戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine12 理想郷はこの胸にⅩⅡ

「——暇だ」

 

 頬杖をついて鏡華は呟いた。

 場所は風鳴の屋敷、鏡華の部屋。布団に座り込んでいた。

 

「暇だ。暇すぎる」

「はいはい。暇ならリンゴでも食べな、剥いたから」

 

 ニュッと横からリンゴの乗った皿が伸びてきた。

 ウサギの形に剥かれたそれを鏡華は一口食べる。シャクリと良い音がして心地良い。

 

「美味い……けど」

「そうか。なら、もう一羽食べな」

「いや、もういいから」

「なんでだよ〜。あたしの剥いたウサギが食えないってのか?」

「いやいや、毎日食べたら飽きるからね? あとは奏が食べていいから」

 

 差し出された皿を押し返す。

 奏は押し返された皿を胡座の上に置いてシャクシャクと残ったリンゴを食べる。

 

「ったく……いつまで自宅待機させんのかね。あのクソ親父め」

「そう言うなって。旦那だって鏡華の事を考えて自宅療養させてんだから」

「分かってる。分かってるんだけどなぁ……理解しても身体が訴えてくるんだよ。暇だーって」

「まあ確かにな」

 

 あの戦い——フロンティア事変と呼称される事となった一連の出来事から、鏡華と奏は弦十郎から自宅待機の命令を受けていた。ダメージが他の奏者と比べて甚大なものを記録されており、普通であれば死亡。よくて全治数年は掛かるであろう傷を負っているはず。

 アヴァロンの能力で完治しているが、本来なら集中治療室に直行しているはず、というのがダメージの記録を見た医師の判断だった。

 とは云え完全完治しているわけではないのだが——

 

「にしても、あれからもう一月(ひとつき)か。マリア達は今頃何してんのかね」

「さてね。案外、俺らとそう変わらない生活でもしてんじゃね?」

 

 頬杖をついたまま窓から空を見上げる。

 眩しい陽の光を見ながら、鏡華はあの時の事を思い出していた——

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「あは、あはは……間違ってる。僕が英雄になれないこんな世界……間違ってるんだ……」

 

 ぶつぶつと繰り返される独り言を呟きながらウェルは拘束されたまま、用意されたヘリに連れて行かれた。

 弦十郎と緒川は端末のデータを見ながら話し合っている。遠くなので会話は聞こえないが、恐らく問題となっていた月の落下だろう。

 視線を戻した鏡華は、海を、空に浮かぶ月を見つめていたマリアに視線を移す。

 

「ありがとう——母さん」

 

 月を止めたナスターシャにお礼を呟くマリアに近付く。

 

「マリア」

「……」

 

 振り返る。てっきり泣いているかと鏡華は思っていたが、顔には一筋の跡もなかった。

 鏡華は真っ直ぐに見つめ返し、アヴァロンに記憶されていた言葉を口にした。

 

「幸せになりなさい」

「え……?」

 

 突然の言葉に眼を丸くする。

 気にせず鏡華は言葉を続ける。

 

「どんな困難が待っていようと、どんな不幸が舞い降りてこようと。小さくてもいい、自分の幸せを見つけなさい。マリア。切歌。調。日向。そして——ありがとう。こんな私をマムと慕ってくれた可愛い子供達」

「それは……」

「ナスターシャ教授からの最後の言葉。オッシアが聞きに行ってたみたいでな、アヴァロンに記録されていた」

 

 自分で伝えろよまったく、と鏡華はようやく眼を逸らす。

 

「そう……そう、ありがとう。オッシ……いえ、」

「好きに呼んでもらって構わねぇよ。呼びやすい名前で呼びな」

「そう。オッシア、ありがとう。マムの最後を看取ってくれて。独りで逝かせないでくれて」

「看取ったのも、最後の言葉を聞いたのも俺じゃないけどな……ん、そんだけだ」

 

 ぶっきらぼうに言い放ち、後ろに下がった。

 代わりに響が前に出る。

 

「マリアさん。これ——」

 

