんじゃが...一体どうしてこんなに早く目覚めたのかと不思議でな」

 

詳しい話を聞いたところ、炎龍のような、この世界にいる古代龍というドラゴンたちは活動期と休眠期を繰り返し、活動期には今回のようにヒト種や亜人を襲うなど猛威を振るうのだが、一方で長い休眠期を必要とする生物でもあるようだ。

そのため、姿を消した後の一定期間は暫く安全だというのが定説なのだが、今回現れた炎龍の動きと比べると明らかに食い違いがあった。

 

「まぁ、とはいえ、それも倒されたのであれば心配はいらんな。もし、まだ生きていたのなら今すぐ村から離れなければいかなかったよ」

 

本当に安心したといって笑う村長を見れば、あの炎龍が特地においてどれだけ恐れられている存在なのかが伺い知れる。

 

しかし。

 

「――――――しかし、炎龍を倒したというのは本当に驚いた。まさか、聞いたこともない魔導師がそのようなことをやってのけるとは...」

 

やはり、話の中心になってくるのはその人物だった。

村長に昨日の出来事をそのまま伝えると、最初は信じられないといった様子だったが、何度も繰り返しで詳しい説明をされてから、ようやく納得した。

その一方で、伊丹が気になったのはアインズ・ウール・ゴウンという名について、村長はおろかコダ村の住人も誰一人知らなかったことだ。

確かに、普通の村人が帝国で有名な貴族や魔導師の名を知らなくても、別に気にするところはない。

ただ、あんな目立つ出で立ちをしている人物がこんな辺境に居を構えていれば、その名を耳にする機会はあるのではないだろうか。

伊丹は、益々かの人物に対して疑念が増していくのを感じながら、コダ村を離れようとしていた。

 

 

「――――よーし、それじゃあそろそろ撤収するぞ」

 

村人に聞き込みをしたり、環境調査を行っていた隊員たちに伝達して、撤収の準備を始めていた、その時。

 

遂に事件が起こった。

 

最初に「それ」に気づいたのは、村長だった。

 

伊丹と話をした後、撤収すると聞いて見送りの為にその場に残っていた村長は、不意に上空を見上げると、そのまま固まったように動かなくなる。

伊丹は、その様子に何があったのかと不思議に思い、同じように空を見上げた。

 

「なっ...!」

 

伊丹は、思わず息を呑む。

雲一つない青空に浮かんだ、一つの影。

空の青色よりも濃い、群青のシルエット。

その姿形を、見間違う筈がなかった。

 

「―――――――――ド、ドラゴン!?」

 

大きさは炎龍とほぼ同等だが、その身体的特徴には大きな差異がある。

まず、肌は赤い鱗ではなくサファイアのような輝きを放つ、つるりとした鱗に覆われていた。

そのフォルムも、炎龍よりスリムで筋肉質な印象を受ける。

明らかに別種のドラゴンだが、その脅威の程度まで炎龍とは異なると考えるのは、余りにも都合が良過ぎた。

 

その全容を目にした者の内、誰からともなく、劈くような悲鳴があがる。

その悲鳴を皮切りにして絶叫があちこちから続き、コダ村は、一気にパニック状態に陥った。

 

混乱した村人の動きに呼応するようにドラゴンは一度唸ると、ゆっくりと口を大きく開き―――――地に向けて、何かを発射した。

眼にも留まらぬ速さで吐き出された巨大な何かは、民家の一つを直撃し、轟音と共に粉塵を巻き上げる。

砂埃が収まった後、ほんの少し前まで家があったその場所は、地面までもが抉られた大穴と化していた。

 

一瞬、村人も伊丹たちも、何が起こったのか理解できなかった。

 

そんな、痛いほどの沈黙も長くは続かない。

 

明確に此方を害する意思を示したドラゴンに、人々の恐怖は極限まで高まり、遂に決壊した。

家を捨て、我先にと逃げ出す村人たちと、それを容赦なく襲うドラゴン。

それは奇しくも、一昨日コアンの森で起こっていた出来事の焼き直しになっていた。

 

最早収拾がつけられない混沌とした状況で、最初に冷静な行動を起こせたのは、伊丹達自衛隊の人間だった。

 

「――――隊長!」

 

「――――わかってるよ、おやっさん!」

 

いち早く動いた桑原に促されて、伊丹は各隊員に指示を出す。

 

「各員、搭乗せよ!繰り返す、各員搭乗せよ!」

 

全員が車両に乗り込んだことを手早く確認してから、次なる指示を出した。

 

「各員、これより特地甲種害獣、ドラゴンとの戦闘を開始する―――――――!」

 

 

その後の戦いは、壮絶なものとなった。

 

まず、ドラゴンが吐き出していたのが巨大な水球だと最初に気づいた伊丹は、車両を蛇行させて水球に当たらない様な陣形を組ませて、反撃を図った。

だが、特地派遣隊の装備している自動小銃や、12.7mm重機関銃ではほとんど効果がなく、せめて攻撃をさせない様に足止めとして使うぐらいにしか役に立たない。

 

さらに、相手は空を飛び、直撃すれば即死は免れないような攻撃を何発も打ってくるのだから堪らない。

それでもいつかは弾切れになるだろうと思っていたのだが、実はこのドラゴンは水龍と呼ばれる古代龍で、炎龍のブレスとは異なり周囲にある水分を吸収してほぼ無尽蔵に放てるという特殊な能力を持っていた。