 差し出す手。掌にはガングニールのシンフォギアが乗っていた。

 だが、マリアは首を横に振り、差し出された手を自分の手で閉じた。

 

「ガングニールは、君にこそ相応しい」

「——」

 

 響から視線を移し、空を見上げる。

 空に浮かぶ月。軌道は修正されたが、壊れた箇所は戻らない。

 世界は救われた。しかし、その代わりに月の遺跡は再起動された。それはバラルの呪詛も再起動されたと云う事。

 人類の相互理解は再び遠退く事になった。

 

「へいき、へっちゃらです」

 

 それでも、響はそう言った。

 

「だって、この世界には歌があるんですからッ!」

 

 一時的とはいえ世界は一つになった。

 それは紛れもなく歌の力があったからこそ。

 

「そうね……」

「はい!」

「立花響——君に出会えてよかった、と思う」

 

 ただ、とマリアは続けた。響の耳元に口を寄せて。

 

「日向だけは譲れないから」

「あはは……私も同じ気持ちです。ただ、しばらくはひゅー君の事お願いしますね」

「……ええ、任されたわ」

 

 そう言って下がる。

 代わりに近付いてきたのは日向。

 

「響ちゃん……」

「また、ね……だね」

「うん……そうだね」

「……」

「……」

 

 いざ面と向かって口を開くと、互いに出てくるのは言葉にならないものばかり。

 視線もいったりきたりで重ならない。

 それを少し離れた所でヴァンは切歌、調と共に見ていた。

 

「何やってるんだ、あれは」

「さあ、デス」

「お見合いみたい」

「……手紙を交換してた頃から思ってたが、月読のセンスはどこで覚えたんだ」

「昔の事は覚えてないから……」

「そうデス。手紙で思い出したデス! また手紙交換するデスよエインズワース!」

「お前は唐突だな暁。許可が下りたらな」

「約束デスからね」

「ああ」

 

 響と日向とは逆につつがなく会話を終える三人。

 一方、当の二人はまだ会話が進んでなかった。

 

「えっと……」

「あー……」

「あーッ! 沈黙が長い! 万里の長城並みに長いッ!」

 

 そこに割って入ったのはクリス。

 むんず、と二人の肩を掴み、無理矢理近寄らせる。

 

「はいチーズ!」

「え、え……え?」

 

 響と日向が戸惑っている間にシャッターを切る。

 

「よし。今度写真送ってやる! だから今はもう行けスクリューボール二号!」

「は、は!? うわっ」

「ちょっ!? クリスちゃん!?」

「まどろっこしいんだよお前ら! 待ってる奴がいる事を覚えとけ!」

 

 げしげし、と日向のお尻を蹴っ飛ばす。

 

「えっと、じゃあ、ひゅー君。またね」

「う、うん。また、いつか」

「うん……」

「……」

「ループしてんじゃねぇって!」

 

 クリスのツッコミが入る。

 今度こそ日向はマリアの許へ戻り、ヴァンと別れた切歌と調と共にヘリに向かった。

 響は恨めし気にクリスを見ていたが、すぐに背を向けたF.I.S.の四人へと視線を向けたのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「——それから、ウェル博士含めF.I.S.五人は拘束されて国内で裁かれる事になったんだよな」

「まあ、すぐに米国が介入してきたんだけどさ」

 

 思い出に耽りながら、飽きたと言ったリンゴを齧る。

 ——フロンティア事変、その後の顛末は語るべきだろう。

 奏と鏡華の会話通り、F.I.S.のメンバーは行方不明のナスターシャを除いた五人全員が逮捕され身柄を拘束された事によって事態収束とされた。

 あくまで表向きは、と入るのかもしれないが。

 当初はF.I.S.の活動がほぼ日本国内だったので裁判も日本国内で行われる予定だった。しかし、米国が介入、裁判を日本ではなく国際法廷での審議を要求してきたのだ。

 理由として、彼女達が宣戦布告したのは全世界。前代未聞のテロ行為に対して、裁判を開くならば国際的にした方がいい、と云うのが米国の要求理由。

 無論、それは表の理由であり、不都合な真実を隠すためなのが裏の理由なのは、ある程度予想できた。

 ただ流石に、「テロリストだから」とだけでウェルやマリアのみならず、未成年の切歌や調、日向までも死刑を適用させようとしたのは、各国に疑惑を抱かせる結果になったが。

 加えて、日本政府が行っている、水中に没したエアキャリアと水中に残っていたフロンティアの遺跡跡の調査にも介入しようとしていた。

 

 そんな米国政府に仕掛けたのは日本外務省事務次官・斯波田賢仁だった。

 彼の働きによって、月落下の情報隠蔽や、F.I.S.の組織経緯などが激しく糾弾されることとなる米国政府は、国際世論の鋭い矛先をかわすため「そんな事実などない」と終始主張することになった。

 更に追い打ちを掛けたのは、匿名からの情報提供。内容は明かされていないが、米国は提供された情報を開示せず即座に死刑適用を撤回。隠蔽等を否定、情報開示や調査介入全てを拒否し続けるだけの守勢に回り、F.I.S.並びに日本に対して今回の件に関してのみ攻勢に出る事はなくなった。

 日本政府もそれ以上の追求をする事なく、半ばうやむやの結果に落ち着いてしまった。

 ただ、そのおかげでF.I.S.のメンバーに掛けられた罪状は消滅。国連の特別保護観察下に置かれる事になった。

 

「結局、渡したデータには何が入ってたんだ?」

「ん? ……これまでの悪事が事細かに入ってたらしいよ。ヴァンが知り合いの兵士から貰ったって言ってた」

「それを津山さんが米国に送った、と。バレないの?」

「送信程度なら問題なしだと」

 

 ふーん、とリンゴに手を伸ばす奏。

 

「まあ、否定しまくってグレーゾーンで誤摩化すつもりだった米国はこれで各国からの信用が即座に賛成を得られない程度に下がった。よほど悪い手を打たない限りは米国——ひいてはよその国も日本に手出しができなくなったわけだ」

「すぐに協力プレイで攻められないのは旦那や翼の“お父さん”的にはありがたいかもしれないけど、それぐらいでいいのか?」

「漫画とかにもあるだろ? 追い詰められた奴はなんとやら……世界一の本気を相手取るのは大人達でも、大人達だからこそ分かってるんだろうよ」

「ふーん、わからん」

「俺もわからん。俺は最後にゃきっと力で黙らせちまうだろうしな」

 

 鏡華も手を伸ばす。

 皿はからっぽだった。最後の一個はちょうど奏の口の中へ。

 何も掴めなかった手を引っ込め、鏡華はごろりとベッドに横になる。

 

「……寝る。腹も膨れたし」

「あいよー。ふて寝でも昼寝でもやけ寝でもお好きにどーぞ」

「……」

「あたしも少ししたら寝るし」

「……お好きにどーぞ」

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「ただいま」

 

 夕方。歌姫としての仕事も防人としての仕事もなく、普通に学校から帰宅した翼。

 返事が返ってこない。いつもであれば首を傾げるだろうが、翼は静かな廊下を無言で進み鞄を自分の部屋においてから、鏡華の部屋を訪れた。道中で奏の部屋も覗いたが、部屋にはいなかったので二人とも鏡華の部屋にいるだろう。

 

「鏡華、いるか?」

 

 ノックをしてから扉を開ける。

 部屋にはベッドで眠っている鏡華と椅子にもたれて眠っている奏がいた。

 

「……」

 

 翼は静かに部屋に入り、椅子で寝ている奏を抱き上げ鏡華の隣に移した。

 物音は多少出てしまっているが、二人が起きる様子はない。

 いや——外部からの理由で“起きるわけがなかった”。

 

「納得してはいたが……やはり、少しやるせないな」

 

 胸に手を当て二人を見つめる。

 鏡華と奏が無茶をした事は知っていた。それ故の代償がある事も“聞かされた”。

 ——マリア達F.I.S.と別れた直後、鏡華は倒れた。

 それから五日間彼が目覚める事はなく、昏々と眠り続けた。

 奏も時々だが起こしても起きない眠りに落ちる事があった。

 誰もが無茶をした結果だと思っていた。——翼自身も、“彼”から聞くまでは。

 