その事実を知る由もなかった伊丹らは長期戦が不利であると判断すると、一撃での最大効果が期待できるLAMを準備し、何とか動きを止めるべく銃弾の雨を降らせるものの、完全に制止させるまでには至らない。

戦闘が長引く程に、即殺の水球が当たるかもしれないという恐怖が、じわじわと隊員たちに満ちていく。

 

そんな中、彼らに救世主が現れた。

 

黒い修道服、というよりもオタクの伊丹からすればゴスロリファッションに近い服装に身を包んだ少女。

亜神、ロゥリィ・マーキュリー。

 

彼女は、ドラゴンと自衛隊の戦闘によって発生した土煙の中から突如姿を現すと、手にした巨大なハルバートをドラゴンに向けて叩き込んだ。

少女の見た目とは著しく乖離した膂力によって放たれた一撃は、ドラゴンに一時的な脳震盪を起こさせ、その動きを止めることに成功する。

唐突に助けに現れた少女の姿に、皆一瞬混乱したものの、得られた絶好機を逃す前に、直ぐにLAMを使用した。

放たれた弾丸は、一直線にドラゴンの右肩を直撃すると、肩から下の右腕も諸共に爆破させる。

ロケット弾の直撃を受けたドラゴンは、苦悶の咆哮と共に、逃げるように上空へと飛び去っていった。

 

 

その後、伊丹達は生き残ったコダ村の住人達と話し合い、近くの村や街に避難する人々をその近くまで送り届けることにした。

それ以外の身寄りのない難民や子供たちは、自衛隊の拠点があるアルヌスへ連れていくことになった。

その行動は、後にある事情によって咎められはしなかったものの、この時点では完全に伊丹の独断であった為、懲罰も覚悟してのことであった。

また、ドラゴンの撃退に力を貸してくれたロゥリィも、伊丹たちに同行することを決めた。

 

「―――――僕って、人道的でしょ?」

 

 

長い長い、探索任務を終えた第3偵察部隊は、こうしてアルヌスへと帰還した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「―――――これより私の名を呼ぶときは、アインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼ぶがよい!」

 

コアンの森から帰還したアインズは、玉座の間において、ある大きな宣言をしていた。

 

 

すべての階層守護者とそのシモベたち全員を集め、至高の御方自ら今後のナザリックの行動方針を明言する儀であると伝えられた時、ナザリックの面々は色めき立った。

様々な異形がひしめき合うナザリック大墳墓だが、彼らの心中には等しい思いがある。

それは、至高の御方に尽くし、その役目を果たすこと。

このナザリックの地に最後まで残ってくださった、偉大にして慈悲深き王への忠誠を捧げることに他ならない。

その王が、この世界において、ご自身の意思をシモベ達に示される。

配下の者たちは、身が震えるような思いだった。

遂に、自分たちの忠誠を行動として示すことが叶う機会が訪れる。

至高の御方の御計画を遂行し、その望みを果たすという、最大の栄誉を得られる機会だ。

 

そんな期待を胸に、数多のシモベたちは玉座の間へと集い、我らが王を拝謁する時を待つ。

 

 

アインズはまず、軽率に動いた自身の行動について謝罪し、その上で自らの名を「モモンガ」から「アインズ・ウール・ゴウン」と改め、全ての者がそう呼ぶように命じた。

 

アインズの決定に、異論を述べ立てる者など、ただの一人としていない。

今や彼らの意思は、一つに纏め上げられていた。

 

――――――――――全ては、至高なる王の為に。

 

そうして、守護者統括・アルベドが王の名を再唱し、捧げられる栄光を誓う。

その声に、各階層守護者、その配下、そのシモベ、それらあらゆる全ての者が続き、王の名を謳い、絶対なる支配者への喝采を送る。

シモベ達の意思を確認したアインズは玉座から立ち上がり、口を開いた。

 

「お前たちに厳命する――――――アインズ・ウール・ゴウンを、不変の伝説にせよ!」

 

アインズの命を受け、玉座の間はシモベ達の歓喜に包まれた。

その歓声を聞きながら、アインズは己自身のみに、絶対の誓いを刻む。

 

地上に、天空に、海に。

この世界の知性を持つ者全てに、その名を知らしめる。

この世界の何処かにいるかもしれない、友たちの元に届くその日まで。

 

 

その日は、アインズ・ウール・ゴウンが世界を制することを決定づけた日として、後世に語られることとなった。

 

 




第3話「超越者との邂逅」後編これにて終了ですが、如何だったでしょうか?
水龍の描写についてですが、Gate本編の自分が知る所では「炎龍との番いである」という以外に明確な情報がなく、生死の程などもわからなかったので、この時点では生存しているという設定の下、展開していこうと思います。

あと、肝心の対面のシーンなんですが、見直してみると、何だか短すぎるような気が...

とはいえ、これにて自衛隊とナザリックの一時接触は平穏無事の内に終わりました。
これから彼らはどんな未来を歩んでいくのでしょうか?


というわけで、次回第4話は「往くべき道」お待ちください!

次回は伊丹達自衛隊のターンです!




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