『彼奴の不調の理由は魂——精神的に傷を負ったからだ』

 

 いつかの就寝前に目の前に突如聞こえた声と共に現れた人物。

 初めは飛び上がり臨戦態勢を取ったが、すぐに誰なのか気付いた。

 

『……アーサー王』

『厳密には違うが、今は詮無き事だな。夜分失礼するぞ』

 

 礼儀正しく一礼したアーサーは口を開く。

 構えを解き翼は布団の上に座る。

 

(われ)を分け与えられたそなたには伝えておくべきと判断してな、今宵限り自らの意思で具現させてもらった』

『それが鏡華の負った傷……の事か』

『ああ。我の忠告を無視した結果故に迷ったが、彼奴を支えるそなたには伝えるべきだろう』

 

 ふぅ、とアーサーは溜め息を漏らして翼に伝えた。

 騎士王の鞘について。

 鏡華が成った継承者について。

 そして——

 

『いくら傷が元通りになるとは云え、何十何百と詠唱言語(スペルワード)を唱え自身が耐え得る限界値以上に完全聖遺物から力を引き出したのだ。傷を負わん方がおかしい』

 

『結果、彼奴は魂に傷を負った。鞘による修復も、ヒトとしての時間経過による治癒も不可能。文字通り一生癒える事はほぼない』

 

『流石に全てが分かるわけではないが、少なくとも今のような休眠はこれからも定期的に起きると覚悟しておくといい。それ以上の弊害は共に過ごし理解しろ』

 

 伝える事を全て伝えたアーサーはすぐに消えた。

 聞かされた言葉に、翼は絶望よりも安堵が広がっていた。

 再開するまでの絶望に比べれば優しいものだったから。

 いなくなるわけじゃない。それだけで翼には十分だった。

 そう思ってから約一ヶ月。

 

「私もわがままになったと云う事か」

 

 そばにいてくれるだけでよかった。

 なのに、今では眠っている鏡華達に対し寂しいと思ってしまう。

 もっと構ってほしい。もっと触れてほしい。もっと——

 挙げればキリがない。

 ——こんなに欲深かっただろうか、私は。

 自分の願いに思わず笑みをこぼしてしまう。

 翼は寝ている二人に歩み寄り、鏡華を挟んで奏の反対側で横になる。

 

 

 鏡華に言いたい事、叶えてほしい事、やりたい事。

 それらは数えきれないほどたくさんある。

 だけど、一先ず今だけはこれぐらいでいいだろう。一人足りないが、それも明日に変化を加えるアドリブだ。

 たくさんの願いに埋もれそうになるほど小さい——けれど何よりも大切で純粋な願い。

 

「ずっと一緒に」

 

 子供の頃からの小さな小さな願い。

 だけど、今だからこそわかる。

 小さな願いこそ——最も大事な、理想の未来絵図だと。

 この一瞬にも等しい時間こそ——理想郷だったのだと。

 遥か彼方にあるんじゃない——誰もが持っているのだ。

 

 

 収斂され輝きに満ちた理想郷を——この胸に。

 

 




 これにて本編は終了となります。
 原作シンフォギアGが始まった時期に始まり、完結に至るまで四年も経過してしまいました。
 最後の方は空白期間がだいぶあり、展開が駆け足気味になってしまいましたが、なんとか完結まで持っていく事ができました。
 かなり長い間でしたが、読んでくださった皆様には感謝の念でいっぱいです。
 四年間お付き合い下さり、本当にありがとうございました。

 次回作以降、三期・四期についてですが、書くかどうかは現段階では決まっておりません。……と云うか、現時点の戦力だと、どう考えても敵に対してオーバーキル気味なんですよね。それに書けるならXDも加えて書きたいし……
 そんな私自身の事は置いときまして、改めてもう一度。
 本作を読了して下さり、誠にありがとうございました。

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